第6話 Depart for Hakone(箱根へ出発)
自宅マンションの前でワンクラクションが鳴ったのが聞こえ、間もなくすると玄関ベルが鳴った。山田がぼ僕の部屋の前へ到着した。ベルの音がなると僕と同居しているチワワが吠えた。
山田「おはようございます。酒井さん、お迎えに来ました。今日は旅行日和でいい天気でよかったですね。さすが晴れ男の酒井さんのパワーですよ。酒井さん、チワワを待っていらっしゃるんですね。超カワイイんですけど。」
僕「おはようございます。山田君、お迎えありがとう。どうぞ、こんなところではなんなんで上がってください。どうぞ。このチワワちゃんは僕と同居してますよ。同居のワンちゃんなんですよ。割と警戒心が強いんですが、山田君にはしっぽを振ってかまってって言ってますよ。」
山田「マジですか。お邪魔します。俺、酒井さんの自宅へお邪魔するのは初めてなんですけど。なんだか恋人の部屋に、初めてお邪魔したって感じでなんだかドキドキしちゃいます。マジ、チワワがかわいいですね。今日はお留守番です?」
僕「チワワちゃんはお留守番できるから、大丈夫です。帰宅したら思いっきりかまってあげると喜ぶんですよ。山田君には警戒していませんね。山田君、そんなドキドキしなくて大丈夫ですよ。襲ったりしませんから。」
山田「襲ってほしいぐらいですよ。」と、こんなたわいもない交わしながら、出かける準備をしていた。
僕「山田君、朝食は済ませました?」
山田「まだですよ。」
僕「じゃ、簡単でよければ、今から僕が作るので食べますか。まだ、すこし時間は大丈夫ですよね。」
山田「マジですか。酒井さんの手料理が食べられるんですね。俺、ラッキーですよ。」
僕「それじゃ、準備しますね。コーヒーでいいですか。」
山田「はい。コーヒーでOKです。」
僕は朝食の準備をし始めた。ベランダからは開けている窓越しに夏の終わりの微風が部屋に入ってきた。チワワちゃんは山田の傍を離れようとしなかった。以前から一緒にいるような感覚で懐いている。
山田「なんだか新婚さんみたいですね。今、俺、すっごく幸せです。酒井さんと同じ部屋の中にいて、一緒に朝食を食べられるなんて。」
僕「朝食ならバリ島でもシェムリアップでも一緒に食べたじゃないですか。」
山田「いえいえ、それとはまったく違いますよ。酒井さんの部屋で一緒なんで。そこが違いますよ。というか、そこが大切なんでっすよ、俺にとっては。」
と、言ったなんだか微妙な会話をしていた僕と山田であった。
早々に僕と山田は朝食を終え、いよいよ山田の用意した車へ向かう。チワワちゃんには留守番を頼んでドアを閉めた。なんだかドキドキする。この気持ちは僕だけなんだろうか。僕は少しだけ、山田も今の僕の同じ気持ちだったらいいのにと考えていた。
マンションのフロントゲートに降りた僕と山田。山田が車の助手席のドアを開け、エスコートしてくれた。僕はなんだか気分がすごくいい。この青空が手伝って気分は上がっていく。
こんな気持ちは、久しぶりのように感じた。以前もこういったことが有ったが、あれから何年もの月日が経っているため、その感覚を忘れかけていた。恋心というかなんだかこんなドキドキ感は新鮮な感じがした。こういう気持ちって歳を重ねるとだんだんと薄れていく。
山田「酒井さん。朝食、御馳走様でした。すごくおいしかったですよ。俺、今、なんだか幸せを感じちゃってますよ。」
僕「そうですか。有り合わせのものしかなかったけど。もっと準備しておけばよかったよね。こんな流れになるんだったらね。」
山田「いいえ、充分ですよ。酒井さんと一緒に暮らすと、さっきみたいなあんな感じの朝なんでしょうね。俺、憧れちゃいますよ。」
僕「そうかもね。」
山田は車を出し始めた。気温は9月の割には残暑らしくなく、涼しく天気はすごくいい。最高の秋晴れだった。
山田の運転する車は、環八通りへ入り、高井戸駅近くを通過し順調に進んで行く。用賀入口から首都高速道路三号渋谷線に入るようだ。間もなくすると大井ジャンクションを通過し、羽田方面へ向かっていった。海沿いの空気感が何とも言えない。大海原の解放感が車窓から見られた。
山田の車内での選曲は、秦基博のレインから始まった。この曲は、僕の大好きな歌の一つである。やはり、ここでも山田との感性が一致する。本当、山田との感覚が重なることが多く、本当に驚かさせる。
僕「山田君、秦基博のレインっていいよね。僕の好きな曲の一つなんだよね。鱗という曲もいいよね。山田君、知っている?」
山田「もちろん知っていますよ。なんだか元気がでますよね。曲名を見たときは、ちょっとどうかなって感じだったんですけどね、実際、聞いてみるとすごく元気の出る曲でしたよ。俺も何度も元気づけられましたよ。」
僕「今日は、道も混んでなくて高速も順調進んでいいですね。なんかデートって感じじゃないですか?こんな感じは久しぶりですよ。」
一瞬間が空き、僕の話に山田の回答に間が開いた。僕はそれほど気にはならなかったが、山田が少々はにかんだ感じで答えてきた。
山田「俺は、酒井さんとデートのつもりなんですけどね。それって俺だけですか?」
僕は、山田のその答えにぐいぐいと僕の気持ちの中へ来る感じがした。押しの強さを感じた。
僕「僕も同じですよ。今日は山田君とデートですからね。なんだかこんな気持ちっていいですよね。」
僕「本当だよね。」と言いながら、僕は山田と付き合ってるんだろうかと錯覚させられる不思議な感覚になった。
付き合うとか何も言われていないし、僕からも何も言ってないし、男同士だし。これってなんなんだろう。
山田「今日は、酒井さんを俺がエスコートしちゃいますからね。俺についてきてくださいよ。遅れないでくださいね。」
僕「了解。山田君、よろしくです。」
僕と山田の車内での会話はまさに恋人同士って感じがした。今思えば、この会話も山田からの何かのメッセージを含んだものだったのかもしれなかった。
僕と山田を乗せた車は、横浜新道を通過している。風が少々出てきたようだ。周りの景色の樹々が風になびいているのが見えた。高速道路から見える木々には、なんだか妖がいたずらをしているような感じであった。
横浜町田インターで東名高速道路に乗るようだった。山田もなかなかルートを巧妙に考えている気がした。ある意味いい意味で、僕は本当にうれしかった。僕のために山田が考えてくれたという気持ちを、その気持ちに対して僕はうれしく感じた。真心が詰まったエスコートだった。
東名高速道路に入った山田の運転する車は快調に進んでいる。高速道路の両サイドは、秋を少しだけ感じる色遣いになっている山々に包まれている。箱根へも近づいてきている様子だった。僕たちの両サイドにいる車もおそらく箱根まで行くのだろうか。僕と山田を乗せた車は、東名御殿場インターで東名高速道路を降りた。山田が言っていたから、これからは一般道を通って箱根桃源台まで向かうようだった。
御殿場の空気も澄んでいる気がした。目の前に見える霊峰富士山の雄大な姿にも圧巻だった。こんなにも身近に富士山を感じたとこなどなかったからだ。フライトの時や、新幹線に乗った時は富士山を目にするが、今回のように圧巻な姿だとは感じたことがなかった。霊峰富士といわれるだけの存在感はある。その雄大さが、僕にはなんだかパワーを与えてくれているような気がした。
僕と山田を乗せた車は、徐々に箱根の山へと入っていく。徐々に標高も高くなってきた。道が進んでいくにつれて、山の天気で雲行きもだんだんと怪しくなってきた。が、僕がいるので雨は降らないと確信した。
山田「酒井さん、だんだんと山の天気っぽくなりましたね。でも、酒井さんが一緒なので雨は降らないですね。」
僕「山田君、よくわかりますね。雨は降らないと思いますよ。途中、雨が降ったととしても僕と山田君が現地へ到着するころには、雨は止んでいますよ。きっと。」
僕は、箱根山の山道をどんどんと進んで行く中、ふと気が付いたことがあった。この景色ってどこかで見たとこがある。この山田との会話もどこかで聞いたことがあると思い出した。一年ぐらい前の話だが、夢の中で2回ほど体験したことだったからだ。
僕は、その夢の先を今は思い出せない。その時、目が覚めたときに僕はなぜか涙で枕を濡らしていたような気がした。
山田「酒井さん。どうかしました?」
僕「どうして?」
山田「なんだか心ここにあらずって感じでしたから、どうされたのかなって思っちゃいました。」
僕「そうですか。箱根の景色がきれいだなって思ってみてたんですよ。」
僕は、咄嗟に山田へそう切り返した。僕と山田を乗せた車は、徐々に森林の奥深くへと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます