Part.7

「はい、どうぞ」


 テーブルに向かいパンに貪りつく朝比奈の前に、新はお茶の入ったコップを置いた。彼はそれを掴んで一気に飲み干すと、無言でおかわりを要求している。


「お腹空いてたんだね」


 コップを受け取った新は、再びお茶を注ぐ。両手にパンを持って忙しなく口に運んでいた朝比奈は、彼のそんな姿を眺めながら手を止めると、「お前、名前は?」と尋ねた。


「僕? 僕は萩原新だけど」


「……アラタ」と呟くと、彼はパンを持った手を下ろし、「アラタは、管理局員じゃないの? 俺のこと本部に通報しない?」


「通報?」と首を傾げた新は、「朝比奈くんって、指名手配犯とかなの?」


「いや、そうじゃないけど……」


 言葉を詰まらせた彼は、俯いて目を逸らしながら、「管理局としては、他の惑星連中にうろちょろされると迷惑だろうし」


「そのっていうのが、そもそも僕には分からないんだけど」と答えた新は、彼の顔を覗き込み、「犯罪者じゃないなら、通報もしないかな」と笑顔で言った。


「あ、管理局員じゃないの?」


 朝比奈は安心したようにため息を漏らすと、またパンを齧りながら訝しげに新を見つめ、「でもさ、こんな辺境の星の民間人で俺らの正体を知ってるなんて、お前もおかしな奴だな」と言った。


「それはまぁ、ちょっとした偶然で」と言葉を濁した新は向かいでラーメンを啜りつつ、「あの機械って、君の大事なものなの?」と尋ねた。すると朝比奈は鼻で笑いながら、「そんなわけ」と答えた。


「あれはただの作業用メカだよ。何日か前に宇宙こうから燃料補給要員が姿を消したんだ」


「へ、へぇ」


 新はよく分からないままに相槌を打つとまたラーメンを啜り、「それでわざわざ探しに来たんだ?」


「まぁ、嫌々な。宇宙港にはあんなの掃いて捨てるほどいるんだから。せっかく地球に来たのに、本当はもっと行きたい場所が――」と、そこまで話したところで彼は唇を尖らせ、「……アラタには、関係ないだろ」


 新はそれに対して笑顔で頷きながら、さらにラーメンを啜る。じっと黙り込んだ朝比奈は喉を鳴らしながら、その姿をまじまじと見つめていた。


「えっと、食べる?」と新が尋ねると、勢いよく頷いた彼はどんぶりを受け取って豪快に麺を啜り始めた。


「うまっ! これって、ラーメンって言うんだよな?」


「あ、知ってるんだね」


「こう見えて、地球には結構詳しいからな」


 そう言って自慢げに胸を張った彼は、「でも、こんなに美味いとは……」と唸りつつ残りを汁まで全て平らげると、そのまま横になってお腹をさすり始めた。


「お昼食べてなかったの?」


 空っぽのラーメン鉢を眺めながら新が尋ねると、「ここに来て三日間くらいは何も食べてないかな」と彼は寝ころんだまま答えた。


「三日!?」と驚いた新は、コップに注いだお茶を飲みつつ、「そりゃ腹ペコだよね」と言った。「僕だったら倒れてるかも」


「それがまさに、さっきの俺ってわけだ」


 起き上がった朝比奈は、新が手に持ったお茶を奪って飲むとまた素早く横になった。「あぁ、何が悲しくて俺がこんな後始末をせにゃならんのか」


「どうしてなの?」と新が聞くと、彼は一瞬言い淀んだものの、「一応、自社の開発製品だからな」と今度は素直に答えた。


「自社?」と目を丸くした新は、続けて目を見開き、「もしかして朝比奈くんって、社長さんなの!?」

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