第3話 部隊編成に追われる或る少年少女たちの悲喜惨劇
陸上防衛高等学校の敷地内にある
「――静粛にっ!」
ややあってから、その通りの状態となった
「――それでは、一週間後に実施予定の兵科合同陸上演習についての説明を開始する。突然の授業内容と場所の変更に困惑するのも無理はないが、戦場では予定通りに推移しないのが日常茶飯事なので、それをねじ伏せて傾聴するように」
校長にしては珍しくもっともな内容の前置きに、着席している全生徒は感銘を受ける。
「――では、紹介しよう」
そう言って壇上から離れた校長の姿を見て、他の教員や生徒たちは心から安堵する。睡魔との
そして、校長に代わって壇上に上がったのは、
「――みなさん、初めまして。この
武術トーナメント一年生の部優勝者と酷似したその姿に、
「……父さん……」
その中で一番おどろいたのは、壇上で自己紹介した小野寺
「――説明に入る前に、まず、一番大切な事を、
生徒たちのどよめきが静まらないうちに、小野寺
「――今回の兵科合同陸上演習は、わたしがこの壇上に立った時点で、すでに始まっている事を――」
『…………………………………………』
「――では開始します」
校長のような
「――今回に限らず、兵科合同陸上演習には、『
「……え? それって、たしか……」
多田寺
「――むろん、このコンセプトは、本校の教員たちや、去年から|在学中の
「――たしか、前回の部隊人数や兵科内訳構成も、歩兵科四名、工兵科一名、
去年から在学している二年生の小倉
むろん、小声、かつ、特別顧問教員から目を離さずに。
「|――ええ。でも、装備の方は前々回までは揃えなかったみたいけど……」
尋ねられた二階堂
「――ねェ。
二年の女子生徒二人組とは別の一角で、鈴村
「……アンタ、二学期に入ったっていうのに、まだそんなことすら知らないのっ!?」
一番近い
「――兵糧、被服、武器、弾薬などの軍需品を、前線へ計画的に輸送し、補給させる、『
押し殺しながらも答える
「――そして、今回の
今度上がったどよめきは、生徒たちよりも教員たちの方が大きく揺れていた。
「……徹底化って……これ以上、どう徹底しようというのだ?」
「――それは前回の時点でこれ以上の徹底化は不可能と判断されたものだ。しかも、それですら公正な採点がつけられず、軍上層部も納得がいかなかったのだぞ」
「……なのに、いったいどうやってこれ以上の徹底化を……」
小声で話し合う教員たちを、これもよそにして、特別顧問教員は引き続き説明する。
「――しかし、その内容を
その内容を特別顧問教員の口から知りたがっていた生徒たちは、落胆の声を上げたり、肩を落としたりする。
「――それ以外は、前回までと同様、多部隊が一斉に戦闘を並列展開し、一人でも多くの敵部隊兵や敵部隊を打倒・殲滅し、最後まで生き残った部隊を勝利部隊として認定する、敵戦力撃滅方式で採点します。むろん、最後まで生き残った部隊が、そのグループでの対戦における最高点が与えられます。そして、生存人数や打倒・殲滅した部隊人数や部隊数が多ければ、そのぶんも戦果として加算されます。最後まで生き残れずに敗北した勝利部隊以外の部隊は、打倒・殲滅した部隊兵数と部隊数で挙げた戦果で採点順位を決めます。当然、最後まで生き残った勝利部隊の点数を越えることはありません。勝利した部隊以上の戦果を挙げても、自部隊が敗滅しては、意味がありませんからね。そして、どの対戦グループの勝利部隊よりも高い得点を挙げるには、勝利は勿論、自部隊の生存人数と戦果を上回ってないといけません。あと――」
『…………………………………………』
特別顧問教員の長講に、生徒たちの傾聴のモチベーションは低下しなかった。
校長とは違い、どこか引き付ける。
事前に知っている内容にも関わらず。
「――ただ、今回の兵科合同陸上演習において、有益な
それどころか、さらに傾聴のモチベーションが向上する。
「――まず、
『……………………?』
「――次に制約ですが、演習開始時間二四時間前に入ってからの飲食はいっさい厳禁とします。前述したコンセプトに沿うための措置です。この制約を破った生徒は例外なく失格に処します。ゆえに、直前まで食い溜めしておくことを、これも推奨します」
『…………………………………………』
「――そして部隊編成ですが、前回と同じ部隊人数と兵科内訳構成であれば、個人的な関係で繋がった
『………………………………………………………………』
「――最後に、今回の兵科合同陸上演習において好成績を残す
『……………………………………………………………………………………』
「――では、これにて、今回の兵科合同陸上演習の
そう言って一礼した後、壇上から降りた小野寺
校長の
エスパーダを使わなくても。
校長から解散と本日の授業終了を告げられた生徒たちは、その余韻を喧騒に乗せて、
「――はんっ! えらそうに。もっともらしい御託を並べてやがったが、どうせ息子びいきな採点をすんに決まってんだろっ!」
「――なんか色々とこざがしい
「――ああ、その辺は徹底ガン無視だっ! 部隊編成は当日までこっちの自由にしていいて言ってたし、ならこっちもその辺は自由にさせてもらうぜっ!」
その一列に並んでいる佐味寺三兄弟が、悪意をむき出しにした偏見と先入観の語調でそれぞれ吐き捨ると、
『――それまでは
その決意をもって総括した。
他の生徒たちも、佐味寺三兄弟ほどの悪意は
「――いやァ~ッ、すごか先生どォ。さすが、おはんの親父どのじゃ。兄者と比較にならん
校舎に入ってもまだ別れない
迷惑そうな表情で横から見やっている
だが、その口調に悪意はなく、偏見や先入観もいっさい混ざってなかった。
「――ありがとうございます。
「――
「――大丈夫ニャ。
それに答えたのは
「……へ、一人?」
その隣で歩いている
「――もしかして、
その疑念が脳裏によぎると、
「――違うニャッ! そいつじゃニャいニャッ!!」
(……な、なんで激怒するんや……?)
「――残念じゃが、おいは
「――それは残念ね」
「――ホントね」
同様につぶやいた
「――やっと見つけたど。弟者」
一同は同時に足と止めて身体ごと振り向くと、掛けてきた当人と対面する。
「――おお、兄者」
その第一声が、
多少の差異はあれど、弟とほぼ同じ容貌と体躯だからである。
ただ、弟よりも――
「――
――低いと言いかけた
「――ないか
その証拠に、
「……い、いえ、なにも――」
首を横に振る。
だが、
「――なかわけがなか。最後まで言え。おいはおはんらの先輩じゃぞ」
不審な目つきがさらに険しくなる
――に、
「……イ、イヤ、この場におらへん浜崎寺よりもデカい
機転を利かした
――と、思いきや、
「デカい言うなァァァッ!!」
なぜか激昂した。
それも、兄よりも背が高いはずの
(――えええええええええええェェェェェェェェエェェッ?!)
(――なんでデカいと言われて怒るのォォォォォォォォッ!?)
兄よりも背が高いはずの
(――普通、逆やろォッ!?)
ビックサイズで出したはずの助け船が、よりによってその弟の
「……………………?」
ただ、この七人の中で一番背の高い
無論、相対的な意味なので、この年齢での男子の平均身長よりも、ミリ単位とはいえ、低い事実に変わりはない。
「――ほう、デカいと言われちょるんか。弟じゃ」
「――
兄に襟首を掴まれた
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
『目は口ほどに物を言う』がごとく。
(――えええええええええええェェェェェェェェエェェッ――)
「――いやイヤ、無理やって。そないなこと事前に予見せいやなんて。たしかにデカいと言われたら怒る理由はわかったやけど――」
と、納得まじりに反論したかったが、通用どころか、兄弟そろって逆襲を受ける可能性すら出てきたので、これも心の中で留めるより他に方策がなかった。他の三人も、とばっちりや流れ弾を回避するために、
「――ホラ、
その際、
もちろん、押し殺した声で。
まだ状況を把握してない様子な
髪型こそ毛先が内巻きのボブカットだが、
「――お久しぶりです。
容姿も声質のそれにふさわしく、まさしく、『超絶美少女』という言葉の稀有な見本だった。
「――この前は助けていただいて、本当にありがとうございました。今までお礼を伝える機会がなくて、ごめんなさい」
その美人度は、観静
若い上にツリ目でない分、小野寺
それだけに美しいのだ。
一度でも見かけたら、何度記憶操作されても消去が不可能なくらいに。
「――
――なので、
ただ、その美しさに
「……無理もありません。あれから随分と経った上に、一度しか会ってないのですから」
その超絶美少女は落胆の素振りを見せずに丁寧な口調で話を続ける。
「……ハッ! アカンアカンッ!」
連続記憶操作事件の際に美女耐性をつけたはずの
「――私です――」
そう言って
「――誰だが知らへんけど、もう堪忍したってェやァ。これ以上の新キャラ初登場は――」
「――
『……………………………………………………………………………………………………へ?』
……誰よりも疑った。
自分たちの耳目を……。
……あまりにも激し過ぎる衝撃と落差に、
「ウソつけっ!!」
や、
「マジで誰だよっ?!」
といった類のツッコミは、いっさい上がらなかった。
――否、上げられない。
誰一人……。
「――少し見ない間にもの凄く
ただし
それもツッコミではなく、ただの感想である。
「少しは疑えやァッ!! 別人か本人かをォッ!!」
この
「――うーん。やっぱい知らん。おはんような
その間、
「――じゃっどん、こん学校に入学したあと、名前ば忘れたがその
「――それですっ! それが私ですっ!」
超絶美少女の
「ウソつけいっ!」
一喝のごとく一蹴された。
ガーン。
――を口に出して言った超絶美少女の
――が、それ以上にショックを受け、かつ、さらに激昂したのは、
「~~おんれりゃぁ~~! いつん間にかこげな美人ばゲットしよったんじゃァ~ッ!」
「――
「――ちょいちょい。セリフんの後半が大阪弁に変わっちょる変わっちょる」
「……に……にいさん。その、女の子、は、ほんと……に……知ら……な……い…………て…………」
弟にいたっては標準語でなんとか抗弁を試みるが、その顔色は実兄の首絞めでみるみると真っ青になる。
ガーン。
そのショックをまた音声として口に出す超絶美少女の
だが、それでもめげずに、今度は自分が
「――おやめください、お兄様。お二人は兄弟ではありませんか。背の低さなんて、血の繋がった兄弟の絆に比べたら、取るに足らない些末事ですわ。ですから、デカいやチビなんて言葉に――」
「デカい言うなァ~~ッ!!」
「チビ言うなァ~~ッ!!」
『どうしろとォ~~ッ!』
どうしようもない事態に。
むろん、
「……どうしようもニャいニャ……」
である。
ガーン。
津島寺兄弟から怒声の斉射を受けた超絶美少女の
いずれにせよ、津島寺兄弟は、
「……ニャんだったの、あの兄弟……」
「……
――なお、その一年生の部優勝者が、涙と同情まじりにほざいた
どの
「……う、うーん……」
そのあと、
それを聞いた五人は安堵した。
それ以外は 浜崎寺
――その頃、陸上防衛高等学校に在籍する校長以外の全教員は、工兵科の授業にも使われる実習室に集まっていた。むろん、今回の兵科合同陸上演習に関して詳細な説明を受けるためである。どの教員も、
もっとも、それを言うなら、国防軍上層部からの突然で早急な要求も同様であった。
陸上防衛高等学校の在学生に対する軍事能力と成績の提示がその内容である。
国防軍と同時に創設した陸上防衛高等学校の卒業生は、防衛大学への進学者を除くと、そのほとんどが国防軍の各部署に配属され、任務に従事するのが通例だが、その能力の低さに懸念の声が国防軍の上層部でも上がっていた。しかし、それは今に始まったことではなく、設立してから抱えて続けていた慢性的な問題である。しかしそれも、その後に設立した防衛大学へ進学すれば、差し当たっての問題は無しというのが、軍全体における共通した判断と認識であった。
にも関わらず、それを覆すような今回の事態に、陸上防衛高等学校の教員たちは、前述の状態となり、その上、在学生の軍事能力を正確な採点でつけられる
国防軍の上層部は、無論、校長以外の陸上防衛高等学校の教員たちに、子細な理由を述べなかった。しかし、国防軍がそのような催促を急かす以上、ある程度の推測や推察はつく。
「――『東浮遊大陸』の情勢が一変したのか?」
「――かもしれないな。というより、それしか考えられない。国防軍の創設目的も、名称の通り、その大陸諸国を始めとする外敵の侵攻に備えるために組織したのだから」
「――なんでも、
「――おいオイ。その情報の出所って、今でも軍部が保護管理下に置いている、その大陸からの亡命者たちであろう。そもそも、アスネ圏外にある『東浮遊大陸』の情勢にしたって、いったいどうやって入手したのかすらわからないのに、信じてもいいのか? その亡命者と情報を」
「――仕方あるまい。我々では裏が取れない以上、信じるしかない。亡命者に関する詳細は軍事機密なのだからな。それに、その情報は裏社会でも根拠のないウワサとして流れている」
「――さすがに民間やアスネにまでは流れてないが、それも時間の問題だろう」
「――だが、これまで『東浮遊大陸』からの軍事侵攻が一切ない事も考え合わせると、『東浮遊大陸』に関する情勢と情報の信憑性は、決して低くはない」
「――もしそれが事実なら、『東浮遊大陸』諸国を統一した国家が、その時点で、我が国の侵攻を企図しても不思議ではない。今回の要求が、その国に対する軍事的な国防強化の一環だとすれば、合点がいく」
「――『東浮遊大陸』の国なら、我が国を敵視しているのは、あの第二次幕末で明らかだからな。そもそも、その第二次幕末にしたって――」
「それ以上は言うなっ! それだってウワサの域にすら達してない憶測なんだっ! 軽々しく口にしたら、軍人としての
軍人気質が旺盛な国防軍所属の男性教員たちは、つい盛り上がってしまった話題が、それこそ軍事機密に抵触しかねない内容まで踏み込んでしまっている事実に気づくと、いったん声のトーンと頭を下げてから、話題を変えて再開する。
「……とにかく、この大事な時とタイミングで実施される今回の兵科合同陸上演習に、臨時とはいえ、民間の教員を、その最高責任者として抜擢するなんて、校長はいったい何を考えているんだ?」
「――副校長の話では、創設されたばかりの国防軍の要職に就いていたが、ほどなく辞職したそうだ。その理由までは副校長も知らないみたいだが」
「――どちらにせよ、聞いたことがない名だ。小野寺にしても櫂寺にしても」
「――だがその経歴が事実なら納得がいく。今回はその縁と覚えがあっての臨時抜擢だな。でなければ、我々が必死に考案した
「――おまけに、自分の息子がこの学校に在学しているとあっては、目的が見えすいている。まぐれで果たした武術トーナメント優勝のの実績だけではまだ足りないようだ」
「――さぞご子息に有利な
「――少しでもその疑いがあったら、徹底的に追及しよう」
「――ああ、そんな誰も覚えてない過去の威光が、生粋の軍人たる我々にまったく通じないことを、平民上がりの民間士族に思い知らせてやるぞ」
「……そんな威光を振りかざす
最後のセリフは多田寺
「……………………」
そして、そこに向けられていた多田寺
(……いったい、なにがあったのかしら……)
……あの時、初めて出会った
「――諸君、待たせたな」
その声を聞いた瞬間、実習室にいる教員一同はほぼ同時に起立し、入室した陸上防衛高等学校の校長に敬礼する。軍務の一環として開いた公式の職員会議である以上、軍事教育を任とする国軍の教員たちにとって、当然の行為である。ただ、その敬礼は民間や政治家でも多用されているお
「――うむ。全員、座りたまえ」
腰を下ろした教員たちは、相変わらず『自分には威厳がある』と思い込んだままの校長を教壇ごしに注視する。そんなものなどまったく感じないのは、校長の左に控えている副校長も同様だが、それでも、とりあえずそれを信じさせる緊張感を漂わせておく。それは実習室の一角に座っている武野寺
「――諸君には誠に申し訳ないことをした。私の独断専行に振り回されて。しかし、それだけせっぱ詰まった状況と、それをひっくり返せるだけの『回答』であると、校長の私が判断した末のことである。『宿題』を出して来た軍上層部に対して。むろん、自身をもって提示できる内容だ。ゆえに、諸君にはこれからその説明を受けてもらう。『宿題』の『回答者』たる彼に。これは
そう言って校長が離れた教壇に、『回答者』である糸目の壮年が代わって立つ。
「――みなさま。始めまして。本校に在学している小野寺
『!?』
「――臨時とはいえ、身内びいきと思われてもしかたのない民間教員の一時的な雇用に、不満と不安を抱きながらも受け入れてくれて、ありがとうございます」
『!?!?』
「――それに先立ち、
『……………………』
「――もちろん、実施に当たって、皆様方の協力は不可欠です。それでは、
――こうして、始まった。
『…………………………………………』
――教員たちは無言で聞き入り、無言のまま聞き終えた。
『………………………………………………………………』
そして、その余韻も無言で噛みしめる。
『……………………………………………………………………………………』
説明を受けたその内容は、一言で表すなら、『その発想はなかった』である
。
『……まさか、そんな方法で徹底化がはかれるとは……』
それが、各教員たちが内心でつぶやいた感想であり、総意であった。
「――なにか質問はございませんか?」
しかし、小野寺
『…………………………………………………………………………………………………………』
教員たちの質疑が出し尽くすと、実習室に沈黙が漂う。
だが、それは決して悪い空気ではなかった。
「――それでは、次回までにみなさんの意見を反映した修正案をまとめ、提出します。ご清聴、ありがとうございました」
最初の挨拶と同様。
『…………………………………………………………………………………………………………』
非の打ち所もつけ入る隙もない特別顧問教員の態度に、教員たちはなにも言えなかった。
言葉として表現が不可能なほどに。
――なので、
……パチパチパチパチパチパチ……
散発的で力の無い拍手でしか、表現できなかった。
それは、小野寺
「…………………………………………………………………………………………………………」
例外なのは武野寺
言葉で言い表せない他の教員たちとは別の意味で、旧知の男性士族を無言で見つめていた。
睨んでいるとも
「……うーん、どうしたらいいのかなァ?」
陸上防衛高等学校の保健室で、
「――あの説明じゃ、対策の立てようがニャいニャ」
「――とりあえず、足りない
それは
三人の女子生徒たちは、今回の兵科合同陸上演習に対して、可能な限りの最善策を、正三角形の輪を作って講じているのだが、いっこうに思い浮かばず、首を捻りあっているのである。
『三人寄れば
その横では
「――でも足りない
「――ええ。それも、
「――
「――そうよ、
「――それじゃ、足手まとい以外の何者でもないじゃないっ!? そんな二人を抱えながら戦わなきゃならないっていうのっ!?」
それでもアンタよりはマシだと思った
「そんニャことはニャらニャいニャッ! バカにするニャッ!」
(――なぜ歩兵科の
という疑問を内心で抱きながら。
その怒声で刺激されたのか、
「……ここ、は……」
それを聞いた途端、
『目が覚めたのねっ!』
三人の少女が
「よかった、
「あなたが死去するととても困るところだったのよっ!」
「ニャにがニャンでも訊きたいことがあるからニャっ!」
異口同音まじりな声を立て続けに上げて。
「……な、なに? 訊きたい、こと、って……」
『――どうしたらあんな超絶に美しい顔になれるのっ!?』
を。
「…………演習、に、ついて、じゃ、なくて…………」
それについての相談が、混濁する意識の中で聴こえていた
「そんなもんどうでもいいわっ! こっちが先よっ!」
「早く教えなさいっ! いったいどうしたらそのゾンビ
「みんニャが
魑魅魍魎な答え方と迫り方に、
ましてや、命の危険までも覚え始めては、要求の拒絶も不可能だった。
元よりそのつもりはないとはいえ。
だから答えた。
「……『
と。
『…………………………………………………………………………………………………………』
三人の少女は、女性なら誰もが求めて止まない究極の美貌を手に入れる方法を、入手済みの当人の口から得ると、その意味を底なし沼よりも深く吟味するため、額を寄せ合う。
「……そういえば、松岡流の氣功術が使える多田寺先生も、実年齢よりも若く見えるわ」
「……同様の武野寺先生も、その友達ほどじゃニャいけれど、充分若々しいニャ」
「……
――三人は
「――
「――それも、新型の氣功術で」
「――ニャら、アタイたちに
「――しかも、そのギアプは市場に出回ってるから、それもギアプ化すれば、
「――それに、修練を重ねれば、効果を永続されられることだって――」
「――不可能じゃ、ニャい――」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
そして、額を寄せ合っていた三人の女子が、決然とした表情で立ち上がると、さっそく取り掛かる。
むろん、中断した兵科合同陸上演習の対策考案再開ではない。
三人はふたたび
「……待っ、て……」
ふたたび殺到された
「――ニャにを待つのニャ!?
「――そうよ。まさかいまさらその方法を教えないなんて言い出さないでしょうね? そんなのズルいわっ!」
「――別に教えなくてもいいわ。あたしのテレハックで
「……そ、そうじゃ、なく、て……」
鬼気迫る勢いで身を乗り出す三人に、
「……『
「――欠点?」
「――ニャによ、それ?」
「……それ、を、
「――究極の美貌が(現段階では時間制限があるとはいえ)手に入るなら、どんな代償だって
悪魔に魂を売り飛ばす勢いで促された
「……そ、それは……」
「――やっぱムネやろ、ムネ」
校舎の廊下を歩いている
「……ムネ?」
右隣で並行する
「――せや。やっぱオンナがオンナたらしめる部位っちゅうたら、そこ以外に考えられへんわ。どないに考えても」
「……そ、そう、なの……?」
「――
「……………………」
「――それに比べたら、シリなんて大した魅力なんざあらへんって。だってムネほどのぎょうさんな個人差なんてあらへんし、第一、シリならオトコにだってオンナと同程度にあるやんけ。そうは思わへんか?」
「……う、うん。そ、それよりも、
「――せやから、オンナの魅力はムネにあるんや。それも、巨乳サイズのな」
「…………………………………………」
「……せやのに、この学校の女子どもはのきなみショボイ。唐竹で垂直に斬っても、先端すらカスりもせいへんくらいに。特に、
「………………………………………………………………」
「――そうは思わへんか?
「……………………………………………………………………………………」
「……………………?」
熱弁を振るい続けていた
「――ははァん。さては苦手やな。このテの話は」
人と意地の悪そうな笑みが浮かぶ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
それを証明するかのように、引き続き無言でうつむいている
「――ホホホ。
そこに遠慮なくつけこんだ
「――なんなら、今度、ワイが密かに収集したそのテの秘蔵の静止画と、これも秘蔵の動画を、おまいのエスパーダに送ったるわ」
悪魔の囁きよろしく吹き込んだ瞬間、
糸目の顔面に至っては発光レベルの濃さで赤くなっていた。
「――安心せい。女子どもには内緒にしたるさかい、それまで楽しみに待っとれ。ただ、そのテのモンはアスネの
「――いっ、いいよっ! そんなのっ! ボッ、僕っ、困るっ!」
――と、
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
断末魔を超越した絶叫が、入室した男子生徒たちの鼓膜をたやすく貫通した。
左右同時だったので、脳内に衝突した衝撃は核兵器規模の破壊力で炸裂し、二人の意識をたやすく消し飛ばす。
むろん、直前までやり取りしていた会話の記憶など、家事オンチの
保健室の床にそのまま卒倒した
『☆○%♯@○♯%☆@♯☆○%♯@%○@○@%%○@○♯%☆@♯☆○♯☆○%♯%♯@○♯○♯@○%@☆○%♯@○♯%☆@♯☆○%♯@%○♯%@☆○☆@○♯☆○♯%☆○@○@♯☆○%♯@%○@○%@☆○@○♯%☆@♯☆○%♯@☆@☆○♯%☆@○♯☆○♯』
完全に
よって、音声でのそれは不可能だった。
――ので、
(――なんやァーッ?!)
(――わからなァーいっ?!)
もっとも、はかれたところで、状況の好転はおろか、把握すら不可能だが。
(……つ、つながっ、た……)
そんな
それは浜崎寺
(――なにがァーッ!! あったんやァーッ!?)
意識が
(……タ、
(――タブゥーッ!?)
(……『
(――ムネがァーッ!! 巨乳までェーッ!! 永久にィーッ!!
文字通りの意味で苦しまぎれだった
伏線があったとはいえ、恐るべき直感力である。
イジメから助けてくれた津島寺
しかし、時間制限がある上に、反動も大きいので、その場に倒れた。むろん、
(……どう、して、思い、出して、くれ、なかった、の? あの時、とは、別人、の、よう、に、美、しく、見せた、のに……)
(――別人ンーっ!! にしかァーッ!! 見えへんンーッ!! かったんンーッ!! やろォーッ!!)
もっともな
『
超絶の美貌かっ!!
豊満な
究極の二者択一に、
「――あ、止んだ」
――事に、
やっと落ち着いた三人であったが、両眼はビー玉と化し、表情は闘病生活を終えた患者よりも
自身のムネに両手を当てて。
ビー玉な両眼がそれを見下ろしている。
「……どうしたら、いいの……」
「……よりによって、この発育期に……」
「……猶予は、ニャいニャ……」
こぼした声もやつれ果てている。
「――別に悩むことあらへんやろ」
その三人の女子に、
「――どの道おまいらにそこまで育たへんのや。オトコよりもムネがない時点で。せやからここは素直に浜崎寺はんの『
「……うーん、どうしたらいいのかなァ?」
陸上防衛高等学校の保健室で、
「……あの、説明、じゃ、対策、の、立て、よう、が、ない……」
「――その前に足りない
それは
三人の女子生徒たちは、今回の兵科合同陸上演習に対して、可能な限りの最善策を、正三角形の輪を作って講じているのだが、いっこうにそれが思い浮かばず、首を捻りあっているのである。
『三人寄れば
その足元の床には
三人の女子に対して『
その過程は、正しい意味での
ただし、その激しさは
それは、一人で三人を
その間、
無頓着な一面が大きい糸目の少年でも、常人とズレた感性と感覚で受け流すには、さすがに無理があり過ぎた。
津島寺兄弟や
とりあえず、
この過程も目撃した
だがそのあと、その記憶操作装置で、自分たちの眼前に突きつけられた『究極の二者択一』を、脳内記憶から消去してしまえば極楽になれる事を思いついた
とはいえ、それに気づいたのは、三人とも、記憶操作処置を、自他問わず施したあとであった。
当然、
「……
『
それを間接的にうながした
(……ボクの知ってる
の一心で……。
あの二者択一をせまられただけで、あそこまで狂いまくる女子の
「――どうしたの、
幼馴染の異変に気づいた
「――もしかして、誰かにイジメられたのっ!?」
という疑惑が急浮上した途端、
、
「~~あの士族女子三人組がやったのねェ~~」
なんの根拠もない――わけではないが、少なくても証拠はないのに、決めつける。
「~~許せないィ~~。いつやったのかわからないけど、アタシの
ここまでしたのは、間接的とはいえ、
「――飛んで火にいる夏の虫っ!」
――のように現れた入室者に発砲した。
「くたばれっ!
逡巡も戸惑いも迷いもなく、三連射で。
だが、その弾光はどれも相手に命中しなかった。
躱されたのではない。
逸れただけである。
幸いにも。
「――ほうホウほう。さっそく将来国防軍最高司令官となる逸材の力量を試しにかかったか」
おまけに人違いでなので、なおさらだった。
「――さすが、精鋭の
被弾しなかったその男子生徒は、
尊大な態度は終始崩さずに。
「――ではさっそく今回の兵科合同陸上演習の対策ミーティングに入る。諸君、決して聞き漏らぬよう――」
「ちょチョちょ! 待ちなさい待ちなさいっ!」
「――なに部外者がいきなり
続けて、不満の声を上げる。
草食系とも野生的とも言えぬイケメンの侵入者に。
なんとなく残念系な気が、
「――ん?」
その侵入者はきょとんとした表情で
右寄りの六四分けで整えた髪を揺らして。
「――おお、そういえば名乗ってなかったな。
「――だから待ちなさいって言ってるでしょっ!!」
表情も口調も苛立ちが募っている。
だが、
「~~なんだね、いったい? 吾輩の名なら名乗っただろう」
「――それが聞きたくて待ちなさいって言ったんじゃないわよっ!」
「――安心しろ。保健室のあちこちでなぜか死にかけている負傷者たちなら、吾輩と同じ兵科の
「……はァ~ッ、生き返ったわァ~ッ。文字通りの意味で」
「……僕もです」
治療を受けた
ただ、復氣功に
「――でも、あと一人が治らないワン。瀕死の状態から全然回復しないワン」
二人の治療を施した大柄な少年が、最後の一人に取り掛かりながら蓬莱院
人語が喋れるようになった犬でもないのに、なぜか『ワン』づけの語尾で……。
その図体は無理やり二足直立した大型犬さながらに背が高く、肩幅も広かった。
津島寺兄弟のビックバージョンと言っても差し支えなかった。
保健室のドアに収まらない程の巨躯なのに、
「――気にするな。そこの浜崎寺
「――わかったワン」
「――うむ。それでは、まず小野寺
「~~待てって言ってんでしょうがァッ!!」
「~~なんだね、いったいっ!? イチイチ吾輩の
それは相手も同様であった。
「全部訊きたかった答えじゃないからイチイチ
歯車がかみ合わない――というより、歯のない車みたいなカラカラ会話に、
だが相手もそれを覚え始める。
「――では先にそれを言いたまえっ! 観静君がさっさとそうしないから、的外れな答えで時間と尺を浪費してしまったではないかっ!」
「アンタがアタシよりも先に的外れな答えを勝手に出し続けて生じた浪費でしょうがァッ!!」
と、
「~~なに部外者がいきなり
ただし、口調は苛立ちのマグマで
それに対して、蓬莱院
「――それならすでにキチンと答えたではないか。今までなにを聞いていたのだ? エスパーダの使い過ぎで
眉をひそめて問い返す。
心底心配そうな表情で。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
問い返された
――寸前、
「――
「――でも、まったくの部外者ではないと思いますよ。
続けて述べた
『……あ……』
他の一同は今更ながらに気づく。
「――だから蓬莱院
「――うむ。
「……そう言えばどことなく似てるわね。自意識過剰でエラそうなところが」
「……せやな。ちと細部が
「……蓬莱院、さん、に、弟、が、いた、のは、知らな、かった……」
「――今までこの陸上防衛高等学校に在学していたこともね」
「――でも知ってよかったワン。ぼくも嬉しいワン」
尻尾があれば最高速に設定したメトロノームばりの
「……でもアンタは知らないわよ。ねェ、みんな」
『うん』
ガーン
超絶美少女
「――第一、おまい、どないに見たって純正の人間やのに、なんで犬の吠え声を語尾にするんや? 猫田ならまだしも、人語が喋れるようになったホンマもんの犬やあらへんのに」
「……だってぼく、犬が大好きでしかたないんだワン……」
しょげた大型犬のようにうなだれる。
「……そないに犬が好きなんか?」
「――ワンッ! 将来『犬』になりたいワンッ! それだけ好きなんだワンッ!」
「……誤解しか招かへん志望やで……」
つぶやくように伝えた
「……
「――生物学的に考えても、『人間』が『犬』なんかになれる……」
……気がするのはなぜ……?
……消え入りそうにセリフを中断した
しかし、ふと視界の一角に映った将来専業主夫志望者の姿を認めた瞬間、ピタリと止む。
ウソのように。
意識の有無に関係なく、
双方の志望を天秤にかけても、平行に等しい確率である真実に。
むろん、コンマの後に続く『0《ゼロ》』の数は計り知れないが。
(……認めたくなかった……)
兆害あっても、一利も一厘もない真実など……。
「――どうやら全員納得したようだな、では、ミーティングを再開――」
「しないでっ!」
「アタシはまだ納得してないわよっ! アンタがアタシたちの
「――フッ」
だが
あからさまなまでに。
カチン
当然、
「~~なにがおかしいのよォ?」
激情を必死におさえて、
「――観静君のあまりにも低い見識にだ。
「~~それじゃ、アンタの軍事的な見識を拝聴させてもらえないかしらァ~ッ」
高震度で震わせた
「――うむ。それでは、観静君の要望に応えるべく、その一端を披露しよう」
「――と言いたいところだか、その前にひとつ確認しておきたい。貴殿らはどの兵科が
その質問に、一同は意表を突かれた表情を交わし合う。
「……そ、それは、当然、歩兵科じゃ……」
「ないっ! 全然っ!」
心なしか、テンションを変えて。
「――前線で戦いながら部隊を指揮するなど、
「――せやならなんや?」
――である以上、考えられるのは、
「
しかなかった。
消去法的に考えて……。
「……なんでや?」
首を傾げた
「――やはりわからぬか。では教えて
「――一周目時代の地表には、『アメリカ合衆国』という、世界最強の軍事大国が、世界の警察と称して君臨していた。兄からその存在を知った吾輩は、その国軍を詳しく調べた結果、軍における最高司令官というべき地位の歴代就任者のほとんどが、
徐々に上がる
「――知っての通り、
「――なんだか体調管理みたいな職務ですね、最高司令官って」
「――いい
「……………………」
「――だから吾輩は
「――待って……」
「……たしかに、アンタの軍事的な見識は見事だわ。それは否定しない。でもだからってアンタに
「――ほう。なら務まるというわけか。貴殿らのだれかなら。ではさっそくテストして見よう」
「え?」
「目の前に敵が現れたっ! さァ、どうするっ! はい、小野寺!」
「逃げます」
「はい、鈴村!」
「えっ、エェッ?!」
「はい、観静!」
「ちょ、待っ――」
「はい、龍堂寺!」
「なっ、何いき――」
「はい、浜崎寺」
「…………」
「はい、犬飼」
「ワン」
「はい、終了~っ!」
「――予想通りのダメっぷりだな。合格者が小野寺だけでは、話にならん」
しかも上から目線で頭を振る。
「――でも、僕は蓬莱院さんに
「――うむ。さすが武術トーナメント優勝者。吾輩が言ったことをキチンと理解した上での推薦に、心底感服したぞ」
「――では――」
「待・っ・て……」
「……………………」
「何を」
かを。
「……そのテストのどこに
「――むろん、敵と遭遇した時の対処をだ。軍事行動において最悪な事態なのはそれだからな。小野寺は最初にそれを吾輩から迫られたにも関わらず、満点に近い合格を出した。それも、最初ゆえに、誰よりも猶予がない状況で」
「――けど、その状況が、それ以外全然わからないんじゃ、その判断が正しいかどうかなんてわかるわけが――」
「そンなもンどうデもエえンじャぁ~~~~~~~~~~~~イっ!!」
身を乗り出して。
「……なんか、ヘンなスイッチが入ったみたい……」
声や表情もドン引きに満ちている。
無認識なまでに平然と突っ立っている
元々テンションと情緒が不安定な傾向が強い
「一番重要なのはどんな状況でも
「――『神速』ではなくて?」
「――そうとも言い換えられる。だからどちらも間違ってはないぞ、小野寺」
スイッチをOFF《オフ》に戻したように。
「……た、たしかに、アンタの言う通りだわ……」
水で濡らしたタオルを
念入りだったので、せっかくの美貌がおたふく風邪のように赤く腫れあがっている。
「……それで言えば、アタシたちに
「――うむ。ようやく理解したか。
「――だったら、こっちも試させてもらうわっ! アンタに
態度は相変わら尊大で不遜だが。
「――いいだろう。で、どのようにだ?」
「――さっきアンタがアタシたちに試したテストよっ!」
「――ほほう。アレか。別に構わんぞ、吾輩は」
「――ただし、一問でなく、六問。それも、さっきと同じテンポで問い続けるわ」
「――いいぞォ。それでも」
「――そして、六問の答えはすべて一字一句ちがう内容で答えること。いくら間違えてもいいからって、全問同じ回答じゃ、試す意味がないからね」
「――OKOK。あとは?」
「――ないわ。それじゃ、いくわよ」
『……………………』
両者の対決に、他の一同は思わず
両者の間に張られた緊張感にのまれて。
さながら、西部劇の早撃ち対決である。
そして、柵に引っかけたタオルから落ちた一滴のしずくが、目に見えない波紋を床に広げた――
――次の瞬間――
「敵が
「逃げる!」
「しかし回り込まれた!?」
「それでも逃げる!」
「味方がやられた!?」
「見捨てる!」
「崖に追い込まれた!?」
「ダイブする!」
「2《に》
「4《よん》!」
「3《さん》
「4《フォ》ォーッ!!」
この場にいない
即答に一瞬の逡巡もなかった。
『……………………』
保健室に静寂に等しい沈黙が降りる。
「――この勝負。吾輩の勝ち――」
それを破った
「――だな」
覗き込むように
むろん、表情は言わずもがなである。
「……くっ」
「~~自信、あったのにィ~~」
絞り出すように漏らした声も、それにふさわしかった。
「――ハーッはっはッハっハッ。残念だったなァ」
「――感情に任せて出した六連続問いにしてはずいぶんと凝った内容だ。間違えたら誰にでも判断ミスが
そして、それが終わると、
「――でもザンネンでチたァ。こんなヒヨコすらひっかからない罠にかかるほど、ボクチンはパンケーキみたいに甘くはありまチぇェん。だからいっぱい悔チ涙出チていいよォ。ボクチンなんかに負けて、ホント、かわいチョう、オオ、ヨチヨチィ」
うなだれる
ドヤ顔とバカにした顔を、超絶な技量で
「……………………」
ショートカットの髪を
完膚なきに打ちのめされては。
まさに完敗であった。
『……………………』
一同はかける言葉もなく沈黙を続けている。
下手ななぐさめは追い打ちにしかならないと悟って。
上手ななぐさめすらも。
「――みんニャ~ッ! ここにいたニャ~ッ!」
それを破ったのは猫田
一同は声の上がった方角に視線を向ける。
――と、
「――キャッ!」
「――どっ、どないしたんやっ!? おまいっ!」
保健室の出入口に現れた
それを視認した
半瞬にして悟ったからである。
物理的な手段で『究極の二者択一』の記憶を強引に消去した、その結果であることを……。
「――大変だワンっ! すぐに治療しないといけないワンっ!」
「――あっ!? クンたんっ!
復氣功の治療を受けながら、
「――ボクもだワンッ! やっとユメたんと会えて嬉しいワンッ!
「――
「――そうだよ、
ピタッ!
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
時が止まったような沈黙が、不意打ちのごとく再度保健室に到来する。
その事実を知らない一同が。
そして、
『えええええええええええええええェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!』
驚愕の絶叫に取って代わる。
「ウソやろォツ?! それっ!?」
「なんでアンタみたいなキワモノキャラに彼氏なんてできるのよっ!?」
「そうよっ! アタシでさえ幼馴染の関係からランクアップできずに苦労しているっていうのにっ!」
それが収まると、激しい疑問に駆られるが、
「――そうだったんですか。よかったですね。猫田さん。とてもやさしそうな
「――犬派と猫派は相性がいいという通説が、一周目時代からあるが、どうやら真実のようだな。兄の言った通り。どうりで犬飼もこの部隊に入りたかったわけだ」
「…………………………………………………………………………………………………………」
それは半数であり、残りの半数はいたって平常運転であった。
驚愕はしたものの、それは一瞬しか続かなかったので。
「いったいどんな
「ええから教えいっ! その結ばれ方をォッ!? 気になってしゃーないわっ!」
「ランクアップの参考にさせてもらうわっ!」
一方、異常運転中の半数はこぞって有芽と
捕食中の肉食獣さながらな激しさで。
むろん、驚愕の衝撃からまったく立ち直ってない。
「~~そんニャに知りたいのォ~ッ。運命の赤い糸で結ばれたアタイたちの恋バニャをォ~ッ」
「――なら教えるワン。ボクとユイたんの出会いを」
――それは、先月まで続いていた夏休みのある日であった。
一ヶ月に及ぶ学業面での負担から開放された
犬好きなのに、その犬に嫌われているとしか思えない噛み傷と血だらけな巨躯の男子と。
奇しくも、同じ学校の異なる兵科に在学していた。
「――それが――」
「――おい、蓬莱院弟。はよミーティングを始めろや」
「――今回の兵科合同陸上演習で好成績を残すには、
「――お願い、
「ニャぜそこで傾聴を中断するゥッ?!」
「やかましいィッ!! ワイらはそないな血染めの赤い糸で結ばれた恋バナを最後まで聞いたるほど時間と寿命があり余ってないんやァッ!! ホンマ、時間と寿命のムダ遣いやったでっ! 返せやっ! ワイらの寿命と時間っ!」
「まったくよっ! おかげで赤い糸のイメージが素粒子レベルで粉砕されちゃったじゃないっ! どうしてくれるのよっ! このイメージっ! 記憶操作でもしない限りぬぐいようがないわっ!」
「今は兵科合同陸上演習の対策を協議することが先決よっ! 四の五の言わずに黙って参加しなさいっ!」
返った来たのは、文句と非難の叱咤の三連射であった。
どれも例外なく怒声が
「――よくやってくれた、猫田
「――犬飼さん。痛くなかったですか? そんなに犬に噛まれて。狂犬病を発症しなればいいのですが……」
「…………………………………………………………………………………………………………」
残りの半数も完全に的外れな賞賛と心配と無言であった。
『…………………………………………………………………………………………………………』
――こうして、血染めの赤い糸で結ばれた猫派と犬派のカップルは、欲して止まない
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