その四

 本名、藤堂みや子。


 芸名、渚みや子は、妹のゆう子より七歳年長。

 つまり、ゆう子が四十七才であるから、五十二才ということになる。


 ゆう子によれば、姉とは十年ほど前に一度、群馬県は高崎市の文化会館でコンサートを開いた折、会場入りする寸前にタクシーの中から、キャリーバッグを引いて町を歩いているのを見かけたのが最後だったという。


 何度か人を介して行方を探ろうとしてはみたものの、それ以後の消息は全くつかめていない。


『姉は確かに高慢なところがあったのは事実ですが、決して悪い人間じゃありません。もう一度会って話がしたいんです。困っているなら私が力を貸します』


 俺はため息をついた。


 仮にも一度は『天才少女』といわれた身で、幾ら肉親とはいえ、妹と逢って和解したいなんて思うだろうか?


 しかしもう仕事は引き受けてしまった。


 疑問があっても、やるだけの事はやる。


 それが俺のモットーだからな。


 俺はまず、みや子が独立する前に所属していた芸能プロダクションを訪ねた。


 当り前のことだが、新陳代謝の激しい世界だ。


 さほど大昔と言うわけではないにせよ、その頃のことを知っているスタッフというのはもう殆どおらず、辛うじて今重役になっていた女性が残っているきりだった。


『私はみや子さんが売れなくなって、クビ・・・・いえ、独立する直前に入社したものですから、あんまりよくは知らないんですがね』


 彼女はそう前置きしてから話してくれた。


 その話は、確かにゆう子の話とあまり違いはなかった。

 

 事務所の中での彼女の評判は、お世辞にもいいとは言えず、才能も枯渇して歌も売れず、はっきり言って当時の社長もスタッフたちも、持て余していた状態だったという。


 そんな時、元事務所のスタッフで、みや子のサブマネージャーのような仕事をしていた男と知り合って結婚し、同時に、


『新しく出直す。ここじゃ私の才能を理解してくれる人間なんていやしないわ』という捨て台詞を吐いて独立。


 といえば聞こえはいいが、早い話がクビである。


 何しろ事務所の社長は、彼女を一から育ててくれた恩人でもあり、当時芸能界では首領ドンだなんて呼ばれた男だ。

 そんな人間に捨て台詞なんか吐いたんだ。

 芸能界なんかに残ってやってゆける筈はない。


 しかし彼女はそうは思ってはいなかった。


 枯渇した才能を何とか引っかき集め、芸能界の隙間を縫って細々と仕事を続けたようだ。

 

 同時にサイドビジネスを始め、再び芸能界で花を咲かせようと、見果てぬ夢を追い続けたという。


『で、事務所を辞めてからは?』


『一時は順調に行ったみたいですけどね、何せその彼女の結婚相手っていうのも、社長に散々不義理をしていたんですからね。上手くゆく筈なんかありませんよ。』


 仕事・・・・どうやら宝石か何かの訪問販売だったらしい・・・・のかたわら、地方のキャバレーで歌い、金をかき集めて制作したCDを、スナックやバーなどを回ったり、CDショップの前で、自前の即売会みたいなものを開いていたらしいが、当然ながら鳴かず飛ばずというやつだ。


 その後の事は、私にも分からないので・・・・・彼女はすまなそうにそう言って頭を下げた。


 またふりだしか・・・・俺は腹の中でため息をついた。






 

 




 

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