第9話 

「お待たせ、ゆうちゃん」

「……行くか」


放課後。

蓮架と待ち合わせをしていた僕は、待ち人が来たので素っ気なくそう言った。


なぜかはわからないけど、最近蓮架の様子がおかしい。


中2のクラス替えからはあまり話して来なかってけれど、今になってやけに話しかけてくる。それほどクラスの中心にいない僕に蓮架みたいな中心人物が話しかけてくるとぶっちゃけ少し困る。

変な視線を浴びるのもそうだが、何よりクラスの蓮架ファンからの目が痛い。


「最近やけに話しかけてくるけど…………どうした?」

「え、別にいいでしょ?幼馴染なんだからさっ」


そう言って蓮架は僕の背中を叩いた。

地味に痛えな……。


「部活、どうなの?」

「別に、本読んで談笑してるくらいだよ」

「へー」


会話というものは片方がそのつもりがないと、続かないものらしい。今回の場合は僕である。


「ゆうちゃんはさ、ご縁て信じる?」


唐突な質問である。


「急にどうした?」

「いいから答えてよー」


そう言って彼女は微笑んだ。


「んなもんあったら僕にだって友達百人できてるよ……」

「確かにそうかもね……」


いや『かも』って……ご縁とやらがあっても友達できないってか?


「私は、信じるよ」

「…………」


何も言えずに否定する僕を説得するように、蓮架は口を開いた。


「小学生でも、中学生でも関係なくさ、一度会ったことある人には縁があると思うんだよね」

「そんなの」「確かに絵空事かもしれないね、だけど、さ」


それだけいうと彼女は一度微笑んで。


「そうじゃないと…………なんか悲し過ぎないかな。一度会っただけで終わりだなんてさ」

「………………」


確かにそうかもしれない。けれど現に僕は出来てない。人間関係ほど面倒で退屈なものはない。だから、避けた。

彼女の言いたいことも、そこに隠されている想いも、僕にはわかる。


けれど僕の頭は全力でそれを否定していた。


ねえ、蓮架。

僕が君の幼馴染という縁があるならさ。

どうしてあの時助けてくれなかったの?


なんて、考える。


わかってる。責任転嫁だ。認めたくないだけ。


だけどそうじゃないと僕は自己否定で消えてしまう。


「じゃあ、私この後友達とカラオケ行くから」


そう言って彼女は手を振った。


僕はただ、蓮架が背を向けるのを待っていた。


×××


「なあ、折鶴」

「なんですか?」


料理を作っている折鶴に僕は話しかける。

あのことについて。


「お前はさ、縁て信じる?」

「んー」


そう言ったあと頭を彼女は傾ける。


「中間、ですね」

「中間とは?」

「縁て、最初はそれこそ神様から与えられるものかもしれないですけど」

「うん」

「けど、継続させようとしないと続かないんじゃないかなぁって」

「なるほど」


その通りかもしれない。

僕もそうだし。


「驚くくらいにすぐ結びつくのに、限りなく脆いのが縁じゃないんですかね」

「そう、かもな」


心から納得させられた。さすが生徒会長、考えがしっかりしてらっしゃる。


幼馴染という縁でさえ僕は続けようとしなかった。だからここ数年は蓮架とは話さなかった。

けれど蓮架が縁が完全に切れないよう保とうと、すなわち継続させようとしているから、僕と蓮架は話しあえている。


けれど、どうしても僕は蓮架を受け入れられない。壁を作ってしまう。

そうしたくなくても心のそこじゃあ僕は蓮架が嫌いなんだ。だから、無意識な意識で壁を。


「優くんはどう思うんですか?」


折鶴は一度手を止めてからそう言った。しかしそのあとすぐに手を動かした。


「僕は…………そんなのないと思う」


きっと僕は変われない。


「継続させようとしても、無理だ」


嘘だ。


「嫌いは、嫌いなんだ」


何言ってんだ。僕は。話の趣旨が違うじゃないか。


「…………優くんがそう思うなら、そうなんじゃないんですかね」


そう言って折鶴は微笑んだ。

けれどそれは悲しいものではなく、彼女が言った言葉通りの微笑みである。


全部僕に任せたような、無責任なものだ。


正しい。折鶴は正しいことしかしない。

確かに僕の気持ちは僕が整理するべきだ。


僕は蓮架が嫌いだ。普通に、嫌いだ。

無意識なんかじゃない。


あの時彼女は傍観者だった。理不尽なのはわかってるけど、嫌いだ。


「何か悩みがあるなら、聞きますよ。それを解決するのが私がここにいられるっていう証明、です」

「ああ。必要になったらそのうちな」


母性本能に溢れた笑顔を折鶴は浮かべると気を取り直したようにお盆を持った。家は居間とキッチンが同じフロアなので何をしているか一目瞭然である。


「ささ、食べましょっ!今日はカレーです!」


いつもと違う女子のいる居間という光景に、僕は少し微笑んだ。



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