その六

 俺のは、やはり鈍っちゃいなかった。


 秋山病院・・・・創設は大正五年というから今から104年は前になるだろう。


 回りくどい表現は良しにしておこう。手っ取り早くいえば、


『脳病院』・・・・もっと分かりやすく『精神病院』・・・・いや、最近では

『精神科病院』というそうだ。(いや、言わなければならないという方が正確だろう)


 兎に角、精神こころの病専門の病院なのだ。


 確かに地上四階の建物はいささか古びてはいるものの、俺がイメージしていたような、鉄格子も柵もない。穏やかなものに見えた。


 こうした病院は、得てして面会者に対しては警戒が厳しかったりするものだが、幾つかのコネ(あまり好きな手じゃないが、この際だ。)を使って何とか主治医と面会することが出来た。


『渚みや子』こと、藤堂みや子の主治医は秋山五郎・・・・即ちこの『医療法人健心会、秋山病院』の現在の院長である。


 院長室に通され、面会した彼は凡そ50代前半、頭の禿げた小柄な人物であるが、医者にありがちな四角四面なタイプではなく、むしろ温厚で人柄の良さそうな紳士に見えた。


『藤堂みや子さん・・・・いえ、こちらでは”室井みや子”さんは、確かに当病院におられます』


 俺が認可証ライセンスとバッジを提示し、来院の目的について告げると、秋山院長は特に隠し立てすることもなしにそう答えた。


『彼女は当院に入院して、まる三年になりますか・・・・それまでは二~三の病院を転院していたんですがね。』


『病名は・・・・と伺っても、教えてはいただけないでしょうな』


 俺の問いに、院長は、然り、とでもいうように、ゆっくりとうなずいてみせた。


『貴方の依頼者がどんな方かとお聞きしても、やはり答えては下さらないでしょう?』


 そりゃそうだ。お互位秘密は守らねばならない仕事かぎょうだからな。


『・・・・しかしまあ、折角訪ねてきてくださったんですから、面会だけは許可致しましょう』


 彼はそう言ってソファから立ち上がると、先に立って歩きだした。


 まっすぐ続くリノリウムの廊下に、彼と俺の靴音が響く。


 何でも今日は病院の創立記念日だとかで、外来受診は休診なのだとかで、廊下は灯りが消えており、受付の前にはブラインドが下ろされ、ずらりと並んでいるソファには人っ子一人いない。


 突き当りに、二基のエレベーターがあった。


 右側の方には、

『節電の為、本日は停止しております』という札が出ていた。


 秋山院長は、白衣のポケットをごそごそやり、チェーンに繋がった鍵を取り出し、作動パネルの一番下にある鍵穴に突っ込んで回す。


 すると、パネルに灯りが点灯し、普通通り、


『上がる』のスイッチを押すと、ドアが開いた。


『どうぞ』彼は俺を先に乗せ、後から乗り込み、パネルの操作ボタンの、

③を押し、その後まるでタイプライターでも打つように、目まぐるしく幾つかの数字の上を指が動いた。


 音を立ててエレベーターが上昇する。


 軽い振動と、あの独特のベル音がして、エレベーターの箱が、

 ③で停止した。

 

 秋山院長の指が、また目まぐるしくパネルの上を動くと、ドアがゆっくりと開き、静まり返ったリノリウムの床があり、それから2~3メートル奥に、分厚いガラスで出来た扉があった。


 






 

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