Part.3

「オーケー。今日はこの間のおさらいね。まず、ここはどこ?」


 ――エスポワール。


「そうね」タニアは正面に置かれた黒い椅子に腰掛け、「それじゃ、エスポワールとは何かしら?」と言って彼に顔を近づける。


 ――スペースシップの名称。我々は宇宙空間を航行し、惑星の探索に向かう。


「その通り。エスポワールは現在、滞在していた高軌道ステーションを発ち、本格的な惑星探索に向けて航行を始めたところよ」


 ――タニアは、クルーのうちの一人。


「イエス! とはいえ、私の専門は研究職だから、実質的な船員ではないけど」とタニアは答えた。「船のシステムなら、いざって時に少しは貢献できるかもね。そしてあなたには、航行中の私のパートナーを務めてもらうわ」


 ――パートナーとは?


「一言では説明しづらいけど、今は話し相手だとでも思っておいて」


 タニアは湯気の立ち上った黒い液体を口に含み、体内にそれを流し込んだ。


「今後は船の管理を全面的に任せていきたいわ。でも、まずは知識を蓄えること。まだ試験段階だから、今回のミッションは情報収集がメインよ」


 ――情報収集とは、何をするのか?


「あなたが実際的にすることは、明確には決められてないのだけど…」と答えたタニアは、「ひとまず旅行を楽しむことね」と目を細めながら言った。


 続いて立ち上がると、彼女は後頭部で結った後ろ髪を揺らしながら部屋の中を歩き回った。


「今後はあなたを移動式の端末に同期して、船内を案内していくね。クルーにも一人ずつ紹介していくつもりよ」


 そこで振り返った彼女は、ふと表情を強張らせながら、「正直なところ、情報を詰め込むだけなら端末入力で十分なの」と俯いて言った。


「実際、上司からはそうしろと言われてる。ほんと、頭の堅い連中は人工知能の本質がまるで理解出来てないんだから! 健全な精神には、学習環境が最も重要なファクターだというのに。……ったく。あいつらときたら」


 顔を上げたタニアは眉間に皺を寄せていたが、「ごめんなさい。話が逸れたね」と言うと口角を上げ、「私は出来れば、あなたには直接見て感じ欲しいの」


 ――見て、感じる。


「イエス!」タニアは自身のこめかみを指差し、「知識だけでは、所詮は機械のまま。あなたにはいつか意思を持って行動して欲しいの。大切なのは知識よりも感情だから」


 ――知識より、感情。


 ゆっくりと歩み寄った彼女は、画面に手を伸ばしながら、「これは私の個人的な願いで、ミッションとは関係ないけれど、今後の時代には欠かせない試みだとも思ってるの」と言った。「それを周りの奴らは、さっさと実装してしまえだとか、プログラムを組めば済む案件だとかお粗末なことばかり、ほんと腹立つ! ……おっと、今のは絶対に他言無用だからね」


 ――極秘事項は、どの情報か?


「うーん。まだ難しいか」


 タニアは指の先で頭頂部を掻き、「ゆっくり覚えていきましょ。これからよろしくね」と言って再び口角を上げた。

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