第4話 派閥争い ごはんVSパン
昨日の夕飯はトンテキだったが、昨日が豚だったならば今日は何にしようか。
相変わらずの朝。今日はなぜか早めに目が覚めたので妹のかわりに朝食を作る。まあ朝食と言っても、卵をぐちゃぐちゃにしたスクランブルエッグとベーコンを焼いただけの簡素な物だが。
「なんかいい匂いがする!どうしたの、兄さん。兄さんが朝ご飯作るなんて」
「俺だって朝ご飯くらい作るさ。早く目が覚めたらね」
「おー。天変地異が起こるぞー」
そう言って洗面所へ向かう妹。
天変地異とは失礼な。宇宙人襲来くらいにしておけ。
とは言え、俺がご飯を作るのは珍しいことではない。ただ、朝に滅法弱い俺が先に起きて朝食の準備をしているということが珍しいだけだ。俺が今、ここに立っているというのはここ数年で一回あるかないかの快挙なのだ。
出来上がった朝食をテーブルに並べ、洗面所から戻ってきた妹と共に着席。
朝はトースト派である二人は早々に朝食を平らげ、制服に着替えるために妹は自室へ上がる。既に着替えていた俺は、珍しく「妹を待つ」という慣れない行為に時間の使い方を見失って、玄関の観葉植物に水をやったりしながら時間を持て余していた。
いつも待たせている妹の気持ちをしみじみ感じつつ、今日も学校へ向かう。
何事もなかったように時間は過ぎ去り、いち早く昼食を食べ終わった俺は同級生たちが形成する騒々しい空間から逃げるようにして図書室へと向かった。
当然、図書室に騒音などない。暇そうな図書委員が座るカウンターの前を通って二列に並べられた机のうち、一番出入り口から遠い机を選び、図書委員に背を向けるようにして座る。他に人はいないようだった。
ポケットに忍ばせておいた読みかけの小説を開き、栞の挟んである場所を探す。押し花の栞を机に置き、背もたれに体重を預け一行目に目を通す。
普段はあまり読まないSF小説。この小説は古室に「これ、面白いから読んでみろよ」と言われて買ったものだった。
すると、目の前に並んでいる本棚の影から、女子生徒が姿を現した。この部屋には図書委員と俺だけだと思っていただけに、少し驚いた。声を出して驚いたりはしないが。声を出さないのは、決してここが図書室だからではない。
「おっ」と心の中で驚いた声をあげたが、その女子生徒がこちらに話しかけてきたときはもっと驚いた。どこかで見たことのあるような顔。
「あ、あなたは」
気付いて声をかけてくる。
だが、俺にはこの人物が誰であるか、判断するだけのデータが脳内メモリにない。古室じゃあるまいし、全員の顔を覚えるなんて不可能だが……可能であっても覚えようとしないだろうが、この顔は最近見たものだと思う。
「あなたは何を読んでいるの?」
「……SF小説だよ。友人に勧められた」
「ふーん。ああ、友人って、あのナンパの人ね」
ナンパの人?そうか。こいつの正体は転校生か。ナンパの人が古室ね。解決解決。
「ナンパの人」と覚えられている古室のことを考えると気の毒だが、話すことも決まっていないのに突然話しかけたあいつが悪い。自業自得だ。
「あなたもB組?」
「ああ、そうだけど」
「そうなんだ、ふーん」
意味ありげな会話だな、と思いつつ、実はこの人も話すことを決めずに話しかけた結果、曖昧に話をつなげるべくしてクラスなんかを聞いてきたのではないかと疑う。
「ここ、座ってもいい?」
彼女は向かい合った席を指差し、聞いてくる。
どうぞ、という意味で首を縦に振る。
他に席はいくらでもあるだろうに、と思いはしたものの、話しかけておいて遠くの席に座ると言うのも気まずいのか。俺はそんなことは気にしないが。
と言うか、この人の名前なんだっけ。
彼女は向かいに座ったものの、本を読むでもなく話を続けるわけでもなく周りを見渡したり本をパラパラめくったりしている。やはりつい話しかけてしまったばかりに、気まずい空気になったと言うパターンだな。
ここは男の俺が話を広げるべきなのだろうが、名前すら忘れた転校生と話すことを思いつくほど俺は社交的ではなかった。
「本はよく読むの?」
気まずさなど微塵も気にせず本に目を落とし、淡々と読み進めていたところ、不意に話しかけられた。
「まあまあかな。家の本棚から適当に選んだものをね」
「そうなんだ。私も本は読む方だから、同級生に図書室で本を読む人がいてくれてよかった」
何がよかったのかは知らないが、まあいいだろう。こんな俺でも人の役に立ったと思えば。
再びの沈黙が訪れたところで、勢いよく扉が開け放たれた。
「た、大変だ!大変だぁ!」
なんだ、騒々しい。
「か、奏!聞いてくれよ、大変なんだ」
「なんだ、うるさいな。ここをどこだと思っているんだ」
「ああ、すまん。いや、そんなことより、俺のメロンパンが盗まれたんだよ!」
「それのどこが大変なことなんだ」
「一仕事終えた後に食べようと思って大事に取ってあったのに、教室に帰ったら無くなってたんだよ!一大事だろ!?」
ふと向かいにいる転校生に目をやると、明らかに引いている。またこいつは嫌われたな。彼女の中で古室の点数が明確に下がってきている中、古室は彼女に気がついた。
「はっ、東藤さん!おっ、お見苦しいところを!」
息を切らして謝る古室は、頭を下げながら何かを察知したようだ。
「ん?なんで東藤さんと奏が一緒に?」
はあ、やはり気づいてしまったか。こいつに見られるのが一番面倒だったのだが。
「たまたま会っただけさ。東藤さんも本が好きなんだとさ」
「そ、そっかぁ。俺はてっきり奏が抜け駆けしたのかと」
嘘をついても仕方がないので正直に答えたが、こいつはあらぬ疑いを俺にかけようとしていたようだな。
「抜け駆け?何のことですか」
少し引き気味の彼女は、古室の目を見ることなく吐き捨てた。
「へ?いやぁ、そんなに深い意味はないんだけどねぇ」
「……はあ」
まあ当たり前だが、あきれた様子の彼女。
そんな彼女に聞こえぬよう、古室が声を潜める。
「あ、あのさ。俺、東藤さんに嫌われているような気がするんだけど」
「今頃気づいたのか」
古室の落胆した表情。
「おいおい、嘘だろ?転校二日目でブラックリストに載ったのか?」
「ああ、そういうことだな」
「はあ……。まあいい、嫌われたものは仕方がない。これから回復できるだろう」
どこまでポジティブなんだこいつは。
こいつの印象が回復できるかどうかはさておき、何か忘れていることがあるな。
「おい、メロンパンはいいのか」
「ああ!メロンパン!忘れてたよ、どこに行ったんだ!俺のメロンパン」
キーンコーンカーンコーン
無情にも響き渡るチャイムの音。
固まっている古室を尻目に東藤さんと俺は本を片手に出口へ向かう。ドアからでる直前、古室に一言かける。
「次、移動教室だぞ」
次の時間が移動教室だということを知っていたのかはわからないが、気力なさげに頷く古室が目に入った。
私自身はご飯派である。
だが、ご飯派であることを裏付ける証拠は残念ながら示すことができない。
お米自体がこの家にないのは周知の通り。一人暮らしを始めてから数週間はご飯を炊いて朝ご飯に食べていたものだが、それも面倒になり、次第に牛乳なしのシリアルで済ませるようになってしまった。
特にシリアルが嫌いな訳ではない。もとより、嫌いなら食パンを焼かずに食べる。だが、朝食はご飯と焼き鮭、味噌汁である。と言う理想がある限り、私は牛乳なしのシリアルでは満足できないのだ。
そう言いつつも今、シリアルを食べている最中なのだが。テレビでは今日の天気を話している。私の住む地域は晴れ。コップに注がれた牛乳を飲み干し、食器をシンクに片付ける。
誰か分からぬようなこころの声と、「カンカン」という音が聞こえる。
「証拠不十分により、あなたがご飯派であることは認められません。……そんなことより牛乳、かけてよ」
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