第83話 海の魔物だった

「何だ……?」


 船が激震し、甲板に立っていた海賊たちが宙を舞う。


 船底に何かがぶつかったような衝撃だった。

 俺も横転して床にひっくり返ってしまったほどだ。


 うわああああああああっ、という悲鳴が海賊船の方から聞こえてくる。


 視線を転じると、この客船に横付けされていた海賊船の甲板の上で、海賊たちが慌てているのが見えた。

 メキメキと嫌な音が響いてくる。


 まだ船が大きく揺れる中、甲板の端まで駆け寄った俺は、海賊船に纏わりつく巨大な影を目撃してしまう。


「こいつは……」


 吸盤が点在するぬめぬめとした長い脚を海賊船に絡みつかせていたのは、海に棲息する魔物の中でも、多くの船を沈没させてきた恐るべき怪物、クラーケンだ。

 見た目はイカのようだが、海賊船を丸呑みできそうなほどの巨体の持ち主である。


 恐らく先ほどこの客船に激突したのはこいつだろう。

 その後、隣の海賊船に取りついたらしい。


「に、逃げろおおおおっ!」


 海賊船にいた海賊が、こちらの客船へ飛び移ってこようとする。

 だが甲板を蹴った直後、クラーケンの脚が伸びてきてその身体を掴み取った。


「~~~~っ!?」


 触手めいた脚に捕らわれ、海賊が必死に逃れようと手足をばたつかせる。

 だがそれも虚しく、海の中へと引き摺り込まれていった。


「た、助けてくれええええっ!」

「死にたくないぃぃぃっ!」


 それを皮切りに、海賊船に残っていた者たちが次々とクラーケンの餌食となった。

 こちらの客船に移っていた海賊たちは、やられていく仲間たちをただ呆然と見ているだけだ。


 バキバキとひと際大きな音を立てながら、海賊船が真っ二つに粉砕させられ、海の藻屑へと消えていった。


 それでクラーケンも満足してくれればよかったのだが、今度はこの客船へ纏わりついてくる。

 海賊船と比べるとずっと巨大で頑丈だが、それでもミシミシという音が聞こえてきた。


「お、終わりだ……」

「俺たちそろってクラーケンに喰われちまうんだ……」


 海賊たちが絶望したようにその場にへたり込む。

 縛られて床に転がっている船長が声を張り上げた。


「おい、海賊ども! この船を乗っ取りやがったんだ! お前たちでどうにかしやがれ!」

「んなこと言われたってよ……っ! 俺らの船があっさり破壊されるの見てただろ!? あんなデカいクラーケンは初めてだ……っ! どうにもなんねぇよ!」


 彼らが言い合っている間に、クラーケンの脚が甲板にまで乗り込んできた。


「ひぃぃぃっ!」

「こっちに来るなぁぁぁぁっ!」


 バァンッ!!


「「「……へ?」」」


 思い切り殴ってみたらその脚が弾け飛んだ。

 ……意外と脆いな。


 弾力性がありそうだったので、物理攻撃よりも火の魔法を使って焼いた方がいいかと思ったのだが、普通に殴るだけで十分そうだ。

 ファイアボールだと船ごと燃やしてしまいかねないのでよかった。


『~~~~~~~~ッ!?』


 いきなり脚を破壊されて驚いたのか、クラーケンは海中へと引っ込んでしまう。


「静かになったな……」


 船縁から覗き込むと、巨大な影は姿を消していた。

 もしかして海の底へと逃げたのだろうか。


「ん? 船が回転している……?」


 巨大客船がゆっくりと旋回を始めた。

 段々と速度が増していき、遠心力で甲板に寝ている冒険者たちが甲板の端へと転がっていく。


 眠った状態で海に投げ出されたら確実に死ぬだろう。

 俺は慌てて甲板の上を駆け回り、倒れた冒険者たちを回収して船内へと放り込んでいった。


 そうしている間にも、どんどん回転が速くなっていく。


「く、クラーケンの渦潮だ……っ!」

「船ごと海に呑み込まれるぞ!?」


 海賊たちが真っ青な顔で叫んでいる。

 どうやらこの回転、クラーケンが海を攪拌させることで起こっているらしい。


 やがて竜巻めいた巨大な渦が生まれ、船ごと海中へと引き摺り込まれそうになる。

 もはや立っていることなど不可能なほど大きく揺れ、このままでは本当に転覆してしまいかねなかった。


 うーん……仕方がない。

 どうせすでに海賊たちにやられて服がボロボロだし、濡れることを嫌がっているような場合でもない。


 俺は船縁を蹴って、海の中へと飛び込んだ。

 その際、思わず大きく息を吸ったが、そもそもアンデッドなので呼吸は必要なかった。


 それにしてもすさまじい水流だ。

 生きてる頃の俺だったら一瞬で溺れて魚の餌になっていただろう。


 俺は水の流れに逆らいながら、渦を生み出しているクラーケンへと近づいていく。

 クラーケンは船の真下にいて、その場で脚を大きく広げながら高速回転してこの渦を生み出しているようだった。


「(うおっ!?)」


 接近するとその脚に殴打され、吹き飛ばされてしまった。

 しかも動きにくい海の中とあって、これではなかなか本体を攻撃できない。


 水の中じゃ、火魔法は使いにくいだろうし……。


 そこで覚えたばかりの風魔法を使うことにした。


「(エア!)」


 超初歩的な風魔法だが、その分、魔力を思い切り込めてやれば――


 ゴアアアアアアアアアッ!!


 海中で巻き起こった猛烈な風。

 それが新たな渦を生み出し、クラーケンの引き起こすそれと激突する。


『ッ!?』


 よし、クラーケンの回転速度が落ちたぞ!


 俺は続いて後方へ風を放出。

 その勢いに助けながら、一気にクラーケンとの距離を詰めた。


 すかさず脚を伸ばして俺の身体へと絡みつけようとしてきたが、すり抜けて本体へと接近。

 俺はその巨体へと拳を叩きつけた。

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