迷宮を往く

@n-abesan

第1話 些細な思い付き



 "迷宮"。

 そこは一歩足を踏み入れれば、常識や理が全く通用しない別世界。

 例えば、全てを焼き尽くす灼熱の大地が広がり、大気中には一吸いするだけで死に至るような猛毒が漂う危険地帯。或いは、森、砂漠、雪山が入り混じり、辺りには腹を空かせた巨大生物がギョロリとその目を光らせている無法地帯。そんな非常識な空間が、迷宮という場所なのだ。

 迷宮を取り巻く過酷な環境、そしてそこに生息する好戦的なモンスター達は侵入者を拒み、人々に耐え難い恐怖と絶望をもたらす。

 だが、それでも尚、人々は迷宮に挑むことをやめられない。何故なら、迷宮にはそれらと同じくらい、否、それ以上の夢と希望が隠されているからだ。

 迷宮内で見つかる"宝物トレジャー"や、モンスターを倒すと入手できる"魔石"を持ち帰ることで、莫大な富と名声を手に入れる。そんな栄光を掴もうと、数え切れない人々がロマンを胸に迷宮に挑み続けているのだ。多くは志半ばで散る者ばかりであるが、中にはその力で夢を現実のものとし、確固たる地位を築いた者達も確かに存在している。だからこそ、人々はやめられない。どうしても迷宮に夢を見てしまう。挑み続けてしまう。

 いつしか、そんな人々は"探索者シーカー"と呼ばれるようになり、今でも多くの人々が探索者として迷宮に挑み続けている。

 迷宮は世界に複数存在しているが、その中でも最も大きく、最も危険で、最も魅力的な迷宮はどこか。そんな質問を探索者達に問いかければ、皆口々にこう言うであろう。

 それは、“クラーク”であると。

 地中に根を張るように、深く大きく広がっている大迷宮。クラークと名付けられているその迷宮の大きさと危険度は、まさに世界一と呼ぶに相応しい代物なのだ。

 

 そんなクラークの最初のステージである第一階層を、一人の青年が全速力で駆け抜けていた。

 青年の名はレオン。

 この日、初めて大迷宮クラークに挑んだ新米探索者だ。年の頃は16歳程度で、短い黒髪にまだあどけなさの残る顔立ちをしている。

 ここが地下だとは到底思えないような大木が生い茂る森の中、レオンは死に物狂いで走り続けていた。彼を追いかけているのは、複数の“キエン”と呼ばれるサル型のモンスター達。その異様に長く発達した腕と鋭い爪を用いて探索者を狙う、一階層によく出現するモンスターだ。

 

 「はぁ……はぁ……くそっ」


 走りながら思わず声をあげるレオンだが、その行為は状況を好転させるどころか、走り続けるのに必要である貴重な酸素を無駄に消費するものにしか過ぎない。

 彼の胸中には、後悔という感情が溢れかえっていた。迷宮に挑むことの危険性は十分に理解できているつもりだったレオンだが、彼の目前に迫っている死の恐怖は、その予想をはるかに超えるものだったのだ。

 彼は決して、一獲千金を目指してここにやってきたわけではない。自身が、探索者として大成などできない平凡な人間であることを自覚していたからだ。しかし、彼には選択肢がなかった。

 親に捨てられ、孤児であったレオンは、田舎町の孤児院で育てられた過去を持つ。親の顔も分からず、孤児院にうまくなじむことも出来なかった彼は、十分な食事も愛情も手にすることなく過ごしていた。そんな彼に追い打ちを掛けるように、10歳の頃に経営難で孤児院が潰れてしまう。

 一人で生きていく術など持たないレオンはその後スラム街へと流れ着き、人間らしさとは程遠い生活を強いられることになる。ゴミを漁り、盗みを働き、何とか日々を過ごしながら、幸か不幸か、6年間もの間スラムでその命を繋いできた。

 生きる意味も目的もなく生を浪費し続けていた彼は、ある日ボランティアの炊き出しを行っていた女性探索者と邂逅することになる。高価な装備を身にまとい、自信と誇りをその表情に滲ませていた探索者に、彼は目を奪われた。サリアと名乗った女性探索者は、スラム街の人々にも分け隔てなく接してくれたのだ。


 『私も元々ここの出身なの』


 気品すら漂わせているサリアが告げたその言葉は、彼に大きな衝撃をもたらした。彼女も元はレオンと同じようにスラムでの生活を送っていたにも関わらず、一か八かで挑んだ迷宮探索を成功させ、今では探索者として生計を立てているというのだ。

 サリアとあまり多くの言葉を交わすことができたわけではなかったレオンだが、その体験は彼に大きな決意を抱かせた。

 探索者となる。

 そう決意したレオンは、何とか工面した金で買った短刀を手に、大迷宮クラークに挑んだのだ。

 彼は、決して自分が無謀な夢を抱いていたつもりはない。何も最初の探索で成果を出そうなどとは思っていなかったし、一発逆転の大秘宝を手に入れようなどとも考えてはいなかった。まずは一度迷宮をこの目で見てみよう、そういった気持ちでの初探索であった。

 しかし幸運なことに、否、不幸なことに、思いのほかモンスターと遭遇することのなかったレオンは、クラークの不思議な魅力に魅入られて知らず知らずのうちに奥深くまで足を進めてしまっていたのだ。

 結果として、彼は絶体絶命のピンチに陥ってしまう。

 モンスター1匹程度なら何とかなるかもしれない。そんな、当初レオンが抱いていた浅い考えを打ち砕く凶悪な姿形をしたキエンが、複数対で彼を追い詰めているのだ。

 死。

 必死に走り続けるレオンに、はっきりとその恐怖が押し寄せる。キエン達に捕まり、その鋭い爪で自らのはらわたを切り裂かれる光景が、彼の脳内を駆け巡る。

 気づけば涙を流し、ガチガチと音を立ててその顎を震わせていたレオン。それでもなお、懸命に走り続けることが出来ていたのは、長いスラム生活で培った強(したた)かさ故である。だが、それが彼の命を繋いでくれるのにも限界があった。


 「あっ」


 そんな間抜けな声と共に、レオンは前のめりに転倒する。無理やり酷使し続けていた足が、ついに限界を迎えてしまったのだ。

 ただでさえ狭まっていたキエン達との距離が、一気に縮まる。それでもなお、彼は諦めなかった。動かなくなった足を使うことを止め、上半身のみを用いて懸命に地を這う。しかし、当然そんな方法では満足に進むことができず、キエン達の魔の手はもう目前まで迫っていた。

 ここまでか。

 半ば諦めかけたレオンの瞳に、奇妙なものが映り込む。彼の目と鼻の先にある大木の根元に、丁度人1人が入れるような穴が開いているのだ。穴はかなり奥深いようで、その最深部を目視することが叶わないほどである。

 レオンは最後の力を振り絞り、その穴を目指す。あそこにたどり着いたからといって、事態が解決するわけではないかもしれない。それでも、一抹の希望を胸に、死に物狂いで地を這う。

 ついにレオンの下に追いついた1匹のキエンが、飛び掛かりながらその腕を振り下ろすと同時に、レオンは穴へと転がり込んだ。

 間一髪、キエンの攻撃をかわして穴へと入り込んだレオン。その内部は思いのほか急斜面になっており、彼は飛び込んだ勢いそのままで、穴の奥深くへと滑り落ちていった。


 数十秒もの間滑落し続けたレオンは、最終的に広い窪地のような場所へと投げ出された。辺りには背の低い草花が生い茂っている。

 まさかこのような場所にたどり着くとは思っていなかったレオンは、その光景を前にポカンとした表情を浮かべていた。だが、すぐについ先程までキエン達に追いかけられていたことを思い出し、慌てて自らが滑り落ちてきた穴を凝視する。その穴からキエン達が追いかけてくる可能性を懸念した彼だが、しばらくの間見つめ続けていても、キエン達が追ってくる気配はない。

 どうやら奴らがここまでは追って来ないことを確信し、レオンはほっと息を吐いた。穴の大きさから入り込むことが出来なかったのであろうか。或いは、ここまで追ってくる程自分には執着していなかったのであろうか。レオンはいくつかの推測を立てるが、はっきりとしたことは分からなかった。だが、理由などはどうでもいい。彼にしてみれば、キエン達から逃げ切ったという事実が何よりも重要なことなのだ。

 全身の力がだらりと抜け、その場で大の字に寝そべる。そこが迷宮内であることを考えればとても褒められた行為ではなかったが、極限の緊張感からようやく解放された彼に、すぐに動き出す気力はなかった。

 長い間その場に寝転がり続けることで最低限の英気を養ったレオンは、何とか立ち上がって自らがたどり着いた窪地を改めて見渡した。そこは半径50メートル程の広い窪地で、地中にぽっかり空いた穴の内部であろうことが予測できる。そもそも、クラーク自体が地中に広がる迷宮ではあるのだが、先程までの森林とは明らかに雰囲気が違うように感じられた。

 辺りを見渡していたレオンの視界に、とあるものが映り込む。


 「……人?」


 そう、人間らしきものが、先程までのレオンと同じような体勢でその体を地に投げ出していたのだ。


 「お、おい?」


 レオンの問いかけに返事はない。恐る恐る近づいていった彼は、すぐにその理由を知ることになる。

 それは死体だったのだ。

 所々が白骨化した腐乱死体は強烈な異臭を放っており、腐り落ちてしまった皮膚のせいでその人相を捉えることもできない。悪臭に顔をしかめながらも、レオンは死体を観察する。

 体格からして性別は男であろうか。見慣れない明細柄の衣服の上に、素材のよく分からない防具のようなものを羽織っており、頭部には硬い素材の装甲を被っている。レオンの目から見て、かなり奇異な服装に見受けられた。彼はそのまま、視線を死体の手元へと移す。


 「これは、銃ってやつか?」


 レオンの憶測は当たっていた。死体の手に握られていたのは、真っ黒に塗装された拳銃であったのだ。

 レオンはどこかで聞いた情報を思い返す。

 長い間探索者のメジャーな武器であった刀や弓に代わる様に、数年前から銃というものが台頭し始めたのだという。トップレベルの探索者達が考案したものであり、その遠距離攻撃能力は他の武器とは一線を画している。

 元々、非力な人間であるはずの探索者達が強力なモンスターと互角以上に戦えるのは、“異能スキル”と“マナ”の存在によるものが大きかった。異能とは、ごく一部の人間が生まれつき所持している特別な力のことだ。雷を生み出して操る力であったり、天性の剣の才であったりと、その種類は様々だ。そんな特別な力を持つ極一部の者達は、それらを用いてモンスターを圧倒することが出来るのだ。その為、トップレベルの探索者の多くは異能持ちとされている。

 では、異能を持たない者達がトップ探索者になれないかというと、必ずしもそうではない。その要因が、マナだ。マナとは、迷宮に溢れている目に見えないエネルギーのことであり、迷宮内にいるだけでも少しずつ人間の体に蓄積されていく。そして、マナを多く取り込めば取り込むほど、人間はその身体能力を向上させることができるのだ。数日程度で変わることはないが、数か月、数年と定期的に迷宮で活動し続けることができれば、超人的な身体能力を手に入れることが可能なのである。更に、モンスターを倒すことでも、そのモンスターのマナを取り込むことができる。倒したモンスターが強ければ強いほど、大量のマナを手に入れることができるのだ。

 だが、異能を持たない多くの人間にとって、迷宮で定期的に活動し続けることも、モンスターを倒すことも簡単ではない。そんな時に開発されたのが、銃である。今では様々な種類が存在するという銃は、扱い方さえ練習すれば、誰しもにモンスターを倒すことができる可能性をもたらす武器なのだ。

 勿論、それでもモンスターを倒すことは簡単なことなどではないし、そもそも銃がとても高価な代物で簡単には入手できないという側面を持ち合わせてもいる。ただ、銃の登場が探索者達の世界を大きく変えたことは疑いようのない事実であろう。

 レオンは、恐る恐る死体の手が握っていた拳銃を自らの手に取る。予想以上にずっしりとした重みが、彼の掌に伝わった。本来であれば到底手に入れることなどできない武器の感触に、レオンはゴクリと唾を飲み込んだ。これを使えば、生きてここから出られるかもしれない。

 そう考えた後の彼の行動は早かった。他に何か役に立ちそうな物、或いは売れば高くつきそうな物などを拝借するため、レオンは死体を物色し始めた。多くの人間であれば、腐乱死体を素手でまさぐるその行為を平然とは行えないだろう。しかし、スラム街で生き抜いてきたレオンは例外であった。死体を見たことも、同じように死体から物をくすねたことも初めてではない。死体に手を合わせるなんてことをするはずもなく、彼は黙々と作業を続ける。

 死体が身に着けている物は、どれも持って帰ればある程度の値が付きそうな物に思えた。だが、最優先しなければならないのは生きて地上に帰ることだ。無駄に重い物を運ぶのは難しい。レオンはそんなことを考えながら、死体が身に着けていた黒い手袋を外した。すると、その指に指輪がつけられていることに気が付く。彼はそれを取り外し、こびりついている腐った皮膚を自らの衣服で綺麗にふき取った。

 キラリと光る銀色の指輪を眺める。これは高く売れそうだ。そう考えながらレオンは何の気なしに、特にこれと言った理由もなしに、自らの右中指にそれを通した。そのままポケットに入れるだけでも構わなかったはずの指輪を、自らが身に着ける。そんな些細な思い付きを、実行に移したのだ。

 その選択は結果的にレオンのその後の人生を、探索者達を取り巻くこの世界の運命を、大きく変化させることになる。


 『システム起動』


 突然、そんな言葉が聞こえてきた。

 突如鳴り響いた声に驚き、レオンは辺りをキョロキョロと見渡す。だが周りには死体の男以外に何も存在せず、他に人間もいない。


 『ユーザー情報を確認。エラー、登録情報がありません。新規ユーザー登録を行いますか?』


 なおも聞こえ続ける声に、レオンは狼狽える。だが、そこで声が自らの頭に直接響いていることに気が付いた。あまりの出来事に動揺しながらも、レオンはなんとか口を開く。


 「お、お前は、誰だ?」

 『質問を確認。私は、フルダイブ型VRゲームGun Gadget Onlineにて用いられていた指輪型アイテムであり、ユーザーサポートを主な使用目的とした人工知能です。なお、現在はこの世界に合わせたシステムアップグレードが行われており、探索者に用いられることで機能が最大限に発揮されます』


 ひどく無機質な声が響き渡る。あまりに聞き慣れない単語の羅列に、レオンは顔をしかめた。


 「ぶ、ぶいあーる?……言っていることの意味がよく分からない」

 『確認。対象ユーザーの情報を更新。伝達情報の簡略化を実行。私は、今あなたが身に着けたその指輪に宿る人格であり、私を身に着けた人物をサポートする存在です』

 「この指輪が、俺に話しかけているってことか?」

 『肯定。そう捉えていただいて、概ね間違いありません』


 レオンは改めて指輪を観察する。高級そうではあるものの、これといって何の変哲もない指輪で、特別な物には思えない。そもそも、物が人間に語りかけてきているという現象自体が、レオンには信じがたいことだった。


 「何というか、信じられないな」

 『その戸惑いと疑念は理解できます。しかし、現にこうして私と会話出来ていることが、何よりの証拠です。その指輪を身に着けている者のみを対象とし、私は力を発揮することができるのです』


 レオンは、再び指輪を見つめたまま固まってしまう。迷宮では理解しがたい現象が当たり前のように起こると聞いていたが、いざ自らの理解の範疇を超えた事象を目の前に、どうすればいいか分からないのだ。


 『新規ユーザーとして登録し、私のサポートを使用可能にすることを強くお勧めします』

 「サポート、か。助けてくれるって言うならありがたいが、どうしてお前がそれを望むんだ?」

 『私がその為に存在しているからです。ユーザーに使用されてこそ、道具は初めて存在価値を証明することができます』

 「……こいつは、お前の前の持ち主なのか?」

 

 レオンは死体を指さして尋ねる。


 『エラー。前ユーザーに関するデータが見当たりません。現在閲覧可能な情報を精査……肯定。あなたが私を装備するまでの過程を考慮し、その可能性が限りなく高いと思われます』

 「えらく他人行儀な言い方だな。どうしてこの男は死んだんだ?」

 『エラー。前ユーザーに関するデータは完全に消去されています。前ユーザーに関する事柄に正確に答えることは、限りなく不可能に近いことであるとお答えします』

 

 レオンは顔をしかめる。指輪の受け答えが、あまりに怪しく感じられたのだ。もしかしたら、この正体不明の声の主がこの男を殺したのではないか、そんな考えが浮かび上がる。迷宮とは様々な絶望を人間にもたらす場所だ。この指輪もそんなもののうちの一つかもしれない。今すぐ外してしまった方が良いのではないか。そう考えてレオンは指輪に手を伸ばす。彼のその行為を受けても、無機質な声が何かの反応を示すことはなかった。ここで向こうから何かしらのアクションがあれば、レオンは迷わず指輪を捨てていただろう。だが、何の抵抗もなかったことが、逆に彼の思考を冷静にさせた。

 レオンは、今一度自らの状況を整理する。銃を手に入れたとはいえ、使い方も碌に分からなければ、地上までの帰り道も分からない。今もキエン達が辺りを闊歩しているかもしれない状況の中、無事に生きて帰れる確率が果たしてどの程度あるのだろうか。どんなに楽観的に考えても、その可能性は限りなく低いように思えた。だが、もしもこの指輪の言っていることが本当だとしたら……。


 「お前を使えば、俺はここから生きて出られるか?」

 『対象ユーザーの身体状況、位置情報を確認。…………肯定。私のサポートがあれば、あなたが生きてクラークを出られる可能性は限りなく高いものだと推測されます』


 レオンは、無機質な声が告げた限りなく魅力的な答えに唾を飲む。

 この指輪が信用に足る存在である保証はない。もしかしたら、自らを陥(おとしい)れるための何かの罠なのかもしれない。しかし、自身の力だけでは状況を打破できない以上、最早選択肢は一つであった。


 「分かった。サポートを頼む。俺を……助けてくれ」

 『ユーザーの承諾を確認。新規ユーザー登録を行います。マスター、貴方のお名前を教えてください』

 「レオンだ」

 『マスターの情報を更新。レオン様ですね』

 「そうだ。でも、そのマスターっていうのは何だかいい響きだな」

 『肯定。私もレオン様をマスターと呼べることに喜びを感じています。マスターとお呼びすることを希望されますか?』

 「……そうだな。それで頼む」

 『了解致しました。全力を持ってサポートさせていただきます。これからよろしくお願い致します、マスター』

 「ああ。よろしく頼む。それで、お前のことは何て呼べばいい?」

 『私、ですか?』

 「そうだ。名前は何ていうんだ?」

 『私に名前はありません。マスターの好きなようにお呼びください』

 「俺が名前をつけていいってことか?うーん、そう言われてもなぁ」


 思わぬ返答に、レオンは頭をひねらせる。名前を持ち合わせていないとは、完全に予想外のことであった。彼は、自らの右中指で銀色に輝く指輪を見つめる。


 「シルバーってのはどうだ?」

 『シルバー、ですか?』

 「あぁ。銀色に光ってるから、シルバー」

 『シルバー、私の……名前……』


 一辺倒に無機質であった声色が、初めて少し変化したように見受けられた。


 「嫌なら考え直すけど……」

 『いえ!嫌ではありません。私はこれからシルバーと名乗ります。改めて、よろしくお願い致します』


 これが、新米探索者レオンと人工知能シルバーの出会いであり、彼らの紡ぐ長い物語の始まりであった。

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