第5話 各兵科の役割や存在意義が問われる今回の兵科合同陸上演習

「――落ち着いたようです。この局面フェーズでの戦況が」


 勇次ユウジは落ち着いた口調で二人の監察官や教員たちに伝える。

 小型カメラが搭載されたサイコドローンのそれに感覚同調フィーリングリンクして。

 演習場の上空各所に浮遊散開している、そのひとつである。

 高度一○○メートル付近には、念動力場サイコウェーブという力場が張り巡らされている。

 サイコドローンはその力によって浮遊しながら、下方で実施している兵科合同陸上演習の模様を監視・観察モニタリングしているのだ。

 監視・観察モニタリングテントの傍に設置してある念動力場サイコウェーブ発生装置から、演習場の各所に埋められてある念動力場サイコウェーブ中継装置を介して。

 ただ、その力は微弱なので、kg《キログラム》はある飛行型光線射出端末フライヤービットを浮遊させるほどの出力はない。サイコドローンのような、一〇〇g《グラム》未満の小型の超心理工学メタ・サイコロジニクス機器がせいぜいでである。

 当然、機動速度スピードは徒歩よりも遅く、搭載した小型カメラの性能も、無線式の防犯カメラなみに低く、強度も低い。その上、精神エネルギーの燃費も悪く、設置に手間がかかるので、実戦は元より、日常レベルでの実用にすら達していない。飛行型光線射出端末フライヤービットに匹敵する機能と性能を目標に、目下開発中の国防軍科学技術本部は、遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の助力を得ながらも、悪戦苦闘しているのが進捗状況であった。

 それでも、今回の兵科合同陸上演習において、演習参加生徒たちの動向を把握する監視カメラ装置として採用したのは、それでの運用なら支障はないと判断されたからである。一週間前の職員会議において。交戦規定レギュレーションの質疑応答が終えたあと、演習の状況監視方法を模索する段階に移行すると、多田寺千鶴チヅがそれを提案し、討議の末、前述の運びとなったのだ。要請を受けた科学技術本部も、運用テストの場を探していたので、渡りに船であった。なら、科学技術本部からも、最高司令部や参謀本部と同様、監察官を派遣してしかるべきなのだが、『データさえ貰えればそれでいい』との理由で派遣しなかった。いくら国防軍の国防強化に多忙とはいえ、『いいのか? それで』と、各部から派遣された二人の監察官は、不安と疑問を覚えた。

 とはいえ、やはり試作段階なので、それだけで演習の状況を把握するには、監察する監察官や教員たちにとっては心許なかった。演習に参加する生徒たちに、あらかじめエスパーダを装着させてから指定の演習開始地点に空間転移テレポートすしたのは、それを補うためであった。そのエスパーダには、監視・観察モニタリングテントの中に居る人たちに、常時感覚同調フィーリングリンクする仕様に改造しているので、演習の状況を主観的ながらも把握できるだけでなく、戦闘記録データとしても残せる。ただ、参加生徒の意図に関係なく着脱が可能なので、その場合に備えて、小型カメラ搭載のサイコドローンを上空に展開させて、相互補完しているのである。

 そして、今回の演習は軍事機密に属する行為なので、武術トーナメントと異なり、一般の公開はアスネでも禁止されている。その漏洩を防止するための措置として、陸上防衛高等学校の演習運営担当者たちは、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局に、演習の実施中は、この演習場だけ、外界との精神感応テレパシー通信の遮断を依頼し、対応してもらった。ただ、この情報封鎖的な行為は、一般の情報伝達インフラに多大な影響を及ぼすので、演習運営担当の教員たちは、演習日の前日まで、関係各所の許可やその手続きに忙殺された。技術的な問題はないとはいえ、『ローカルテロ事件』の時、この手段が使えないまま終結したのは、こうした事情が大きく働いていたからである。

 それと並行して、念動力場サイコウェーブ発生装置と、その中継装置の設置や、前述の要請に依頼などいった演習の準備も、演習運営担当の教員たちがすべて実施し、今日こんにちに至ったのだ。

 その苦労は、国防強化に追われる他の部署となんら変わりがなかった。


「――しかし、この状況下でよく思い切った行動ができたものだなァ。身分も性別も雑多な部隊構成だというに」


 監察官の一人、槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが感心と感嘆にうなる。

 演習場に敷かれた監視網の一角から、その模様をながめ終えた後。


「――まったくだ。いくら採点的に長期戦を避けたい焦りがあるとはいえ、あまりにも大胆すぎる。事前の記憶操作によって、対戦|する部隊チーム数や、一部隊チーム当たりの隊員数と兵科構成は完全に不明。対戦部隊チームの個人情報さえ、その処置で全消去された。そして、唯一与えられた戦闘能力値ステータスや|戦闘能力アビリティすら、対戦部隊チームに限ってそれぞれバラバラに断片化されてまとまってない。それも個人レベルで。勇次ユウジの言う通り、顔と名前が一致してない状態に等しい。そのように記憶操作された生徒からすれば、相手が顔見知りの同級生クラスメートでも、見ず知らずの未知な他人てきと戦うようなものだというのに……」


 もう一人の監察官、二徳寺にとくじ辰吉タツヨシも、同様の感じでうなずかずにはいられなかった。


「――それでも、あの部隊チームは即座に行動した。なんの逡巡も迷いもなく。これはもう、大胆を通り越して、無謀でしかない。自ら霧の中へ突っ込むような――いや、事実、霧の中へ突っ込んだ。文字通りの意味で。今はもう晴れているが……」

「――そんな初期状況では、目と耳をふさがれた状態よりもきつい。もしオレ――いや、小官が隊長リーダーであれば、隊員たちの動揺と混乱の鎮静に手一杯で、動くに動けないぞ」

「――だからこそ動けたのですよ。アメリカ隊は」


 特別顧問教員たる小野寺勇次ユウジが、疑問を呈し合う監察官たちに答えを提示する。


「――どういうことだ?」


 提示された槙原寺まきはらじ啓介ケイスケは、驚きの表情で反問する。


「――動くに動けないのは、どの部隊チームも同じだからです」


 それに答えた勇次ユウジのそれも、最初と同様、簡潔で明瞭だった。


「――今回の兵科合同陸上演習のコンセプトは、『限界まで整えた戦闘条件の平等性と均一化』です。それは演習参加生徒もご存じの上に、そこまで記憶操作していません」

「――そうだ。だが、裏を返せば、それしか情報がないという意味なんだぞ。それだけでは、あまりにも不充分――」

「――ではありません」


 勇次ユウジは静かに頭を振る。


「――むしろ、これ以上は望めないほどの確実性の高い情報です。それだけでも」

「――どういう意味だ?」


 今度は二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが問い返す。


「――動くに動けないのは、どの部隊チームも同じ。自部隊チームだけでなく、敵部隊チームも」


 勇次ユウジは静かな口調で答え、説明に転ずる。


「――それを念頭に、自部隊チームの状況を、敵部隊チームに置き換えれば、敵部隊チームの状況は――」

 ――あえてそこで切った勇次ユウジの語を――


「……丸、わかり……」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが継ぐ。

 盲点を突かれた表情で。


「――そうか。そういうことかっ!」



 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシに至っては意表を突かれた表情と口調で叫ぶ。

 どちらも得心まじりであった。


「……ど、どういうことなのでしょうか?」


 今まで三者のやり取りを聞いていた男性教員の一人が、首を傾げながらもうかがいを立てる。


「――どの部隊チームも条件が同一な以上、心理状態も同一になるのは必然。まるで鏡合わせのようにな。しかも、その心理状態にいたっては、万華鏡のごとく乱れているに違いない」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケがその教員に答えると、


「――そんな状態で攻撃を受けたらひとたまりもない。だからまずはその鎮静化を計る。普通はな」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシがそれに続く。


「――だが、それは容易ではない。仮に成功したとしても、それまでに時間がかかる」

「――しかし、アメリカ隊はどの部隊チームよりも真っ先に気づいた」

「――正確には、その隊長リーダーと歩兵科隊員の一人だが、それでも、両者の考えは完全に同じだった」

『――自部隊チームのような状態と事態が、敵部隊チームでも発声していると――』


 二人の監察官はその部隊チームの二人の心理を的確に解剖する。

 奇しくも、声をハモらせて。


「――そのように判断したその歩兵科隊員は、一番近い敵部隊チームの動揺と混乱の気配を迅速に察知し、即座に向かった」

「――そんな状態で攻撃を受けたらひとたまりもない敵部隊チームのひとつを攻撃するために」

「――そして、アメリカ隊の標的にされた敵部隊チームは奇襲を受けて壊滅した」

「――早斬りによって、瞬時にな」

「――しかも、その隊長リーダーは簡潔な命令を追い立てるように連呼することで、動揺と混乱が収まらない他の隊員を強引に行動させると同時に、その動揺と混乱を収めた。行動をさせることで」

「――壊乱状態の自部隊チームの統制を取り戻すには一番効果的な命令と仕方だ」

「――隊長リーダーの命令を待たずに、そんな味方の隊員たちを導いた、その歩兵科隊員の判断と行動も最善だった。隊長リーダーの命令を正しい方向へ導く道標としての役目を、見事なまでに果たしたのだからな」

「――結果、序盤としては、これ以上は考えられない戦果を挙げた」

『――まさに、阿吽あうんの呼吸だ』


 二人の監察官も阿吽の呼吸で交互と同時に述べる。

 両者とも驚愕と感銘を受けた表情と口調だが、それ以上に驚愕と感銘を受けたのは、


「……………………」


 うかがいを立てた教員その人であった。

 賞賛した対象と賞賛した当人に対して。

 言葉ではとても表現が不可能なので、無言で立ち尽くすしかなかった。


『……………………』


 他の教員たちもうかがいを立てた教員と同様の状態と化す。


「――ですが、開始と同時に行動した部隊チームはアメリカ隊だけではありません」


 その沈黙を破るように、特別顧問教員たる勇次ユウジが告げる。


「――どこの部隊だっ!?」


 振り返った槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが身を乗り出す勢いで尋ねる。


「――この部隊チームです」


 そう言って勇次ユウジは、サイコドローンのカメラで脳内注視している対象の映像回線を、尋ねた当人に回す。

 回してもらった槙原寺まきはらじ啓介ケイスケは、演習場の上空に展開しているそのひとつに感覚同調フィーリングリンクして、対象を脳内で視認すると、


「……これは……」


 驚愕のつぶやきをこぼす。

 自分の意思を無視して。


「――まさかアメリカ隊以外にも、アメリカ隊のように、ドイツ隊状態の部隊を壊滅させた部隊がいたのかっ!?」


 続いて同サイコドローンに感覚同調フィーリングリンクした二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが問いただす。


「――なんという名の部隊だっ!?」


 こちらも思わず身を乗り出して。


「――津島寺隊です」


 勇次ユウジは冷静に答える。


「――と言っても、壊滅ではなく、壊乱ですが。津島寺隊に襲われた部隊チームは」

「――壊乱?」

「――はい」


 オウム返しで確認を求められた勇次ユウジが、求めて来た槙原寺まきはらじ啓介ケイスケにうなずいて見せると、説明を始める。


「――開始直後に行動を開始したのはアメリカ隊と同じですが、その隊長リーダーが出した指示が、自部隊チームを率いてではなく、自部隊チームの戦力分散である点が、大きな相違点です」

『分散っ?!』


 二人の監察官は驚きの声を上げる。

 これも、奇しくも同時に。


「バカなっ?! なぜそのような指示をっ!?」

「――戦力の分散など、各個撃破の恰好の餌食でしかないぞっ! なのに、なぜ……」

「――おそらく、早斬り対策でしょう」


 勇次ユウジが落ち着いた口調で答える。

 落ち着きのない二人の監察官の疑問に。


「――一ヶ所に集結したままの状態で早斬りの奇襲を受けたら瞬時に壊滅してしまいますからね。現にドイツ隊もそれで壊滅しました。津島寺|隊の隊長リーダーが出した指示は、その事態を回避するための措置だと思います。アメリカ隊の即行も、それを兼ねた集団行動です。早斬りの使い手は一人だけではないと判断して」


 勇次ユウジの説明を受けた槙原寺まきはらじ啓介ケイスケは、


「……なるほど。本来は愚策でしかない戦力を分散させれば、一網打尽にされる心配はないからな」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシと共に得心する。


「――だが、それは同時に、津島寺|隊の中に、早斬りが使える隊員が存在しない事実を意味する」

「……ど、どうしてそれがおわかりになられるのですが?」


 さきほどうかがいを立てた教員が、二人の監察官にふたたび伺いを立てる。二人の監察官に対して、早斬りの使い手が一人しかいない事実は伏せている。これまで伝える機会がなくて。なので、二人の監察官が記憶媒体ストレージに保有している情報は、演習に参加している生徒たちのそれと大差がないのだ。どの隊員なのかは元より、何人が使えるかも、特別顧問教員からさりげなく教えるまで、知らなかったはずである。

 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケはその教員を見やる。


「――今、言った通り、戦力の分散は、通常は愚策でしかない行為。もし早斬りの使い手が自部隊内に一人でもいれば、アメリカ隊と似た行動を取るはず。それが最善なのは、アメリカ隊が挙げた戦果が証明している」

「――開始直後に命令を下せるほどの沈着な隊長リーダーが、その有用性と優位性に気づかないはずがない」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシも同様に見やって続ける。


「――にも関わらずそれを実行に移さなかった――いや、移せなかった。それが何よりの証左だ」

「――だから次善策を採らざるをえなかった。自部隊の戦力分散と|並行しての|、隊長リーダー自身の敵部隊チーム単独奇襲を」

 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが、その最中の模様を観ながら語を継ぐ。

 サイコドローンの搭載カメラを通して。

 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケや陸上防衛高等学校の教員たちも、同じカメラの映像を脳内投影させながら、今のやり取りを見聞きしていたのだ。


「――完全に壊乱しました。奇襲を受けた部隊チームは。現在、両部隊チーム隊長リーダーが直接交戦しています」


 そのサイコドローンに感覚同調フィーリングリンク済みであった勇次ユウジが、その戦況を簡潔に解説する。


「――当然の結果だな。奇襲を受けた部隊の隊長リーダーは、隊員たちの混乱や動揺を鎮めるどころか、文句や怒声を吐き散らすだけで、部隊を統制する意思すら見られない、完全なる放置。そんな状態の部隊が、単独とはいえ、奇襲を受ければ、早斬りでなくても、部隊としての秩序はあっという間に崩壊し、組織的な行動は不可能と化す」

「――奇襲で半減した残りの隊員たちが散り散りとなってはな。こうなっては再集結も不可能だろう。奇襲を受けた隊長リーダーの統率力では、望むべくもない」


 二人の監察官はそっけない口調で断定する。


「……ですが、戦力の分散なら、奇襲をかけた津島寺隊も……」


 教員の一人が三度うかがうを立てる。


「――確かに、津島寺隊も戦力を分散した。だが、それは統率の取れた部隊のそれだ。その証拠に、敵隊長リーダーと一騎打ちしている津島寺隊の隊長リーダーが、その間隙を縫って真上に光線銃レイ・ガンを三連射したら、散っていた自部隊チームの隊員たちが、演習開始地点へと再集結し始めた。おそらく、事前に伝えていたのだろう。その三連射と発砲音を見聞きしたらすぐに開始地点へ戻るようにと。これはその合図だ」

「――やはり、戦力の分散は愚策であることを知悉していたんだ。だから頃合いを見て戦力の再集結をうながし、自身も迷わず撤退した」

「――早斬りで一網打尽にされる状況が過ぎ去る頃のな」

「――津島寺隊の隊長リーダーも全力で集結地点へ向かっている」

「――追跡する敵隊長リーダーたくみに振り切って」


 二人の監察官はその模様を現行時間リアルタイムで脳内観戦しながら言葉を交わすと、槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが表情と口調を一転させる。


「――見事な采配と行動力だ。津島寺隊の隊長リーダーは」

「――ああ。アメリカ隊よりも荒っぽい命令と従わせ方だったが、それだけに動揺や混乱を鎮めさせる効果があった」

「――恐らく、意図的にな」

「――兵科やタイプは違えど、アメリカ隊の隊長リーダーに引けを取らない用兵巧者ぶりだ」

「――戦果はアメリカ隊に及ばないがな」

「――それでも十分な戦果だ。アメリカ隊の戦果が高すぎるだけで、この相対評価は参考にならない。絶対評価するなら、どちらも水準をはるかに上回っている」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが、会話相手と同じく、驚きと感銘を受けた口調と表情で言う。

 だが そのあと、今度は興ざめの表情と口調に再度一転させて続ける。


「――それに引き換え、奇襲を受けたあの部隊チームはなんだ? 特にその隊長リーダー。リーダーシップのリの字も発揮してないじゃないか。何という名の部隊チーム隊長リーダーなんだ?」

「……海音寺隊です。海音寺涼子リョウコ隊長リーダーの……」


 武野寺勝枝カツエが静かに答えると、槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが思い出す。


「――ああ。この前の武術トーナメントで三位だったあの女性士族か。表彰式を無断欠席した、あの」

「――そういえば、優勝候補の双璧を担うその片割れだと、開催直前の下馬評では謳われていたらしい」

「――もうひとつの片割れは、たしか、平崎院という、華族の子女だったな」

「……その女子生徒も、部隊長チームリーダーとしてこの対戦グループに組まれています」


 事実を確認し合う二人の監察官に、その旨と捕捉を述べたのも武野寺勝枝カツエだった。


「――現在、平崎院隊の隊長リーダーは、演習開始地点で留まったまま、自部隊チームの統制と状況の把握に専念しています」


 勇次ユウジがその部隊の状況を簡単に説明する。

 そちらにカメラを向けているサイコドローンに感覚同調フィーリングリンクして。



「――状況の『対処』より『把握』を優先したわけか。アメリカ隊や津島寺隊と違って」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケがそのように判断すると、二徳寺にとくじ辰吉タツヨシがそれに続く。


「――あれほどの混乱と動揺ぶりだ。この距離でも充分にその気配を察知できたはず」

「――それでも動かなかったのは、やはり状況の『把握』を優先した結果か」

「――海音寺隊の隊長リーダーと違って、部隊としての統制と秩序を、かろうじてながらも維持する手腕は、見事と言えば見事だが……」

「――それでも、判断を誤ったことに変わりはないな。もし早斬りでの奇襲を受けたら、ドイツ隊のように壊滅されていたこともな。その情報は、記憶操作によって、どの部隊も等しく保有しているというのに」

「――運が良かったな。状況の『対処』を優先した二部隊の標的にされなくて」

「――海音寺隊の隊長リーダーに至っては言わずもがなだが」


 二人の監察官は肩をすくめて酷評する。


「~~~~~~~~っ!」


 それに対して、その二人の女子生徒を内心で高く評価していた武野寺勝枝カツエは、歯ぎしりしながらも、納得せざるを得なかった。能力や性別に関係なく、どの部隊も限界まで平等に条件を揃えて開始した以上、文句など論外であった。


「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


 その交戦規定レギュレーションの発案者に対しては、特に。


「……カッちゃん……」


 多田寺千鶴チヅが心配そうに親友を見やる。か細い声だったので、公式の場においてふさわしくない呼称は、誰の耳にも届かなかった。


「……これが各部隊の現状と状態か……」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが感慨深く独語すると、


「――いや、待て。あと一部隊の動向を、監督側こちらはまだ把握していない」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが思い出したかのように判断の保留を告げる。


「――そうだった。すっかり失念していた。開始直後の状況の激変ぶりに、つい……」

「――で、どの部隊なんだ?」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが問いかける。


「――佐味寺隊です」


 答えた勇次ユウジは、その部隊チームを監視しているサイコドローンに感覚同調フィーリングリンクを切り替える。他の一同も、それに釣られて注視する。全員のそれが終わると、勇次ユウジはその部隊の経緯を説明する。


「――佐味寺隊も、海音寺隊の隊長リーダーと同様、開始直後から文句や怒声を上げていましたが、それが落ち着くと、演習開始地点から移動を始めました」

「――行く当てもなく、ぞろぞろとか」


 つけ加えた槙原寺まきはらじ啓介ケイスケに、二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが続く。


「――平崎院隊のように、奇襲に対する警戒も警戒心もなく、部隊の統制も幼稚園児の引率レベル。とりあえず、動いておけとしか考えてないのだろう。浅慮のかぎりだ」

「――こちらも早斬りの奇襲を受けたら壊滅は必至だな。演習開始地点から動き始めたのも、早斬りで一網打尽にされる危険な時間帯が過ぎたあとだ。完全にタイミングがずれている」

「――こちらも運が良かったな」

「――いえ、逆ですね」


 勇次ユウジが告げた否定の言葉に、二人の監察官は意外そうな視線を向ける。


「――どうしてだ?」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケがただす。


「――佐味寺隊が見つけたからです」

「――敵部隊をかっ!?」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシの問いに、勇次ユウジは頭を振る。


「――いえ。市街地をです」

「……市街地?」


 首を傾げる二徳寺にとくじ辰吉タツヨシ槙原寺まきはらじ啓介ケイスケに、勇次ユウジは捕捉する。


「――正確には、演習用に設置した模擬市街地です。なので、民間人は一人もいませし、面積も一軒家しかありません」


 その説明に、二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが傾げた首の角度が、さらに傾く。


「――だが、そんなものを設置してどうする? 今回の演習にどんな影響が――」

「……ある」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが呈した疑問を、槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが繋げる形で答える。


「……それも、絶大にな……」


 それも、声を震わせて。


「……小野寺特別顧問教員。もしかして、その模擬市街地には……」

「――はい。民間人もいなければ、市街の建物もありませんが、それ以外なら一通り揃えてあります」


 淡々と答えた勇次ユウジの言葉と表情に、


「……なんてヤツだ……」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケは慄然となる。


「……だから演習に参加する生徒たちを断食させたのか……」

「――ええ。空腹の状態にさせませんと、採点の効果がありませんから」

「――どういうことだ、小野寺?」

「――おい、まだ気づかないのか。二徳寺にとくじ


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが参謀本部から派遣された監察官に顔を向ける。


「――その状態の軍隊が市街地に入ったらなにをするかを」

「……あ……」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシはようやく気づく。

 慄然をともなって。


「……どうやら、敵は対戦グループ内の部隊だけではないな」

「……ある意味、敵部隊よりもやっかいだ」

「……対処を間違えれば、採点に大きく響くな。初動で挙げたアメリカ隊の戦果よりも」

「――そういう採点法なのだろう」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが背後に並ぶ教員たちに振り向いて尋ねる。


「……はい。その通りです」


 多田寺千鶴チヅが答える。


「……なんて意地の悪い罠だ……」

「……だが、過去の戦史を振り返っても、その事態は日常茶飯事といっても過言ではなかった。一周目時代でもな」

「……まったくだ、なんて……」

『……現実的で理にかなった交戦規定レギュレーションなんだ……』


 二人の監察官は声を揃えてつぶやく。

 驚愕と戦慄に、それは満ちていた。




「――あれ?」


 撤収準備に入ったアメリカ隊の中で、どの隊員メンバーよりも先に気づいたのは猫田有芽ユメであった。


「――クンたんがいないニャ」


 いつの間にか自分の彼氏が姿を消したことに。

 壊滅したドイツ隊の演習開始地点から。


「――ホントだ」


 壊滅させた張本人も続いて気づく。


「……しまった。吾輩としたことが……」


 撤収指揮を執っていた蓬莱院キヨシが、舌打ちを堪える表情でつぶやく。


「……空腹ごときで全隊員の動向を見落としてしまうとは……」


 集結した隊員が、全員ではないことを確認して。


「……こないな時に、どこへいったんや。あのドックフードジャンカーは……」


 イサオが強面の顔を迷惑げにしかめてぼやくが、その声は力なく擦れていた。彼もまた空腹で目が回りかけているのだ。栄養のある食物を摂取しない限り、身体能力の回復は完全に望めない。その分、ボディーブローよりも性質タチが悪く、深刻な状態である。

 ――そこへ、


「――あの方向に、犬飼さんの気配を――」


 勇吾ユウゴが感じ取る。精神を集中した結果だが、捉えるまで多少の時間がかかったのも、こちらも空腹で身体能力や感覚能力が低下しているからである。


「――よし、全員で行くぞ。ただし、各自ある程度の距離を置いてな」


 隊長リーダーの指示に、六人の隊員メンバーたちは従った。早斬りによる奇襲対策である。この対戦グループの中で、早斬りの使い手は勇吾ユウゴ一人だけなのだが、それは事前の記憶操作によって、一人だけとは限らならない。そのように判断している以上、常に念頭に入れなければならなかった。ただ、捕縛したドイツ隊の輜重兵科隊員たちを連行しての移動なので、その監視役を命ぜられたアイは、二人の捕虜と固まって続かざるを得なければ、鈍足にならざるも得ず、最後尾となったが。


「……ここは?」


 先行していた勇吾ユウゴは、森林を抜けると、各部隊チームの演習開始地点のような平地に入り、そこで立ち止まる。

 その中央にそびえ立つ小山を認めて。

 小山なので、高さは青年男子の平均身長よりも二倍しかないが、その色は地面と同じ土色ではない。

 ――どころか、土ですらない。

 地味だが異なる色彩で細かく区切られており、その形状もどれも直方体ばかりで、サイズも大小さまざまである。

 木箱、ダンボール、プラスチック容器……


「……なにかの物資?」


 ――が、文字通りの意味で山積みになっている状態を、勇吾ユウゴは認識し始める。

 そのふもとで蠢いている巨躯の人影も、直後に。

 勇吾ユウゴは周囲を警戒しながら忍び寄るが、その対象が捜索対象の自部隊チーム隊員メンバー――犬飼釧都クントの後姿であることに気づき、駆け足で近づく。むろん、周囲の警戒を怠らずに。


「――なにをしているのですか?」


 その後姿の釧都クントに、勇吾ユウゴは尋ねる。


「――あ、ゆうワン」


 その声で振り向き、嬉しそうに声を上げた釧都クントだが、その口周りは密度の濃い食べカスが大量に付着していた。

 中年のコソ泥みたいな塗りたくった口ひげで。


「――ゆうワンも食べるワン。美味しいワン」


 釧都クントから缶詰を差し出された勇吾ユウゴは、とまどいながらも受け取ろうとするが、


「受け取るなァッ!!」


 鋭い制止の声が、飛来したナイフさながらの鋭さで深く背中に突き刺さると、その手を止める。


「こっちまで退がれっ! 急げェッ!!」


 隊長リーダーの更なる指示に、勇吾ユウゴは困惑しながらもただちに実行し、平地と森林に境界線上で立ち止まっているキヨシ隊長リーダーの近くまで下がる。


「……あぶないところだった……」


 頬の汗をぬぐったキヨシの表情に安堵のそれが浮かぶが、それは一瞬しか続かなかった。険しい顔つきに戻ったキヨシは、深刻な表情をかぶせると、これも深刻なため息をつく。

 これ以上はない大きさで。

 

「……もしかして……」


 その様子を見て、勇吾ユウゴは即座に青ざめる。知り合ってからまだ一週間しか経ってないが、それでも、らしくない蓬莱院キヨシの言動に、最初は違和感を覚えていた。だが、それが何なのか察知した途端、糸目の顔をその色に染め尽くしたのだ。


「……ニャにがあったんニャ?」


 続いて到着した有芽ユメが、現在の状況を呑み込めず、両者に尋ねるが、


「――あ、クンたんがいたっ!」


 彼氏の姿を認めると、一旦は止めた足を動かして、一直線に駆け寄ろうとする。


「――待てっ!」


 しかし、それは有芽ユメと同時に到着したイサオに止められる。

 水平に伸ばした腕で。


「……………………」


 無言で釧都クントを眺めやるイサオの表情は、キヨシと酷似していた。

 強面な分、それが際立つ。


「……わかっているな、イサオ……」

「……ああ。コレはワイの仕事や……」


 隊長リーダーから確認を求められたイサオは、ノールックで応じると、同時に手渡された光線銃レイ・ガンのグリップを握りしめて釧都クントに近づく。


「……ニャ、ニャにをするんニャ……」


 不安になった有芽ユメがそれに続こうとするが、今度は勇吾ユウゴに制止される。

 勇吾ユウゴキヨシの不可解な行動と命令に、釧都クントは背中から感じ取ることで気づいていたが、特に気にもせず、引き続き山積みの物資を物色しては、それに手をつけて食べ続けている。


「――犬飼」


 名を呼ばれた有芽ユメの彼氏は、物色するその手を止めると、自分を呼んだイサオに振り向き、正対する。

 距離を置いているが、それは意図的であった。

 釧都クントではなく、イサオの。


「……………………」


 イサオは無言で光線銃レイ・ガンの銃口を釧都クントの眉間に定めると、これも無言で引鉄トリガーを引き絞り、光弾を撃ち放った。


「ワオーンッ!」


 眉間を撃たれた釧都クントは、犬の遠吠えみたいな声を上げて背中から倒れた。

 意識は完全に喪失している。

 戦闘不能リタイアの判定を、犬飼釧都クントが受けた瞬間である。

 交戦規定レギュレーションに基づいての判定だった。

 だが、よりにもよって、味方の手で、有無を言わさずにそれを強制されられた行為に、


「ニャにをするんニャァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 有芽ユメが激しく駆られた疑問と絶叫を上げる。

 そして、制止していた勇吾ユウゴの腕を押しのけると、あお向けに倒れた釧都クントの元へ駆け寄り、そこでひざまつく。


「ニャんでクンたんを撃ったんニャァツ!? クンたんがニャにをしたっていうんニャァァァァァぁぁぁぁぁっ!!」


 釧都クントの頭を抱えて。


「――民需物資の略奪をだ」


 続いて駆け寄ってきたキヨシが、有芽ユメの疑問に答える。

 冷淡というには、苦しそうな響きを帯びた声で。


「――見ろ。この看板を」


 キヨシの声と視線で指し示された有芽ユメは、その方角に立ててある木製の横看板を注視すると、


「――市街地領域エリア?」


 ――のゴシック文字で書かれたそれを、口に出して読む。


「……どういうことニャ?」


 それでも理解できない有芽ユメに、


「――ここでやりおった犬飼の行為は、民間人の食糧物資を略奪したそれと同義なんや」

 キヨシが説明する。

 沈痛きわまりない表情で。


「――国防軍において、民間人に対する危害や略奪は重大な軍規違反。敵前逃亡と同様、問答無用で極刑に処せなアカンのや」

「――軍規に則って処断しないと、駐留軍に対する民間人の不信感が大きく募り、軍事行動は元より、政治的な意味においても、重大な支障をきたす。だから憲兵MP科のイサオに刑を執行させたのだ。それが憲兵MP科の職務だからな」


 キヨシがその語を継ぐ。


「――もし勇吾ユウゴが略奪した物資を受け取っていたら、彼も同罪となっていた。例えその事実を知らなくてもな。あぶないところだった……」


 それも冷や汗まじりに。

 その量も多かった。

 それが、この事態の深刻さを、充分すぎるほどに物語っていた。


「……そ、そんニャ……」


 有芽ユメは愕然となる。


「……ちょっと盗み食いしただけで、死刑ニャのか? 第二日本国の法律じゃそこまで厳しくニャいのに……」

「……戦時における軍隊の軍規は、平時の法律よりも優先される。平時では軽かった刑も、戦時では極端に重くなる場合があるのだ。むろん、適用の対象者は軍人だけだが、それは非戦闘員の輜重しちょう兵科も例外ではない……」


 キヨシは苦渋の表情で説明する。


「……空腹状態で開始させたのは、この面においても試すためやったんか……」


 こちらも愕然となるイサオに、


「……というより、これが本命だな。輜重しちょう兵科隊員メンバーの保全ではなく……」


 キヨシも似たような状態で同意する。


「……なんちゅう罠や。いくらなんでもエグずぎるで……」


 イサオの感想に、キヨシは心から、これも同意する。


「……まったくだ。いったい誰なんだ? こんな交戦規定レギュレーションを設けたのは。あまりにも厳しく、そして、実戦的すぎる……」


 それは小野寺勇吾ユウゴの父親だが、記憶操作された状態のキヨシに、その記憶はどこにも残ってないので、いくら考えてもたどり着かなかった。


「……それでも、おかしいニャ」


 しかし、それでも有芽ユメは納得しない。

 イサオキヨシから説明を受けても。


「……いくら空腹でも、ドックグードにしか目がニャいクンたんが、それ以外に手をつけるニャんて……」

「はよ治せェッ!! その偏食ゥッ!! いつか死ぬでェッ!!」


 イサオが絶叫に等しいツッコミを入れる。

 しかし、その疑問はすぐに氷解した。


「――ドックフードです。犬飼さんが食べていたのは――」


 糸目の視線だけでそれを調べていた勇吾ユウゴの報告に、


『…………………………………………………………………………………………………………』


 一同は無言で立ち尽くす。


『…………………………………………………………………………………………………………』


 演習用に設置した模擬市街地に、何とも言えない沈黙が降り立つ。

 まだ本格的な秋の季節を迎えてないのに、冬の冷たい風が吹く。

 うずつむじをひとつずつ巻いて。

 だが、何を言いたいのかは、口に出さずとも、この場にいる一同はわかりきっていた。


(……なぜ演習場こんなところにドックフードがあるの??)


 を。


「………………………?」


 ただし、勇吾ユウゴはのぞく。

 きょとんとした表情で、一同をキョロキョロと見回しているそれが、額縁つきで証明していた。


(――キヨシ隊長リーダー――)


 その一同のエスパーダに、精神感応テレパシー通話が入る。


「――り、リンか?」


 それで我に返った清は、目が覚めた表情で応答する。


(――いかんイカン。吾輩としたことが……)


 即断即決即行即応そくだんそっけつそっこうそくおう座右の銘モットーに、将来国防軍最高司令官を目指す職業軍人としては、あってはならない状態であった。


(――どうしたのよ? いったい――)


 リンが不審そうに尋ねるが、放心状態から回復したキヨシはいつもの調子テンションで応じる。


(――あとで説明する。それより、そっちこそどうした? 合流が遅いぞ――)

(――追いかけている途中で見つけたのよ。ユイが――)


 その応答に、キヨシ|の顔色と調子テンションが激変する。


(――まさか、物資が山積みの模擬市街地をかっ!?)

(……え? なにそれ? 違うわよ――)

(――なんだ、違うのか。脅かすな、まったく――)

(……本当にどうしたのよ、いったい……)


 キヨシ|の不安定な反応リアクションに、リンの不審はさらに深まるが、


(――で、なにを見つけたというのだ――)


 深めた方は構わず副隊長サブリーダーの報告をうながす。


(――敵よ。敵部隊チームを見つけたの――)

(――なんだ。敵部隊チームを発見したのか。その程度のことで動揺するでない――)

(……動揺してたのは隊長リーダーの方でしょ……)


 リンの不服そうなツッコミを、


(――わかった。こちらもすぐそちらへ向かう――)


 キヨシ完全ガン無視する。


(――それまで敵部隊チームの監視をおこたるな。あと、その監視者の視聴覚に感覚同調フィーリングリンクさせてくれ。敵情を知りたい――)


 完全ガン無視されたリンは、これもさらに不服を募らせるが、無用な反論はせず、指示にしたがった。




「……いったいどうなっているの?」


 平崎院タエは美顔に汗をにじませたまま独語する。


「……わ、わからない……」

「……いきなり演習開始地点こんなところ空間転移テレポートされて……」

「……あんな交戦規定ことを聞かさせても……」


 それに応じた『悪邪鬼女アクジャキジョ三人衆』も、ともすれば再発しそうな動揺と混乱を懸命に抑えながら、光線槍レイ・スピアの矛先を三方に向けて構え続けている。


「……どうしたらいいのかしら……」


 隊長リーダーも残りの一方に光線剣レイ・ソードの切っ先を向けたまま、こちらも構えを崩さずに堅持し続ける。

 開始の合図が挙がってからずっとこの状態である。

 平崎院隊は。

 正四方に向いた状態の歩兵科隊員たちは、背後の非戦闘員たちを守りながら、周囲の様子をうかがい続けている。

 そのあちこちで光弾や悲鳴が断続的に上がっているが、それ以上のことは霧の中である。

 演習場に漂っていた朝霧が、すでに晴れているにも関わらず。

 視界が物理的な意味で鮮明になっても、動くに動けないでいる。


「――補給物資もすでに受け取っているはずなのに、まだ動かないとは、あまりにも優柔が不断すぎる」


 平崎院隊の様子を、茂みの隙間から窺っていたキヨシが、嘲笑気味に酷評する。


「……でも、補給、物資、が、そんな、に、多く、ない、から……」


 第一発見者のユイが、それを耳にしたキヨシの傍で応じる。


「――だとしても、あまりにも消極的すぎる。時間が経過すればするほど減点して行く採点方式だというのに、いつまでも途方に暮れてどうする。たとえ漁夫の利を得る魂胆だとしても、こんな目立つ演習開始地点ところで立ち尽くしていては、漁夫以外のヤツが利を得てしまうぞ。それも、その漁夫を餌食にしてな」

 敵状を説明するキヨシ隊長リーダーの酷評がますます冴えわたる。

 切れ味が抜群の毒舌ぶりである。

 アメリカ隊の主観だが、それでも客観的な評価に変わりはない。


「――やはり正解だったわね。ドイツ隊の輜重兵科隊員メンバーたちを戦闘不能リタイアさせなかったのは」


 キヨシの隣で平崎院隊を観察するリンが、隊長リーダーの見解に同意する。

 一点の曇りもない素直さで。

 それも当然であろう。

 想像も想定も不可能な事態に見舞われたアメリカ隊は、自部隊チーム輜重しちょう兵科隊員を、一人だけとはいえ、自らの手で失わなければならなかった。その傷は、致命傷には至らなくても、充分な痛手であった。しかし、二人の敵輜重しちょう兵科隊員メンバーを捕虜にしたおかげで、七人に減少した自部隊チームの補給物資は、敵味方に関係なく、健在な輜重しちょう兵科隊員の人数分――つまり、三人分として受けられたのだ。つきさっき、各輜重しちょう兵科隊員の手元に、食糧を中心とした補給物資が、空間転移テレポートで転送された。空腹から飢餓へと状態が悪化しつつあったアメリカ隊は、捕虜をのぞいた隊員たちにすべて均等に分配し、迅速に摂取した結果、腹八分目とまではいかなくても、本領を発揮できる状態にまで回復した。

 ただし、かろうじて、だが。

 アメリカ隊ですらこの有様な以上、他部隊チームと同時に受けられた平崎院隊の補給物資は、アメリカ隊よりも少ない輜重兵科隊員メンバー二人分だけであり、それを八人に分配しなければならなかった。しかも、

「――どうやら均等じゃなかったみたいよ」

 平崎院隊の一人にテレハックしたリンが、その相手の各種記録ログや脳内記憶を読み取った内容にほくそ笑む。むろん、相手に気づかれてはいない。開始時点でのエスパーダは、直接接続ダイレクトアクセスが可能な仕様ではなかったのだが、壊滅させたドイツ隊の装備を鹵獲したことで、そのひとつであるエスパーダの部品パーツを使って、その仕様に改良したのだ。鹵獲した装備の確認と点検が終えた後、迅速に。

 むろん、それだけではない。


(――それでは、部隊チーム内に不協和音が生じている可能性が高いですね――)


 だからこそ、直接接続ダイレクトアクセスの範囲内とはいえ、遠くに離れている勇吾ユウゴ精神感応テレパシー通話ができるのである。むろん、勇吾ユウゴ以外の隊員メンバー隊長リーダーに対しても、リンを介すれば、精神感応テレパシー通話以外の精神感応テレパシー通信も可能である。アスネが使えない交戦規定レギュレーションなので、リンのテレハックや直接接続ダイレクトアクセス能力は、敵部隊チームに対しては貴重な内情収集手段であり、自部隊チームにとっても重要な通信手段であった。


「――恐らく、歩兵科隊員メンバーを優先的に多く分配したのだろう。歩兵科はそれ以外の兵科よりも、活動と消耗が激しい戦闘要員だからな。だが――」


 精神感応テレパシー通話で勇吾ユウゴの推測を聞いたキヨシは、今度はあからさまに嘲笑する。


「――誰だか知らないが、愚かな隊長リーダーだ。そんなくだらない理由で食糧の均等な分配を忌避するとは。これでは、分配量の少なかった非戦闘員系の兵科隊員メンバーたちが、不平と疑惑を抱くではないか。部隊チームかなめたる隊長リーダーに対して、冷遇や軽視の思いを抱かれたら、部隊の士気に甚大な悪影響をこうむるというのに。士気は軍事行動において一番重要な要素だぞ」

(――戦略が成功する三条件のひとつ――『人の和』はアメリカ隊こちら側にあるわけですね――)

「――『地の利』もね。ユウちゃん」


 もうひとつの三条件をつけ加えたリンに、キヨシが横目で見やる。


「――リン、全隊員メンバーの見聞記録ログから収集した地形情報の整理は終わったか?」

「――ええ。たったいま終わった。|今から隊長そっちにテレ通で送信するわ」


 リンから受け取ったそれを、キヨシは自身の脳裏に広げる。

 すると、


「――ほう」


 感嘆の声を、思わず漏らす。


「――いい出来だ、リン。この『地図』なら効率よく動ける」


 めずらしく率直な賞賛を、副隊長サブリーダーに送る。リンが脳内で作成した想像地図イメージマップは、演習開始からこれまで演習場を移動したアメリカ隊の各隊員たちが、エスパーダに蓄積した見聞記録ログの視覚情報を、パズルのピースのように当てはめて作り上げたのだ。思考記録ログを駆使して完成させたリンは、それを隊長リーダーに送信して、出来具合を確認したのである。

 ただ、その地図は、紙面や画像みたいに、上空からの垂直視点でえがかれた類の二次元的な地図ではない。遠隔透視能力者リモートビューラーでもない限り不可能な作業と能力である。その能力を有してないリンが作成したのは、土地カンを鋭く働かせる類の、言わば感覚的な地図なのである。

 これなら、二次元の地図よりも正確に自身の位置を把握することができる上、いちいち自身の現在位置を肉眼や脳内で確認する必要はない。『ながら見』など、並列処理能力者マルチタスクラー以外、危険な行為でしかなく、それが戦闘ならなおさらである。だが土地カンであれば、処理能力リソースは軽減されるので、それに比例して危険度も低くなる。こちらの方がよほど安全であり、実戦的である。しかも、各人がバラバラに収集した地形の視覚情報を、そのような地図作成能力がある一人に集めさせ、かつ、その成果を各人に反映フィードバックすれば、自分は知らない地形の情報までも、並列で共有することが可能になるのだ。

 それぞれの個人で得たそれよりも。


「――よし。これを各隊員に送信。内容を把握次第、所定の位置につけ」


 いずれにしても、アメリカ隊は、『地の利』を得るのに必須な要件――地形の情報を満たした。

 演習開始地点から一歩も動かずに留まっている平崎院隊よりも、はるかに。

 演習が開始する前、平等に与えらた対戦部隊チームに関する断片的な情報の中に、遠隔透視能力者リモートビューラーのそれがなかった以上、二次元的な地図作成も不可能なのも承知済みである。

 もしいたら、この場に留まる理由も意味もない。

 平崎院隊がいまだ演習開始地点で留まっている理由は、未知の領域である森林の中で、どこにいるのかもわからない対戦部隊チームの攻撃を、ゲリラ的に受ける恐怖で踏み込めないのだから。

 


 ――そして、戦略が成功する三条件の残りひとつ――『天の時』に至っては、完全にアメリカ隊が制していた。


 演習開始の合図で即行に移せたか否かの時点で。

 いまだ開始時点でとどまっている事象が、前述の仮定を含めて証明していた。

 つまり、平崎院隊は、至近で潜んでいるアメリカ隊に対して、その存在をいまだ察知できないでいるだけでなく、戦略が成功する三条件――『地の利』、『天の時』、『人の和』のすべてが劣っているのである。

 約束されたも当然の必勝を――


(――総員。手筈てはず通りに仕掛けるぞ。いいな――)


 完全な事実にするため、キヨシ精神感応テレパシー通話でその旨を告げる。

 所定の位置につきつつある隊員たちに。




 ガサッ


『っ!!』


 近くではっきりと聴こえたその物音に、平崎院隊の全員が、全身に緊張を張りめぐらせる。

 

 だが、その方角に身体ごと向けた総員の動きはとてもぎこちなかった。

 過度の緊張がそれを強いていた。

 絶対的な情報不足の上に、敵部隊チームに関する情報がほとんど入らないのでは、無理もなかった。

 とはいえ、情報収集活動を実施していれば、問題なく解決クリアされる簡単さなので、結局のところ、その事態に陥った責任は、その判断と決断を下せなかった平崎院隊の隊長リーダーと、その旨を進言する余裕がなかったその隊員たちに帰するが。


「――ついに来たわね」


 平崎院タエは、待っていたと言わんばかりの口調で奮い立たせると、部隊チームの先頭に立つ。

 その直後、こちらも待ってましたと言わんばかりの閃弾が、物音がした茂みの隙間から飛来する。

 タエ螺旋円楯スパイラルシールドで飛来した閃弾を防ぎ、その後も立て続けに飛来する閃弾の連射を防ぎ続ける。


「――やはり敵部隊チームも同じ数と種類の装備のようね」


 激しいが一方向の一砲口しか発砲されない光線銃レイ・ガンの連射を、タエは引き続き受け止めながら前進する。

 その隊長リーダーの後を、恐る恐るながらも続く隊員たち。

 ――の側背を、


『ヒャッハァーッ!!』


 下品な雄叫びを上げて襲い掛かる。

 佐味寺隊が。


『なァぁッ?!』


 前方にしか注意を向けてなかった平崎院隊は、左右と背後の三方から繰り出して来た光線槍レイ・スピアの青白い槍先を、無防備で受けた。

 非戦闘員である工兵科と輜重兵科と憲兵MP科の三人が、それぞれ。


「――しまったわっ!」


 振り向いたタエは、佐味寺隊の初歩的な陽動に踊らされたことに、今更になって気づくが、時すでに遅かった。佐味寺三兄弟の奇襲によって、三人の隊員メンバー戦闘不能リタイアにされた平崎院隊は、それでも、なんとか態勢を立て直し、アイ曰くの『悪邪鬼女アクジャキジョ三人衆』を、槍先を揃えて三兄弟を迎え撃させる。佐味寺三兄弟と悪邪鬼女アクジャキジョ三人衆の間には、私的だが浅からぬ因縁があるが、事前の記憶操作によって、対戦部隊チームに関する個人情報はすべて消去された状態なので、どちらも通常の心理状態で槍先を交える。

 ――前に撃ち倒された。

 『打ち倒された』のではなく。

 茂みからの狙撃によって、である。

 平崎院隊の注意を引いていた一方向からの射撃が再開されたのだ。

 だが、今度は一砲口だけではなかった。

 その六倍の弾幕が、青白色の豪雨となって水平に降りかかって来たのである。

 平崎院隊だけでなく、佐味寺隊にも。


『ナぁァっ?!』


 当然、両部隊チームは混乱する。

 両部隊チームとも目の前の敵部隊チームに集中していたので、それに関係なく次々と打ち倒される。

 ――結局、この無差別斉射攻撃からなんどか離脱を果たせたのは、螺旋円楯スパイラルシールドを展開していた平崎院隊の隊長リーダーと、運よく被弾しなかった佐味寺隊の副隊長サブリーダー、佐味寺二朗太ジロウタの二名だけだった。

 それ以外の隊員はすべて戦闘不能リタイアとなった。


「――撃ち方止めい」


 その様子を茂みの隙間から窺っていたキヨシは、自部隊チームの斉射を止めさせる。


「――OKOK。即興アドリブにしては、上出来だったぞォ」


 絶賛の声を、その後につけ加えて隊員たちに送る。


「……ホントだわ、もう……」


 リンが不平混じりの、だが安堵の一息をつく。

 両手で握っている光線槍レイ・スピアを立てて。

 リン以外の隊員メンバーたちもそれにならう。

 ただし、光線銃レイ・ガンしか手にしてないアイだけは倣いようがなかったが。


「……『地の利』があるアメリカ隊こちらの陣地に、平崎院隊を引き込んで包囲殲滅する予定を、土壇場になって変更するんだもの……」


 所定の位置たる陣地に散開させていた隊員たちを、急遽隊長リーダーの元へ集結する指示を出した、その隊長リーダーに対して、リンは言っているのである。


「――仕方ありませんよ、リンさん。平崎院隊以外の敵部隊チームが、直前になってこちらに接近しつつあったのですから。包囲殲滅に有効な縦深陣から、並列射撃が効果的な横列陣への陣形変更は、むしろ妥当な判断です」


 佐味寺隊の気配を察知した勇吾ユウゴが、その旨を即報告した隊長リーダーに代わって釈明する。


「――でも、そのおかげで予定よりも多くの戦果を挙げることができました。さすがリンさんです」

「――え? アタシ?」


 リンが思わず自分に指さして問う。

 勇吾ユウゴに確認を求める形で。


「――だって、光線槍レイ・スピア射撃シューティング様式モードと折り畳み式の機能や機構を追加できたのは、超心理工学メタ・サイコロジニクスの技能を持つリンさんのおかげじゃないですか。障害物が多い森林の中を移動するのに、長物は邪魔なだけですし、キヨシさんも、並列斉射で敵部隊チームをまとめて一掃する戦術も実行に移せませんでした」


 勇吾ユウゴの声も絶賛に彩られている。


「……め、命中精度よりも、連射性能を優先したからね。光線長銃レイ・ライフルなみに……」


 リンは頬を赤らめる。

 自分の意思に関係なく。

 よそ見をしたのも。

 笑顔であふれた糸目の表情がとてもまぶしく、ついに直視できなくなったのである。


「――でも、あれほどの高密度な弾幕で斉射できたのは、ユウちゃんの膨大な精神エネルギー無しでは不可能だったわ。いくら弾倉容量のある光線槍レイ・スピアでも」


 それでもなんとか褒め返すが、赤く染まった頬が元の色に戻る気配はない。


「――いずれにせよ、ドイツ隊の壊滅を越える戦果を挙げたのは確かだな。これでアメリカ隊われわれはこの対戦グループにおいて一番トップになったと思っていいだろう」


 周囲を警戒する四人の隊員たちも含めて、アメリカ隊の隊長リーダーは自身の判断を披露する。


「――ボクもそう思います。今の掃滅で周囲の気配が急速に少なくなったような気がします。開始直後の時よりも。なんとなく、半数以上が戦闘不能リタイアした感じです」


 勇吾ユウゴ隊長リーダーの判断に同意する。


「――これからどうするの? 隊長リーダー


 リンが指示をあおぐ。


「――とりあえず、ダース単位て掃滅できる機会が再来しないのは確かだな。それだけ激減したのなら」

「――それじゃ、変更前の戦術に戻した方がいいと思います。一番トップの戦果を挙げたのでしたら、もう無理をする必要はありません。ここは戦果よりも確実に勝ち残れる戦術で対処すれば――」

「――うむ。勇吾ユウゴの言う通りだ」


 キヨシは尊大な態度で力強くうなずく。


「――よし。それを基本方針に戦術を組み立てる。勇吾ユウゴ、頼めるか」

「――はい」


 勇吾ユウゴも力強くうなずいて応える。


「――クソッ!、なんでこうなるんだよォッ!?」


 佐味寺次郎太ジロウタは苛立ちと憎悪に歪みきった表情で、音高く舌打ちと歯ぎしりをする。

 森林の中を全力で疾走しながら。

 遁走とも言える。


「――こうなったのもすべてアイツのせいだァッ!」


 自部隊チームがここまで追い詰められた経緯を、二朗太ジロウタは想起する。

 演習が開始されたあと、佐味寺三兄弟は、兄弟共々、ひととおり空に向かって文句を言い終えると、不平と不満をこぼしながら歩き始めた。

 戦略的な目的も意味も皆無な、行く当てのない進軍であった。

 しかも、無警戒な上に隊列を成してなかったので、もしその状態で奇襲を受けたら、早斬りでなくても壊乱と壊滅は必至であった。

 そういう意味ではこれも運が良かったと言える。

 山積みになった物資をその先で発見したのも。

 だが、それは悪い意味で運が良かった。

 結局、運が悪かったのである。

 空腹状態だった佐味寺隊の隊員たちは、最初に発見した隊長リーダーとともに、山積みの物資に駆け寄る。

 空腹を満たすべく、我先と争って。

 それが、略奪行為に該当すると気づいた憲兵MP科の隊員は、隊長リーダーに制止を喚起するが、まったく聞き入れず、むしろ率先して隊員たちをけしかける。けしかけられた憲兵MP科以外の隊員たちも、なんの疑問を抱くことなく、隊長リーダーとともに食糧をむさぼり始めた。

 なんのためらいもなく。

 ハイエナやハゲタカさながらの醜悪さであった。

 自部隊チームの軍規違反行為に唯一加わらなかった憲兵MP科の楢原ならはらは、途方に暮れると同時に頭を抱える。超常特区の警察では、同僚の保坂と、同じ上司と趣味を持つ、だがイギリズかぶれの彼も、バッキンガム宮殿の近衛兵のように、直立不動で傍観しているわけにはいなかった。苦悩に苦悩を重ねた末、苦渋しかない決断を、楢原シゲルは下した……。

 ……結果、佐味寺隊の隊員は三名まで減少した。

 残りはすべて戦闘不能リタイアとなった。

 民需物資で腹を満たした佐味寺三兄弟は、ふたたび当てもなく歩き始めると、その先で平崎院隊を偶然発見する。こちらの存在に感づいてない様子に、佐味寺三兄弟は、奇襲を決断し、一方向に注視している敵部隊チームの側背から、それぞれ草むらにまぎれて忍び寄る。そして、タイミングを見計らって、一斉に襲い掛かったのだ。

 だが、その動向は、アメリカ隊の勇吾ユウゴによって事前に察知されていたことに、最後まで気づかないまま実行したので、これを待っていたアメリカ隊の無差別斉射攻撃の前に、みずから身をさらし、その結果、孤独な敗走を今でも続けているのだった。


「――アイツさえトチ狂わなければ、こんなことにならなかったっつうのによォッ! 全部アイツのせいだァッ!! これだから平民は使えねェぜェッ!!」


 疾走中の二朗太ジロウタは、苛立ちまぎれの怒声を吐き散らすことに夢中になっていた。逆恨みと筋違いでしかない内容だが、それが命取りとなった。

 正面の敵部隊チームと遭遇したことに、これも最後まで気づかないまま、戦闘不能リタイアとなった。

 憎悪で歪んだ顔面にカウンターを叩き込まれて。

 もんどりうった二朗太ジロウタの身体は、進行方向とは逆に回転しながら樹木に激突した。


「――ないばしちょっど? こいは?」


 そのままずり落ちる二朗太ジロウタさまを、敵部隊チーム隊長リーダーは右拳をさすりながら見届ける。

 なまりの強い薩摩弁と、怪訝そうな目つきで。

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