第4話 開始! 兵科合同陸上演習
第二日本国国防軍の最高司令部から派遣された
本日の早朝より開始される、陸上防衛高等学校が主導する兵科合同陸上演習の監察が、その内容である。
監察官として拝命された壮年の職業軍人士族は、苦悩と苦渋に染まった表情で、天をあおがずにはいられなかった。
それは参謀本部から同様の任務で派遣された同年代の
軍用ホバーカーから降車した両監察官を、陸上防衛高等学校の教員たちが、軍人にふさわしい敬礼と挨拶で出迎えると、さっそく二人の上官を案内する。
広大な演習場を一望できる|崖上の
森林で埋め尽くされたその林間には、濃淡の入り混じった朝霧が漂っていた。
『……………………』
その中を林道にそって歩く教員たちは、今回の監察官派遣を、国防強化の一環として認識しているようだが、実態は『当たらかずとも遠からず』の真逆なのである。
案内される両監察官にとって。
そもそも、自国の国防に対して、誰よりも危機感を抱き、強化を煽っているのは、軍上層部ではなく、不特定多数の自国民たちなのである。
『東浮遊大陸』に関する情報はおろか、その存在すら、どの界隈よりも認知されてない大多数の層にも関わらず。
その一年生の部で優勝を果たした優勝者のそれが、単なるマグレだという認識が拡散・浸透したのだ。
その優勝者が、
しかも、開催前にも実施したその時のそれも、おまけとして付随していた。
それだけではない。
流出前に先立ち、開催日の翌日に順延した武術トーナメントの表彰式で、表彰台に立った各学年の優勝者、準優勝者、三位に、それぞれ、金、銀、銅の各メダルを授与する際、一年生の部にかぎって、『どこに優勝者と準優勝者と三位がいるのだ?』と、軍上層部のお偉いさんが困惑する姿も、
対東浮遊大陸諸国の国防強化政策で多忙だったとはいえ、ありえない珍事であった。
確かに、優勝者はとても将来職業軍人を目指しているとは思えない糸目の顔立ちである。準優勝者もとても生きているとは思えないゾンビ顔である。そして、第三位に至っては物理的にいなかった。無断で表彰式を欠席したのだ。『こんなヤツらが立つ表彰台に(
当初はお笑い芸人のネタが受けたみたいに抱腹絶倒、もしくは腹筋崩壊していたが、前述した模擬戦闘の内容を知ると、泡を食ったように、政府や軍部に早急な国防強化の大合唱が上がったのだ。
アスネでも、炎上さながらな激しさで、国防軍に対する不信感を、剣山のごとく募らせた。
無理もないと言えば、無理もなかった。
将来の国防を担うべき陸上棒鄭高等学校の生徒――それも、そこで開催された武術トーナメント一年生の部の優勝者が、この体たらくでは、不安と悲観に天秤が傾くのは、必然ですらある。ましてや、その角度が垂直ではどうしようもなかった。
こうして、そんな剣山の上に立たされた軍部は、いずれ東浮遊大陸諸国の存在を公表しなければないと思っている。国防軍の創設はそのためなのだが、まさか中央政府よりもはやく、それも国民から、こんな形で要請されるとは、予想だにしてなかった。このままでは現政権の支持率低下が免れないと判断した中央政府も、軍部に対して、国民同様、早急な国防強化対策の具体的な草案を要請した。結果、軍上層部が苦しまぎれに挙げたのが、今回の兵科合同陸上演習だったのだ。
元を正せば、この事態におちいった責任は、こんな生徒を優勝させてしまう軍事教育指導体質にした陸上防衛高等学校の教員たちなので、当然の結果とも、自業自得とも言える。そして、国民が納得できる結果など、早急に出せるわけがないのも、軍上層部も知っている。国防軍の最高司令部と参謀本部からそれぞれ派遣された二人の職業軍人は、早い話、損な役回りを、監察官という肩書きで背負わされたのである。各々の上司からの命令である以上、部下として逆らえるわけもなく、サラリーマンと同じ宮仕えの悲哀も背負っている。同然、林道を歩く足取りは重く、両者を案内する陸上防衛高等学校の教員たちから、今回の兵科合同陸上演習について熱心に語られても、
「――お久しぶりです。
入口で出迎えた特別顧問教員は、両者と正対して一礼する。
「……………………」
一礼された両監察官は、しばらくの間、沈黙するが、
「……も、もしかして、
見覚えのある容姿に気づき始めた
「――かっ、櫂寺ではないかっ!?」
しかし、それに答えたのは
驚愕の声を張り上げて。
「……お前だったのか。あの高度な
それはここまで案内した教員たちが、その際に伝え済みだったのだが、その時の両監察官は、脳内の
「――名字が『小野寺』だったから、気づかなかったぞっ!」
「……まさか、
「――はい。今は地元の平民学校で働きながら、実家の総合武術道場を営んでいます。
それに連れて、失っていた平常心も取り戻す。
「――相変わらず変わったヤツだなァ。今にして思えば、特に失態を犯したわけでもないのに、せっかく就任できた軍の要職を辞めてしまうといい、ホント、変わったヤツだよ」
「――なぜそんなことをしたんだ? こっちも今にして思えば、お前の才幹なら、充分に務まる要職のはずだぞ。現にお前が提出した
二人の監察官は、今度は残念そうな表情と口調で感想や疑問を述べる。
「……実を言いますと、軍部に提出するつもりで組んだ
「――そういえば、お前の息子も今回の兵科合同陸上演習に参加するんだったな」
「――それじゃ、ひいきに採点をつけられるのではないかと疑わても、無理はないぞ」
「――はい。だからこそ何度も断ったのですが、陸上防衛高等学校の校長に押し切られる形で、結局、このように……」
これも申し訳なさそうに答える旧知の
「――いずれにしても、これで安心だな」
「――ああ、上司を言いくるめる必要がなくなって」
会心の笑みに変えてうなずき合う。
まるで成功を確信したかのように。
「……どうやら本当のようだな。小野寺|が創設したばかりの国防軍の要職に就いていたというのは……」
三者の会話を聞いていた一人の男性教員が、とまどい気味な視線で眺めながら、同様の口調で同僚たちに述べる。
「……けど、他家の女性士族に婿っていたことまでは知らなかったぞ」
別の男性教員もそれに輪をかけて応じる。
『……本当に変わった
それが、
『……………………』
それは監察官たちと同じ旧知の女性教員たちも例外ではない。
第二次幕末の最中に出会った時から、一八年ぶりに再会を果たした一週間前のあの時を振り返っても、常に抱き続けている感想だが、それでも、あらためて思い知らされてたのである。
『…………………………………………』
……しかし、小野寺
「………………………………………………………………」
特に、武野寺
「……ついに来ちゃったね。この日が……」
朝霧がただよう森林の中で、
声も表情も不安で揺れている。
「……そうね……」
けどそれは
同じ表情で応じた
ゆえに、打てた手は、味方同士の情報交換と役割分担を元に組み立てた戦術シミュレーションが関の山であった。
それでも、主催者の忠告上、対戦
結局、当日の開始直前になるまで、なるようにしかなかった。
そして、当日をむかえた。
周囲の所々で集まっている対戦
『……………………』
だが原因はそれではない。
それは、
「……おなかが
そこを両手で
主催者が課した制約で、指定された時間以降、飲まず食わずなのた。
当日まで可能なかぎり食い溜めした上に、
これでは、戦闘は元より、思考さえも満足に働かない。
いくら精神エネルギーや生命エネルギーが豊富でも、本領の発揮は困難である。
まさに、『腹が減っては戦はできぬ』状態を、身をもって思い知らされているのだった。
対戦
「……どこかにドックフード缶が落ちてないかワン……」
犬飼
「……あったらどないするんや?」
「――もちろん食べるんだワン」
「食うなァッ!! そないな人外フードォッ!!」
「――でもキャットフードよりも美味しいニャ」
「おまいも食へ比べるなァッ!!」
犬派と猫派の偏食カップルに、それぞれ激しいツッコミを入れる
「……よせ、龍堂寺。そんな激しいツッコミは、貴重なエネルギーの
「……わかっとる。せやけど、ツッコまずにはいられへんのや。蓬莱院弟……」
「……………………」
その傍にたたずんでいる
「――おう。大丈夫か? おめら」
そんな状態の八人に、津島寺
その声を聴いた瞬間、
両者ともその記憶を記憶操作で消去したにも関わらず。
どうやら『身体で覚えた記憶』までは消去できなかったようである。
「……元気、そう、です、ね……」
「――おいは熊んごつ食い溜めが利く身体じゃってな。一日くれなら持つ。どうじゃ。うらやましかか?」
「……チビやからな……」
「……そのぶん、栄養にまわす量が少なくて済むのね……」
「……どうして、その栄養が……」
……
「――そいじゃ、こんグルーブ対戦、楽しみにしちょっぞ」
そう言い残して、
「――どうやら津島寺が
その後姿を見て独語した
――前に、
「――龍堂寺さんじゃないですか」
「――おお、保坂やないか」
さえぎった声の主に視線を向けた
「――ハール・ヒーッ!」
その保坂は、いきなり両手を斜めに上げて叫ぶ。
「……な、なんや、そのポーズ?」
「――アレ? 知らないんですか?」
素人の水面ダイプ直前みたいな姿勢を解いた保坂は、意外そうな表情で問い返す。
「――一周目時代に存在していたと言われているドイツの敬礼ですよ。全盛期の」
「――どいつ? なんや、それ? どついたるの誤読か?」
「――いえいえ。違います。国名ですよ。
保坂は見せびらかすように両手を広げて一回転する。
「――そういえば、今回の兵科合同陸上演習は、自由に軍服を選べるんでしたよね」
「――ええ。敵味方の視覚的な識別を容易にするための措置だと、あなたの父さんが言っていたわ」
「――でも、どうして僕たちの
いまさらな
「――ちょい待てェ。国家群って、一体いくつあるんやァ? 一周目時代の国はァ?」
「――確か、もっとも多い一周目の時代だと、二○○は超えていたと――」
「二○○やとォッ!?」
むろん、驚愕のひびきである。
「そないにぎょうさんあったんかいっ!? 信じられへんっ! 二周目時代じゃ、最大の時代でも二桁すら届かへんかったのにっ!?」
「――ほう。それでは、アメリカ合衆国とやらも、その国家群のひとつに過ぎなかったというわけか。兄の言う通りであったな」
その会話に、蓬莱院
「――自分も最初に知った時は驚きましたよ。でもおかげで、一周目時代の国々に興味を持つようになって、今では一周目時代の世界に存在していた国の名をすべて言えますよ。エスパーダ無しでも。それでも、一番好きな国がドイツなことに変わりはありませんけど」
「……おまいもずいぶんとけったいな興味にハマっとるなァ……」
「――それじゃ、
保坂からふたたび問い返された瞬間、
「――おっ、よう言うてくれたっ! ワイは今、鉄ど――」
ガンッ!
「――それじゃ、頑張ってね」
「――手加減しなくていいから」
ぐったりとした
両女子が慌てて拾い上げて叩き落とした大岩で気絶したため、自力歩行が不可能なままあお向けで引きずられて行った。
「――ニャぜ龍堂寺を
同行する
「――兵科合同陸上演習で好成績を残すためよ」
「――他
「……戦闘、不能、に、なっ、ても……」
それは
答えの内容だけでなく、視線の方角も。
「――でも、本当に変わった敬礼ですね。保坂さんの
女子たちの『
「ハール・ヒー!」
『ヒー!』
そこでは、
「――本当に敬礼なのかワン? ぼくには一周目時代の昭和テレビ番組に出ていた
犬飼
「――仕方あるまい。正しい情報が正しく伝達されて正しく記憶されるとは限らないからな。何事も。ま、伝言ゲームみたいなものだ」
肩をすくめて総括した蓬莱院
「――これはこれは」
それを認めた
「――今年の武術トーナメントにおいて、優勝候補の双璧として名が挙がっていた士族と華族の子女たちではないか」
その両者――海音寺
「――もしかして、軍事同盟の交渉中であったのかな? 従来のジンクスに
邪推同然の見当をつけて挑発する。
「~~なんだとテメェッ!!」
非友好的な目つきで見やってた
だが、
「――よしなさい、
ボテトチップスの袋を片手に、黙々と食べながらテレビでも視聴しているような眼差しで。
「~~~~~~~~っ!」
しぶしぶというには、あまりにも憎悪と殺気が
両眼や表情を始めとする全身に。
「――別に手を組んでも一向に構わぬぞ、吾輩は。これも立派な戦略だからな。ただ、相手は選ぶべきであろう。この程度の挑発に乗って失格しかける輩が
忠告に擬した
「――ご心配なく。少なくてもあなたが
再度いきり立つ
「――そういえば、貴殿は華族でも、士族に劣らぬ軍事的な能力があることを証明するために、この軍事学校に入学したのであったな。入学式の新入生代表の挨拶では。となると、吾輩と同様、国防軍最高司令官の座を目指すのは必定。では
バシッ
すげなく払いのけられる。
それも
相手の皮膚に触れるだけでも汚らわしいと言わんばかりの使い方である。
「――一緒にしないでいだだけないかしら」
「――
そして逆に相手を挑発するが、
「――さすが、入学試験首席合格者。三位だった吾輩や、次席だった海音寺とは一味違う応対だ」
挑発された方は逆上することなく、これも平然と受け流す。
「――しかし、平崎院も海音寺も、左右の靴を逆にするほどの履き違えを犯している。
「――そんなことはありませんわ。自らの身体で戦ったことのない
「――では、この兵科合同陸上演習で証明しようではないか。歩兵科と
華族の子弟である
――一方、他方では、
「――よくも
彼女らも平崎院
「――なっ、なに言ってるのよ?」
「――イジメなんか、ないわ」
「――少なくても、二学期に入ってからは」
三人の女子生徒は名字の数名詞順に言い立てるが、
「――ウソおっしゃいっ! 一週間前、
「…………………………………………………………………………………………………………」
だが、
「――それを言うなら、アンタだって小野寺をイジメてたじゃないっ!」
「――他人のこと言えるのっ!」
「――エラそうに説教しないでちょうだいっ!」
それは
「――っ!」
これにはさすがの
否定する余地が絶無の、厳然たる事実なのだから。
「……………………」
言い返す様子のない
「――結局、アンタもアタシたちと同じじゃない!」
「――小野寺にアタシたちと同じ仕打ちをしておいて、よくも幼馴染
「――違うって言うなら、どこが違うのよっ!」
「…………………………………………」
反論の余地も、完全になかった。
「………………………………………………………………」
幼馴染に対して与え続けた仕打ちが、
七年に渡る長さの。
「……………………………………………………………………………………」
先月の夏祭り程度では、到底塗りつぶし切れない。
あらためて思い知らされる、それは真実。
「…………………………………………………………………………………………………………」
今にも押しつぶされそうな自責の真実に、
[――謝ってくれたところです」
身を挺して三人の前で告げた幼馴染の声と、
「――それが、あなたたちと違うところです」
その言葉に、救われた……。
『……………………』
今度は勇吾のイジメっ子三人組がなにも言えなくなる。
「――行こう、
そう言って
幼馴染の手を取って。
それを合図に、
「……………………」
思いの丈がこもった、純粋で透明な滴が。
「――あの二人、
「……夏、休み、前、より、も、感じ、が、良く、なった、気が、する……」
その後に続く
それも当然である。
小野寺
「――小野寺
――タイミングを潰す大声が、朝霧のただよう森林に轟きわたる。
憎悪と怨嗟に満ちた海音寺
表情もそれにふさわしい形相である。
「~~お前の下僕、ヤマトタケルに伝えておけェッ!!」
立ち止まった一同の先頭に位置する
同様の
「~~あの時のオレの行為が当然じゃねェのは、認めてやるゥ。認めてやっていもいいィ。だがなァ、お前まで認めたわけじゃねからなァッ!!」
「……………………」
「――絶対に伝えろよォッ!! いいなァッ!!」
(――安心しなさい。アンタが言った、その時点で、もう本人に伝わっているから――)
「――あの時ってなんのことだワン?」
まだ気絶中の
「――クンたん。それはね――」
現場にいた猫田
「――『お前まで』って誰のことをなんだろう?」
その隣で、
「――相変わらず慢性カルシウム不足なオンナだ。入学式に見かけた時から、短気で粗暴で偏狭で差別的だなと思っていたが、武術トーナメントや『
さらに隣の
「……これ、で、対戦、
「……そう、だった。アタシ、たち、腹ペコ、なのよ、ね……」
その事実と状態を、質問者を見て思い出した
その頃、
「――クソッ! なんでこの組み合わせなんだよォッ!!」
――
「――どいつもこいつも組みたくねェ
次男の
「――これじゃ、小野寺や浜崎寺がいる
憎悪に歪んだ表情で歯ぎしりする二人の兄に、
「……あの
三男の
津島寺
それに対して、
「組めるわけねェだろうがァッ!!」
一喝のごとく一蹴する。
「あんな――」
「ハール・ヒー!」
『ヒー!』
「――って叫ぶ
三男と同じ方角に指さして。
それは密約を交わした平崎院
――しかし、彼らは演習終了後に知る。
その私的な軍事同盟は、締結の有無や可否に関係なく、完全に無意味だったことを
。
(――お待たせしました――)
対戦グループとして組まれた六
(――一年生の部、第三グループの対戦準備が終わりました。事前の指示にしたがい、それぞれ所定の位置についてください――)
鼓膜を通さずに聞いた六
「……う、う~ん……」
鈴村
朝霧に包まれた森林が、寝ぼけ眼のそれにふさわしく、ぼんやりと浮かんでいる。
実体のない幽霊のように。
「……ここ、は……」
緩慢な動作で立ち上がった
だが、それでもわからない。
なぜ自分がここにいるのか。
なぜ自分は野戦用戦闘服を身に着けているのか。
なせここが、
「……どこ、なの?」
――か、わからないのも。
しかし、その疑問は
その足元に横たわっていた
至近で聴こえたその声に、ツーサイドアップの少女は思わずのけぞり、後ずさる。
――と、背中からなにかにぶつかる。
樹木にしては柔らかい感触に、これにも驚いた
その目の前には、
「――だいじょうぶですか?」
幼馴染である
「……う、うん……」
目の前の幼馴染が誰なのかわからないからではない。
「……どう、して、こんな、ところ、に……」
近くに立っていた
「――ワイらがおるんやっ?!」
同様の距離で棒立ちしている
「――そもそも、その理由がだれ一人わからニャいニャんて、それ以上におかしいニャッ!?」
これも同距離の位置で立ち尽くしている
「――おかしいワンっ! おかしいワンっ!」
その傍にいる犬飼
「…………………………」
そんな七人の
「――しょうがない連中だ――」
――と言いたげな表情が、露骨なまでに浮かんでいた。
そして、自分と同じ野戦用戦闘服を着用している七人の
(――全員、所定の位置に、無事転送したようですね――)
突如他者の声が聴こえて来た。
自身の脳内に直接ひびいたそれは、明らかに鼓膜を通した音声ではなかった。
無論、目の前にいる
どう聞いても年配の年長者の声にしか聴こえなかった。
第一、そんなことをしても、なんのメリットもない。
言う方も聞く方も。
である以上、この声はまぎれもなく
それにより、自身の耳裏にエスパーダが装着されていることに、今更ながらに気づいた
音声によって聴こえたそれではないとわかっても、見回さずにはいられなかったのだ。
本能もさることながら、それ以上の不安に心中を支配されて。
ここで目を覚ます以前からの記憶が、歯抜けのように喪失していては、無理もなかった。
なぜ自分たちが朝霧の漂う森林の中にいるのか。
どうやってここへ移動して来たのか。
だがその不安は、今しがた脳内に直接聴こえた
全員、
とはいえ、それ以外は依然と不明のままである。
払拭されたと思っていた不安も、間を置かずに引き返し、再占領する。
(――それでは、これまで伏せていた残りの
その不安をさらに煽るような前置きに、山林の各所にいる陸上防衛高等学校の生徒たちは、エスパーダの機能のひとつであるそれを慌ててON《オン》にする。
推奨に従わなかった生徒は、一人もなかった。
(――なお、
――そして、念を押すように付け加えてから、今回の兵科合同陸上演習用に組んだ
(――当演習の
(――そして今回、前回までの演習では、
「……それって、まさか……」
(――各個人が知っている他者の個人情報をリセットしました――)
「――つまり――」
(――記憶操作で――)
――消去されているからである。
その時間的範囲は、
「……やはり……」
核心を伝えられる直前であったが、その彼女でさえ、驚愕の衝撃から逃れられなかった。
それをよそに、
(――とはいっても、記憶操作でいじった部分は、敵
ゆえに、今回の兵科合同陸上演習実施の最高責任者に関する個人情報も、参加生徒たちの記憶から消去されていた。
身内がそれに参加しているので。
(――そのため、敵部隊に関する情報は、どの部隊も、同じ内容に揃えています。つまり、これから今の状態のみなさんが戦う相手は、個人情報は元より、名も顔も知らない敵なのです――)
『――っ?!』
演習場という名の戦場に立たされた生徒たちは息をのむ。
その宣告に。
(――みなさんが対戦相手に関して知っているのは、各敵の個人戦闘情報――つまり、個々の
『――――――――っ!』
続いて告げられた内容に、今度は騒然となる。
だが、説明はこれだけに留まらなかった。
(――あと、食糧や装備といった軍事物資の補給は、
そして、
「――最後に、今回の対戦は早期決着の短期決戦です。長期戦になればなるほど、評価や採点は低下する減点方式です。どの
「いイッ?!」
「――これにて、今回の兵科合同陸上演習に関する
説明者はその終了を宣言した。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
すべてを聞き終えた生徒たちは、脳内と胸中と心中に渦巻いていた動揺と困惑と不安に、驚愕と混乱の二つが加わり、そのすべてが表情と動作に表面化する。
取りつくろう余裕すらないほどに。
(――全員、自身の脳内に記憶したようですね。それでは、予定通り実施します――)
(――第一五回、第二日本国国防軍、陸上防衛高等学校、兵科合同陸上演習――――開始っ!)
――されても、された方は、途方に暮れるより他がなかった。
その一択しかないと言わんばかりに。
制止や質問の大合唱を自ら静めても、どこから手をつけていいのか、見当や判断がまったくつかなかった。
「――ふざけんじゃねェぞォッ!! こんな状況と状態で戦えるわけねェだろォッ!! なに考えてやがんだァッ!!」
海音寺
佐味寺三兄弟もそれに唱和するが、いずれにしても、自分たちが置かれた現状に、ただ、
「小野寺に続けエェェェェェェェェッ!!」
立ち尽くすこともなく、迅速な命令を下した
「はい
蓬莱院
「えっ?! エッ?! えッ?! エっ?!」
あおり立るようにしか聴こえない
先行する
開始の合図と同時に。
「……つ、続いて……」
「……どうするんだワン?!」
それでも、混乱と困惑を引きずり続けている
「――ニャにがニャんだか――」
「――わからへんわいっ?!」
だが、
走る
『……………………』
しかし、それとは逆に反比例しつつある
「――よしよし。いいぞいいそ」
最後尾を走る
残りは
――といっても、
「……み、見えなくなっちゃった……」
幼馴染の背中を誰よりも間近で追っていた
距離を置かれるにつれて、次第に多くなる森林の茂みに阻まれて。
朝霧は薄まりつつあるが、それでも再発見は困難である。
そして、
「ぎゃあっ!」
「うわっ!」
「ぐわぁっ!」
「どわぁっ!
「ふげぇっ!」
「ぐへぇっ!」
――という悲鳴が、その先で次々と上がった。
「……いったい、なにが……」
演習場として指定された森林地帯には、風穴サイズの草地が各所に点在している。そのひとつに入った
驚愕の表情で。
「……な、なんや、これは……」
「……倒れてる、ニャ……」
四番目に到着した
「……敵の|一
「……じゃ、ない、わよ……」
このセリフは五番目に到着した
「――全員ではなく、六人よ」
六番目に到着した
「――
それも断定口調で。
「――うむ、でかしたぞ、小野寺」
最後に到着した
平地の中心にいる糸目の
「――吾輩の命令を待たずに動いてくれたおかげで、吾輩も、混乱の極に達している
「――ありがとうございます」
「――あと、
「――おお。わかっているではないか」
それを目にした
「――
満面の笑みで説明する
「――やはり、小野寺を吾輩の
「……アンタが加えたんじゃなくて、アンタが加わりに来たんでしょ。押しかけ女房みたいに……」
蓬莱院
一週間前にそれを披露した通りの事態と展開になったのだから。
見事にハマったとしか言いようがなかった。
この結果では。
「――たまたまだけどね」
――と、皮肉っぽく付け加えるが、
「――当たり前だ」
「――いくら吾輩でも、ありとあらゆる事態を想定するのは不可能。だから常に最悪の事態を想定するのた。そうしておけば、最悪から二番目以降の事態に直面しても、対処は最悪よりも容易になる。それが
「……………………」
「――おっと。熱弁を振るっている場合ではなかったな」
我に返った
「――
矢継ぎ早に次々と出すその指示は、
「――これが終わったあとはどうします?」
「――そうだな。
「――はい。まだ混乱から立ち直ってない敵
「――腹が減ってはそれも無理か」
「……はい。少なくても、補給を受けてからでないと……」
「――ふむ。ではやむを得ないな。残念だが、それは諦めよう」
断念した
「――敵
「――
「――まったくだ。どれもこれも
(――『
「――でも、いつ来るのかしら? 補給物資は……」
「――それよりも、
「――わかってるわよ」
せっつかれた
「――装備の数は総計で二十八点。内訳は
的確かつ正確に報告する。
「――なるほど。つまり、一
「――敵が動くとすれば、その時というわけですね」
「――その通りだ、
「――でも、それだけに逆手に取りやすいと思います」
「――まったくだ。いくら
「――では、ボクたちも充分気をつけないといけませんね」
「――うむ。それを聞いて、安心したぞ。慢心とは無縁の心がけだ」
清は鷹揚にうなずいて
「……ホントよね……」
両者の意気投合ぶりに対する感想を。
一週間前に知り合ったばかりとは思えないほどの親密ぶりある。
軍事に関しては、特に。
どちらも
それだけに、思わずにはいられなかった。
(……素直に職業軍人を目指せばいいのに……)
将来専業主夫志望者に対して。
「――なにボサッとしている。装備
「……わ、わかったわよ」
だが、その後、
「――いくら
不満と愚痴と叱咤の
「……………………」
……越えることなく、黙々と従事した。
反論の余地がどこにも見出せなかったからである。
とても悔しいことに。
「――あ」
代わりに見出したのは、テレハックした捕虜たちの脳内記憶情報である。
統合生徒会管轄の警察では、
むろん、事前の記憶操作で、対戦相手の個人情報を消去された
ちなみに、蓬莱院
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