第32話 勝手に眷属になった
『――我が主よ』
俺が倒したドラゴンから、謎の声が聞こえてくる。
「え? ちょっ、どういうこと? もしかしてまだ死んでない? いや、死んでるはずだよな?」
『無論すでに死んでおる。身の程を知らず、神に等しい力を持つ主に挑むとは、なんと愚かだったことか……死んで初めて理解できたのじゃ』
なんか、めちゃくちゃ腰が低くなってるし、俺のことを主とか言ってるんだけど……。
そもそも死んでるなら何でこうして会話してるんですかね?
って、もしかして。
「アンデッドになったのか……?」
『うむ、主の力により、我はこうして不死の存在として蘇ったのじゃ』
俺の力?
「いやいや、俺、何にもしてないぞ?」
『む? しかし主は願ったじゃろう。我を眷属にする、と』
願ったって……まさか、さっきの?
――このドラゴンが動き出して、このまま俺をどこかに運んでくれたらなぁ。
ただの冗談だから!
しかも眷属にするなんて言ってない!
ていうか、もしかして俺が眷属にしたいと思ったら、それだけでアンデッドにできてしまうのかっ?
『当然であろう。主にはそれだけの力がある』
マジか……。
『それで、主はどこに行きたいのじゃ?』
「ええと……じゃあ、ひとまずどこか森の中にでも」
考えるのは後だ。
ドラゴンの口の中からちらりと外を見ると、あのおっさんがこっちに向かってきているし、いったん人里離れたところに身を潜めよう。
森の中なら動物もいるだろうし、上手くやれば最低限、大事なところを隠せるものを作れるかもしれない。
『了解したのじゃ』
頷いて、ドラゴンが宙へと飛び上がった。
「あれ? お前、翼を片方、斬られたんじゃなかったか?」
『とっくに再生しておる。これも主の力じゃろう、一瞬で生えてきたぞ。我は元より高い自然治癒力を持っておったが、さすがにここまでではなかったのじゃ』
「そ、そうか……ちなみに名前は?」
『我に名はない。ただ、雷竜帝などと呼ばれたりしておるがの』
「え?」
雷竜帝って、聞いたことがあるぞ……?
確か、ドラゴンの中でも頂点に君臨するとされる四体の竜帝のうちの一体だ。
そのすべてが大災厄級の魔物に認定されている。
『今は我を含めて二体しかおらぬ。炎竜帝と氷竜帝は壮絶な戦いの末、相打ちとなって果てたからの。千年くらい前のことか』
ちょっ、まさか俺、そんなヤバいドラゴンを倒してしまったってのか?
しかも眷属にしてしまったとか……。
『二体とも気性が荒く、相性も悪かったからのう。いずれああなるだろうとは思っておった。そう言えば、主からはどことなく、あの二体の魔力が感じられるような……いや、気のせいかのう?』
そんなことを話していると、ドラゴンが急降下を始めた。
『着いたのじゃ』
地面に着陸すると、頭を下げて俺を降ろしてくれた。
全裸のまま外に出るが、期待通り周囲は鬱蒼と茂る森なのでそれほど恥ずかしくない。
さて、それじゃあ動物でも探すか。
毛皮があれば俺でも腰布くらいは作れるだろう。
俺は森の中を歩き出した。
ズンズンズン……。
……後を付いてくるんですけど?
「ええと……」
『どうしたのじゃ、我が主よ?』
「……今、動物を探しているんだが……付いて来られると逃げられかねない」
凄まじい魔力を拡散させている上に、歩くたびに地響きが鳴るこの巨体だ。
動物なんて敏感だし、あっという間に逃げてしまうだろう。
『なるほど。つまりは警戒されぬよう、小さくなって気配を消せと』
「小さくなる?」
『うむ。我にかかれば造作もないことよ』
そう頷くと、ドラゴンの全身が魔力を帯びて煌々と光り出した。
段々とその輝きが小さくなるにつれて、ドラゴンの巨体そのものも縮小していく。
やがて光が収まったとき、そこにいたのは若い金髪美女だった。
全裸の。
「……は?」
身体のあちこちが黄金の鱗に覆われ、頭に角が生えてはいるが、見た目はほぼ人間だ。
それが一糸纏わぬ格好をしているのである。
しかも豊満な胸にくびれた腰、そして大きな臀部と、見事なプロポーション。
このドラゴン、雌だったのかよ!
「ふっふっふ、これでどうじゃ。人間のオナゴにしか見えぬじゃろう? ……む? どうした? なぜ顔を背けながら後ろに下がっていくのじゃ?」
どうしたも何も、俺はただでさえ若い女性が苦手なのだ。
ドラゴンが化けた姿とはいえ、惜しげもなく裸体を晒しているのである。
もはや俺は完全にパニックに陥っていた。
「おい、どこに行くのじゃっ?」
返事をする余裕もなく、俺はドラゴンに背を向けて走り出した。
「まさか、我を置いていくつもりかっ!? 主の力でこんな身体にされてしまったのじゃぞ! 責任を取らんか!」
そんなことを言いながら追いかけてくる人化したドラゴン。
端から見たら間違いなく勘違いされそうな台詞だ。
しかもお互いに全裸である。
森の中でよかった。
「待つのじゃぁぁぁっ!」
響き渡る怒声を背に、俺は森の中を全速力で走り続けたのだった。
◇ ◇ ◇
「雷竜帝を、倒したのか……?」
余は驚愕とともにその結果を見届けていた。
雷竜帝はピクリとも動かず、この距離からではあるが、生命反応がまるで感じられない。
恐らく白髪のアンデッドによる体内からの攻撃を受けて、絶命したのだろう。
しかし勝利したはずの白髪のアンデッドも、なかなか出てくる様子がない。
自分から飛び込んだとはいえ、さすがにドラゴンに呑み込まれては、無傷とはいかないのだろうか。
と、そのときだ。
死んだはずの雷竜帝がなぜか再び動き出し、身体を起こしたのだ。
しかも信じられない速さで、余が斬った片翼が修復していく。
「まだ生きていたのかっ……? いや……」
――アンデッド化。
余の脳裏を過る、最悪の予想。
「ま、まさか……雷竜帝をアンデッドにしてしまったというのか……?」
大災厄級の魔物を殺し、そして自らの支配下に置いた。
戦慄すべき事態に、余は思わずよろめく。
あの白髪のアンデッドは最初からそれが目的で雷竜帝と戦ったのか……?
アンデッドとなった雷竜帝は、元通りになった翼を大きく羽ばたかせ、空へと飛び上がった。
やはり生命を感じないが、周囲に巻き散らされる圧倒的な魔力の波動は、余と対峙したとき以上のものがあった。
あれだけの強さだったドラゴンの王者が、不死の竜と化したことでさらなる力を得たというのか……?
余は神剣の柄を握り締める。
だがその手は恐怖で震えていた。
……勝てるわけがない。
ただ祈るしかなかった。
そして――その祈りが通じたのかは定かではないが、雷竜帝は王都など見向きもせずに去っていく。
「た、助かった……のか?」
極限の緊張から解放され、余はその場に尻餅を突いた。
足腰に力が入らない。
どうやら安堵のあまり腰が抜けてしまったようだ。
しばらく地面に座り込んでいると、そこへ配下の兵たちが駆けつけてきた。
「陛下っ! ご無事ですかっ!?」
「……見ての通りだ」
「おおっ! さすがは陛下っ! あの雷竜帝を追い払ってしまわれるとは!」
どうやら彼らはあのアンデッドが戻ってきたことは知らないらしい。
「いや……余の力ではない。むしろ、余は助けられたのだ」
そうだ。
間違いない。
あのアンデッドは確かに余を助けた。
雷竜帝を自らの眷属にするだけならば、あのとき余にポーションをかける必要などなかったはずだ。
「……助けられた? それは一体、どういう……?」
目を瞬かせる配下たちは、果たして余の言うことを信じるだろうか。
自分でもそんなふうに思いながら、余は告げたのだった。
「ノーライフキング……あの白髪のアンデッドに、な」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます