第6話 

夕食も食べ終わり、一人で落ち着ける至高の時間がやってきた。


なんだかんだこの時間が僕は一番好きかもしれない。テレビを見ながらソファの上で怠惰をむさぼる。なんていう最高な時間

「ねえなんか喋ってくださいよ、黙ってるのはつまんないですー」

になるはずだったのに。

しっかりと思考を現実に遮られ、ため息をついた。


「どうする?何話す?どう警察に突き出すかでいい?」

「こんなかわいい服着た美少女がいるのに何ですかその反応……。あなた本当に男ですか?」

「男の中の男だから硬い意志を持ってるんだよ」


しかしながら可愛かった。

上下共にお揃いのフワフワした感じの部屋着を着て頬を膨らませているのはなんか、あざとい。


「てかなんで居候なんてしなきゃいけないだよ」

「いやぁなんか私悪の組織だかに追われてまして…」

「はぁ、男みんな厨二病じゃないっての。それに釣られるほど僕は甘くない」


ため息混じりにそんなことを言うと折鶴さんは心外そうな顔をして

「あれ、てっきり私男の子はみんなこれでなんとかなると思ったんですが……」と言った。


「男子舐めんな」簡単に返す。


ちなみに主に僕な。


「で、本当は?」

「…………あそうだ今面白い番組が!」

「…………ま、言いたくないならいいが」

「……詮索、しないんですね」


折鶴さんはうつむきながらそう言った。

まあ僕は関係ないし。


「詮索してもどうしようもないだろ。…………安心しろ、どちらにせよ僕はお前のこと認めないから。住まわせてもらってるってことは忘れんな」


すると折鶴さんはニヤッと笑った。


「あー、住まわせてくれるんですねー」


そう言って僕のあばら骨あたりをグリグリしてくる。

あー、ウゼー。


「くっつくな離れろキモい」

「なんですかその態度あなた本当に人間ですか」

「ほんと自意識過剰な、お前」


そんな僕の反応に呆れたのか、折鶴さんは立ち上がり、廊下へ向かっていた。


「お風呂入ってきますね」

「あー、残り湯捨てとけよ」

「なんでですか?もったいなくないですかー?」

「お前の残り湯に入ったら汚される」

「なんだと思ってんですか私のこと……」


えー、居候クソうろうでしょ君。


「てかそこ普通はウハウハなんじゃないんですか…」

「…僕は賢者なんだよ」


……賢者舐めんな。




×××


「寝るか」

時刻は十一時半。夜も深まったのと一緒に眠たさも深まってきたので立ち上がる。


「じゃ私も」


それだけ言って折鶴さんもテレビを消したあと立ち上がり消灯した。


自室へと向かい、ドアを開ける。

ワンテンポ遅れてドアもしまった。


騒音対策にそういう構造にするあたり、建築家の方々には頭が上がらない。


目覚まし時計を確認してから布団をめくり、中に入る。


瞑目すると耳鳴りが鼓膜を揺らす。

静か過ぎると逆にうるさくて考えごとができる。そのうちに眠りにつけるから布団は万能である。


しばらくすると布団の擦れる音がして、ベッドが軋む音がした。


「……いや何してんだよ折鶴さん」

「いやちょっと添い寝を」

「いらねえよ母さんの部屋で寝ろ」


それだけ言い残して寝返りをうつように反対側を向く。


「………………ヒグッ⁈」


背中を何かでなぞられるような感覚が体をおそった。


「なにしてんだよ」「ねえ優くん」「話聞けよ…」


それでも突かれるような感触は続いていた。

もう突っ込む余裕も体力もないし、突っ込んだところで止める気もしないので、少し離れる。そして振り向いたそうじゃないと何かされそうだ。


「……如月きさらって、呼んでくれませんか…?」

「そんな仲じゃないだろ、僕ら」

「恥ずかしんですかぁ?」


そう言ってまた僕をつつき出した。いい加減やめてほしい。


「これから一緒に暮らすんですし、『折鶴さん』じゃ他人みたいじゃないですか」

「いやしっかり他人だろ」

「…じゃあ優くんは一緒に暮らす人を他人ていうんですか?」


たしかにそれはそうかもしれない。眠くてろくに頭も回らなかった。



「大丈夫です。他人だと思われないように、居候なりに優くんのために出来ることは探しますよ」

「…………じゃあせめて折鶴でいいか…」

「えー、まだ遠いなー」


不満そうな声で折鶴はそう言った。



「けど、それでもいいです。ありがとうございます」



瞬間、折鶴の顔に光がさした。

先ほどまでは薄暗かったのに、月が顔を出したからか、急に明るくなったのだ。


「ッ…………………………」


思わず息をするのを忘れてしまった。

息もできないほど、綺麗で、美しかった。

髪の毛が一本一本はっきり目に写っているのと、吸い込まれるほど大きな目があったからか、瞳を見れない。


少し香るシャンプーの香りがより雰囲気を際立たせていた。


「……………………きれぃ……」


思わずこぼしてしまった言葉だったが、撤回する気にもなれなかった。


折鶴如はひたすらに美しかった。


「な、なんですか急に、調子乗らないでください」


そう言って顔を紅潮させてから折鶴はそっぽを向いた。

つられて僕も寝返りをうつ。


……この夜も、これからも、平凡がいいと実に願っている。


けれど再び布団の擦れる音がしたあと背中に当てられた小さな手のひらに、僕はなにもできなかった。



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