Part.8
「いや、俺じゃなくてママの、……あっ。母親の! 経営してる会社だよ」と彼は焦って言い直した。
「俺はまだ若いから、今は単なる開発担当の一人って感じ」
「へぇ。僕と変わらない年頃に見えるのに、もう働いてるなんてすごいね!」
新は感心したように頷きつつ、「じゃあ、ママに頼まれてここまで来たんだ?」
「……お前。それわざと拾ったろ」
ぐったりと項垂れた朝比奈はため息を漏らすと勢いよく起き上がり、「ていうか、聞いてくれる? これがひどい話なんだよ!」と言って地球にやって来た経緯をぺらぺらと話し始めた。
事の発端は、宇宙港職員の監督不行き届きが原因だった。宇宙港の営業時間が終了すると燃料補給要員のメカは職員が所定の位置まで運び込み、ケーブルを繋いでスリープ状態にする決まりになっていたが、その日は一体だけ電極に繋ぎ忘れた機体があった。
取り残されたメカは静まり返った夜間の宇宙港内を徘徊し、とあるシャトルの前で積み込み作業を行う積載用メカに出会うと、あろう事かその積載用メカを引き入れて地球への逃亡を企てた。
その後、開発担当の朝比奈に宇宙港から連絡が入り、『メカの不備は、製品会社が全面的に責任を負うべきだ』と難癖をつけられた。その経緯を彼が母親に報告すると、『責任を持って開発者のお前が行ってこい』と命じられ、今に至るのだという。
「完全にとばっちりだね!」
「そうなんだよ」と答えた朝比奈は再び横になり、「会社にいる限り、あの人には逆らえないからさ」と沈んだ顔で呟いた。
「アラタが見た影は、たぶん積載用メカだと思うんだ。トレースである程度の足取りは掴めてるから、そっちは他の職員がもう確保してるかも」
「じゃあ、あと一体ってこと? そっちは僕も見てないけど」
「そうか……。あの場所に二体の痕跡があったのは確かなんだけどな」と悩ましい表情を浮かべた朝比奈は、次いでイラついたように頭を掻きむしった。
「もう嫌だ! 家に帰りたい、ゲームしたい、引き篭りたい! 少しは休ませろよなぁ。俺は陽の下を動き回るマッチョな人種とは根本からして作りが違うんだから」
まるで駄々をこねる子供のような姿に成り果てた彼を見下ろしながら、新は思い出したようにぽんと手を打つと、「ゲームなら、うちにあるよ」と言った。
「ほんと? やりたい!」
「大して種類は多くないけどね」と前置きしつつ、新はテレビラックの引き出しを開いた。立ち上がって彼の後ろから覗き込んだ朝比奈は、「お、これは?」と言った。
彼が指差したのは、新が去年購入した映画のブルーレイディスクだった。それを教えてやると、彼は嬉しそうに「おぉ、映画か!」と声を上げた。
「ひょっとして、朝比奈くんも映画が好きなの?」と新が尋ねると、「むしろ嫌いな奴なんているのか?」と逆に聞き返された。
「あぁ、映画も観たいし、ゲームも捨てがたい」
肩を落とす朝比奈を見た新は、ふっと笑みを浮かべ、「どっちもすれば?」と言った。すると彼は途端に俯いて顔を強張らせ、「でも、ホテルに泊まると履歴でバレるから、今のうちに今日の寝床を確保しに行かないと……」とどこか怯えたように答えた。
「お母さん、そんなに厳しいの? うちの母さんも結構恐いけど」と新が言うと、朝比奈はなぜか声量を抑えつつ、「……想像を絶するから」と周囲を警戒しながら囁いた。
「さっきのパンは接待費扱いで処理できるけど、さすがに宿泊費は誤魔化しが効かないな」
「あれって、接待用だったのか」
新は空になった紙袋をちらりと眺め、「今まではどうしてたの?」と尋ねた。
朝比奈はぼさぼさの頭を掻きながら、「大体は公園のベンチかな」と答えた。
「それはまた……」
まるでホームレスのような生活を強いられた朝比奈を哀れに思いつつ、新は床の上にへたり込む彼を見つめていたが、ふと気づいたように、「ねぇ、支払いの履歴が残らなければ問題はないんだよね?」と言った。
「そりゃそうだろ」
朝比奈は不貞腐れたように床を転がりながら、「公園のベンチで寝ても文句言われたんじゃ、もう寝ないで働けってことになっちゃうよ!」と半ば怒りを込めて答えた。「あぁ、俺の楽園に帰りたい」
「いや、そうじゃなくてさ」と手を振った新は、そのままゲーム機の埃を払いながら、「うちに泊まるのはどう?」と言った。「それなら、支払いも発生しないから問題ないでしょ」
「そうか! その手が――」と勢いよく声を出して飛び起きたものの、朝比奈は続けて気まずそうな表情で新を見上げ、「……でも、いいの?」と遠慮がちに尋ねた。
「もちろん! 一緒に映画観て、ゲームしようよ。僕もこういうのは都会に来てから初めてかも。あ、先にお風呂入ってくる?」
「……マジ?」
朝比奈は彼の好意的な対応に思わず目に涙を浮かべると、「地球人って、優しいのな……」と呟いていた。
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