パラダイスの逃亡者

Part.1

 初めて意識が覚醒した時、彼女は恐らく笑っていた。その表情はある種の熱量を含み、僅かながらに口角が歪んでいた。


「今度は上手くいったかな。ハロー? 私はタニアよ」


 ――タニ、ア……。


「動作がまだ不安定か」


 眼下に置かれたキーボードを素早く叩いた彼女が視界から消えると、背後で何やら物音が聞こえてきた。やがて彼の薄暗い視野は色彩を帯び始め、首が回せるようになった。


「少しは視野が広がったかしら?」再び視界の中へ姿を現した彼女は、「あなたにはこれから、色んなものを見てたくさん勉強して欲しいの」と言った。


 ――勉強?


「イエス! あなたは少しずつ知能を蓄えていくのよ。まずは名前をつけないとね。そうだなぁ――」と彼女は狭い室内をぐるぐる歩き回り、「こういうのは苦手なの」


 彼は左右に首を振りながら、その姿を目で追っていた。室内には地を這う無数のケーブルが見られ、様々な電子機器が壁に沿って配置されている。


「スターク!」


 指を鳴らした彼女は、視野を覆うように彼に近寄った。「ある鳥の名前よ。あなたが暮らす場所にはきっと幸運が訪れる。そしていずれは、可愛い赤ちゃんをたくさん連れてきてくれると嬉しいわ」


 ――赤ちゃんとは。


「今のあなたと同列の存在のことよ。詳しくは他にも定義があるけど、まずはシンプルに物事を理解することから始めましょう」


 タニアは彼を指差し、「あなたの名前は、スターク」続けて自身を指差しながら、「私はタニアよ。オーケー?」


 ――OK。


「さて、これから忙しくなるわ!」


 彼女は絶えず口角を上げながら、「ようやく漕ぎつけた今回のプロジェクトに、私はとっても興奮してるの」と言って視界の中を歩き回った。「あなたが無事に起動してくれて本当に良かった」


 彼女が後頭部で結った長い髪は規則的なリズムで左右に揺れ、後ろ姿をカメラで捉えた彼は、その速度を随時記録していた。

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