その五
『誰に聞いてきた?』
そいつはテーブルの上に足を投げ出しながら、サングラスを額に持ち上げると、胡散臭そうな目つきで俺を見た。
『詳しく説明してやりたいんだがね。生憎と俺達にも「情報源の秘匿」って厄介な
俺が
『ま、仕方ねぇな』と足を下ろし、苦笑いを返した。
ここは中野にあるボロアパート・・・・いや、正確にはマンションなんだが、築40年は軽く越している。
俺の前に座っている男は、今は廃刊してしまったが、かつては女性たちの間で、
『読み逃すと一週間の話題についてゆけない』と言われたほど有名な、女性週刊誌の花形記者だった。
雑誌が廃刊になってからは、フリーの芸能ライターとして名をなしたのだが、今から10年ほど前に起こしたちょっとしたスキャンダル(武士の情けだ。黙っておこう。知りたければ勝手に自分で調べてくれ)とやらが原因で干されてしまった。
とはいっても、ライターの仕事は相変わらず続けているらしいが。
『あんた、記者をしてた頃は、渚みや子の番記者だったんだってな?』
俺はソファの背に尻を乗せ、壁に貼ってある『禁煙』と大書した紙をちらりと目の端に残しただけで、構わずにシナモンスティックを口に咥えた。
『・・・・忘れられた女王様のことを、今更聞きに来るなんて、あんたも酔狂なこったな』
嫌味な口調で言うと、デスクの引き出しから銀製のスキットルを取り出してあおった。
俺にも勧めたが断った。こっちは仕事中なんだ。酒臭い息をさせて仕事をするほど落ちぶれちゃいない。
『渚みや子、か・・・・あれは正に天才だよ。だがな、やっぱり「努力に勝る天才無し」ってやつだよ。何もしなけりゃ、落ちぶれるのだって早い。』
『その辺の話なら、こっちはとっくに調べがついてるさ。問題はそこから先だ』
俺が言うと、彼はまたスキットルをあおり、酒臭いゲップを、俺の鼻にまで届くほどに吐き出した。
『分かったよ・・・・誰に頼まれたなんて聞きやしない。その代わり
俺は懐に手を突っ込み、二つに折り畳んだ万札をテーブルの上に放り投げた。
彼はそれを受け取ると、スキットルを置いて丹念に二度ばかり勘定すると、
(よかろう)
という風に二度ばかり頷いてみせた。
『京急本線の生麦駅の西口を出てな。そこから歩いて20分ばかりのところに
「秋山病院」って古い病院がある。彼女はそこにいるよ』
『何の病院だね?』
『行ってみりゃ分かるよ』
彼はまたスキットルをあおると、デスクの上に畳んであった競馬新聞を取り上げ、
悪いな、忙しいんだ。といい、手を二・三回ひらひらと降った。
病院の名前を聞いた時、何となく嫌な気がしたのは、気のせいとばかりも言えないだろう。
こういう時の”カン”て奴は、結構当たるのだ。
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