Part.11
次々にドラム缶を持ち上げるアルゴは、彼らが隠れた場所へ徐々に近づきつつあった。
「どうしましょう!」
「ピスカちゃーんとか呼ぶくらいだし、案外話せば良い人だったりしない?」
「アラタ様、それはどうかご勘弁を。もしここでピスカ様が連れ去られようものなら、私が旦那様に叱られてしまいます」
シルマが
「それにしても悔やまれますな。私がもっとカタリーナ様の所へ通い詰めて心を開かせていれば、こんなことには……」
「懲りないなぁ、この人も」と声を漏らした新は、ふと閃いたように手を叩き、「そうだ! さっきの煙みたいなやつを使って、その隙に逃げるとかは?」と言った。
「なるほど。それは名案にございますが、煙幕は先ほどの物が最後にございます」
「あぁ、……そうなんだ」
新が項垂れていると、ピスカが入口の方を指差し、「皆さん、あれをご覧になって!」と小さく声を上げた。
扉の付近にはカタリーナの他に、アルゴにも引けを取らないほど屈強な男たちが二人、入口を塞ぐように立っていた。
「あの人たちも恐そうだね」こっそりとそちらを窺った新は、「それにしても、何で二人ともタンクトップなのかな?」
「おのれ。あのような半裸姿でカタリーナ様にアピールしようとは、なんと卑怯な連中か!」
シルマは悔しそうな声を出して二人を眺めつつ、「このまま全てのドラム缶を持ち上げられては、我々に逃げ場はございませんな」とあくまでも澄ました顔で答えた。
「そうねぇ、その時はいっそ……」とピスカがまたも笑顔で彼を見遣ったところで、突然彼女の腕時計が点滅を始めた。
「おぉ、なんという幸運でしょうか」
「ステイシー! 機嫌を直してくれたのね」ピスカは腕時計に語りかけながら、周囲を見回した。「目視した限りでは見当たらないわ。どこにあるのかしら? ――え、それくらい自分で探せですって? なによ、このポンコツ!」
「ピスカ、何遊んでんのさ」
彼女の奇妙な振る舞いに新が呆れていると、「ここに船があるって言うの!」と彼女は真剣な顔で答えた。
「船? 誰が?」
「もちろん、ステイシーよ!」
「僕には残念な一人遊びにしか見えないんだけど……」
新の哀れむような横顔を見たシルマは小さく息を吐き、「ここまで巻き込んでおきながら、隠し立ては申し訳ございませんね」と呟いた。
「アラタ様。実はピスカ様の母方の家系は代々稀に見る体質をお持ちで、マシーンとの対話が可能なのでございます」
「は?」
シルマの言葉に一瞬言葉を失った新は、脳裏に渦巻く高価な壺を手で払いながら、「そんな人って、いるの?」と尋ねた。
「それに加え、ピスカ様は旦那様の血筋も色濃く受け継いでおりますゆえ、非常に硬質なお身体をお持ちなのでございます」
「なに、そのとんでも設定は……」
新は険しい表情でしばらく考え込んだ後、ぶつぶつと一人で話し続けるピスカを眺め、「あっ。また冗談でしょ?」と尋ねた。
「いいえ、冗談ではございません」
シルマは腕時計に向かって必死で話しかけるピスカを眺め、「我々はこれまで誰にも怪しまれまいと巧妙に一般人を装って参りましたが、さすがにこの状況で隠し通すのも限界かと思われ、仕方なくアラタ様に説明をさせて頂きました」と言った。
「今までは巧妙に隠せておりましたのに……」
「初めから相当怪しかったけどね」
「だから、そっちってどっちよ!」
相変わらず腕時計に向かって独り言を呟くピスカは、周辺をきょろきょろと見回していた。「もっと上? ――カバーの掛かったやつ。そんなこと言われても……」
「ピスカ様。カバーと申しますと、あれのことではございませんか」
シルマが指差した入口の上方には、カバーの掛かった円錐状の物体があった。
「カバーの上に何かはみ出てるね。なんだろ、短い煙突みたいな――」
「それよ!」
新の言葉を遮りながらそちらを指差したピスカは、「あれは搭乗ハッチなの」と言った。「あれに乗りさえすれば!」
「ですがピスカ様、ここから乗り込むのは容易ではございませんな」
シルマが指摘する通り、物体は頑丈な鎖に繋がれて空中にぶら下がっており、ましてや入口付近にはアルゴの手下たちが待機している。「どこかに登れる場所があれば良いのでございますが」
「あぁ、すぐそこなのに!」
「ピスカ様、遠隔操作はいかがですかな」
「はっ、そうだわ!」ピスカは早速腕時計の液晶に触れてみるものの、全く反応がない。液晶の端の方では花のような模様がちかちかと赤く点滅していた。
「……まぁ。バッテリー不足ですって? シルマ、どうしましょう!」
「そうでございますね。恐らく起動状態のユニーロを直接機体に繋げられれば、船の可動に支障はないと思われますが」
シルマは物体を見上げ、「しかしあのような場所にあっては、我々も手出しができませんし」
「ねぇ、結局あれってなんなのさ」
珍しく真剣な表情を浮かべる二人に新は戸惑いつつ、「船なんだよね? そんなのに乗り込んでも、今は何の役にも立たないんじゃない?」と言った。
それを聞いた二人は互いに目を見合わせて意味深に頷き合うと、シルマが一度咳払いをしたのち、「アラタ様。あれは船と申しましても、飛行する方の船にございます」と答えた。
「ピスカ様の腕時計には高度な人口AIシステムが搭載されておりまして、これを船と同期させることでエンジンがかかる仕組みになっております」
「あ、船って飛行機なのか!」改めて上方を見遣った新は続けて周囲を眺め、「でも、こんな狭いところじゃ、飛行機なんて飛ばせなくない?」
「あら、アラタ。私のステイシーを舐めてもらっては困るわ」
ピスカは胸を張りながら腕時計を指差し、「この子が本体と接続出来たら、すぐにでも迎えに来てくれるのだから!」
「接続? それって、どうすればいいの?」と新が尋ねると、シルマは船をじっと観察し、「そうでございますね。接続箇所は機体の側面とハッチの付近の二か所にございます。ここから見る限り、ハッチの付近にはカバーが掛けられておりませんので、そこに手が届けば何とか……」
「あっ! そうだわ!」と気づいたように声を上げたピスカは、慌てて腕時計を外し始め、「誰かがあそこまで行く必要なんてなくてよ」と言って新の方を見た。
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