第62話 死んでしまっていた

「どっちに行けばいいんだ……?」


 侵入したはいいが、これだけ巨大な城だ。

 女帝の居場所を探し当てるのは容易ではない。


 誰かに話を聞くか……?

 すぐ目の前に青い顔で槍を構えている兵士たちがいるが……勇気を出して声をかけてみる。


「……おい」

「「「ひぃっ!?」」」


 ダメだ。

 怯え切っていて会話になりそうにない。


 っ、そうだ。

 考えてみたら国のトップは高いところにいると相場が決まっている。


 外から見たら中心にめちゃくちゃ高い塔があったよな。

 あそこにいるんじゃないだろうか。


 というわけで、まずはその塔へと向かうことにしたのだが……。


「まるで迷路だな……」


 城内の構造が複雑すぎて、なかなか辿り着くことができない。

 段々と自分が今どこにいるのか分からなくなってきた。


 そこで俺は妙案を思いつく。


「……別に壁を破壊しても問題ないよな、うん」


 ドゴンッ!


 ちょうど行く手を阻む壁があったので、蹴って穴を開けてやった。

 よし、これなら自分が進みたい方向に進むことができるぞ。


 そうして前進を続けた俺は、ようやく目標の塔に辿り着いた。


「き、来たぞ……っ!?」

「上には絶対に行かせるな……っ!」

「我ら近衛兵の力を見せてやれ……っ!」


 すると塔内にいたのは、明らかに華美な装備を身に付けた兵士たちだ。


 確か君主やその一族を警備しているのが近衛兵だった。

 やはり女帝はこの塔の上にいるらしい。


「ここもショートカットさせてもらおう」


 俺は地面を蹴り、真上に跳躍した。


「「「え?」」」


 唖然とする近衛兵たちを後目に天井をぶち抜くと、一つ上の階へ。


「……ここじゃなさそうだな」


 俺は再びジャンプすると、さらに上の階へと移動した。

 そうして天井と床をぶち破ること数度。


 これまでとは雰囲気の違う部屋に出た。

 一つの階層の大部分を使った広さで、この世の贅を集めたかのような豪華絢爛ぶりだ。


 その奥には金銀財宝を散りばめた玉座が置かれ、そこにこれまた贅沢な装飾を施した衣装を身に付ける女性が腰かけていた。

 頭に王冠らしきものを被っており、どうやら彼女がこの国に君臨している女帝らしい。



「の、の、の、ノーライフキングぅぅぅぅぅ~~~~~~っ!?」



 しかし俺の顔を見るなり、悲鳴のような甲高い声で叫んだ。

 顔面は蒼白で、化粧が崩れそうなほど歪んでいる。


「……あ」


 女帝の玉座からそう遠くない場所。

 そこに手足を拘束された状態で椅子に座らされていたのは、攫われた聖騎士少女だった。


「だ、大丈夫か……っ?」


 慌てて駆け寄り、手足の拘束具を引き千切った。


「……見ての通りだ」


 確かに見たところ外傷はなさそうで、ひとまずホッとする。


「それより、すまなかった。私が捕まったばかりに……」

「い、いや、気にするな……無事だっただけで十分だ」

「っ……」


 それにしても、なぜ帝国が彼女をこんなところまで連れ去ったんだ……?

 謎の黒装束たちを使って、俺にわざわざ情報を与えたことも気になる。


 ……主犯が目の前にいるんだし、当人に確認するのが早そうだな。


「ひっ」


 俺が視線を向けると、それだけで女帝は悲鳴を漏らし、玉座からずり落ちそうになった。

 完全に怯え切っているが、自業自得だろう。


「こ、近衛兵はどこに行ったのぢゃっ! 早くわらわを護らぬか……っ! ――おいっ、貴様ら何をしておるっ! まさかわらわを置いて逃げるつもりか……っ!」


 部屋にいた文官たちが這う這うの体で逃げ出そうとしていることに気づいて、女帝が声を荒らげる。


「わ、我々は戦えませぬので……っ!」

「お、お赦しをおおおっ!」


 だが彼らは女帝を残して扉の向こうに消えていった。

 ……まぁ別に追いかける必要はないだろう。


 俺はそう判断し、配下に裏切られて一人になった女帝に近づいていく。

 相手は女であるが、怒りと、国の中枢に乗り込むという豪快なことをやったテンションが味方してか、躊躇することはなかった。


「こ、こ、こっちに来るでないっ……わ、わらわを、誰だと思っておるのぢゃっ!? クランゼール帝国の女帝……で、デオドラ=クランゼールであるぞっ……?」

「うるせぇ」

「っぃ……」


 この状況で何やら偉そうなことを喚き出した女帝だったが、俺がひと睨みするだけで喉が詰まったように押し黙った。

 そして今度は涙を流しながら命乞いを始める。


「い、命だけはっ……た、たしゅけてっ……」


 ……いや、別に殺す気はないんだけどな。


 単になぜ聖騎士少女を攫ったのかを聞き出したいだけだ。


 ポタポタポタ……。


 玉座から水滴が……?

 どうやら女帝は漏らしてしまったらしい。


 ……うーん、ダメだな。

 ちょっと怯えさせ過ぎたかもしれん。


 別に危害を加えるつもりはないのだと、俺は笑顔を作ってアピールすることにした。


 にこっ。


「ひいいいいいいい~~~~ッ!?」


 ……。


「何で俺が笑顔になると皆こんな反応になるんだろう……」

「……貴様、もしかしてそれが笑顔のつもりなのか?」

「え?」


 聖騎士少女から指摘されてしまう。


「威嚇しているようにしか見えないぞ……」

「……マジで? ちゃんと歯を見せて笑っているつもりだが……」

「マジだ。貴様のは歯を見せているというより、歯茎を剥き出しにしている感じだ……さながら牙を剥く獣のようにな」


 そんな馬鹿な……。

 昔、歯を見せれば笑った顔に見えると聞いたことがあるので、忠実にやっていたのに……それが逆効果だったなんて……。


「ん?」


 気づけば女帝は白目を剥き、泡を吹いていた。


「……おーい」


 声をかけても返事はない。

 どうやら気絶してしまったようだ。


 いや――ちょ、ちょっと待て。

 こいつ、息をしていない……?


 耳を澄ませて心音を探ってみるが……し、心臓が止まっているっ!?


 まさか、恐怖のあまり死んでしまったのか……?


「……どうしたんだ?」

「ななな、何でもないっ! 何でもないぞっ!」


 ドドドドドドッ!


「「「陛下ぁぁぁっ!」」」


 そのとき悲壮な声と大勢の足音が聞こえてきた。


 やばい。

 このままだと、間違いなく俺が女帝を殺してしまった犯人にされてしまう……っ!?


 頼むから、生き返ってくれ……っ!

 って、そんなこと願ったところでどうしようもない。


 俺はこの場から逃げ出すことにした。


「と、とにかく、早くここから出るぞっ!」

「おいっ!?」


 俺は聖騎士少女を抱え上げると、例のごとく壁をぶち破って外へ。


「飛ぶぞ」

「……は?」


 そこから――地上五十メートルを超える高さから――全力で跳躍した。


「あああああああああああああっ!?」


 聖騎士少女の悲鳴が轟く中、遠くに見える城壁に向かって大空を飛翔する。


「ななな、何をしているんだっ?」

「こ、このまま一気に、都市を脱出する……っ!」

「無茶過ぎるだろうっ!?」


 必死にしがみついてくる。

 普段の俺なら赤面して気持ち悪いくらいアタフタするだろうが、今はそれどころではなかった。


 こ、怖ええええっ!?


 俺にだってこの高さは怖いのだ。

 生前だったら絶対に死んでいるだろう。


 だが大勢の兵士たちが包囲する中、聖騎士少女を連れてこの都市から脱出するには、これが最も早くて安全な方法に違いない。


 やがて城壁を飛び越え、凄まじい衝撃とともにようやく地面に着地する。


 聖騎士少女を下ろした直後、二人そろってへなへなとその場にへたり込んだ。


「し、死ぬかと思ったぞ……」

「俺も……」

「いや、貴様はすでに死んでいるだろう……」

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