Part.4

 午前中の講義を終えた新は、数人の同級生たちと学生食堂で昼食をとっていた。とある英語の授業で張り切った講師が数人のグループを組ませ、即席の会話練習をさせたことがきっかけで彼らはよく行動を共にするようになった。


「萩原くん、朝のニュース見た?」


 新の左隣に腰掛けた稲森は少食ゆえ、おからのコロッケをちびちびと口に運んでいる。同じ地方の出身ということもあり、彼とはすんなりと意気投合することができた。


「ニュースって?」


 口いっぱいにカツ丼を頬張りながら尋ね返す新を眺めた彼は、「あぁ、まずは飲み込もっか」と水の入ったグラスを手渡した。「ほら、ここ最近連続して起きてる事件で、女の子が――」


「それ知ってる! ポニーテール事件だろ」


 向かいに腰掛けた柳田が割って入った。今どきの恰好をした彼はいわゆる遊び人と呼ばれる類の人間で、誰に対しても距離感の近いところがある。


「ポニーテール事件?」


 新はグラスの水を一気に飲み干すと首を傾げ、「ポニーテールの女の子が、アイドルグループでも組んだのかな?」


「それは別に事件じゃないだろ」柳田は呆れた顔でそう答えたが、「……でもそうか、一定層の顧客にとっては、事件と言えなくもないな」と考え込んでいる。


「あはは。違うよ、萩原くん。ポニーテールの女性が連続して襲われてるんだ」稲森は優しく微笑みながら艶のある長い髪を耳に掛け、「突然気配もなく背後から現れて、ポニーテールを掴むんだって」


「え、それだけ?」


 事件というには、あまりにささやかな嫌がらせではないかと思いながら新は答えた。すると、左斜め前に腰掛けた糸井という女の子が、「それだけって言い方はひどいよ」と顔をしかめた。「軽く掴まれただけでも、結構痛いんだから」


 小柄な彼女は丸みのあるショートヘアをしているが、以前は髪を伸ばしていたらしい。


「後ろ向きに倒れこむくらい強く掴まれちゃうみたいでね、地面に尻餅をついた衝撃で腰や手首を痛める人がいたんだって」稲森は彼女の発言を補足しつつ、「もし頭を打ってたら、危ないところだったよね」


「尻餅かぁ」と呟いた新は、小学生の頃に好きな子によくちょっかいを出していた男子児童をふと思い出した。「――犯人は捕まったの?」


「それがまだ捕まってないんだ。被害者はみんな一瞬のことで何が起きたのか分からなかったって証言してるし、これといった目撃者もいないらしい」


「女の敵よね」糸井は凄んだ声で呟きながら、「人気のないところで後ろから狙うなんて、卑怯だわ」


「稲森も気をつけた方がいいぞ。お前なんて、後ろから見たら女みたいだしな」


 からかうような柳田の言葉に稲森は一瞬戸惑った表情を浮かべたものの、すぐに笑顔を作り、「はは、そうかな」と答えて両手で後ろ髪をまとめ始めた。「似合う?」


「おう、似合う似合う。後ろから追い回したくなるな」


「ちょっと! そういうの冗談でもやめてよ。柳田君ってほんとデリカシーないよね」と糸井は軽蔑した表情で言った。「稲森君も。あんなのに合わせてあげることないんだから」


「……あはは」と苦笑いを浮かべながら髪を解いた稲森は、少しばかり張りつめたその場の空気を元に戻そうと、別の話題を持ち出し始めた。


 帰宅した新はすぐにテレビをつけて夕方のニュース番組を観たが、ポニーテール事件については報じられていなかった。続けてバラエティ番組が流れ始め、タレントが食リポする場面を観た彼は気づいたように空腹感を覚えた。


「うわ、なにこれ美味しそう……」


 普段ならばそろそろ咲がタッパーを持って玄関口に現れそうなものだが、向かいの部屋を眺めると電気が消えていた。仕方なくキッチンへと向かった彼は、すぐに食べられそうなラーメンの袋麺を取り出して鍋に湯を沸かし始めた。そこへちょうど部屋の呼び鈴が鳴り、コンロの火を止めた新は玄関に向かった。


「咲のやつ、帰ってきたかな」


 扉をノックする音が、しきりに聞こえている。「はいはい、すぐ開けるから急かすなよな」とぼやきながら新が扉を開くと、そこには見知らぬ男が立っていた。

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