Part.4
「ピスカって、たまに変な言葉使うよね」
澄ました顔で隣を歩く少女を横目に、新はそう尋ねた。「それって親の母国語とか? 出身はどこなの? スイス? あっ、ドイツ!」
「うーん、もっと上の方かしら」
笑顔で答えたピスカは、頬の横で両手を合わせ、「やっぱり言語の習得というものは、現地の人と話して成長するのが醍醐味よね!」
「上? 北欧とかかな。スウェーデン辺り?」
「ふふ。もっと、もーっと上の方なの」
「え、もっと? まさか北極とか? でも、あそこってそもそも人が住める場所なのかな」
そんな遣り取りをしながら途中で二つほど角を曲がり、しばらく歩き続けると前方の斜め上には<吉祥寺駅>と書かれた看板が見え始めた。
「あ、駅だ。なんだ、やっぱり道知ってたんだね。実はこの辺の子とか?」と新が看板を見ながら尋ねると、ピスカは自慢げに胸を張り、「いいえ。私はさっき教えてもらった通りに歩いてきただけなの」と答えた。
「さっき? ……あぁ」
新はやはり、先ほど自分よりも前にコンビニを訪れた彼女が店員から駅へ向かう道を尋ねていたのだと一人で納得しつつ、駅周辺を眺め始めた。
「それにしても、まるで異世界だな」
平日の昼間から人々でごった返す駅周辺の景色に、新は圧倒されていた。建ち並ぶ高層ビルに派手な電飾、行列のできた露店。ジャケットを肩に羽織り、タピオカ入りドリンクを片手に颯爽と歩く若者たちが、彼にはひどく都会的に映っていた。
「アラタ、エキはどこかしら?」
そう言って上機嫌に周囲を見回すピスカだったが、目の前にある横長の建物がそれだと新が教えると、彼女は驚いたように目を見開き、続いてがっかりした様子で項垂れた。「……ピーケの花ない。アラタが、嘘ついた」
「そっちが勝手に歩き始めたんでしょ!」
そうは言ったものの、彼女があまりに落胆した様子をみせるため、新はどこか責任を感じてしまい、「そもそもピーケの花って、何の花だろうね」と真剣な表情で考え始めた。「ピンクと言えば、この時期だとやっぱり桜かな?」
「サクラって??」
先刻までの落胆が嘘のようにけろっとした表情に切り替わったピスカは、「どこに行けば、それを見られるのかしら?」と新に詰め寄った。
彼女の勢いに思わず一歩退いた彼は、「そうだなぁ。こんな時は、専門家に頼るほかないね」と答えてポケットから携帯電話を取り出した。
「まぁ! なによその子!」
興奮した様子で携帯電話を指差すピスカには応えず、「この辺に詳しい子がいるんだよね」と言った新は電話を耳に当てた。
数回コールが鳴ったのち、相手から小声で応答があった。
「――なによ」
「もしもし、咲? あれ、なんか声ちっちゃいね。電波わるいの?」
「いや、今電車だし。田舎じゃないんだから、電波悪いわけないでしょ」と咲は冷めた声で答えると、「大した用事じゃないなら切るけど」
「あ、待って!」と慌てて声を上げた新は、「この辺で桜を見るなら、どこが良いのかな?」と続けて尋ねた。
「は?」
咲は怒ったように低い声を出したが、小さく一度咳払いをしたのち、「今どこなの?」と静かに言った。
「えっと、吉祥寺駅の近くだけど」
「吉祥寺?」
咲は少しだけ考えるような間を空け、「それなら普通、井の頭公園じゃない?」と答えた。「ていうか、今朝もその話したじゃん。今度お父さんが新を花見に連れて行きたいって」
「そうだっけ?」
彼の間の抜けた返答に咲はため息をつき、「あんたはほんと、人の話を全然聞かないんだから!」と小声で怒鳴った。「あと、帰ったら部屋の片付けを手伝う約束だったけど、私は何時頃に行けば――」
「わかった、ありがとな!」
新は話の半ばにも関わらず、そこで通話を終えた。興味津々に聞き耳を立てていたピスカは電話を切るやいなや彼の袖を引っ張り、「ねぇねぇ、それは通信機なのかしら。誰と話していたの? 何か分かった? ちなみにその子のお名前は? ねぇねぇ!」と執拗に問いかけている。
「えっと、この辺で桜を見に行くなら井の頭公園に行くのが普通なんだって」
新は手に持った携帯電話を指差し、「お名前って、これの?」
「そう、その可愛い子!」
目を輝かせながら鼻息を鳴らして首を縦に振る彼女の様子は、さながら餌の時間を待ちわびて尻尾を振る飼い犬のようだった。
「これは電話だね」と新が答えると、彼女は怒ったように頭を振りながら、「違うの、ちょっと貸して!」と言って彼の手から携帯電話を奪い取った。
「あぁ、買ったばっかなんだから落としたりしないでよ」と新は注意を促したが、お構いなしに携帯電話を弄んだ彼女は、続いて独り言を呟き始めた。
「まぁ、お名前はないの? じゃあ私が付けてあげる。えーとね、あなたは今日からポリマールよ! ――え、気に入らないですって? でも駄目。私がそう呼びたいのだから、それで決まりなの」
「ねぇ、そろそろ返してくれない?」
新が携帯電話に手を伸ばすと、「嫌よ!」と叫んだピスカに勢いよく手を払われ、彼は悲痛な声を上げながら手の甲を擦った。「……痛てて。ピスカって、妙に頑丈だよなぁ」
一方のピスカは、手を払った拍子に携帯電話を地面に落としてしまい、「あぁ、ポリマール!」と叫びながら心配そうにそれを拾っていた。
「あら、案外頑丈な子ね。――え、私なんか嫌い? ……まぁ、ひどいこと言う子だわ!」などと一人でぶつくさ言い終わると、携帯電話を新の方へ差し出し、「飽きたわ」と言って歩き始めた。
「……なんだろ。都会風のおままごとかな」
一人で歩みを進める彼女の背中を目で追いながら、新は首を傾げていた。
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