その九

 数日後、一月も半ばを過ぎた頃、依頼人・・・・・藤堂ゆう子が事務所オフィスを訪れた。


 彼女は相変わらずラフな服装である。


 俺はデスクの後ろにあったファイル戸棚から、報告書を持って戻り、次にポケットから小型のICレコーダーを出してスイッチを入れる。

(何時の間に録音してたんだ?なんて詰まらん質問は無しだぜ。俺はプロの探偵だ。仕事に忠実なのさ。そのための備えは常にしている)


 音量ボリュウムを一杯にしてあったので、が、狭いオフィス一杯に響き渡る。

 

 ゆう子はその時の『悲惨な声』を聞きながら、俺が渡した報告書を端から端まで何度も繰り返し読んでいた。


『・・・・貴方のご報告通りですと、姉は当分その”保護室”からは出られないことになりますね?』


『でしょうな。病院の規則では保護室にいる間は、たとえ肉親であっても面会は制限されます。ましてやですから』


 俺が調べた所によれば、みや子は妹のゆう子が演歌歌手としてデヴューして間もなく、精神に異常を来し始めたそうだ。


 そのうちに段々と酷くなり、仕事は愚か日常生活にも支障をきたすようになってきた。


 当時結婚していたもと所属事務所のスタッフである室井某は(現実に入籍はしていなかった。つまりは内縁関係のまま、殆ど彼女の”ヒモ”だったのである)、利用価値がある内は上手くコントロールしていた。


 しかしそれも、完全にダメだと分かると、後足で砂をかけるように、彼女の元から姿を消した。


 金の切れ目が縁の切れ目、この事なんだろう。


 みや子は最初の病院に入院し、一旦は症状が改善したため、退院したが、またすぐ元の状態に戻り、別の病院に入院。


 しかしそこでは一向に改善する気配を見られず、転院。


 また退院。


 しかしもうその頃には彼女の両親は亡くなっており、身内もおらず、稼いだ金も底をついた。


 結局彼女はそこで生活保護を受けることになり、今の『秋山病院』に来ることになったという。


 ただ、彼女は確かに無口で偏屈なところがあるが、普段はごく普通の人と変わりはない。


 何かのきっかけで昔の事や肉親・・・・特に妹のゆう子さんのことを思い出すと、凶暴になって手が付けられなくなるのだそうだ。


(私どもも、やれるだけのことはしてあげたいと思っているんですが・・・・力不足です)


 帰る間際、秋山院長が肩を落として俺に語った言葉が印象的だった。


『ご苦労様でした・・・・』


 ゆう子は傍らのバッグを開け、封筒に入った札を取り出すと、卓子に置き、俺の前に押しやった。


 俺は遠慮なく、と断り、勘定をしてみる。


 いつものギャラより、若干多く設定されてあったが、黙って受け取っておいた。



 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る