第93話 俺のせいでした
「今のはあなたの仕業ですか? ほう、なるほど……どうやら人間の中にもそれなりの力を持つ者がいるようですね」
教皇エルメニウス四世を一目見るなり、悪魔はそう評した。
事実、教皇は、かつてロマーナ王国の英雄王アレンドロス三世が率いるパーティに属し、共に災厄級の魔物を討伐したほどの実力者だった。
聖メルト教のトップとして多忙な日々を送りながらも、未だその力が衰えていないのは、先ほどの超高位魔法を見れば分かるだろう。
「デルエル。すぐに下がって治癒を受けよ」
「げ、猊下……お気を付け、ください……や、奴は、並の悪魔では……」
「そのようだな」
教皇は鋭い眼光で悪魔を睨みつける。
「上級悪魔め。神聖なるこの場を汚した貴様の罪は重い」
下級悪魔であれば、それだけで動けなくなるほどの威圧だ。
だがその悪魔は平然とした顔で嗤う。
「上級悪魔? わたくしをそこらの上級悪魔と思っていらっしゃるとは、おめでたい方々ですねぇ」
「なに?」
「くくくっ、愚かな人間の皆さんには、わたくしの名を聞いてぜひ恐怖していただきましょう!」
そうして悪魔は声高らかに自らの正体を明かしたのだった。
「我が名は悪魔メフィスト! 公爵級の位を戴いた魔界の最上級貴族です!」
「「「な……」」」
その名が告げられた瞬間、聖騎士たちがそろって言葉を失う。
悪魔メフィストの名を知らない者など、この場には一人もいなかった。
なにせ彼らメルト教の信仰を持つ者であれば、毎日欠かさず読んでいる教典に登場する名前なのだ。
かつて、人類を恐怖のどん底に陥れた最強最悪の悪魔。
天界から出撃した天使たちの加勢により次元の狭間へと飛ばされ、辛うじてその脅威を退けることができたが、それまでに人類が受けた被害は凄まじいものだったという。
これにより文明の発展が、数百年は遅れたと言われているほどだ。
「あ、悪魔メフィストだと……? 馬鹿を言え! 千年もの昔に次元聖獄に閉じ込められた悪魔が、今さら出てくるわけがない!」
沈黙を破ったのは教皇だった。
そんなことはあり得ないと、声を荒らげて否定する。
「その忌まわしき名を騙ったこと、後悔しながら消滅するがよい! ――灼閃耀(ヴァニッシュ)ッ!!」
再び強烈な閃光が走った。
それも、先ほどに倍するほどの強烈な一撃だ。
「くくく、この程度ではわたくしを倒すのは夢のまた夢ですよ?」
「っ……」
だが直撃しながらも、またも悪魔は平然としている。
「今度はこちらから行きますかね」
悪魔がゆっくりと人差し指を前に突き出す。
次の瞬間、糸のように細い光線がその爪の先から射出された。
教皇が放ったそれとは違い、禍々しい色合いの光だ。
悪魔が腕を上から下へ移動させると、その光線もまた合わせて動く。
そして教皇のすぐ左脇の地面を通り過ぎたところで、光線は消えていった。
教皇も含め、一瞬その場の誰もが一体何をしたのかと訝しんでいたが……すぐにその異変に気づいて愕然とした。
「し、神殿の壁がっ……」
「真っ二つに割れている……っ!?」
「ま、まさか、今の光で……」
教皇もまた息を呑む。
「こ、これは……」
先ほど悪魔の光線が通過した地面。
それが覗き込んでも先が見えないほど、綺麗に切断されていたからだ。
「おっと、少し外してしまったみたいですねぇ」
「っ……き、貴様、今のはワザと……」
「次はちゃんと躱さないと、その身体が真っ二つになってしまいますよ?」
再び放たれた光線を、教皇は身を投げ出すように横転し、すんでのところで回避した。
だが悪魔が僅かに指先を動かすだけで、光線は教皇の身体を切断せんと襲い掛かってくる。
「くっ……」
「ひゃははははっ! いつまで避け続けられますかねぇっ!」
「舐めるなっ、悪魔めっ!」
教皇が反撃とばかりに白い光撃を繰り出すが、悪魔は平然とその身で受け止めるだけだ。
圧倒的な力の差は、誰が見ても明らかだった。
しかし教皇はこの攻防の中にあって、密かに必殺の一手を準備していた。
「……これは。魔法陣ですか。いつの間に」
足を使い、地面に魔法陣を描いていたのである。
「今さら気づいたところで、もう遅い。出でよ、
魔法陣が光り輝き、起死回生の召喚魔法が発動する。
現れたのは純白の美女だった。
美しい翼を広げ、太陽のように煌々とした輝きを全身から放っている。
その様は、まさしく天使。
だが本物ではない。
「天使をモデルに、対悪魔戦闘用に生み出された
『悪魔の存在を確認しました。これより排除行動に移ります』
機械的な声を響かせると、擬似天使の手に
直後、光の軌跡を残しながら、悪魔目がけて一直線に躍りかかっていった。
「ほう、これはなかなか。下位天使、いや、それを凌駕する力はありそうですが……」
迫りくる擬似天使を迎え撃つべく、悪魔が内に秘めていた膨大な魔力を解放する。
それを受け、擬似天使も出力を上げた。
『対象の戦力分析の結果、出力を引き上げます』
「このわたくしを倒したいのなら、最低でも大天使クラスを呼んでくるべきですねぇっ!」
『九十八、九十九、百……すでに最大出力です。撃破成功確率は――』
次の瞬間、尋常ではない勢いと威力で両者が激突。
『――一、パーセン……』
そして擬似天使の身体が爆発、四散していた。
◇ ◇ ◇
「あ、悪魔メフィストだと……? 馬鹿を言え! 千年もの昔に次元聖獄に閉じ込められた悪魔が、今さら出てくるわけがない!」
神殿の庭で繰り広げられるやり取りを、俺は窓越しに聞いていた。
……うん、悪い。
それ完全に俺のせいだ。
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