第94話 やっぱり怖がられた

 擬似天使の残骸が足元に転がってくる。


「ぎ、擬似天使が……こうも、容易く……」


 教皇エルメニウス四世も、奥の手を一瞬で破壊され、さすがに呆然と立ち尽くした。


「なかなか面白い代物ではありましたが、公爵位悪魔たるわたくしを倒すには、あまりにも性能が低過ぎましたねぇ」

「ま、まさか……本当に……あ、悪魔、メフィスト、だというのか……」

「だから先ほどからそう言っているでしょう」


 もし本当に悪魔メフィストだとすれば、討伐することは不可能だ。

 それこそ再び次元聖獄に閉じ込めるしかない。


(だが、一体どうやって出てきた……っ!? たとえ閉じ込めたところで、すぐに脱出されるとしたら……)


 そうなれば、今度こそ人類は終わりだろう。

 それでも、今やれることは他にはなかった。


「じ、次元聖獄を……準備して……」

「そんな時間を与えるとでも思いますか?」

「がっ!?」


 見えない力によって首を締め上げられ、教皇の身体が宙に浮き上がった。


「今、あの忌々しい次元の扉を出現させようとしましたね? しましたねっ? しましたよねぇっ!?」

「ぐっ……」

「ああ、すいません。あれのせいで千年も無為な時間を過ごす羽目になりましたからね。どうも神経質になっていまして。二度も同じ過ちを繰り返したくはありませんからね」


(ど、どういうことだ……? 次元聖獄に対するこの怖れよう……自力で出てきたわけではないというのか……?)


「それにしても、先ほどの擬似天使といい、どうやら天使の力を受け継いでいるようですねぇ」

「~~~~っ!」


 聖メルト教の教皇は代々、天使の力を行使する権限を持つ。

 先代との間で譲渡の儀を行い、そこで初めて権限が移譲されるのだ。


 もしその移譲が行われずに教皇が死ぬようなことがあれば、当然ながら権限は完全に失われてしまう。


「あなただけは確実に殺しておかなくては。またあの場所に閉じ込められては堪ったものではありませんから」

「あ、が……が……」


 教皇の首からミシミシという音が鳴る。

 悪魔はこのまま首の骨を圧し折るつもりらしい。


「「「げ、猊下……っ!」」」

「雑魚は引っ込んでいなさい」

「「「がぁっ!?」」」


 恐怖を必死に押し殺し、救出のために立ち向かった聖騎士たちだったが、近づくことすら許されなかった。


 だがそのときである。

 腰を抜かす聖騎士たちを後目に平然と接近してきて、悪魔の横っ面に強烈な拳を叩き込む者が現れたのは。


「……は? ぶごおおおっ!?」


 凄まじい速度で悪魔が吹き飛んでいく。


 解放された教皇は地面に落下。

 ゲホゲホと激しく咳き込みながらも、一体誰が悪魔を殴り飛ばしたのかと視線を向け、そして目撃したのは――白髪赤目の青年で。



「のッ、ノーライフキングッッッッ!?」



 彼らは更なる地獄へと叩き落とされたのだった。



   ◇ ◇ ◇



「あ、悪魔メフィストだと……? 馬鹿を言え! 千年もの昔に次元聖獄に閉じ込められた悪魔が、今さら出てくるわけがない!」


 神殿の庭で繰り広げられるやり取りを、俺は窓越しに聞いていた。


 ……うん、悪い。

 それ完全に俺のせいだと思う。


 あの白い空間。

 神殿の庭にいるあの悪魔は、あそこにいた悪魔と同一人物、いや、同一悪魔に間違いない。


 たぶんあの穴から俺の後に出てきたのだろう。


「何だ、あの強力な悪魔は……? くっ、ここからでは何を言っているのか、まったく聞こえない」


 聖騎士少女もまた窓越しに外のやり取りを見ていたが、どうやらこの距離からでは話し声が聞こえないらしい。

 俺の異常な聴覚だから聞き取ることができているのだろう。


 直後、天使みたいなのが現れたかと思うと、悪魔に瞬殺されてしまった。

 さらに教皇がピンチに陥る。


「猊下っ!? くそっ、武器が……っ! いや、武器などなくともぶべっ!?」


 窓から飛び出し、加勢に向かおうとした聖騎士少女の背中を引っ張る。


「な、何をする!?」

「……あいつは俺に任せてくれ」

「っ……き、貴様が……? あ、あのような目に遭わせたというのに、助けてくれるというのか……?」


 助けるっていうか、まぁ、あの悪魔は俺が外に出してしまったわけだしな……。

 後始末と言った方がいいかもしれない。


 俺は窓枠を飛び越えて庭へ。

 聖騎士たちがなぜか勝手に地面にひっくり返ったり気絶したりしている中、無防備に笑っている悪魔の近くまで歩いてきた。


 こいつ、全然こっちに気づかないな。


「……は?」


 あ、ようやく気が付いた。

 だがもう遅い、すでに俺の拳は奴の横っ面に叩き込まれようとしているところだ。


「ぶごおおおっ!?」


 吹っ飛んでいった。

 間にあった何本もの木々を圧し折りながら、三十メートルくらい先にあった防壁に激突する。


 一方、解放された教皇が地面に落下した。


「のッ、ノーライフキングッッッッ!?」


 俺を見て、絶望的な表情で叫ぶ。


「ま、まさか、次元聖獄から出てきたというのか……っ!?」

「あ、あ、悪魔メフィストに加え……ノーライフキングまで……」


 おかしいな……正義の味方っぽく登場したと思うんだが……めちゃくちゃ怖がられてる……。


「もう、お終いだ……人類は確実に滅びる……」


 いや、俺は別に人類を滅ぼす気なんてねぇから。

 人畜無害なアンデッドだからね?

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