第33話 眷属は盛大に勘違いした
【ノーライフキング、雷竜帝を眷属に】
ロマーナ王国内で発見された白髪赤目のアンデッドが、3日、大災厄級として恐れられる雷竜帝を殺害し、自らの眷属としたことが分かった。
同アンデッドは死霊術師ジャン=ディアゴにより「ノーライフキング」だと明かされ、大災厄級に相当すると目されていたが、ロマーナ王国の王都アルテに接近していた。
それに先んじる形で王都を急襲していた雷竜帝と交戦、そして殺害すると、アンデッド化させて支配下に置いてしまったという。
幸い白髪赤目のアンデッドは、そのまま雷竜帝とともに空へと去っていき、王都の被害は最小限に留まった。
それにより一部から「白髪のアンデッドが王都を護ってくれたのでは?」「危険な魔物ではないかもしれない」との声も上がったが、王立魔物研究所のアビール氏はその楽観的な考えに警鐘を鳴らしている。
「今は戦力を集めているところかもしれない。ノーライフキングが雷竜帝のような強大な力を持つ魔物を次々と支配下に置き、恐るべきアンデッド集団を作り上げたならば、もはや人類に対抗する手立てはない」と、同氏は語っている。
今回の件を受けて、西邦連合は緊急事態宣言を発動。
そのアンデッドの災厄級指定を決定、さらには大災厄級への格上げも検討するとしており、各国に警戒と対策への協力を呼び掛けている。
今朝の新聞記事に目を通した私は、思わずそれをくしゃりと握り潰してしまった。
「リミュル隊長? どうされましたか?」
「……いや、何でもない」
各地に支部を持ち、西側諸国で広く読まれている大手の新聞だ。
もちろん新聞を読めるのはそれなりに裕福な人たちに限られているが、それでも近いうちに庶民にまで噂が伝わることだろう。
そして大抵、噂というものには尾ひれはひれが付くものだ。
このままではあの白髪のアンデッドは、大災厄級の魔物ノーライフキングとして人々から恐怖され続けることになるだろう。
聖騎士である私がアンデッドを擁護するのはおかしな話であるが、やはりどうしても私には奴が危険な存在だとは思えないのだ。
「隊長。そろそろ謁見の時間のようです」
「む、そうか」
私たちが今いるのは、ロマーナ王国王都にある宮殿だった。
英雄王アレンドロス三世に話を聞くためである。
今回、アレンドロス三世は自ら兵たちを率いて、あのアンデッドと対峙したらしい。
斜陽国家と言われていたこのロマーナを、たった一代で立て直した賢帝でもある彼が、果たしてあのアンデッドのことをどう見たのか。
高級官僚に案内されて、私は謁見の間へと通される。
そこで豪奢な玉座に腰かけ待っていたのは、齢五十に達するとはとても思えない、立派な体躯をした偉丈夫だった。
「面を上げよ。余がアレンドロス三世だ。貴殿が聖メルト教の聖騎士、リミュルか?」
「はっ」
「……教皇猊下の娘と聞いているが、確かに目元のあたりに面影があるな」
国王陛下は私の父と面識がある。
だから一介の聖騎士でしかないこの私でも、こうして陛下との謁見に漕ぎつけることができたのだ。
様々な対応に追われているだろう今、そうでなければ急な謁見など叶わなかっただろう。
「それで、貴殿もあの白髪のアンデッドに遭遇したと聞いているが?」
「はい。我々は猊下の命を受けて、死霊術師ジャン=ディアゴを追い、貴国へと入国いたしました。そして白髪のアンデッドの情報を得たことで、奴の新たな眷属ではないかと睨んだ我々は、コスタールへと進路を向けました。その道中のことです。白髪のアンデッドと都市ダーリにて遭遇したのは」
しかし聖槍の力をもってしても、奴には傷一つ付けることができなかった。
「なるほど。それで、貴殿の部隊が受けた被害は?」
「……何もありません」
「そうか……ならば、貴殿はあのアンデッドのことをどう見る?」
「っ……」
陛下からの問いに、私は思わず身を強張らせてしまう。
果たしてこれは本音を口にしていいものか。
私には聖騎士という立場がある。
陛下の前で、下手なことを言うわけにはいかない。
「……ふむ」
私が悩んでいると、何を思ったか、陛下は周囲にいた臣下や護衛の兵士たちをも退出させた。
そして陛下は自ら口を開く。
「余にはあのアンデッドが危険な魔物だとは思えぬのだ」
「っ……」
教皇の代理とも言える私の目の前で、アンデッドを肯定するかのような発言。
それは陛下にとっても、決して簡単に口にできるようなものではない。
ゆえに私もその思いに応えるように、自らの本音を告げた。
「……実は、私もです、陛下。あのアンデッドは、こちらの攻撃に対して怒ることもなければ、反撃することもありませんでした。ただ大人しく立ち去ったのです。アンデッドの王国を築き上げようとするノーライフキングならば、果たしてあのように我々を捨ておくでしょうか……」
無論、少しでも恐怖を長引かせようという悪趣味な意図があるのかもしれない。
けれど私には、あのアンデッドがそんなことを目論んでいるようには見えなかった。
「余はあのアンデッドに命を救われた」
「えっ?」
「無謀にも単身で雷竜帝と戦っていた余は、良くて相打ちだっただろう。だがあのアンデッドが割り込んできたことで、余はこうして未だ五体満足で生きている」
それは単に、雷竜帝を眷属に置くために乱入してきただけで、陛下を助ける意図などなかったのではないか?
そんな疑問が脳裏を過るも、しかし陛下はそれをあらかじめ見越していたのか、
「ポーションをかけてくれたのだ。迫りくる雷竜帝を前に、余はどうしても傷を回復する必要があった。しかし負傷の程度が思っていたより酷く、ギリギリ間に合うか否かという状態だったのだが、あのアンデッドがそれを見かねたのか、余からポーション瓶を奪い、振りかけてくれたのだ」
「アンデッドが……陛下にポーションを……?」
陛下を無視して雷竜帝と交戦したというならまだしも、それでは陛下を意図的に助けたと言っても過言ではないだろう。
「……信じてくれるか?」
「はっ……俄かには信じがたいことですが……しかし、あり得ない話ではありません。……私も、あのアンデッドには人の心があるのではないかと考えております」
もしそれが事実なら……果たして我々は、どうすればよいのか?
相手はアンデッド。
さすがに共生することはできないが……しかし少なくとも、下手に刺激してしまうのは得策ではないだろう。
「一つ、貴殿に頼みがある」
「はっ」
「余はあのアンデッドと話をしてみたい」
「話を……?」
「うむ。決して不可能ではないはずだ」
「……私に間を取り持ってほしい、と?」
「その通りだ。無論、貴殿は教会の人間。余の命令を受ける立場ではないことは重々、承知しておる」
陛下の身で動くわけにはいかない。
だが聖騎士である私なら、あのアンデッドを調査するという建前があった。
上手く接触し、どこかで陛下と落ち合わせることもできるかもしれない。
もちろんあのアンデッドに、人との会話が可能なら、だが……。
「……畏まりました。陛下の頼みとあらば」
「ありがたい。もちろん、何かできることがあるなら余も最大限のサポートする」
そして私は陛下に深々と頭を下げてから、謁見の間を退出したのだった。
◇ ◇ ◇
「くっ……完全に見失ってしまったのじゃ……っ!」
人化して金髪の美女となった雷竜帝は、その美しい顔を歪めながら悔しがっていた。
彼女をアンデッドへと変えてしまった主が、どういうわけか彼女を置いて走り出してしまい、懸命に追いかけるも撒かれてしまったのである。
ドラゴンの大きさならばともかく、この森の中で人間サイズの主を探すのは不可能に近いだろう。
しかも魔力を抑え込んでいるらしく、これでは探知することもできない。
それにしても一体なぜ彼女の主は逃げ出したのか。
「まさか、何か気に障るようなことをしてしまったのか……?」
ハッとして、彼女は自分の言動を顧みる。
だが生憎とまったく見当もつかなかった。
「しかしそれ以外には考えられぬ。ううむ……これではたとえ主を見つけたとしても、また逃げられてしまうがオチじゃ」
彼女は必死に考えた。
その結果、あることを閃く。
「そうじゃ! 貢物じゃ! 何か主が喜ぶような貢物を用意するのじゃ! そうすればきっと許してくれるはず!」
妙案を思い付いたとばかりに、笑顔で手を打つ。
「主が喜ぶもの! すなわち、我のような強力な眷属に違いない! ようし、そうと決まれば、取って置きのものを捧げるのじゃ!」
彼女は再び黄金のドラゴンへと姿を変えると、大空へと飛翔した。
『くくっ、待っておれよ、闇竜帝っ! 貴様に私怨はないが、主のためにその命、もらい受けるのじゃ!』
……もちろん彼女の主はそんなものなど望んではいない。
―――――――――――――――――――――
一章終わり。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きはしばらくお待ちくださいm(_ _)m
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