幕間劇:≪ゴードンとアルフレド≫

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 ロマネスクの恩赦が開始されて、四日目の午前中。ラモンは組織の幹部から、突然の呼び出しを受けた。

しかも、同時に二名の幹部から、自分の元へ来るよう声かけが成されたのである。


 それは、ボス亡き後に跡目に一番近いと言われている、ゴードンとアルフレドという二人の上級幹部だった。

ラモンはそのタイミングの一致に、二人が連れ立って自分を呼び出したのかと考えたが、そういうことではないらしい。

どうやらたまたま、ラモンへの用件が重なってしまったようだ。


 もし仕事の依頼なら、幹部が殺し屋へ直接命令を下すことはまずない。自分が殺しへ関与したことを、周囲に知られることになるからだ。

どれほど公然の事実であっても、そうであるという証拠は極力残さない。それが、黒い社会で生き残ったものの鉄則である。

ましてや、現在面倒な争いに巻き込まれているラモンを、仕事へ起用することはまずないだろう。


 では、何の用件があるのかと思考を巡らせれば、考えられるのはロマネスクの恩赦のことしかない。

ラモンが普段から懇意にしているのは穏健派と言われるアルフレドであるが、今回の呼び出しはゴードンの方が早く連絡を入れてきた。


 跡目争いに興味のないラモンは、単純に先に連絡してきたゴードンの方から用件を済ませることにした。

待ち合わせ場所は、蕪新町にある例の食堂である。本来なら幹部が直接訪れることはまずない場所だ。


 ラモンはわざと待ち合わせ時間ギリギリになるよう調整し、食堂へと向かう。

早めに向かう必要も、遅れて登場する必要もない相手と判断しているからだ。


 いつものように遠慮なく店の奥まった座敷の襖を開けると、そこには護衛を二人付けた幹部のゴードンが、足を崩して座っていた。



「……どうも、和室ってのは性に合わねえな。今度から待ち合わせ場所は別の店にするか」



挨拶より先に舌打ちを済ませ、幹部のゴードンはラモンを見た。



「よう、ラモン。先にやらせてもらってるぜ」



 ゴードンは葉巻をくゆらせながら、ウイスキーをロックで飲酒していた。

和を基調とした店だが、客層は外国人が多いため、洋酒も十分に用意してある。


 ゴードンは、プロレスラーのような体躯をした男だった。指は太く、手に持った葉巻と比べてもその太さに全く遜色はない。

そのうち何本かは半ばから欠損しており、両手を合わせてもその数は十指に満たない。

その足りない指を補うかのように、自分の権力を誇示するきらびやかな指輪を、何本もはめている。


 コートの下の体は一見すると肥満体だが、その脂肪に隠された筋肉量は相当のものだ。

そしてその顔には縦横に様々な傷が走り、彼の迫力を全面に押し出していた。

組織の中でも武闘派と名高い、彼らしい容貌である。



「何の用だ、ゴードン。話なら手短に頼む」



 ラモンは、上級幹部相手でも不遜な態度を保ち続けた。ゴードンはそれに苦笑でもって返す。



「お前ら、外で待っておけ。ラモンと二人で話がしてぇ」



 ゴードンは傍らの護衛に退室を促すと、二人の護衛はすぐさま部屋から出ていった。



「それで、この忙しい時期に何の用だ?」


「まぁ座れ。そんなに時間は取らせねぇよ」



ラモンは言われてようやく、ゴードンの正面にあぐらをかいた。



「駆け引きは無しだ、単刀直入に言う。お前、俺の下に着く気はねぇか?」



ゴードンは葉巻をふかせ、煙臭い呼気を吹き付けながら尋ねた。



「ない。用件がそれだけなら、話はここで終わりだ」



ラモンは短く切り捨てると、くつろぐ間もなく再び立ち上がろうとした。



「まぁ待てよ。こっちもお前に見返り無しに味方になれとは言わねぇよ」


「金ならすでにある。地位も権力もいらん。どれも殺し屋には過ぎた報酬だ」


「それなら、ロマネスクの恩赦からの離脱はどうだ?」


「……何だと?」



 ラモンは露骨に眉をひそめて、不審をあらわにした。ゴードンはそれを見て、余裕の表情を浮かべる。



「なぁに、簡単な話だ。ボスはもう長くねぇ、恩赦を最後まで見届けるのは不可能だ」


「その上で俺がお前を囲ったと知りゃあ、他の殺し屋どももおいそれと手出しは出来なくなるだろうよ」



ゴードンは短くなった葉巻を灰皿に擦り付けると、グラスに半分ほど注がれていたウイスキーを一気に煽った。



「俺の傘下に入れ。そうすりゃ、お前は晴れて自由の身だ。悪い提案じゃあねぇと思うが?」



しかしラモンは、その提案にどういった興味も抱きはしないようだった。



「悪いが、たとえ不本意でもボスからの命令は絶対なんでな。あんたの下に着くつもりはない」



 ラモンの表情は、あくまでも冷たく無感情だ。

ゴードンはテーブルへ身を乗り出すと、ラモンを睨みながらウイスキーのグラスを握りしめる。

その握力の前に、グラスは音を立てて造作もなくヒビ割れた。



「そうか。それは俺と対立してでもってことか?」



 ゴードンとラモンの間の空気が、にわかに張り詰めたものとなる。

葉巻の煙がくにゃりと歪み、二人を避けて天井まで昇っていった。



「あんたこそ、ボスの指令を幹部ごときが無かったことには出来ないと知ってるだろう」


「んなことはどうでもいい。今お前が俺からの誘いを断れば、恩赦どころじゃあなくなるぜ」



 ゴードンは、あからさまな敵意をラモンへ向けて放った。

それを受けて、ラモンは一瞬、その顔に不敵な笑みを浮かべた。



「分かってるよ。あんたはどんな手を使っても、自分の思い通りに事を運んできた男だ」


「それが叶わなければ、俺を消すことくらいどうってことないと思ってるんだろう」



ラモンは、その怒気に何ら臆することなく、きっぱりと言い放った。



「だが、俺はボスが死ぬまではボス直属の部下だ。俺を使いたいなら、組織の承認を得るんだな」


「『独断で走るな、組織の意思を通せ』。それがボスの教えだったはずだ」



 そしてラモンは、ゴードンの強い視線を真正面から受けて、涼やかな瞳を投げ返す。



「心配しなくても、あんたがトップに立てば俺は嫌でもあんたに着いていく」


「あとは俺の力なんざ借りなくても、あんたが頭を張れると証明すればいいだけだ」



ゴードンは、それでもラモンを鋭い眼光で睨み続けている。



「後悔することになるぜ、ラモン」


「あいにく、俺は生まれてこの方後悔だけはしたことがないんだ」



 散々憎まれ口を叩いた後に、ラモンは食堂の一室から堂々と退散した。

廊下で待機していた護衛が、サングラス越しにラモンを睨みつけてくる。

だがラモンにとってそれは、赤子の眼差しと毛ほども変わらないものだった。



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 次にラモンが訪れたのは、蕪新町に存在する、とあるオフィスビルだった。目を見張るほど、とはいかないが、ほどほどに大きなビルである。

武闘派のゴードンと違い、アルフレドは組織の金銭勘定でのしあがった幹部だった。そのため、事務所も蕪新町の街中にあった方が都合がいいのだ。


 ビルの一室ではなく、丸々そのものがアルフレド所有のビルである。

ゴードンと違い権力を誇示するようなことはないものの、それだけで彼の資産力が窺えるというものだ。


 ラモンはエレベーターを使わずに、階段を使ってアルフレドの元を訪ねた。六階建てのビルの最上階が、彼の事務室となっている。

そこへはいつでもアポ無しに入っていいと、本人から約束されていた。



「失礼する。アルフレド、いるか?」



ラモンは六階の扉をノックすると、すぐに中へ入るよう促された。



「すまんな、ラモン。急な呼び出しをして」


「いや、構わない」



 上等な執務机の向こうに、幹部アルフレドはいた。ややくたびれたスーツにメガネをかけた、金髪の優男である。

ゴードンと違い、一瞥して裏社会の人間とは判断できかねる容姿をしている。



「今コーヒーを淹れさせよう。それとも、紅茶がいいか?」


「毒を警戒しなけりゃならん立場だ。悪いがそれは飲めない」


「そうだったな、すまん。まぁ腰だけでも落ち着けてくれ」



アルフレドはそばの椅子を指すと、そこへ座るようラモンへ告げた。



「そういえば、お前ゴードンからも呼び出しを受けたそうだな」



アルフレドは疲れた溜息をひとつついて、そう言った。



「相変わらず耳が早いんだな」


「あいつの情報は嫌でも聞こえてくるよ。こっちも命懸けなんでな」



 ゴードンとアルフレドは、長年反目しあった敵同士である。

実力至上主義でのしあがったゴードンと、組織に利益を還元することでのしあがったアルフレド。

そのやり方も性格も全くの正反対であり、それでいて組織への貢献度は二人とも甚大である。


どちらがボスの跡を継ぐか、二人が水面下で小競り合いをしていることは、ラモンも周知の事実だった。



「ゴードンがお前に声を掛けたのも、俺を始末するためだろうな」


「あぁ。そう考えるのが自然だろうな」


「全く、何というか……どこまでも単純で意地汚い男だよ、ゴードンは」



 恩赦でノーマークとなっている殺し屋を差し向ければ、それはアルフレドにとって死角を突いた攻撃となり得る。

それを知っているからこそ、ゴードンはラモンを、強引にでも仲間へ引き入れようとしたのだろう。

そしてそれは、アルフレドからしても容易に想像がつくことだった。



「なりふり構わないってのは、奴のことを言うんだな。灰色熊より執念深い」


「それより、あんたの用件はなんだ?ゴードンの件は予想がついたが、あんたが俺を呼び出す用に心当たりはない」



するとアルフレドは、難しい顔をしてラモンへ視線を傾けた。



「いや……少しだけ聞きたいことがあってな」


「なんだ?」


「『ロマネスクの恩赦』だが、お前はこれがどんな意図を持っていると思う?」



アルフレドは両肘を机の上に置き、その上に組んだ手を透かすようにこちらを見つめていた。



「それを俺に聞いて、分かると思うか?」


「ボスと一番関係が深いのはお前だからな。何か察するところがあるんじゃないかと思ったのさ」



アルフレドは真剣な表情で、こちらを覗いてくる。



「さすがの俺も、ボスの思惑全ては分からんな。あの人の考えは、何もかも終わった後にようやく理解できることがほとんどだ」


「そうか……お前でそうなら、他の誰にも分からんだろうな」



アルフレドは鼻から息を漏らすと、諦めたように言葉を繋げる。



「組織は、恩赦の動向を見守る方針で意見が一致した。ボスが誰とも面会しようとしないからだ」


「自分が死ぬかもしれないときに、遺言や相続よりも恩赦を優先させたのには、明確な理由があるはずだ」


「このままじゃ、組織はボスのカリスマを失っただけで終わっちまう。それだけは何としても避けたい」



ラモンはそれを聞くと、天井を仰いでしばらく考えた後、慎重に言葉を選んで口にした。



「殺し屋同士を争わせて、ボスにどういう利があるのかは俺にもさっぱりだ」


「だが、もしかしたらボスは、俺を殺そうとしてこんな大それたことを仕組んだのかもな」



その答えに、アルフレドはひととき色めき立つ。



「どういうことだ?」


「簡単な話だ。俺がこの手の騒動に首を突っ込めば、一番に狙われるとボスなら理解しているからだ」



その台詞に、アルフレドはよく分からないといった表情を返す。



「意味が分からん。もっと詳しく説明してくれないか?」


「説明するまでもない、簡単な理屈だ」



ラモンは、いつもの自然体のままアルフレドへ語って聞かせた。



「今、他の殺し屋連中が何を一番危惧しているか、分かるか?」


「それは……お前が誰を狙うか、とかか?」


「いいや。組織の殺し屋なら俺が望んで殺しに向かわないことは知ってる。奴らは、俺に逃げられることを危険視してるんだ」



アルフレドは驚きの表情を隠さないが、ラモンはそれを気にせず話し続ける。



「例えば、今ここで俺が恩赦への参加を無視してトンズラこいたとする」


「奴らは仕方なく、残った殺し屋同士で殺し合う。追う労力よりそっちの方が安く済むからな」


「そして参加者が削れたところで俺が戻ってくれば、生き残った奴は限りなく消耗した状態で俺と殺りあわなきゃならなくなる」


「だから全員示し会わせたように、立て続けに俺だけを狙って来やがるんだ」



アルフレドは納得したような顔を見せかけたが、すぐにまた懐疑的な表情へ舞い戻る。



「だがそれは、他の殺し屋同士でも同じじゃないか。お前だけが特別狙われる確証はないと思うんだが」


「それが、そうでもない。組み合わせ次第じゃあ、ある相手へなら圧倒的に勝てるってことが無くはないんだよ」



半信半疑なアルフレドへ、ラモンの説明はまだまだ継続する。



「まず、トゥーンとドクなら間違いなくトゥーンが勝つ。トゥーンはあぁ見えて切れ者だ。慢心したドクの罠くらい、看破するか無視して進める」


「たとえば、罠を仕掛けた通路を通らず外壁から部屋までよじ登って来るとかな」


「そしてドクとグラン=ウィッチは同じ待ちの殺し屋だから、まず鉢合わせることはない」


「そしてトゥーンとグラン=ウィッチなら、グラン=ウィッチが勝つ。何故ならトゥーンは、己の肉体の頑健さを過信していたからだ」


「物理的罠なら回避できるが、肉体を犯す罠には対応しきれないってことだ」


「こんな風に、勝ち負けには相性が大きく関係してる。そして、相性関係なく全員の敵になり得るのが俺って訳だ」


「そしてボスなら、俺対他の全員って構図も、難なく実現させることが出来るだろう」



 ラモンは過去、ロマネスクに教わったことを思い返していた。



『相手の行動原理を知り、何が可能かを探れば自ずと策は練られるものだ』


『それを察知出来れば、相手の裏をかくことも容易となるだろう』



 事実、彼の深謀は他の誰をも寄せ付けない深みへ達していた。

二手先、三手先を読み、相手の心理の裏を突くことにかけて、ロマネスクの右に出るものはいなかったのだ。



「しかし、ボスがお前に手をかけて得することがあるとも思えんがな」


「それはそうだ。だが、今のところそれが一番、恩赦の理由としては妥当なところだろう」



 この理論に穴があるとすれば、ラモンが恩赦へ興味を持たなかった場合のことだ。

事実、デルの裏切りさえなければ、今でもラモンは門外漢として振る舞っていたはずなのである。



「何にせよ、死にかけのボスの腹を探ろうってことほど無意味なことはないな」


「直接の害がないなら、これまで通り静観して成り行きを見守るだけにしておけ」



 ラモンはそう締め括ると、椅子から立ち上がって事務室を後にしようとした。



「待ってくれ、ラモン」


「なんだ、まだ何かあるのか?」


「そうじゃない。いつもの『ギブアンドテイク』だ、お前も何か聞いていけ」



 アルフレドとの情報交換は、一方通行で終わることがない。

相手へ情報を差し出した場合、こちらもそれに相当する何かしらのネタを与えられるのだ。

裏社会ではあまり聞かない処世術であるが、その情報の正確さから、確かな信頼を得ている実績もある。


ラモンは数秒考えた後に、アルフレドへ質問を口にした。



「俺の担当連絡員の野間だが、あいつは確かにあんたの紹介で、俺の元へ呼ばれたんだな?」


「そうだが……正確には俺が呼んだわけじゃないな」



ラモンはそれに、怪訝な顔をした。



「どういうことだ?あいつはお前からの紹介だと言っていた」


「正しくはボスからの紹介なんだよ。あの娘、数日前に突然俺の前に現れてな」


「なんだと?」


「何でも、海外でボスが目をかけていた娘らしい。直筆の紹介状を持ってたから、知り合いなのは間違いないはずだ」



ラモンは矢継ぎ早に、次の質問を尋ねる。



「紹介状の中身は?」


「『カンボジアで知り合った娘だ。腕は確かなのでラモンの連絡員につけろ』だと」



 アルフレドは、そこからさらに言葉を続けようとする。ラモンは黙って、それに耳を傾ける。



「ちょうど鯉衣が死んじまった直後だったんで、都合がいいと思ってあてがったんだが……」


「もしかして野間が来たのは、恩赦の始まる日付と前後してたんじゃないか?」


「……そういえばそうだな。恩赦が始まったちょうど翌日だった」


「紹介状は本当に、ボスの書いたものだったんだな?」


「筆跡鑑定もしたが、ボスのもので間違いはなかったよ」


「そうか。分かった、ありがとう」



ラモンはしばし考え深げにすると、簡潔に感謝の意を述べる。



「おい、待ってくれよ。その娘がどうしたっていうんだ?」


「多少不審なところがあったんで、聞いてみただけだ。ボスの紹介なら俺の気のせいだな」



 ラモンは強引にそう告げると、真っ直ぐに事務室を去っていった。

後に残されたアルフレドの瞳には、柔和な顔からは想像もつかないほど強い光が宿されていた。



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 野間はボスの知り合いである。その事実は、ラモンにある疑惑を浮かばせていた。ラモンには、アルフレドに知らせていない恩赦の真実が、ひとつだけあった。

それと合わせて考えると、野間がボスと示し合わせて何かしようとしていることは、間違いなさそうだった。


 しかし、その目的はと聞かれると、やはり皆目見当がつかないというのが正直なところだ。

非合理な理由なら幾らでも思いつくが、それら全ては恩赦など経由しなくても実現出来ることなのである。


 何しろ、今のボスは闇社会で誰もが一目置く要人なのだ。

大抵の願いは、その権力と財力で十分に成し遂げられる。


 たとえばラモンを殺すという目的があるなら、殺したものへ恩赦を与えるという風にすればいい。

組織を解体したいなら、他の組織へ重要な情報を売ることも可能だろう。

今のやり方では、組織へ無闇に傷を残すことになるだけなのは明白だった。


 そして、ラモンがそれをアルフレドへ伝えなかったのにも理由がある。

穏健派などと呼ばれてはいるが、実際にラモンが事を構えたくないのはゴードンよりアルフレドの方なのだ。


 アルフレドは組織内外で何かが起こったとき、ギリギリまで静観していることが多い。

その代わり、一度行動を起こせば誰よりも残忍で、狡猾な手段を躊躇なく選ぶ男なのだ。

ゴードンとの対比で静と動のように扱われているが、その本質はゴードンより数段厄介だと言える。


 加えて、周囲へ力を誇示したがるゴードンと違い、アルフレドは所有武器や私兵の数を悟らせない周到さがあった。

ただの善人が、裏の世界でのしあがることなど出来るはずがないということだ。


 その証拠に、ラモンは事務室へ訪れてから、アルフレドの強い視線に絶え間なく晒され続けていた。

ゴードンを獅子とするなら、その視線は獲物を品定めする、猛禽のような視線だった。


 そのアルフレドが、ロマネスクの恩赦について探りを入れている。これは恩赦の目的に対して、何かしらの推測を立てたからと考えることが出来る。


 それを本人がラモンへ伝えなかった以上、ラモンにとっても良くない推測であることは想像に難くない。

だからラモンは、己が得ている情報を伏せて、それらしい理屈だけを語って聞かせたのである。



(……ボス、あんたの真意はどこにあるんだ?)



 冬の蕪新町に、春はまだ遠い。薄曇りの午後の日差しを受けて、ラモンは一人、答えの出ない問いかけに挑む。

孤独な問いは、不完全な解のみを示して揺らいでいる。


 『恩赦を勝ち抜くこと』。それだけが、今のラモンに取れる唯一の方法だった。

ならば、勝ち進むしかない。その先に真の答えは、自ずと示されるだろう。


 残る殺し屋は、ラモンを除き三人。いかなる手段で挑まれようと、負ける訳にはいかない。


 決意を新たにしたラモンが、次の殺し屋の訪問を受けたのは、その日の夜のことであった。



≪続く≫



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