第3話

昨日今日と衝撃だらけのことが起きているが、それでも時間は過ぎていくものである。


そうやって放課後を迎えて、僕は文芸部部室の前に立っていた。文芸部部長 編笠月見あみがさつきみ先輩を待っているのである。


中学の頃は後輩が部室の鍵をもってこなくちゃいけないみたいな所があるが、ここ瀬川高校では原則部長が持ってくることになっている。


瀬川高校文芸部は部員三人の小さな部活で、もし来年新入部員が入ってこなければ、僕らの代での絶滅が危惧されている絶滅危惧部である。


しかも僕と編笠先輩以外のもう一人の部員は絶賛自宅警備員で、部活に顔を出すことはほぼない。前に見たのはきっと僕が一年の頃だ。


そうやって考えを巡らせていると、コツッコツッと落ち着いた足音がしてくる。先輩が来たらしい。


先輩の顔立ちは非常に整っている。きっとあの迷惑生徒会長より綺麗…………いや、正確にはもうカテゴリが違うかもしれない。


生徒会長が“可愛い”美人なのであれば、編笠先輩は“美しい”美人だ。


文句のつけようがない綺麗な顔立ち。透き通る真っ白な肌に対して宇宙を思わせる長い黒髪の対比が素晴らしい。これはもういわゆる美術品だ。


「あら、優くん、今日は早かったわね。そんなに私に会いたかったのかしら」

「別にそう言うわけじゃ…」

「あらそう……」


そう言って編笠先輩は鍵穴に鍵を突っ込み、がちゃりと回す。

しかしなかなかドアを開けない。


「どうしたんですか先輩」


僕がそう問うと先輩は振り返って少し様子を伺うと急に僕の顔に先輩の顔を近づけてくる。


「え、ちょ」

「…私は会いたかったのに」と僕の耳もとでささやいてきた。

「…………」

「もう頬を赤らめないのね……また新しいことを考えないと…」


僕のノーリアクションに先輩はそう呟いた。そして新しい遊びを見つけた少年のように口角を上げた。


…………追記しよう。

先輩の顔立ちには文句のつけようがない。


しかしだ。


先輩の性格には文句のつけようしかない。


×××


本来文芸部というものは小説とか、随筆だとかを書く部活らしいが、ここの文芸部にははっきりとした部活動の規定はない。


せいぜい読書感想文を書くぐらいで他は本を読んだり談笑したりするくらいだ。


だからこそこの部室には小説がすごく多いのかもしれない。


ふと疑問に思ったことがあったので本にしおりを挟んだ後、隣に座る先輩に質問してみる。


「…編笠先輩」

「何かしら愛の告白?それとも愛の告白?」

「どんだけ告白されたいんですか?自意識過剰ですか?」

「そうよ自意識過剰になるのも仕方ないじゃないだって私」

と言った後先輩は見下すように僕を見ると僕の足に手を添えて、


「綺麗だから」


と言う。そうした後意地悪く笑うのだからずるい。


「…………」

「……なんだか優くんも素っ気なくなってきたわね、趣向を変えた方がいいのかしら」

「いや、まず趣向をこらさなくていいですから…」

「……人生工夫しないと面白くないわよ?」


といって先輩は微笑む。


「で、何かしら」

「文芸部部室の本て先輩が入部した時からあったんですか?」

「いえ、ここの本は全て私の本よ」

「へえー………………ん?」


思わず笑顔が引きつってしまう。

ここの本が全て先輩のもの、だと…?


「え、馬鹿ですか先輩」

「…馬鹿、ねえ…………優くんも口を利くようになってきたわね」

「先輩の影響ですよ」

「あら心外ね。私あなたほどの口はきいてないわ」

「心外なのはこっちですね、口だけじゃなく行動もよくきかせてると思うのですが」

「大丈夫、安心して優くん。行動はともかく口はあなたの五十三倍きかせてるわ」

「中途半端な数字を出すあたり先輩らしいですねってか先輩の影響ってこと認めるんですね」

「だって事実なんだもの」

「全くです」


僕と先輩はいつもこんなくだらない話をしている。教室よりかはここの方が居心地がいい。それは認めるしかない。


最初は先輩のあの年頃の男の子の理性を逆撫でするような態度に戸惑ったが、最近ではあまり気にならなくなっていた。住めば都というやつである。


チラッと先輩の方を見ると先輩は微笑んでいた。この微笑み…………何が画策している目だ。極力関わらない方がいいかもしれない。


からかわれるのはごめんなので、目を本に移す。


「ねえ優くん」

「……ッ…」


いきなり耳もとでささやき声がしてビクッとしてしまった。大丈夫、いつものことだ。


「優くんは“順列都市”というSF作品を知っているかしら?」

「知りません…………んは⁈」

いつものことじゃない⁈この押し付けられている双丘は……⁈


思わず振り返ろうとして頭を回そうとすると、そうはさせないと先輩は僕の顔を押さえる。


「人格や記憶がコンピューターにダウンロードできるようになった世界のお話なんだけど…」

「はひぃ⁈……」


なんかさらに押し付けられてる気がする…。


「是非読んでほしいなーっ、って」

今度はほおの付近で息を感じる。駄目だこれ…。もう無理‼︎


「わっかりましたからっ!離れてください!」と先輩の悪手から逃れようと身をよじる。


「あら」


あっさりと離れられたけれど……問題はこの後だ。


先輩は離れた僕に興味がそそったのか少し微笑んだ後

「あら、やっぱり優くんも男なのね、神名優くん…………いや、くん……ウフフ」

「うぐ…………先輩はやっぱ意地悪だ……」

「あらあなたは興味を持ったものの研究に打ち込む科学者を意地悪と言うのかしら………くん…………クフフ」


うぐぅ………………。


からかわないでよ、編笠先輩…。


×××


あんなことはあったけれどそのあとは無事に1時間ほどエロガキと呼ばれるだけで済んだ。


ひどい時は翌日になっても先輩いってるからな……。


「そろそろ私たちも引き上げましょうか」

「そうっすね」


簡単に受け答えをして、僕は支度をし始める。とは言っても本をしまうだけだが。


「じゃあ行きましょうか」

「はい」


そう言って僕と先輩は席を立って出ようと『ガラガラ』したらドアが開く音がしたので足を止める。


「あの、神名くんに用があるのですが」


肩にかかるくらいの髪の毛の彼女には奇しくも見覚えがあった。


彼女は堺路蓮架だった。





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