第63話 女帝が堕ちた

「「「へ、陛下ぁぁぁっ!」」」


 ジオンとリミュルが城を脱出した直後、近衛兵たちが玉座の間に駆け込んできた。

 彼らが見たのは、玉座の上でぐったりしている君主の姿だ。


 近づいていくと、白目を剥き、口からは泡を吹いていた。

 玉座の下には小さな水溜りができており、そこからツンとした匂いが漂ってきている。


「「「陛下……」」」


 この国に神のごとく君臨していた女帝の醜態に、彼らは絶句してしまう。

 それでもすぐに近くに駆け寄り、安否を確認した。


「外傷はない……だが……い、息を、されていない……」

「何だとっ!?」


 見たところ無傷だ。

 だが呼吸をしておらず、彼らは慌てて心音を調べる。


「心臓が……う、動いていない……」

「ち、治癒魔法だっ! 治癒魔法を急げぇぇぇっ!」


 医療兵が即座に治癒魔法を施し始めた。

 しかし治癒魔法では、死者を蘇生することはできない。


「だ、ダメです……陛下は、もう……」

「そんな……っ!?」


 誰も予期してなかった女帝の最期に、皆が絶望した、そのときだった。


「う……」

「へ、陛下っ!?」


 突然、女帝が微かな呻き声を漏らしたのだ。

 それからゆっくりとその瞼を開く。


「……わ、わらわは一体……?」


 おおおっ! と歓声が上がった。


「陛下が生きてらっしゃったぞ!」

「よかった……」

「誰だ! 心臓が動いていないと言ったのは!」


 安堵の息を吐く近衛兵たち。

 そんな中、先ほど女帝の容態を確かめた者たちだけは、信じられないとばかりに目を見開いていた。


「ど、どういうことだ……?」

「確かに、心臓は止まっていたはず……」


 一方、女帝デオドラも、自らの身体に起こった異変に気が付いていた。


(なんぢゃ……? 身体から……やけに力が溢れてくる……? それに……)


 女帝は自分の胸に手を当ててみる。

 だが普段ならある心臓の鼓動が、まるで感じられない。


(心臓が動いておらぬ……っ!? で、では、わらわはなぜ、生きておるのぢゃ……っ? まさか、夢でも見ておるのか……っ?)


 困惑の境地に至った彼女の耳に、近衛兵たちの言葉が飛び込んでくる。


「それにしてもノーライフキングめ……っ! 絶対に許さんぞ……っ!」


 ノーライフキングという言葉に反応し、女帝はビクリと身体を震わせた。


(そ、そうぢゃ……わらわは……)


 ようやく意識を失う前の記憶が蘇ってきたのだ。

 同時に湧き上がってくるのは、恐怖の感情――ではなかった。


(なんぢゃ、この気持ちは……? あやつのことを考えるだけで、まるで心が満たされるようぢゃ……)


 前帝の娘に生まれ、幼い頃から未来の女帝として育てられてきた彼女には、破格の才能があった。

 それゆえ誰かを慕ったことなど一度もない。

 父である前帝ですら、彼女からすれば小者にみえたほどだ。


 あらゆる存在が、自分の前では格下。

 もちろん恋心など抱いたこともなかった。


(ノーライフキング……そなたは……)


 彼女自身にも理由は分からない。

 しかし、あのアンデッドのことを想うと、今まで感じたことのない気持ちが込み上がってくるのである。


「だ、だが、あんな化け物、一体どうすれば……」

「どんな相手だろうが関係あるか!」

「そうだ! このままでは我が国の威信に関わる! 必ず奴を討たねば――」


「ならぬッ!」


 気づけば声を荒らげていた。


「っ!?」

「へ、陛下……っ?」


 唖然とする配下たちに、女帝は有無を言わさぬ口調で訴える。


を討つなど、そんな不敬はわらわが許さぬぞ!」


 あの方? 不敬……?

 陛下は一体何をおっしゃっているのだと、誰もが強い疑問を抱く。


 そんな配下たちを余所に、女帝はノーライフキングが去った方角をうっとりと見つめる。


(わらわはそなた様のしもべ……当然この帝国もそなた様のものぢゃ……)


 女帝がノーライフキングを神と崇める独自の宗教を生み出し、それどころか国教に定めると宣言して全帝国民を戦慄させたのは、それから間もなくのことであった。



     ◇ ◇ ◇



「ええっ? じゃあ、俺を誘い出すために……?」

「ああ、そうだ。女帝は大災厄級とも目されるノーライフキングを討伐することで、帝国の威信を世界中に知らしめようとしたようだ」


 聖騎士少女から、あの女帝の目論見を聞かされて、俺は頬を引き攣らせた。


「ということは、俺のせいで拉致されたってことじゃないか……」


 まるで敵国に捕らえられていたお姫様を救い出した英雄のようだ――なんて密かに思っていた自分が恥ずかしい。

 まさか彼女が攫われた原因が、そもそも俺だったなんて……。


 だからわざわざ敵が俺に目的地を教えて来ていたのか。

 おかしいなと思ってはいたが、俺が本命なら納得がいく。


「気にしなくていい。別に貴様が悪いわけではないのだからな」

「そうかもしれないけど……迷惑をかけちまったし……」

「……ちゃんと助け出してくれたのだから、それで十分だ」


 どうやら気にしていないようだ。

 まだ若いのになんて懐が広いんだ……。


 俺が尊敬の眼差しを向けていると、なぜか目をそらされてしまった。


「そ、そんなことよりっ……これから聖教国に向かうということでいいんだな?」

「ああ、もちろん。何から何まで悪いが……」

「アンデッドを浄化するのは聖騎士としての使命だ。……ここまで当人が乗り気なケースは初めてだがな」


 というわけで、少し道草を食ってしまったものの、俺たちは彼女の故郷でもある聖教国へと出発したのだった。

 ちゃんと死ねればいいんだが……。


「貴様は……本当に、それでいいのか……?」

「?」

「い、いや、何でもない」

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