第29話 別の大災厄級が来た

「おおっ、めちゃくちゃ大きな街が見えてきたぞ」


 二本の鉄棒に沿って歩き続けること、丸三日。

 今までで一番大きくて立派な防壁が見えてきた。


 もしかしたらあれが王都かもしれない。


「あの様子だと、かなりの大都市だろうな……」


 あそこなら俺が死ぬ方法が分かるかもしれないという期待と同時に、果たしてそんな大都会で俺がまともに調査を進められるのかという不安に駆られてしまう。


 ともかく、まずはあの防壁を乗り越えて街に入りたい。

 けど警備も厳しいだろうし、夜まで待たないとダメだろうな……。


「それに……あれのこともある」


 俺は空を見上げた。

 するとそこに浮かんでいたのは、船のような形状をした巨大な物体だ。


 ただし船と違って帆はなく、代わりに翼のようなものが幾つか付いていた。

 最初は大きな鳥かと思ったが、間違いなく人工的なものだ。


 実はしばらく前から、ずっと俺の上空を飛び続けているのである。

 時々人の顔が見えるので、恐らく人が乗っているのだろうとは思われるが……。


「凄いな~、俺も乗ってみたいな~」


 今の俺ならジャンプしたら届くかな?

 いやいや、さすがにあの高さは無理だろう。


 そんなことを考えながら、再び防壁の方へと視線を戻した俺は、あることに気が付いた。


「ん?」


 防壁のすぐ手前。

 そこに無数の戦士たちがずらりと並んでいたのだ。


 そう、戦士だ。

 明らかに武装した数千人規模の集団が、縦横一糸乱れることなく整列しているのである。


 冒険者を寄せ集めたような集団ではない。

 数が多すぎるし、何より装備が揃い過ぎている。


 どう考えても軍隊だ。

 所々で騎馬兵が天高く掲げているのは、赤地に黄金の獅子が描かれた旗。

 恐らくこの国の戦旗だろう。


「え? ちょっ、まさか今から戦争でもおっぱじめる気なのか……?」


 敵が攻めてきているのなら、あの防壁を使って戦うはずだ。

 こうして防壁の外に整列しているということは、きっとこれからどこかに出撃するつもりなのだろう。


 とんでもないタイミングで来てしまったようだ。

 道理で向こうに見える街道に、まったく人がいないと思っていた。


 ただ不思議なのが、彼らがなぜか街道の方ではなく、俺の方を向いているということ。

 こっちの方向は進軍に適さないと思うのだが。


 と、そのとき集団から騎馬が抜け出し、単身で向かってきた。

 装備が明らかに上等だし、恐らくこの軍隊の中でも大将クラスの人間だろう。

 兜に立派な羽根まで付いてるし。


「……間違いなく俺に用がある感じだよな……?」


 俺は焦った。

 こんなときに暢気に街に近づいてきたのだ、きっと怪しまれて、詳しく調べられるに違いない。


 そうなったら、俺のコミュ力だ、誤魔化せる気がまったくしない。

 ……悪いが、ここはいったん退散させてもらうとしよう。


 そう考え、俺は踵を返して逃げ出したのだった。




      ◇ ◇ ◇




「ま、待て!? 貴様っ、どこに行く気だっ!?」


 いきなり踵を返して走り出したアンデッド。

 予想外過ぎる行動に、余は慌ててしまう。


 まさか逃げる気なのか……っ?

 そうはさせるか!


「リューン!」

「ひひ~ん!」


 余の命令に従い、リューンが一気に加速した。

 最高速度ならば、汽車すらも追い越すリュートの全速力だ。


 これならすぐに―――ぜ、全然追いつけない!?


 追いつくどころか、むしろ徐々に離されていく始末。

 あのアンデッド、なんという速さだ……っ!


「だがこの距離ならばっ……」


 余は一か八か、馬上で剣を構えた。

 これは冒険者時代に手に入れたもので、神剣と言っても過言ではない特別な力を持つ。

 かつてこの国を襲った災厄級の魔物を討伐できたのも、この剣があったお陰だ。


「ハァッ!」


 余は馬上でその剣を振るった。

 もちろん刃が届くはずがない。


 余が飛ばしたのは、不可視の斬撃。

 しかもどんな防御をも無効にする、絶対切断の斬撃である。


 ドラゴンの硬い鱗ですらバターのように易々と切り裂くことが可能で、これがあれば子供でもオークくらい簡単に殺せるだろう。


 ただし剣が認めた者しかその力を使うことができず、しかもそれは一度に一人だけ。

 すなわち今は余が世界で唯一の使い手だった。


 ザッ!


 斬撃がアンデッドの首に届いたという手応えがあった。


「何っ?」


 だがどういうわけか、何事もなかったかのように奴は走り続けている。


 ギリギリ届かなかったのか?

 いや、見えない斬撃とはいえ、余がそれを見誤るはずがない。


「ひぃん……」

「くっ!」


 どうやら先にリューンの方に限界がきてしまった。

 ペースが急激に落ちてきてしまう。


 一方、アンデッドはまったく疲労している様子がない。

 そもそもアンデッドには疲労というものが存在しないか……。


「……仕方があるまい」


 余は追うのを諦め、リューンの鼻先を王都の方へと向けた。

 あれだけ意気込んで単身で飛び出しておきながら、奴を取り逃がしてしまい、このまま戻るのは何とも恥ずかしい。


 何より、先ほどの余の覚悟は何だったのか。

 しかし臣下たちの元へ戻った余を待っていたのは、予期せぬ声だった。


「陛下がお戻りになられたぞっ!」

「アンデッドが尻尾を巻いて逃げ出すなんて、さすがは陛下っ!」

「やはりこの国は永遠に安泰だっ!」


 ぬおおおおおおおおおおっ!

 やめてくれぇぇぇっ!


 臣下たちからの手放しの賞賛の声に、余は頭を抱えて叫びたくなってしまう。

 少しでも余に媚を売ろうという魂胆が丸見えだ。


 余は何もしていない。

 ただ馬を駆って走っただけだ。


 あのアンデッドは余を怖れて逃げたわけではないだろう。

 もしかしたら、そもそも最初から我々人類に敵対的な存在ではないのかもしれない。


「大災厄級の魔物を怯えさせるとは、陛下こそ世界最強だ!」

「アレンドロス大王、万歳っ!」

「ロマーナ王国は永久に不滅だっ!」


 ぐおおおおおおおおおっ!

 貴様らは余を恥ずかしさで悶え死なす気かっ!?


 だいたい王都には何の被害も出ていないのだ。

 それで大災厄級などとは誇張にもほどがある。


 ええい、いい加減にやめい!

 さすがの余もついに堪忍袋の緒が切れてしまい、怒鳴り散らしそうになった、まさにそのとき、




 ――バリバリバリバリバリッ!




「「「~~~~っ!?」」」


 突然、凄まじい轟音とともに空が光り輝いた。


「な、何事だっ?」


 鼓膜が痛みを訴える中、空を見上げた余が目撃したのは、上空に滞空していたはずの飛空艇が燃え盛りながら地上へと落ちてくるところだった。


 それだけなら飛空艇内で何らかの事故が発生したのだと思っただろう。

 しかし空にはもう一つ、その原因と思われる巨大な影があった。


「……ドラゴンっ?」


 それは黄金の鱗を持つ巨大なドラゴンだ。

 全長二十メートルを超える飛空艇と比べても、その倍以上の巨体である。


 そして全身から紫電を撒き散らしていた。

 どうやら特殊な力を有するドラゴンのようだ。


「まさか、雷竜帝……っ?」


 誰かが震える声で言った。


 雷竜帝。

 それは数ある竜種の中でも、頂点に君臨するとされる存在だ。

 そして――


「正真正銘の、大災厄級……」


 間違いない。

 奴こそ、真にそう認定されるに相応しい魔物である。


 この距離でも分かるほどの圧倒的な魔力量は、余がかつて倒したあの災厄級以上だ。

 奴には天敵などおらず、もはや隠す必要すらもないのかもしれない。


 次の瞬間、そのドラゴンが大きく口を開いたかと思うと、そこから凄まじい雷光のブレスを吐き出していた。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!


 先ほどを超える轟音とともに、それが王都の上空に展開されていた結界に直撃する。


 それは王都が誇る最強の防護結界だ。

 たとえ一万発を凌駕する上級魔法の直撃に晒されようとも、耐え抜く力を持つほどで、今回の戦いに備えてあらかじめ展開しておいたのである。


 ――パリィィィンッ!


 だがそれが、たった一発のブレスによって破壊されてしまう。


「け、結界が破られたっ!?」

「しかも街中に入っていくぞっ!?」


 雷竜帝の姿が街の中へ消えた。

 不味いっ……このままでは王都が崩壊するぞ!?


 と思いきや、直後に再び空へと飛翔する雷竜帝の姿があった。

 よく見ると、後ろ脚で子供と思われるドラゴンを抱えている。

 そして西の空へと飛んで行った。


「子供を攫われ、取り返しに来たのか……っ?」

「このまま去って行ってくれれば……」


 皆が祈るように言うが、余は期待などしていなかった。


「急げ! 再度、結界を展開させるのだ!」


 そう言いおいて、余はリューンとともに再び走り出す。


「陛下はっ!?」

「余はできる限り遠い場所で奴を迎え撃つ!」


 奴のあの雷撃は、その余波だけでも人を簡単に殺せる威力だ。

 王都から離れて戦う方が良いだろう。


「グルアアアアアッ!」


 案の定、雷竜帝が引き返してきた。

 子供の姿はない。

 どこかに避難させた上で、これから子供を誘拐した人間に復讐をしようと言うのだろう。


「……ちょうどよい! 今度こそ余の死闘を見せてやろうッ!」

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