Part.7
「……まぁ」
深いため息を漏らした彼女は一瞬狼狽えた様子を見せたものの、すぐに開き直った表情を浮かべ、「私にはまだ、ここでやり残したことがあるの」と胸を張って答えた。
「はて、やり残したことですか。――この不肖シルマ、ピスカ様の為ならば、何でもお手伝い致しますぞ!」とシルマが勢いよく答えると、ピスカは目を泳がせながら人差し指を顎に当て、「べ、別に大したことではなくてよ」と焦ったように答えた。
「ですが、ピスカ様!」
「ねぇ、シルマさん。実はね、」
なおもピスカに食い下がる彼の耳元へ向け、新は顔を近づけた。
「ア、アラタ! 余計なこと言わないの!」とピスカは焦って止めようとしたが、彼はそれを無視して彼女に出会ってからの経緯をシルマにひと通り説明した。
「ほうほう。それはそれは」新から事情を聞いたシルマは、面白おかしい気持ちを全面に押し出しつつ、「ピスカ様ともあろう者が、何ともお恥ずかしい真似を!」とあくまでも無表情で声を上げた。「いやはや。このままでは旦那様にお顔向けできませんな」
「……あぁ」
ピスカは悲劇のヒロインのごとく地面に膝を折ると、「こういう時、シルマは本当に容赦がないのだから」と沈んだ声で答えた。「お父様も、今頃はお顔を真っ赤にして使用人たちを怒鳴り散らしているのでしょうね」
「今では、それ以上のことも……」
「まぁ大変!」
「シルマさんは、ピスカの探しものが何なのか分かるの?」
新がそう尋ねると、シルマは一度咳払いをしたのち、「これでも、お世話係にございますから」と澄ました顔で答えた。続けてピスカの左手首に視線を遣った彼は、「そちらに、反応はないのでございますか?」と小声で尋ねた。
「そうね」
愛おしそうに腕時計を撫でつけたピスカは、「ここに来てからすっかりご機嫌斜めで、ずっと黙りなのよ」と答えた。
「その時計がどうかしたの?」
新が腕時計を指差すと、ピスカは自慢げにそれを彼に見せつけながら、「この子はステイシーといってね、私の大事なお友達なの」と答えた。「今は少し機嫌を損ねているけれど、普段はとっても仲良しなのだから」
「時計が、お友達?」
新は再び、脳裏に高価な壺を思い浮かべた。二人でグルになって彼に詐欺を働こうとしているのかとも勘繰ったが、それにしてはあからさまに怪しすぎる言動や振る舞いの数々。「――あ、そうか。都会風の冗談だね!」
「そうですとも、アラタ様! 今のお話はご冗談程度に」シルマは慌てた様子で口を挟むと、「あれは我々が特別に堪えたユニーロというものにございまして、それが何かと申しますと、高度な人口AIシステムが搭載された、……えぇと、まぁ。端的に申しますと、ただの腕時計にございますよ」と尻すぼみに声を抑えながら、終わりの方は目を逸らして言った。
「何それ。全然分かんないけど」
新が訝しげな表情でそう言うと、今度はピスカが顔を出し、「この子にはね、一定距離内の位置情報をGPSで読み取る機能があるの」と得意げに答えた。「探しものだって、この子が簡単に見つけてくれるのだから!」
次いで寂しげに腕時計を眺めた彼女は、「あぁ、ステイシー」と液晶を撫でつけている。「どうして私のことを避け――」
「ちょうど今ね、井の頭公園に桜を見に行こう話になっててさ」
ぶつくさと独り言を呟くピスカには構わず、新はシルマに向かってそう言った。すると彼は静かに頷き、「私も是非、同行させて頂きましょう」と答えた。
「――それにしても、アラタ様は随分と達者な方でいらっしゃる」
公園に向かい始めた一行は、ピスカが一人で前を歩き進み、新とシルマは雑談をしながら後ろに続いていた。彼女は露店に目移りしながら周辺を巡り歩き、今はちょうど雑貨店の玩具が音に反応して動く様子に驚いているところだった。
「言っとくけど、ピスカと付き合う気はないからね」
「ほう。そのお話も非常に興味深い内容ですが、今は別の話題にございます」
シルマは空中に向けて手首のスナップを利かせると、「先ほどの屑かごは、我々から相当離れておりましたね」と言った。「アラタ様の指先には、何やら尋常でない才能を感じますな」
「え、そうかな?」
新は照れたように頭を掻くと、「昔から結構得意なんだよねぇ」と笑いながら答えた。「おかげで高校の頃はバスケ部でシューターをやらせてもらってたけど、シュート以外が全然駄目だったから、レギュラーにもなれなかったよ」
「なんと! 惜しい才能にございます」
シルマは彼の方へ身を寄せながら、「何かコツなどがお有りなのでしょうか?」と小声で尋ねた。「私もぜひとも習得したいものにございます。私のペットのイザベルが泥まみれでピスカ様の部屋へ立ち入られた際には、証拠隠滅のため即座に窓から池の方へ投げ入れたいと――」
「誰の部屋が、泥まみれなのかしら?」
いつの間にか二人の背後に姿を現したピスカが会話に割って入ると、シルマは咄嗟に黙り込んだ。
「コツっていうか、入りそうな時は何となく分かるかな」新は眼鏡のブリッジの辺りを指差すと、「投げた瞬間にね、この辺がムズムズするっていうか、何か刺さったような感じがするんだよ」と言った。「――あっ。でもコンビニの当たりくじとか引く時も似たような感じするから、もしかすると気のせいかも」
「まさしくそれは、才能と呼ぶに相応しいものでしょう!」
「そんなにすごいもんかな…」と首を傾げながら笑った新は、「シルマさんって、ピスカのお世話係? だっけ。その仕事は長いの?」と尋ねた。
「そうでございますね」
シルマは腕組みをしながら、「旦那様にはかれこれ、五十年ほどお仕えしております」と答えた。「ピスカ様には、およそ……」
「五十年!?」と新は目を見開き、「シルマさんっていくつなの?」
「私たちはね、ここの人たちよりも寿命が長いのよ」
今度はいつの間にか新の右隣に移動していたピスカが代わりに答えた。「これでもシルマは、お屋敷では若い方なのよ? 全然礼儀がなってなくて、いつも怒られているのだから」
「ピスカ様のお戯れが過ぎるせいでございましょう。私はいつでも全身全霊でお仕えしているつもりでございますよ」
「あら、私のために用意したお食事を平気で平らげてしまう人がよく言うわよね。休日はどのように過ごされているのでして?」
「ピスカ様、その件はどうかご容赦を……」
「数え方が違うのかなぁ。日本だと何歳になるんだろ」と新が呟くと、「まぁ、アラタ。女性に年齢を尋ねてはいけないのよ」とピスカは唇に人差し指を当てながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
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