2番手の男〜2番じゃダメなんです〜
やまもン
東の果てを目指して
2019年12月31日、午後11時55分。
日本では紅白が終わり、ゆく年くる年が信心深く寺に並ぶ人々を映す頃、太平洋に浮かぶ小型クルーザの甲板に置かれたコンテナの中に一人の男が居た。
「クソっ!どうなってやがるっ!」
ダーツの矢が壁に磔にした世界地図を前に、ボサボサの髪で薄汚れた白衣を纏う男が立ち、同じくダーツの矢が突き立つ机をバーンと叩く。苛立ちをぶつけるように何度も何度も腕を振り下ろす。
「今年も、今年も間に合わないのかっ!」
その時、男の右ポケットから着信音が響いた。電話だった。
「ハロー、ねぇねぇ今どんな気分?十年連続で私に出し抜かれた気持ちを聞かせてくれる?」
電話の相手はイギリス訛りの癖が強い日本語を話した。その奥から、パーティーの賑やかな騒ぎが漏れ聞こえた。
「ふんっ。随分とそちらは楽しそうだな。いいのか?そんな人の中にいて、1番になれると思うのか?あと五分もないぞ。」
「あら、ノープロブレムよ。あんたは今年もおんぼろ船の倉庫の中でしょうけど、私は今船首に居るの。私の船は大金を払って飛び込み台を付けたのよ。最後はジャンプするの。」
「へいへい、羨ましいこって。だが残念だったな。今年は倉庫の中じゃない。船に乗せたクレーンにコンテナを吊り下げる。俺はそこから飛び降りるのさ。」
「ホワット?そんなことまでするなんて、流石ね。で〜も、残〜念〜、本当に申し訳ないけど、今年も私の勝ちね。」
「せいぜい1番遅い人にならないように気を付けるといい。ケッ。」
ぴーぴーと通話が終わった音がコンテナに響く。携帯から手を離した男は顔を上げて壁の世界地図の一点を凝視した。
「そうだ、何も1番は1つじゃない。」
ダーツの矢がまた1つ、世界地図を貫いた。
男はコンテナの扉を開けて、下にいる船員に向かって叫んだ。
「おーい、お前、そうそこのお前だ。船長に伝達してくれ。3分以内に1キロ北上してくれって。頼む、急いでくれ!」
男の乗る小型クルーザーが物凄い勢いで動き出した。船長の声が聞こえる。
「取り舵いっぱーい!急げ急げー!」
船は進路を東から北へ変えた。そして、男の高性能電子時計とスイス製のゼンマイ時計がが12の数字を指し示した時、船はアメリカのキングマン礁の近海に浮かんでいた。日付変更線を超えたのだ。
「やあ船長、助かったよ。それと予定が変わったんだ。この後ハワイ経由で北緯50度帯のニア諸島沖まで行って欲しい。24時間以内だ。」
「はあ、それは構いませんが、一体なぜ?」
男は颯爽と白衣を翻し、バッと人差し指で天を指した。
「俺は、世界で1番最後まで、新年を迎えない男になるっ!」
こうして男は1番最後の、女は一番最初の、それぞれの1番を手にすることが出来、彼らは仲良くなった。
ハッピーニューイヤー!
*****
あとがき
この作品を読んでいただき大変ありがとうございます。
年内の方は今年もお世話になりました。
新年の方は今年もよろしくお願いします。
ここで作中に登場する地名の説明をさせていただきます。世界地図片手に読めば分かりやすいかと思います。
・キングマン礁…アメリカ合衆国の所有する環礁で北太平洋の北緯5,6度、西経150度帯に位置します。日付変更線の右に飛び出たハンマーの真上に位置します。
・ニア諸島…アメリカ合衆国の所有するアリューシャン諸島の最西端の島で、アラスカの左下、ロシアの右下です。日付変更線の左側に飛び出た三角形、その頂点付近に位置します。
もし元旦にこの作品をお読みの方、世界には2番手の男のようにまだ年明けを迎えていない人がいて、彼らは自国の紅白的な番組を見ているかもしれません。では。
やまもン
2番手の男〜2番じゃダメなんです〜 やまもン @niayamamonn
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