第8話 頂を目指して
「馬鹿なことを!」
驚き窘めようとするデミタスに、デカフェィネは食い下がる。
「青の山に向かうならば、水や食料を多く運ばねばなりませんね?」
「それはそうだが」
「特に、この山羊は山に住む種で、元々荷運びに利用されております。どのみち調達されるのなら、うちの山羊になさいませ」
先ほどまでの柔らかな面差しが嘘のように、デカフェィネは力強い態度でデミタスに詰め寄る。
その旅の主導者は深陽だ。
詰め寄るなら、こっちにしないかな? と腕を広げ、立ち位置を変えたりしてみつつアピールしてみるが、目に入らない様子。
「う……分かった」
しばしの攻防の後にデミタスは押し切られ、デカフェィネはにっこりと笑みを浮かべた。
深陽はしょんぼりと腕を下ろす。
デミタスが許可の判断を下したなら、深陽に口出しできることでもないように思えた。だが、他ならぬ自分の旅だ。意図は確かめておかねばなるまい。
「理由はある?」
デカフェィネの笑みは固まった。深陽に向き直ると、両手を揃えて頭を下げる。
「お会いして間もない者が、申し訳ございません。しかし、こうして素性は明らかですし、過去に悪事を働いたことがないのは、こちらの兵士様がご存じでしょう」
深陽が横目にデミタスを見れば、渋い顔で頷いた。
「荷運びに人を雇うことになりますが、青の山へ近づくほど集落も減ると聞きます。ならばこの街で、調達すればよいのです」
他の街へ向かう旅ならば街道があり、馬車を利用することもできるようだが、青の山へ向かう道は、小さくも山が続き平坦ではないという。
確かに歩き通しなら、せめて荷物は山羊に任せたいところではある。
「でも、ここは」
「家の者がどうとでもします」
自己紹介では営んでいると話していたが、家族全員が携わっているとのことだ。
聞けば、このチーズや毛織物などは、税として領主に納めるためだけのものだという。
とはいえ不当に巻き上げているのではなく、公平に住民へと分配するため、領主側から各商組合に卸すのだと、デミタスから補足が入った。
「私どもへの対価は、神の座へと共にさせていただけることです。そうですね?」
「お、おう」
唐突に同意を求められたデミタスが狼狽えつつ返し、金がないと言った深陽に配慮してか、その点は心配するなと強調した。
随分と深陽にはありがたく、都合の良すぎる成り行きに思えた。
しかし、この狭い柵の中で暮らしている山羊と、街を出たことがないのではないかと思うデカフェィネ、どちらにも不安がある。そんな深陽の心を読んだように、説明は続く。
実は、最近までは街の側にある丘へと放していたし、デカフェィネもついて歩き回っていたという。
徐々に出歩ける範囲が減り、気が付けば魔物の気配がそこかしこにあり、出辛くなってしまったのだという。
「均衡が、崩れていっていると、肌で感じるのです」
そう、ひどく静かに、デカフェィネは訴えた。
危険度が上がっているらしいことに、考え込んでしまう深陽。
その心を変えるためか、デカフェィネは殊更に明るい調子に変わる。
「こんな仕事ですから、体力も腕力も並の者よりありますよ。ほら、その点はご心配なく」
デカフェイネは力こぶを見せるように袖を捲り、片腕を掲げた。
すぐさま深陽の意識は、その際に揺れる一部に集中する。
確かに、この三人の中なら最もサバイバル向きの体型かもしれない。などと考えるも、重要な点は周辺視野に収めたまま、視点は意志の力で腕に固定。集中力を要する高度な技だ。
そのせいで他の事には気が回らず、うっかり頷いてしまっていた。
「……まあ、まあ! ありがとうございます! 嬉しいです……本当に」
「ミヨウ、本気なのか!?」
不意を打たれたようにデミタスが深陽へ真意を問う。
(しまった!!)
内心では愕然としていた深陽だが、冷静さを取り繕って首肯で返した。感情が表れにくい性質というだけではない。バリスタたるもの、客を前にしては常に余裕ある態度であれといった、深陽自身の心構えにもよる。
しかし、ぎこちなさは出てしまった。柔い心構えだ。まだまだ修行が足りない。
が、それをデミタスは、何か考えがあってのことだと捉えたようだ。
「……そうだな。俺も動物の世話などしたことはない。同行してくれるというなら、完全に荷物は任せられる。俺たちは、戦闘に専念できるというわけか」
(いや違うけど)
思わぬ結論に今度は深陽が慌てる。
だが反論は飲み込んだ。街の外に魔物がいるのは常識の世界なのだ。戦わなければ、元の世界に戻る手がかりに辿りつくことさえできない。
デカフェィネがこぼした仕事に対する不満気な口調から、旅へ加わりたいというのは、この環境から抜け出したいためかとも思えた。
しかし、先ほどの憂慮も本心なのだと分かる。
「巡礼の旅ですから、家族も喜んで送り出してくれるでしょう」
以前の、安心して外へ山羊を放せる生活を取り戻したい。その為には環境の悪化を、食い止めなければならないだろう。
それが、デカフェィネの目的。神へ願う旅だったのだ。
奇しくも、折よく深陽が現れ、デミタスの覚悟を目にし、今しかないと思ったのだという。
神との距離が近い時代とは、こういうものだったのだろうか。
元の生活の中で深陽にとって神頼みの機会といえば、正月は別とすると、受験の前か腹を下したときくらいのものだ。理解しがたい感覚であるから、その点で下手に反対をすれば問題になるかもしれず、深陽は口を噤むしかない。
深陽は涙を呑んで、デミタス、次にデカフェィネの顔を見る。
「頑張ろう!」
「はい!」
「よろしく頼む!」
ヤケクソな深陽の宣言に、同意の声が高らかに重なった。
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