第14話 Confession of truth(真実の告白)

半露天の外風呂には、僕と山田しかいなかった。外気と湯気が入交り、なんだか幻想的な光景になっていた。温泉から立ち込める湯気で辺りは白っぽくなっている。幻想的な空気感だが、なんだかその空気を通して、山田の緊張感が伝わってくる。山田も決意のような気を感じた僕であった。


山田「酒井さん、今、二人きりなのでここで言っちゃいます。今から言うことを聞いて俺のことを嫌いになったりしないでいただけると、俺、俺、うれしいんですけど。」


僕「山田君、どうしましたか。僕が山田君ことを嫌いになることはないですよ。人それぞれですから。いろいろとありますからね。僕もある程度人生経験をしているので、少々のことでは驚きやしないですよ。大丈夫です。言ってみな。」


山田「酒井さんへそう言っていただけて、俺、ちょっと勇気が出ました。俺、ハノイへのフライトの中で初めて酒井さんに出会って、すごくすごく気になる存在だったんですよ。その意味がバリ島から帰国して分かったんです。」


僕「バリ島から帰国してからですか。」


山田「そうなんです。」


僕「それで何が分かったんですか。」


山田は少しだけためらった様子で、覚悟を決めて口を開いた。


山田「実は、俺、男の人が好きなんです。小学校の頃にそのことに自分自身で気が付き、病気なのかなって思っちゃったりもしました。男の人が好きだってことを隠して普通に生活をしていました。俺、いままでずっと隠してきていました。もちろん、俺の友達はこのことは知りません。」


僕はその言葉を聞いて、どれだけ山田はそのことで悩んでいたのだろうと思った。それと同時に山田のカミングアウトの勇気に僕は感動した。山田の言葉は続いた。


山田「俺がこんな人間だって、母親には告げました。大学を卒業し就職の話も出てきたときに、もうこれ以上黙っていられないと思っちゃったんですよ。」


僕はなんだか山田の話を聞きながら、涙が頬を伝ってきた。どれだけ今まで、このことで山田自身が悩み苦しんできたことかを考えると、自然と涙が僕の体の中から溢れ出てしまった。山田は僕へ話し続ける。


山田「男の人が好きだって母へは話しています。このことを俺が母へカミングアウトしたとき、母の目から涙がこぼれていました。その後、母から言われた言葉が、ママに人には言えないことを話してくれてありがとう。ママはうれしいよと言われました。母親は、俺にあんたは堂々と生きていけばいいんだよ。何も悪いことなんかしてないんだし、人それぞれだから、そのこともあんたの個性だから、ママは特に気にしないよ。それとあんたが好きな人ができ付き合い始める人ができたなら、ちゃんとその人をママに紹介しなさい。あんたは何があっても私が産んだ子なんだからね。それは忘れないでほしいよ。その時から、俺は、俺だから悪いことをしているわけではないので正々堂々と生きていこうと思ったんです。」


僕は無言のまま、山田の話を聞いていた。山田と山田の母との会話をしている情景が僕には頭に浮かんできた。山田の母がどれだけ山田優也を愛し育ててきたかが、山田の言葉を通じて僕に伝わってきた。


山田「酒井さん、今の俺の話を聞いてひいちゃいましたよね。」


僕「山田君、そんなことはないよ。安心してくださいね。僕も山田君と同じだから。山田君は勇気あるね。お母様も素晴らしい人ですね。そんな家庭で育ったから、山田君は素直でいい子なんだね。」


山田は、僕のその言葉を聞いて泣いていた。


僕「僕も山田君とハノイ行きのフライトで初めて出会ったときに、なんだか気になっていたんだよね。それとなんだかご縁を感じちゃいましたよ。これは、僕が山田君のことがタイプだとかということもあるけど、それ以上のなんだか魂の相手と出会った感情だったんだよね。空気感というか山田君のその雰囲気がなんだか好きなんだよね。」


山田「そうなんですね。酒井さん、ありがとうございます。そういっていただけて、俺、本当にうれしいです。いままで生きてきてこれほどまでにうれしいことはないです。俺はハノイ行きのフライトの席で酒井さんの隣に座った瞬間、ひとめぼれで好きになっちゃたんですよ。ただ、隣の席に座っただけなのにですけどね。人の感情って不思議ですよね。お互い気になっていたんですね。」


僕と山田は自然と手をやさしく握り合っていた。山田の手から山田のぬくもりが、温泉のお湯を通じて伝わってきている。僕も気が付くと、再度、僕の目から自然と涙が零れ落ちていた。二人はしばらく無言のまま、温泉に浸ったまま、箱根の夕間暮れの空を眺めていた。


僕「僕も仕事関係の人には、カミングアウトしているけどね。それで離れていくなら離れていってもいいと思っていたんだよね。その人とはそこまでの縁だってことだからね。僕もこの年まで生きてくると少々のことでは驚くこともなくなってきたしね。人それぞれですからね。時代も昭和とは違うしね。僕はこの時代を生きてこれてよかったともうよ。時代や国が違うとまだまだ偏見の強い国もあるしね。僕も山田君のことがすきだよ。」


山田「今日、酒井さんと一緒に箱根へ来れて本当に良かったと思います。ありがとうございます。こんな話をしたからって、特に何が変わることではないですが、俺は酒井さんが好きってことだけは覚えておいてくださいね。今まで通り酒井さんの弟分でということでよろしくお願いします。」


僕「山田君、僕もですよ。ずっと一緒に入れたらいいね。そうなれるようお互い頑張ろうね。」


山田「酒井さん、俺、酒井さんのことが。」


僕「山田君、どうしました?」


山田「もう一度言います。俺、俺、酒井さんのことが本当に好きなんですけど。」


僕は一瞬、ためらってしまった。山田は今まさにどれだけの勇気をしぼって僕へ告白しているのだろう。それと同時に、僕と山田の間に気持ちが通じた感じがした。そんな山田の勇気に僕は感動してしまった。


この会話の時間はどれくらいの時間が流れたかわからないが、僕の中では、「アッ」というまの瞬間的な時間に感じられた。


僕「山田君、ありがとう。僕に好意を持っていただきうれしいですよ。僕も山田君のことを大切に思っているから、安心してくださいね。大丈夫、僕も山田君のことが好きだからね。」


山田「俺、酒井さんのこと、お兄ちゃんとかじゃなくて恋愛対象なんですけど。俺と付き合ってくれませんか。」


僕は、山田の告白にしばらく固まってしまった。山田の直球すぎる告白に僕は少々うれしくなった。それと同時に若さをうらやましくなった。この純粋な気持ちに僕も心動かされた。


山田「酒井さん。酒井さん。俺、酒井さんのことが好きなんですよ。」


僕「ありがとう。僕もだよ。」


山田「本当ですか。俺、断られると思ってましたよ。今まで通りの酒井さんにとっての弟的な存在のままでいいです。そちらのが、俺も気持ちが重くなりませんから。」


僕「山田君の気持ちをないがしろにできませんからね。僕と山田君は今まで通りの関係で魂がつながっていますから。」


山田「今、俺、酒井さんへ告白しちゃったけど、今まで通りと変わりませんから。酒井さんのくっつき虫でいますから、よろしくお願いします。ただ、この箱根で俺、酒井さんへは俺の気持ちを伝えたかったんですよ。」


そういえば僕は今回の箱根旅行の前に、デジャブで山田と露天風呂で寝転んで話していた光景を思い出した。そのデジャブでの会話は、どうしても思い出せなかった。でも、今、この瞬間にその会話を聴けて腑に落ちた。なんだか安心した。


僕「山田君、ありがとうございます。こちらこそよろしくです。そろそろ、お風呂から上がりましょうか。のぼせちゃいそうです。」


山田「俺もですよ。」


なんだか気分が晴れた印象をもった山田の姿が見られて、僕はなんだか幸せな気分になった。


山田「俺、今すごく幸せなんですけど。」


僕「そうですか。僕もですよ。現実にこういうこともあるんだと、本当に不思議な感じですよ。本当に山田君とはソウルメイトなんですね。」


僕は、山田からの告白を受けて動揺をしていたが、これで山田も気持ちが晴れるのであればと思い、山田のその思いを受け入れた。ただ、その時にはまだ山田は僕へ告げるかどうかと迷っていることがあろうとは微塵さえ思わなかった。


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