第84話 疫病神みたいに言われた
うおっ!?
クラーケンを殴りつけようとした俺だったが、その瞬間、なぜか自分の身体が大きく後方へと押しやられてしまった。
お陰でクラーケンのぬめった体表を、拳が僅かに抉るだけに終わってしまう。
どうやら水の抵抗が強くて、上手く殴れなかったらしい。
これではこの全長百メートルを超す巨体に、大したダメージは与えられないだろう。
「(そうだ。この至近距離なら、火魔法も効くかもしれないな)」
物理攻撃を諦めることにした。
クラーケンにできる限り接近すると、その体表に両手を添えながらファイアボールを放つ。
次の瞬間、
ドオオオオオオオオオンッ!!
なんか爆発した!?
俺は凄まじい衝撃を受け、大きく吹き飛ばされてしまう。
『~~~~~~~~~~~~ッ!?』
無数の泡が炸裂、四散する中、海中を出鱈目に泳ぎ回るクラーケン。
その身体の一部が赤く燃え盛っている。
ていうか、水の中なのに燃えるんだな!?
ただ、そのまま海の底へと猛スピードで潜っていってしまったため、完全に見失ってしまった。
「(とりあえず、追い払えたからいいか)」
段々と渦が収まっていく中、俺は海上へと戻る。
船はまだ大きく揺れているが、そのうち収まるだろう。
「も、戻って来たぞ!?」
「クラーケンは!?」
甲板に上がると、俺の姿を見て、船に必死にしがみついたまま海賊たちが叫ぶ。
ちなみに海中で完全に衣服が剥がれ、俺はまた全裸になってしまっている。
「まさか、クラーケンを倒したのか……? しかも水中で……」
「す、すげぇ……」
いやいや、倒してはいないぞ。
追い払っただけだ。
と思ったのだが、そこへ海上に巨大な影が浮き上がってきた。
真っ黒に焦げたクラーケンだった。
どうやら逃げた後にも炎が全身を焼き続け、結局そのまま力尽きたらしい。
クラーケンを倒した後、船を占拠していた海賊たちは非常に従順になった。
俺の言うことをすんなりと聞いて、船の地下に設けられた監房のような場所に大人しく入っていった。
「……お陰で助かりましたぞ」
ポポル船長が礼を言ってくる。
俺の正体を知ったからか、非常にぎこちない態度だ。
もしかしたら船を降りてくれとか……?
でもここ海のど真ん中だしな……。
せめて聖騎士少女だけでも目的地まで連れて行ってくれればいいのだが。
俺一人だけなら飛んでいけるし……迷いそうだけど、船の後を追いかければどうにか……。
そんなことを考えていると、
「いえ、余計な詮索をするつもりはありません。あなた様は我々の客であることには変わりなく、何より船を救っていただいた恩人ですからな。それにかの英雄王からの依頼ということは、何かしら事情があるのでしょう。港に着くまでは、これまで通り特等室のお客様として持て成すことを約束しますぞ」
なかなか男気のある船長だ。
お陰で船旅を続けることができそうだった。
「……ありがたい」
しっかり感謝の意を示してから――これが俺の限界だ――俺は船室へと戻ることにした。
眠ったままの聖騎士少女を運び込み、ベッドの上に寝かせる。
かなり強い睡眠薬だったらしい。
彼女が目を覚ましたのは、翌日の朝のことだった。
「……ん……あれ? 私は一体……」
たっぷり半日近くも眠った彼女は、気だるそうに身体を起こす。
「なんだか随分と眠っていたような……」
「睡眠薬のせいだ……。……ずっと死んだように寝てたぞ」
「っ……」
なぜか顔を引き攣らせると、身体を両腕で掻き抱いた。
「き、貴様っ……薬を盛って、私に何をした!?」
盛大に勘違いされた!?
「ち、違う違う……っ!」
「何が違う!? 貴様、また服が変わっているではないか……っ!」
「そ、それは別のことが原因だって!」
そもそも俺の服が変わってることと、寝てる間に何かしたことに関連はないと思う……。
「俺が薬を盛ったわけじゃない……っ! ほら、あの紅茶だ! 紅茶!」
「紅茶……あっ」
どうやら思い出してきたらしい。
「そうか……私は副船長に成り代わっていた海賊に、睡眠薬で……」
……なるほど、だからあの海賊の男が船員の服を着ていたのか。
そして船の戦力をあらかじめ無力化されていたらしい。
あれだけ船長が自信満々だったのに、あっさり海賊に占拠されてしまったのも頷ける。
内部からやられるとどうしようもないよな。
「か、海賊はどうなったんだ!?」
俺は彼女が眠ってからの一部始終について説明した。
海賊なんかよりも、むしろ大変だったのはクラーケンの方だ。
「クラーケンが……私が寝ている間に色々あったのだな……」
そこで聖騎士少女が、何やら言いたげな顔で俺を見てくる。
「な、何だよ……?」
「いや、もしかして貴様が色んな問題を引き寄せているのではと思ってな」
「人を疫病神みたいに言うんじゃない」
反論してはみたものの、アンデッドも疫病神も大差ない気がした。
それに、俺が事件に遭遇し過ぎなのは否定できない。
雷竜帝と戦ったり、帝国に狙われたり。
聖騎士少女は知らないが、港町に辿り着く間にも冒険者に襲われたりしたし。
「さ、さすがにもう何も起こらないはず……」
このまま無事に聖教国に着けるようにと、アンデッドながら神に祈る俺だった。
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