第2話 新品未使用 本格料理ブック
一日はあっという間に過ぎていく。この日も例外ではない。ついさっきホームルームが始まったと思ったら、もう昼だ。教室内は賑わい、机の配置はもはや無法地帯と化している。そこに
「おーい、奏。隣のクラスの転校生の顔、拝みに行こうぜ」
「なぜ」
「やっぱり美人らしいぞ、その子。一目見なきゃ罰が当たるぞ」
当たるものか。当たったとして、誰が罰を下すんだ。
「興味ないね」
「おいおい、ノリが悪いぞ!いいから、行こうぜ」
腕を引っ張られる。だが、俺は動こうとしない。
「分かった、抹茶オレを買いに行くついでなら、いいだろ?」
俺の大好物、抹茶オレ。好物を引き合いに出してくるとは、汚いやつめ。
「もちろんおごりだろうな」
「あ、ああ。いいぞ、おごってやるよ」
そこまでして会いに行きたいのか……。おかしなやつだ。
「よし、決まりだな!さっさと行こう。今すぐ行こう!」
そう言って張り切る古室の後に続いて、隣のクラスへと向かう。俺たちのクラスはB組、噂の美人転校生のクラスはA組。A組の前には、気のせいかほかのクラスよりも人が集まっているように感じた。これも転校生パワーか、と思いながらA組をのぞき込む古室の背中をにらみつける。身を乗り出してのぞき込むその姿は、実に滑稽だ。と、ともに恥ずかしくもある。
こいつの連れだとは思われたくないな。そう思って二、三歩後ろに下がる。すると、俺が遠ざかったことを察したのか古室が呼び止める。
「おい、あの子だ。窓際の一番後ろ」
まあ確かに物憂げに空を見つめる女子生徒が座っているが、いったいなぜあの子が転校生だとわかる?転校生だとでもどこかに書いてあるのか。
「なぜわかる。ほかの人かも知れないじゃないか」
「当り前じゃないか!この学校の全女子生徒の顔はこの脳にインプットされているからな。あの子が転校生だってことは確かだぜ」
なんて奴だ。全女性生徒の顔がインプットされている?明らかな脳内メモリーの無駄遣いだ。もっとほかのことに使えないのか。
「なんで分かんないんだよ。あの子見たことないだろ」
知らないよ、そんなこと。同じクラスの人の顔すら曖昧なのに、隣のクラスの人の顔なんて覚えられるはずないだろう。
「噂通り可愛いな」
「顔なんて見えないだろ」
「雰囲気で分かるだろ?後ろ姿だけで可愛いと思わせるそのポテンシャル。いいねぇ」
だが、今日転校してきたばかりのあの子の周りには、誰もいない。こいつみたいに転校生には世話を焼きたがるのが人間というものではないのか?「前の学校は?」とか、「好きな芸能人は?」とか、質問攻めにするものだと思っていたが。
「うぉぉ、こっちに来る」
な、なに?お前、いくら何でもじっと見すぎなんだよ、誰も近寄れないくらいの不良だったらどうするつもりだ。俺は知らんぞ。
「ちょっと、あなたたち」
「たち」ということは俺も含まれているのか。
「そこどいて」
「は、はい」
ふぅ、助かった。こいつの仲間だと思われたのは
「ちょっと怖かったな。でも、見たか?超絶可愛かったぞ!」
いつまでも能天気なやつだな。まあ確かに世間一般には可愛いといわれる類の顔つきではあった。ような気がする。
それから俺は妹作の弁当を抹茶オレと堪能し、昼の休憩時間は終わった。
休憩時間の終了を告げるチャイムを聞くや否や、古室は自席に戻り荷物をまとめながら言った。
「次、移動教室だぞ」
……知ってるよ。
個人的には抹茶オレとごはんの組み合わせなどもってのほかなのだが、壁を見つめて出た答えが抹茶オレだったのだから、どうしようもない。今日も机に向かって、白紙の本を前に考え込む。壁を見つめ、ストーリーを練る。
どこからともなくチャイムの音。私にも休憩時間終了のチャイムが聞こえてきたと思ったのだが、宅配便のインターホンだった。
何を買ったんだっけな?と届いた段ボールを机に置き、インスタントのコーヒーを淹れる。殺風景なリビング。真ん中に置かれたローテーブルにはカップラーメンの容器が三つ。仕事場である書斎はきれいなほうだと思うが、この家で過ごすのはたいがい書斎か寝室だ。リビングやキッチンはあまり使っていない。
お湯が沸くのを待つ間、先ほど届いた段ボールを開けてみた。
『初心者でも簡単に作れる!本格料理ブック』なるものが入っている。
……なぜこんなものを。買ったときはカップラーメンでは体を壊すとでも思って買ったのだろうが、記憶にないし私に料理など似合わない。つ、使うときは来るのだろうか。使われるかわからないような家に来て、この本に感情があるとしたらこんなことを思っているだろう。
「初心者でも簡単に作れるんだよ?……作ろうよ」
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