第6話 勝ち残った部隊。それは――

「――これで二部隊チームとなったな。残っているのは」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが、戦闘不能リタイアになった佐味寺二郎太ジロウタの姿を、サイコドローンのカメラ越しに観てつぶやく。むろん、脳内画像で。


「――アメリカ隊と津島寺隊。勝ち残りを賭けた両部隊チームの決戦が必至の最終局面フェーズ。どちらが全滅した時点で勝利部隊チームが決定する」

「――それ以外にも二部隊チーム残っているが、どちらも部隊チームていを成してない。敗残兵も同然の状態だ」


 二徳寺にとくじ辰吉タツヨシが、同監察官の戦況説明を引き継ぐ。

 その敗残兵たちの姿を、別のサイコドローンのカメラで観ながら。


「――そんな状況や状態でいたずらに流浪しても、体力を消耗するだけでなく、空腹も早める。どのみち、このグループ対戦での勝利は絶望的。戦果すらも挙げられまい。ここはもう、敵部隊チームへの投降が賢明な判断だろう」

「――そうですね。早期決着の短期決戦が前提の交戦規定レギュレーションにおいて、長期戦はその長さに比例して減点が大きくなる採点方式に調整してありますから。早期|の戦闘不能リタイアよりも。戦果が皆無ゼロならなおさらです。その部隊チーム状態での投降なら、減点の歯止めになる上、採点の対象にもなるのですが……」


 勇次ユウジが懸念そうに説明すると、


「――どちらもその気はなさそうだな」


 槙原寺まきはらじ啓介ケイスケが、仕方ない連中ヤツらだと言わんばかりに頭を振り、肩をすくめる。


「――漁夫の利を得ようと」


 ――敗残兵たちも考えているのが、丸わかりなので。

 

「――確かに、組織的な統制が取れている二部隊チームが激突したあと、勝った部隊チームの油断と損耗を突けば、不可能ではないが、あらゆる面で情報が不足している敗残兵たちに突ける隙ではない。演習場の地形や敵部隊チーム情報の収集分析をおこたっていてはな。アメリカ隊とは大違いだ」


 そこまで言った二徳寺にとくじ辰吉タツヨシは、


「――ん? 待てよ」


 あることに気づき、特別顧問教員に視線を向ける。


「――そういえば、アメリカ隊が捕虜にしたドイツ隊の輜重しちょう兵科隊員たちはどうなったんだ?」

「――補給物資を受けたあと、正式に投降し、演習場から退場しました。正式な捕虜として、空間転移テレポートで――」


 勇次ユウジの答えに、


「――正式に投降? 正式な捕虜?」


 質問した方はさらに疑問が深まる。


「――はい。二徳寺にとくじさん」


 うなずいた勇次ユウジは説明する。


「――演習場に留まっている間の隊員たちは、降伏や降参を宣言しない限り、正式な投降兵として扱われません。演習開始前の交戦規定レギュレーション全容説明と、国防軍の軍規と照らして合わせて考えれば、その点に思い至るはずです。補給物資を得たあと、まだ正式ではない投降兵たちは、アメリカ隊の隊長リーダーからそれを勧められたあと、非正式の投降兵たちはそれを宣言して、正式な投降兵として捕虜になったのです。交戦能力を失った隊員たちが進んで捕虜になっても減点の対象にはなりませんし、勧めた方に至っては加点の対象となります」

「……な、なるほど……」


 二徳寺にとくじはとまどいながらもうなずくが、


「……では、この事象をどう解釈すればいい? 軍事的に考えて」


 尋ねられた勇次ユウジは、


「――前線への補給物資輸送ミスと、捕虜にした投降兵の後送として解釈するのが妥当かと思います」


 よどみなく答える。


「――どちらも空間転移テレポートの利用を前提にした事象だな」


 槙原寺まきはらじの指摘に、勇次ユウジは力強くうなずく。


「――はい。超心理工学メタ・サイコロジニクスの誕生と普及により、世間にまで認知された空間転移テレポートはは、今後の軍事行動において、貴重かつ重要な兵站術になる技術と能力だと確信していますから」


 断言した勇次ユウジの表情も、それにふさわしかった。


「――なので、今後のアメリカ隊は、敵輜重しちょう兵科隊員から補給物資を受けることはできません。正式な捕虜として認めた以上、その輜重しちょう兵科隊員を捕虜にされた敵側からすれば、その捕虜に補給物資を輸送しても、無意味どころか、有害でしかないですからね」


 槙原寺まきはらじは得心してうなずく。


「――なるほど。捕縛直後に正式な捕虜にしなかったのは、敵の補給物資を自部隊こちらに誤送させるためだったというわけか。実戦的に解釈すれば、捕虜になった事実を知らないまま、その捕虜に空間転移テレポートで輸送してしまったわけになる」

「……で、いいのか?」

「――はい。二徳寺にとくじさん」


 勇次ユウジはこれも力強く返事する。

 だが、


「――特に、敵を捕虜にした行為は、敵を倒すことよりも大きな加点です。いくら戦争とはいえ、人を殺すのは、人道に反する、最もな行為ですから――」


 断言した勇次ユウジの表情に、深刻なまでの真剣さが、奥深くり込まれる。


『――――――――』


 息をのむ二人の監察官の記憶中枢から、一八年前の過去が掘り起こされる。

 国防軍創設の際にも述べた、その言葉を。

 当時は甘い考えだと思って、両者は受け入れられなかったが……。


「……だが、もし敵軍が我が国に侵攻したら、そんな綺麗事など――」


 今でも受け入れられない一教員が、堪らずに口を挟むが、


「――言っても言わなくても変わりはありません。その事実と真実に」


 これも断言する。

 厳然たる態度で。

 否定や反論はいっさい許さないとしか喩えようがなかった。

 勇次ユウジのそれは。


『……………………』


 監視・観察モニタリングテントに重い沈黙が圧しかかる。


(……かい勇次ユウジ……)


 内心でつぶやく武野寺勝枝カツエの脳裏に、それよりもさらに昔の過去が去来する。

 動乱終結まで共有していた、あの頃の過去きおくが。


『……………………』


 勝枝カツエの拳に力が入る。

 自身の意思とは無関係に。


(……カッちゃん……)


 多田寺千鶴チヅが心配そうな視線と表情を向ける。

 今まで見たことない親友の様子に。

 だからこそ見逃してしまったのである。

 アメリカ隊と津島寺隊が初めて接敵した瞬間を。

 それも正面から。




「――っ!」


 ユイ豊継トヨツグは薄暗い森林の中で遭遇した。

 長剣の切っ先が届くほどの至近距離で。

 どちらも斥候として動いていたので、可能な限り気配を殺していたのだが、それが災いした。

 双方ともに。

 高密度の茂みで視界が大きく遮られていたのも、無視できない要因であった。


『……………………』


 色とディティールの異なる野戦用戦闘服を、互いの男女は無言で視認する。

 豊継トヨツグはともかく、ユイにとっては果たして止まない相手との再会だが、演習開始前に施された記憶操作によって、対戦部隊チームの個人情報は抹消されている――

 ――はず、なのに……


「……豊継トヨツグ……」


 ……の名が、ユイの口から出て驚いたのは、出した本人や、出された当人ではなく、


「そんなバカなァッ?!」


 そのように記憶操作処置をしたはずの担当教員だった。


「――ないでおいの名を知っちょる?」


 豊継トヨツグは眉をしかめる。その教員みたいに驚愕はしなくても、疑問や不審は抱く。だが、それは直後に捨て去り、迷いも澱みもなく正面の敵に襲い掛かる。

 両の拳を固めただけの無手で。

 豊継トヨツグの右回し突きが、とっさに正眼で構えたユイ光線剣レイ・ソードを右へ弾き飛ばすと、今度は左上段正拳順突きを繰り出す。素手となったユイは、これもとっさにピーカブースタイルで間一髪防御するが、凄まじい威力と衝撃に踏み止まり切れず、後方へ吹き飛ばされる。それでも、もんどりは打たず、線路レールのような足跡を地面に残しながらも、転倒はしなかった。しかし、ガードした両前腕が痛みと痺れに襲われ、だらりと下がる。

 硬氣功をまとわせたにも関わらず

「……なんて攻撃力パンチなの……」


 ユイ感覚同調フィーリングリンクしていたリンが身をもって思い知る。

 むろん、驚きももって。

 特に、ジャブに等しいはずの順突きのそれは、通常のストレートや逆突きよりも上回っていた。

 身体構造上、ありえない威力である。


「……よりによって、この部隊チームにおったとは……」


 アメリカ隊の隊長リーダーも、その衝撃と思いを、隣のリンと共有する。自身に直接接続ダイレクトアクセス能力はないので、リンの補助が必要だが、それでも充分であった。演習開始前から、対戦部隊チームに関する個人の戦闘情報は、どの部隊チームにも均一で持たされている。誰がどれなのかは不明だが。その中には、相手を吹き飛ばすほどの膂力や錬気功を持つ隊員メンバーの存在も、能力値ステータス能力アビリティとして記されていた。むろん、アメリカ隊は、人数が不明な早斬りの使い手と同様、その存在を警戒していたが、対策は講じなかった。そこまで気が回せるほど余裕がなく、回せたところで講じようがなかった。だが、かといって、平崎院隊のように固まっているわけにはいかなかった。早期決着を望む短期決戦型採点方式である以上、消極的な行動は愚策でしかない。この期に及んてそれを採択するのはなおさらである。それは相手も同じであり、だからこそ、勇吾ユウゴの進言通り、地の利を得た場所へ誘い込むための斥候兼囮を、集団の気配を感じる方角へと放ったのだ。


「……できれば佐味寺隊とりあって消耗していて欲しかったのだがな。まさか|醜悪な同士討ち内ケバなんぞにうつつを抜かしておったとは。しょせん、甘い期待であったわ……」

「――期待はおおむね甘いものよ」


 意識喪失リタイア寸前だった佐味寺隊の隊長リーダーから、それに関する情報を入手したリンは、澄ました表情で偉そうに諭す。諭された方はリンを見直すと、


「――ほう。言うようになったではないか、副隊長サブリーダー


 こちらも偉そうに応ずる。


「――だが案ずるな。だからこそユイを斥候兼囮として放ったのだ。病弱で虚弱体質な身体とは裏腹に、異様なまでの打たれ強さは、あの武術トーナメントで実証済み。最悪の事態に備えての人選に抜かりはない。だから安心せい」


 いつもの調子を取り戻したキヨシの言動に、リンは安堵するが、表情には出さなかった。出せばつけ上がるに違いないので、


「――はいはい、凄い凄い」


 そっけない口調で受け流した。

 隊長リーダー副隊長サブリーダーがいつもの調子でやり取りしている間に、ユイは身をひるがえして逃走している。接敵した相手を自陣までえおびき寄せるためである。後ろ髪を引かれる思いで、だが。そんな敵|隊員の行動に、豊継トヨツグは不審を覚えるが、追わないわけにはいかなかった。アメリカ隊の隊長リーダーと同様、最終局面フェーズを迎えたことを、津島寺隊の隊長リーダーも肌で感じ取っている。これ以上の引き延ばしは採点に響く。だから罠を承知で追走しているのだ。


「――おはんら遅れんなっ!」


 背後に控えている自部隊チームの隊員たちを引き連れて。

 隊長リーダーを先頭にした逆三角形の陣形で、津島寺隊は追撃する。


「――げっ! 隊長リーダーやったんかいっ!? 今のヤツゥッ!」


 イサオが不意打ちを受けたような声を上げる。感覚同調フィーリングリンクしたユイの耳だけでなく、自身の耳にも、敵隊長リーダーの声が聴こえたのだ。


(――でも、人数は六人のようです――)


 同様に感覚同調フィーリングリンクしている勇吾ユウゴも、ユイの耳目を通して把握する。


(――残りの二人は?)


 アイは条件反射的に尋ねるが、


(――わからニャいニャ――)


 それに答えた有芽ユメは頭を振る。


(――戦闘不能リタイアしたのか、別動隊としてアメリカ隊こちらの側背に迂回中なのか――)


 キヨシは判断に迷う。

 珍しいことに。

 地の利があるここでは、迫りりつつある敵部隊チームを、半包囲の陣形で迎え撃つ態勢に、自部隊チームはある。だが、万全なゆえに、それを崩すのは、却って得策ではない。迫り来る敵部隊チームに関する情報は少なく、しかも、それを収集する時間ヒマもない。

 ――のでは、


(――構うなっ! 目の前の敵にだけ集中しろっ! 別動隊はないっ!)


 判断を迫られたキヨシはそのように下す。確率的に考えて前者の方が高く、仮に後者だとしても、側背から襲撃するには時間と手間がかかる。挟撃の意図があるなら精密な地図の存在が不可欠である。自部隊チームのようにこの一帯の地理情報を有しているとは考えにくく、だとしたら収集の段階でその敵部隊チームと鉢合わせしている確率も高い。そして、リン以外に感覚的な地図を作成できそうな能力者は、演習開始前に与えられた、各対戦部隊チームの個人戦闘情報には見当たらない。ユイに誘引されている敵本隊(に例えて)も、別動隊の存在を意識した行動には見えない。いずれにせよ、考えれば考えるほど、別動隊の存在は考えられなくなる。第一、仮に存在していたとしても、対応できるだけの余裕は、アメリカ隊にはない。なら、余計な考えをめぐらすだけ無意味である。敢えて断定の口調で自己の判断を伝えたのも、隊員メンバーたちに余計な迷いを断ち切らせるためであった。


(――そんニャこと言われたって……)


 しかし、有芽ユメだけは迷いを断ち切れず、逡巡する――

 

「っ!!」

 

 ――間さえなく、猫さながらな瞬発力で、その場から飛び去る。

 勢いよく断ち切ってくれた迷いを、手にしていた光線槍レイ・スピアごと、その場に残して。

 青白色の斬撃が、直前まで有芽ユメがいた空間を縦に両断する。

 そのまま叩きつけた地面が爆発し、土塊が四散する。

 二本に両断された光線槍レイ・スピアも。

 迷ってなければ、有芽ユメの身体も両断されていたところである。

 皮肉なことに。

 集中を欠いていたからこそ、背後からの気配と奇襲に気づけたのだ。


「――ニャにが別動隊はニャイニャッ!! しっかりいたじゃニャいかァッ!!」


 奇襲を受けた有芽ユメは声高に隊長リーダーを非難するが、それが早計な判断であることに、すぐさま気づく。

 奇襲に失敗したその敵隊員の野戦用戦闘服が、ついに自部隊チームと接敵した津島寺隊のそれではないので。

 ――つまり、」


「――別の敵ニャッ!!」


 ――しか考えられなかった。

 ただ、なぜ一人だけなのかまでは、いくら考えてもわかるわけがなかったので、その敵隊員が、津島寺豊継トヨツグの奇襲で壊乱させられた海音寺隊の隊長リーダー――海音寺涼子リョウコだという事実も、同様に知らない。両者は一学期の武術トーナメントで対戦した因縁の間柄でもあるのだが、その個人情報も、演習開始前に施された記憶操作で消去されているため、双方ともそれを想起することもなかった。


「――クソッ! 躱すんじゃねェッ!!」


 涼子リョウコは荒んだ叫びを有芽ユメに放って構えなおす。表情もそれにふさわしく、目つきも血走っている。まさに、極限まで追い詰められた落武者さながらの状態であった。当然、散ってしまった残存の自部隊チーム隊員たちの動向など、把握してしているわけもなく、当てや気にするどころか、とっくにの昔に見捨てている。部隊長チームリーダーとしての責務すら放擲していた。もっとも、それは開始前からであったが。

 とはいえ、個人としての戦闘力が高いのは、間半髪の差で躱した鋭い唐竹の斬撃と、そのまま地面に叩きつけてできた人間大のクレーターで明らかである。


「――このオンニャもあのオトコとおニャじじニャのかっ!?」


 その痕を見た有芽ユメは、慄然とした声を上げる。まさかこれ程の攻撃力を持つ敵隊員が、津島寺隊の隊長リーダーの他に、まだ生き残っているとは思わなかったのだ。しかも飢えている様には見えない。荒れ果てた顔に反して。もしどこかの模擬市街地から民需物資を失敬したのなら、体調コンディションは絶好に等しい。リンのテレハックで涼子リョウコの身体に感覚同調フィーリングリンクすれば、生命兆候バイタル確認チェックが取れるのだが、そのリンは交戦状態に入った敵部隊チームの対処に、当人の情報処理能力リソースが割かれている状態なので、今は不可能であった。


「……勝てるかニャ。この武器で……」


 そんな状況下で難敵と遭遇した有芽ユメは、単独で対処しなくてはなくなったこの事態に、不安と恐怖にさいなまれる。

 交戦の意思を捨てずに戦闘態勢ファイティングポーズを取っているとはいえ。

 光線槍レイ・スピアを手放した有芽ユメの両手には、二本一組の双対武器――『光線鉤棍レイ・トンファー』が握られている。

 工兵科のリンが即席で作った超心理工学製メタ・サイコロジニクスの武器である。

 平崎院隊と佐味寺隊が遺棄した光線槍レイ・スピアが、その材料である。

 斬撃の防御が容易な打撃武器でもあるので、剣との相性は決して悪くないが、


「――なんだっ?! その武器はっ!?」


 涼子リョウコが驚愕の声を張り上げる。

 その武器を視認した途端、


「ニャにゃ?」


 相手の過剰反応オーバーリアクションに、有芽ユメは困惑するが、すぐにすくみ上る。

 涼子リョウコの惨殺的な眼光に。

 ふたたび恐怖を喚起される有芽ユメ

 しかし、その両眼有芽ユメの姿は映ってなかった。

 涼子リョウコの意識は、有芽ユメが構えている『光線鉤棍レイ・トンファー』のみ注がれていた。


「~~なにが『限界まで整えた条件の平等性と均一化』だぁァ~ッ!」


 涼子リョウコの声が怨嗟に震える。


「~~そんな武器ィ、こっちは最初から用意されてなかったぞォ~ッ!」


 それも災害レベルの。


「~~アイツといい、あのヤロウといい、どいつもこいつもふざけやがってェッ!」


 狂犬のように唸る海音寺涼子リョウコの脳裏に、『念動力サイコキネシス大騒乱事件』の時に論破された『アイツ』ことヤマトタケルの姿がよぎる。

 交戦規定レギュレーションの全容を説明した説明者の声や、自部隊チームを壊乱させた『あのヤロウ』の顔も。

 そして、それらの記憶が脳内でスパークした瞬間、


「――ぶっ殺してやるゥッ!!」


 涼子リョウコは決意する。

 丹念に塗りつぶされた憎悪の感情で。


「――オトコどもは皆殺しだァッ!! この世から一人残らず消して――」

 ――やることなど不可能なセリフを、だが最後まで吐き尽くせぬまま、涼子リョウコは頭からクレーターの中へと落ちる。

 その直前、頭部を一瞬、上下に揺さぶって。

 ――否、揺さぶられたのである。

 『早斬り二連――はさみ斬り』で。

 ただし、林立する森の中では、それが邪魔になるので、勇吾ユウゴが繰り出した二連瞬斬は垂直であった。

 ゆえに、涼子リョウコが受けた部位も、頭頂部とアゴ下だった。

 意識喪失リタイアは必至の二連撃である。

 それを受けた時点で。

 ゆえに、クレーターから這い上がる気配は微塵もなかった。、

 早斬り対策は、涼子リョウコに限らず、この対戦グループの隊員たちに等しく知られているが、だからといって実行に移せるのは、発案者たる涼子リョウコですら容易ではない。早斬りの存在を意識するだけなら、確かに容易だが、それを一瞬も欠かさずに維持するのは、やはり容易ではない。一瞬でも意識から外せば、それだけで致命的な隙になる。その一瞬の隙をつける神速の斬撃である以上。ましてや、涼子リョウコの意識が、憎んで止まない男性のみに絞られていてば、なおさらだった。


「――はやく行ってっ!」


 森の奥から急かされた勇吾ユウゴの声に、有芽ユメはその姿を捜す愚を犯すことなく、発砲と剣戟が鳴りひびく戦場へと走り出す。

 一刻の猶予もない事態なのは、勇吾ユウゴも認識しているので、敵部隊チームの後背へ迂回するその足は、止めるどころか、減速すらしなかった。

 勇吾ユウゴの『縦型早斬り二連――はさみ斬り』も、疾走しなから繰り出した斬撃である。

 手首のスナップだけで繰り出せる斬撃術なので、腰を落としての構えは元より、立ち止まらなくても使えるのだ。


「――急がないと」


 勇吾ユウゴは焦りの声を背後に置き去りにして、さらに疾走の速度スピードを上げる。

 だが、思いもかけぬ事態が、そんな勇吾ユウゴを襲った。




 白兵戦に移行したアメリカ隊と津島寺隊は、激しい攻防を繰り広げていた。

 それに先立ち、アメリカ隊は、射撃シューティング様式モード光線槍レイ・スピアで、半包囲の焦点まで引きつけた津島寺隊に斉射した。

 だが、平崎院隊の時と異なり、遮蔽物の多いの森林の中では、命中しにくかった。加えて、取り回しと命中精度の悪い光線槍レイ・スピアでは、止まっている相手ならともかく、動いている相手では、前述の条件と合わさって至難であった。しかも、敵がせまり来ると萎縮する勇吾ユウゴに、迎撃戦は不可能なので、それを知っているアメリカ隊の隊長リーダーは、今回の斉射には参加させず、敵部隊チームの後背へ迂回してからの奇襲を指示した。さらに、涼子リョウコの奇襲を受けた有芽ユメも、それに対応せざるを得ない事態におちいったので、これも不可能となった。そして、敵部隊チームの誘引に成功したユイに至っては、復氣功による両腕のダメージ回復が間に合わず、光線槍レイ・スピアを持てる状態ではなかった。

 ――結局、半包囲の陣形から斉射したアメリカ隊の人数は、隊長リーダーキヨシ副隊長サブリーダーリン、歩兵科のアイ、憲兵科のイサオの四名だけであった。

 平崎院隊の時よりも三分の二に落ちた斉射密度である。

 様々な悪条件の中で開始した半包囲斉射だが、それでも、突進する敵部隊チームの半数を撃ち倒すことに成功した。そして、残り半数となった敵部隊チームの二人が、今の攻撃にひるみ、アメリカ隊の斉射が終えても、その場に立ち止まる。

 しかし、一人だけまったく怯まず、平然と突進し続ける敵隊員がいた。

 津島寺隊の隊長リーダー――津島寺豊継トヨツグである。

 単身になっても、豊継トヨツグの意思も、突進の速度スピードも変わらなかった。。

 敵隊長リーダーを倒すことに。

 最初からそれしかなかった。

 ――ので、


「――吾輩が狙いかァッ!?」


 蓬莱院キヨシは敵隊長リーダーの意図を察する。敵部隊の指揮官を倒して、指揮系統を乱すのは、戦術の常套手段である。むろん、キヨシは承知しているので、自身を囮に敵部隊チームの突出を誘い、包囲殲滅をはかったのだが、


「――グはぁァッ!」


 囮はあえなく敵の餌食にまんまとされた。

 交通事故検証用人形クラッシュダミーのように空高く舞い上がる。


「ウソでしょ?!」


 敵隊長リーダー体当たりタックルに、リンは驚愕の声を上げる。その威力もさることながら、まさか敵部隊こちら側の隊長リーダーを即座に判別されるとは思わなかったのだ。演習が開始した時点で、対戦部隊チーム各隊長リーダーが不明な以上、接敵の時点でそれを見切られたとしか考えられなかった。


「もし、吾輩が戦闘不能リタイアになったら、副隊長サブリーダーたる貴殿がアメリカ隊の隊長リーダーを代務するのだぞ」


 突然、リンの脳裏によぎったキヨシのセリフに、当人は我に返ると、目の前の戦況に即応する。この事態を想定して、自身のエスパーダに、オートメッセージ機能を組み込んだのである。演習中に鹵獲したエスパーダの部品を使って。隊長リーダーとの精神感応同調テレパシーリンクが切れたら、発動する仕様に組み上げたのだ。キヨシ即断即決即行即応そくだんそっけつそっこうそくおうさには到底及ばないが、せめてこの時だけは発揮させたかったのだ。指揮系統を引き継ぐその瞬間こそ、組織化された戦闘集団において、最大の隙が生じるそれであるのだから。


「――アイっ! あの敵隊長リーダーを撃ってっ!」


 半包囲の一角を担っていたその隊員に、リンは迅速な指示を下す。下されたアイは、副隊長サブリーダーの前に出ると、指示どおりに実行する。アイが手にしている武器は光線銃レイ・ガンなので、射撃シューティング様式モード光線槍レイ・スピアと違って取り回しが良く、命中精度も高い。白兵戦は苦手だが、射撃が得意なアイの精密射撃に、立ち止まって反転した豊継トヨツグは牽制を受ける。

 その間、リンは状況の『対処』から『把握』に移行する。

 イサオ有芽ユメは、リンの背後で、立ち止まった二人の敵隊員と交戦中である。ユイリンの右側で引き続き復氣功による両腕の治療中。だが、勇吾ユウゴとの精神感応テレパシー通信が取れない。直接接続ダイレクトアクセスの圏外まで離れたからなのか。それとも、まだ健在な両部隊チーム以外の残存部隊チームに――


「――なんで倒れないのよォッ?!」


 だが、それ以上の現状把握は、アイが上げた声によって中断を強いられる。

 眼前で起きた現状の異変に、対応と対処を迫られて。


「……う、ウソでしょ……」


 リンは絞り出すようなうめきを漏らす。


 敵隊長リーダー豊継トヨツグは、樹木の陰に隠れることなく、自ら進んで敵部隊チームの火線に身をさらしている。

 顔面を両腕で防御ガードしたまま、その場に踏み止まっている。

 立ち尽くしているのではなく。

 受けた弾数は一ダースを越えたのに、まるで効いてないのである。

 それどころか、一歩一歩、ゆっくりだが確実に相手との距離を詰める。


「……まさか、ユイなみの打たれ強さなの?」


 ユイ以外にもいたその存在に、リンは慄然となる。もし、イサオ有芽ユメが交戦中の敵部隊チームたちも、同等の打たれ強さなら、対処のしようがない。もはや、万事休す――


「――るには早いわっ! まだっ!」


 折れる寸前だったリンは、その心を立てなおすと、敵隊長リーダーにテレハックを開始する。隊長リーダーであれば、自部隊チームの内情や演習開始からこれまでの経緯を記憶しているはずである。自部隊員チームメンバー能力地ステータス能力アビリティも。だが、それが成功し、すべてを抜き取るまでに時間がかかる。相手のマインドセキュリティレベル次第だが、少なくても瞬時には不可能――


「……じゃ、なかった……」


 ……事実に、リンは唖然となる。

 

「……いくらなんでも、脆弱すぎでしょ……」


 今度は茫然となるが、よく見たら、豊継トヨツグの耳裏にはエスパーダが装着されてない。左右ともに。これでは、テレハックに対して無防備に等しい状態である。なぜセキュリティ機能を兼ねたそれを装着してないのか、リンには皆目見当がつかず、疑問だらけであったが、それに固執するわけにはいかなかった。今は抜き取った敵部隊チームの情報分析と精査が先決である。

 そして、それが終わると、


(――なるほど――)


 リンは得心する。

 なぜ半包囲する前の敵部隊チームが六人だったのかを。

 演習開始から現在にいたるまでの詳細な経緯も知るが、今は――


(――この津島寺隊という部隊チームは、ここにいる三人だけよっ! 別動隊は存在しないわっ! 他の敵部隊チームもっ!)


 事実伝達の優先度が一番高い情報を、リンは残存する味方の隊員たちに精神感応テレパシー通話する。


(――OK、リンっ!)

(――わかったニャッ!)


 それを受け取ったイサオ有芽ユメが思考発声で応じると、それぞれ目の前の相手に集中する。アメリカ隊に限らず、一対一サシで交戦する部隊チームや隊員たちにとって、個人や集団に関係なく、漁夫の利を狙う第三者の介入は、慢性的な頭痛の種であった。こちらがその第三者になってその機を窺うにも、早期決着が推奨のバトルロイヤル式短期決戦型採点方式では、そんな猶予などなく、演習に参加した生徒たちの心底には、常に焦りや迷いが沈殿していた。それは最終局面フェーズに突入しても残っていたが、直接接続ダイレクトアクセスで伝えたリン精神感応テレパシー通話により、伝えられた方は完全に払拭され、心置きなく戦えるようになったのである。

 ただし、それはアメリカ隊に限った話であり、アメリカ隊と交戦中の津島寺隊は、その事実を知らない上に、そのアメリカ隊に関する情報も少なく、その面において不利である。おまけに、リンのような人材が、演習開始前から、津島寺隊には存在してない事実まで、リンのテレハックで突きとめられてはなおさらである。しかも、各隊員の能力地ステータス能力アビリティはおろか、個人名までも盗まれては、覆しようがなかった。

 ちなみに、イサオ有芽ユメがそれぞれ相手にしている津島寺隊の二人は、武術トーナメントの出場者として、交戦中の両名と共にその名を連ねていた。

 向井寺むかいでら武士タケシ青井寺あおいでら勝彦カツヒコという歩兵科の男子生徒たちである。

 だが、それを伝えても、対戦部隊チームの個人情報は、事前の記憶操作で消去されているので、無意味でしかない。対戦部隊チームの隊員識別なら、見聞記録ログに保存した顔の造形情報を共有シェアすれば済む話である。第一、その方がわかりやすい。

 しかも、青井寺あおいでら勝彦カツヒコは、一回戦で龍堂寺イサオと対戦した、とりあえず因縁のある関係だが、双方とも前述通りの状態なので、相対あいたいした有芽ユメ涼子リョウコと同様、再戦の実感など素粒子すらもなかった。


(――これで、背後の敵はなんとかなるわね――)


 肩越しにそこの戦況を眺めやっていたリンは、視線を正面に戻すと、目の前の戦況を注視する。


「――だったら、これならどうっ!」


 叫んだアイは、後腰に差してあるもう一丁の光線銃レイ・ガンを左手で抜き取ると、右手で引鉄トリガーを引き続ける光線銃レイ・ガンと揃えて連射を続行する。二丁拳銃による火力の倍化に、さすがの豊継トヨツグも足を止める。だが、物陰に隠れる様子は、それでもない。


(――油断はできないけど、とりあえず、再考はできそうね――)


 そのように看取したリンは、さきほどの判断に至った過程を反芻する。

 過誤が無いかを再確認するために。

 津島寺隊も、アメリカ隊と同様、開始直後に行動を開始し、隊長リーダーだけで海音寺隊を壊乱させるという、アメリカ隊に次ぐ初期戦果を挙げた。だが、隊長リーダーの指示に従って一時離散した隊員の一人が、不運にもその際に発見した模擬市街地の食糧物資に手をつけ、しかも、合流時に自部隊チームの隊員に手渡したのだ。どちらも軍規に抵触する重大な違反行為である。理由や原因がなんであれ。幸い、開始地点に集結した直後に発覚・処断したので、その対象は歩兵科隊員と工兵科隊員の二名で済んだ。


(――六人だったのは、そんなことがあったからなのね――)


 六名に減少した津島寺隊は、輜重しちょう兵科を介した補給物資が届くまでの間、空腹で動きが鈍い五人の隊員たちを、敵部隊チームの奇襲を受けにくい安全な場所に、隊長リーダーの指示で留めさせると、津島寺隊の隊長リーダーは、これも一人で遊撃ゲリラ戦を展開する。結果、統制を失った三名の海音寺隊隊員を各個撃破し、更なる戦果を挙げた。その最中に、待望の補給物資を受けるが、隊長リーダーは隊員たちの間だけで均等な分配を指示し、自身は一口も補給を受けなかった。


(……大丈夫なの。無補給で……)


 食い溜めの利く隊長リーダーは、八割まで体調コンディションを回復させた隊員たちを率いて、部隊としての行動を再開する。その矢先、アメリカ隊が仕留めそこねた佐味寺隊の副隊長サブリーダーと遭遇するが、津島寺隊の隊長リーダーは慌てることなく一撃で倒した。これにより、戦況が最終局面フェーズに突入した事実を、肌で感じ取った隊長リーダーは、今度は斥候として単独で行動を開始した。そして、奇しくも、同じ役割で行動していたユイと遭遇し、現状に至ったのだった。

 そんな津島寺隊の経緯に、自部隊チームのそれを組み合わせて整理すれば、さきほどの判断に至ったのだった。


(――うん、間違いはないわね――)


 再確認を終えたリンは、ひとつうなずいてつぶやくが、


(――いけない。ひとつ間違えてた――)


 ――ことに気づく。


 現在、この対戦グループで健在な部隊チームは、アメリカ隊と津島寺隊だけと思っていたが、そうではなかった。


(――平崎院隊がまだ全滅してない――)


 ことに。

 とは言っても、平崎院隊の生き残りはその隊長リーダーだけな上に、満身創痍だったような気がするので、


(――いいわ。別に伝えなくても――)


 支障はないとリンは判断する。もし伝えたら、むしろ逆効果である。伝える前の心理状態に戻るだけでなく、その心理的な衝撃も甚大になる。判断ミスを犯した上に、いい加減な判断と処置で心苦しいが、


「――そういう時は黙ってろ。嘘も方便。知らぬが仏だ――」


 演習開始前日まで、蓬莱院キヨシから隊長リーダーの心得を説かれたリンは、そのひとつを反芻する。

 見聞記録ログに保存していたそれを、脳内再生したとも言える。

 上から目線の尊大な態度であったが、説得力のあるその内容に、副隊長サブリーダーに任命されたリンは、隊長リーダー自身が戦闘不能リタイアになった事態に備えて、勇吾ユウゴとともに受けたのである。

 その勇吾ユウゴも、隊長リーダー副隊長サブリーダー戦闘不能リタイアした時の、最後の砦であった。


(――いっこうに連絡が取れない。いったい、どうしたのよ――)


 消息と安否が不明の勇吾ユウゴに、リンは不安に心が揺れる。だが、そのあと、それに輪をかける事態が、眼前の視界で発生した。

 アイの連射が止まったのである。

 光線銃レイ・ガンの発砲に必要な自身の精神エネルギーが尽きて。

 二丁で火力の倍化をはかった分、その消費も倍化したからである。

 しかも、勇吾ユウゴほどの精神エネルギーを有してないので、長くは続かなかった。


「――やっと止んだどっ!」


 二丁拳銃の火線を受け続けていた豊継トヨツグは、会心の笑みで歓喜の咆哮を上げて駆け出す。

 相手に向かって、一直線に。

 当然、白兵戦が苦手なアイに、涼子リョウコ級の攻撃力とユイ級の防御力や耐久力を誇る豊継トヨツグに対抗できるわけもなく、鳩尾みぞおちへのボディであっさり戦闘不能リタイアする。


「――次ィッ!!」


 崩れ落ちるアイの有様を、豊継トヨツグは見向きもせず、次の標的ターゲット捕捉ロックする。


「――ユイっ、迎え撃ってっ!」


 捕捉ロックされたリンは、傍にいる二十四時間死ぬ死ぬ詐欺者フルタイムデストリッカーに指示する。両腕の回復が終えた今のユイなら、アイと違って対抗が可能なはずである。ましてや、守勢が得意なら、勇吾ユウゴが駆けつけて来るまでの時間は充分に稼げる。それだけの防御力と耐久力が、ユイにはあるのだ。斥候として同相手と遭遇した時は、遭遇ゆえに戦端を切るまでの充分な氣が練れず、硬氣功を纏わせて防御ガードした両腕に、物理的なダメージが、文字通りの意味で骨の髄まで入り、動かせなかったが、今は状態も状況も違う。そう簡単に倒れないはずである。

 だが、しょせんは時間稼ぎ。リンの前で迎え撃つ態勢に入ったユイに、津島寺隊の隊長リーダーは倒せるだけの力はない。防御力と耐久力は互角でも、攻撃力は雲泥の差があるからである。相手に倒されるのは、やはり時間の問題であった。それまでに途絶した勇吾ユウゴとの通信を回復させ、豊継トヨツグの側背に回って早斬りを叩き込ませないと、自部隊チームに勝機はなかった。

 むろん、その一撃だけで仕留められるとは、リンは思ってない。あの防御力と耐久力では、望み薄である。かといって、敵がせまり来ると萎縮する勇吾ユウゴに、正面から闘わせるわけにはいかなかった。なので、敵隊員が接近して来たら迷わず逃走させ、それを追走する意図が、その敵隊員にあるなら、他の味方が足止めする。その間、勇吾ユウゴを足止めした敵隊員の側背に回り込ませ、早斬りで倒す。もしそれで倒れなかったら即座に退却し、それを追走する敵隊員なら、ふたたび味方の隊員が阻み、再度足止めされた敵隊員の側背に、勇吾が再度まわって早斬りを叩き込む。それでも倒れなかったら、倒れるまでこれらを繰り返す、言わば一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイを自部隊チームの基本戦術に据えたのだ。足止め役はむろんユイに据えて。個人レベルでの難敵と交戦しなければならなくなった場合に備えて、キヨシ隊長リーダーが考案したのだ。演習日前日まで続けた自部隊チームのミーティングにおいて。各隊員メンバーの基本的な役回りも、その最中に割り振られた。今回の兵科合同陸上演習において、運営の最高責任者として一任された特別顧問教員の忠告に、アメリカ隊は従ったのだ。勇吾ユウゴの父親だからではなく、一教員と一生徒の立場と関係として信じたのである。


(――ダメだわ。全然応答しない……)


 何度も精神感応テレパシー通話しても出ない勇吾ユウゴに、リンの不安と焦慮の念がますます募る。もし戦闘不能リタイアしていたら、ユイの時間稼ぎも無意味である。仮に健在であっても、通信が途絶していては、指示の出しようがなく、さして違いはない。副隊長サブリーダーである自分までも戦闘不能にされたら、自部隊チームの指揮系統は完全に崩壊する。イサオ有芽ユメの戦闘力では、豊継トヨツグには勝てないし、勇吾ユウゴの正面対決も同様である。そのイサオ有芽ユメも、それぞれ相手にしている敵隊員たちをまだ倒せないでいる。その背後から豊継トヨツグの攻撃を受けたら、ひとたまりもない。勇吾ユウゴが健在であっても、一人では津島寺隊に勝てない。逃げ回ってもいずれ捕捉され、戦闘不能リタイアされる。その時点で、アメリカ隊の敗北が決定する。


(――それこそ最悪の事態だわ――)


 それを防ぐには、ここで津島寺隊の隊長リーダーを倒すしかなかった。ありとあらゆる希望的観測を捨てて下した末の結論である。だが、リンの戦闘力では、あの豊継トヨツグには勝てない。テレハックで相手の情報を再収集したところで、意味は――


(――ある――)


 ――ことに気づく。


(――情報収集以外の用途でなら――)


 だが、それを実行するには、色々と問題――


「――よしっ、次っ!」


 ――を、考える時間ヒマすらなかった。

 ユイ戦闘不能リタイアしたことで。


「――ええっ?! もうっ!?」


 リンは驚きの声を発する。

 予想より早く倒れてしまったユイに。

 それもそのはずである。

 両手を広げた状態で相手の殴打を受け続ければ。

 しかも美氣功しか使ってなかった。


「――お願い、やめて、津島寺さん」


 悲劇のヒロインよろしく、悲痛で悲壮な表情で訴えながら。


「――思い出して。わたしのことを」


 むろん、事前に記憶操作された状態の豊継トヨツグが、超絶美少女様式モードユイの姿を思い出すわけもなく、仮に思い出したところで、その様式モードユイを、ユイとして認識してないのでは、無意味以外の何者でもなかった。

 早い話、犬死である。


「なにやってるのよォッ!?」


 その時の見聞記録ログを脳内再生したリンは、激怒のツッコミを上げるが、そんな猶予はなかった。

 豊継トヨツグが猛然と迫って来る姿を認めて。

 むろん、ダメージはない。

 演習開始の二十四時間前から一口も飲食してない者とは思えない動きである。


「――くっ、来るゥッ!?」


 対応を迫られたリンは、


「――もうどうにでもなれェッ!!」


 色々と問題のある最後の手段を、なし崩し的、かつ、即座に実行した。




「――大丈夫ですかっ!」


 勇吾ユウゴは安否の声をかげながら駆け寄る。


「――ああ、大丈夫や」

「――アタイもニャ」


 それに応じたイサオ有芽ユメに。


「――おまいのおかげや」

「――助かったニャ、勇吾ユウゴたん」


 それぞれ礼を言う両者の足元には、今まで相手にしていた敵隊員の二人が、そろって地面に伏している。

 背後から受けた勇吾ユウゴの早斬り二連で、ほぼ同時に倒されたのである。


「――あとは敵隊長リーダーだけやな」


 そう言ってイサオは安堵の笑みを浮かべるが、


「……でも、気配を感じません……」


 勇吾ユウゴは不安がる。


「……敵隊長リーダーだけでなく、他の自隊員たちみんなも……」


 その事実に。


「……静まり返って不気味だニャ……」


 有芽ユメも不安な表情と口調で見回す。

 木々と茂みに覆われた周囲を。


「――イサオさん。自隊員たちみんなとの連絡は取れませんか?」

「――今やっとるが、応答はあらへん。誰一人」


 イサオの表情にも不安のかげりが差す。


「――勇吾ユウゴたん。エスパーダは?」

「……故障してしまいました。予備スペアも……」


 有芽ユメの問いに、勇吾ユウゴは答える。


「――それで連絡が取れニャかったんニャ」

「――はい。『ローカルテロ事件』以来、なぜか故障しやすくなって。リンさんから渡された地図も、迂回中の故障が原因で消失して、迷ってしまったのです」


 有芽ユメから予備スペアのエスパーダを受け取った勇吾ユウゴは、それを装着しながら答える。


「――どうりでつニャがらニャかったわけニャ」


 有芽ユメは得心するが、それでも不安の色は消せない。


「――とりあえず、リンのいるところまで行くで」


 そんな二人に、イサオは指示する。

 むろん、二人は従った。

 周囲を警戒しながらなのも。

 だが、気配はまったく感じない。

 それが、三人の警戒心を強く働かせる結果となり、歩行も用心深さで鈍らざるを得ない。

 そして、ようやくそこにたどり着くと、


「……なんや、これ……」


 目の前の惨状に、イサオは唖然となる。


「……みんな……」

「……全滅、ニャ……」


 勇吾ユウゴ有芽ユメも。


「……アカン。全員、意識があらへん」


 接触接続タッチアクセス感覚同調フィーリングリンクしたイサオが、沈痛な表情でカブリを振る。

 リンアイユイキヨシの順に。


「……津島寺隊の隊長リーダーはどこニャ?」


 四人の隊員なかまを倒した張本人の姿を求めて、有芽ユメは猫目化した鋭い視線を周囲に巡らす。

 だが、その姿はどこにも見当たらない。

 気配も。

 ――と思いきや、


「――っ!」


 感じ取った。

 勇吾ユウゴが、全身で。

 有芽ユメであればネコさながらの反応リアクションだと喩えるところである。

 気配を感じ取ったその先に、勇吾ユウゴは糸目で凝視する。

 さすがにこれは狐なので、前述の内容で喩えるのは無理があるが。


『――っ!』


 勇吾ユウゴ反応リアクションに気づいたイサオ有芽ユメも、それに倣う。

 その左右に並んで。

 最初は微弱だったが、徐々に強くなり、ついにはあからさまになる。

 茂みをかき分ける物音が、こちらに向かって。

 明らかに接近の気配である。

 そして、その気配を立てていた張本人が、茂みの中から飛び出すように、その姿を晒す。

 三人の眼前に。


「――おまいは……」


 その姿を認めたイサオが、意外さに満ちた声を漏らす。


「……あの部隊チーム隊長リーダーやないけ……」


 だがそれは、津島寺隊の隊長リーダーではない。

 『あの部隊チーム』の中で唯一仕留め損ねたその隊長リーダー――平崎院タエであった。


「……やっと、見つけ、ました、わ……」


 その声はとても弱々しく、息絶え絶えであった。


「……な、なんや、やる気か? そないな状態で……」


 イサオは威嚇気味に質すが、正直、こちらも満足に闘える状態ではなかった。

 有芽ユメ勇吾ユウゴも。

 一度は満たしたはずの空腹に、ふたたび襲われたのた。 

 万全の体調コンディションで継戦するには、あの時に受けた補給物資の分量では不十分だったのだ。

 もはや、これ以上の継戦は困難である。

 そこへ、現在位置が不明の津島寺隊の隊長リーダーに襲われたら、今度こそ万事休すである。

 リンがもたらした情報では、食い溜めの利く身体のようなので。

 その際、津島寺隊以外の敵部隊チームは残らず全滅した報も受けていたのだが、今はそんな矛盾を気にしている場合ではなかった。


「……どっちにせよ、やるしかあらへんな……」


 イサオはひとつしかない結論を下す。


「……………………」


 そして、隊員のすべてを失った平崎院隊の隊長リーダーは、


「……降伏、しますわ……」


 それを宣言した。

 三人まで減少したアメリカ隊に対して、

 その瞬間――


(――演習~ッ、終了~ッ!)


 ――を、告げる合図とサイレンが、演習場に鳴りわたった。


『……………………へ?』


 三人は状況を呑み込めずに困惑する。


「……僕たち、まだ戦闘不能リタイアになってないのに……」


 勇吾ユウゴはそれに加えて疑念を抱くが、


「……それって……」

「……つまり……」


 イサオ有芽ユメは互いの顔を合わせる。

 両者の表情に理解の色が浮かぶ。

 ゆえに、最後まで気づかなかった。 

 歓喜に沸く三人の死角では、津島寺隊の隊長リーダーが横たわっていることに。

 倒木の陰になっていたので、視覚では発見できない位置にあった。

 意識が喪失している状態では、気配を感じ取れないのも、無理はなかった。

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