第7話 紛糾する反省会。深まる親睦と怨恨
全校生徒で埋め尽くされた
無理もなかった。
いくら『限界まで整えた条件の平等性と均一化』が、今回の兵科合同陸上演習における
(――やはり、無理もありませんよね――)
壇上に立っている小野寺
「それに一石を投じて進展させる意味でも」
引き受ける次第となったのだ。
だが、いまだ収束する気配のない全校生徒の騒動は、その点に関する類ではないように、
「この
海音寺
そして、それに触発されたかのように、
「てめェの息子が歩兵科部門においても学年
「完全に身内びいきの採点じゃねェかァッ!!」
「オレたちをほとんどの部門で最下位にしやがってェッ!!」
「ふざけんじゃねェぞォッ!! だれが納得するかよォッ!!」
「こんなのノーカンだァッ!! ノーカンッ!! やり直せェッ!!」
「
口汚い罵倒合唱が始まった。
臨時とはいえ、年上の教員に対する敬意や敬服とは無縁の言葉遣いである。
ただし、佐味寺三兄弟だけにかぎる。
だが、それが全校生徒の心底に共通する思いであることは、壇上の左右に並ぶ教員たちの目にも明らかであった。ましてや、
「……………………」
無言でそれを受け止める
第二次幕末の動乱を潜り抜けた志士が、この程度の展開を予見できないとは、到底思えなかった。
「…………………………………………」
壇上に上がってから一言も発してない
今回の演習結果について、それを知った全校生徒たちが抱いている質疑に応答すべく、陸上防衛高等学校の教員たちは、演習に参加した教え子たちを、再度
(……どうするのよ。
壇上に立つ旧知の背中を落ち着きなく眺めやりながら。
『……………………』
それはその息子や息子の親友たちも同様だった。
そんな時だった。
バンッ!
大きな音が
『っ?!』
『……………………』
その迫力に、息をのむ全校生徒たち。
だが、断ち切ったのは
「――いい加減にしろォッ!!」
陸上防衛高等学校の校長だった。
大きな音は、それで叩いたことで響きわたったのは明白であった。
「――諸君がこの特別顧問教員に対して抱いている不信や疑念など、|我が正規教員たちは百も承知だっ! その上で今回の演習における最高責任者として抜擢し、一任したのだっ! これは
『……………………』
この時ばかりは威厳があると思ってない校長を、この時にかぎって威厳と迫力があると、全校生徒は思わずにいられなかった。
『……………………』
副校長を始めとする他の正規教員たちも。
「……………………」
それは特別顧問教員の
驚きの表情で見続ける
「――それでもなお|
「はいっ!」
『…………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………」
『…………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………」
『…………エえェっ?!』
この空気の中、本当に言ってのけた生徒に。
今の校長の叱咤を聞いてなかったのかとしか思えない即答である。
それだけでも充分な驚愕であるのに、その生徒が、
「…………
である事実は、驚愕に更なる拍車を高回転でかけた。
『…………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………」
『…………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………」
またもや漂う沈黙の空気。
『…………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………」
『…………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………」
もはや、表現が不可能な沈黙である。
「……ゴ、ゴホン……」
相当な時間が経過したあと、校長が無理に出した咳を払うと、
「……言って見たまえ……」
その生徒の発言をうながした。
遠慮なく言えと前言した手前、撤回するわけにはいかないので……。
「…………な、なにを
予測も不可能な事態に、一同は大きな固唾を呑んで傾聴する。
起立した
むしろ不満げで、怒気すら感じる。
それだけにこれも予測が不可能だった。
なにを言うのかを。
「――なぜ模擬市街地にドックフード缶の民需物資があったのですか?」
『……………………』
「――どうして
『…………………………………………』
「――前者は軍用犬でもないかぎり必要とする隊員はいないはずです」
『………………………………………………………………』
「――後者も対戦
『……………………………………………………………………………………』
「――疑念や不信を抱くには、充分な不手際だと思いますけど」
『…………………………………………………………………………………………………………』
……反論の余地が絶無な内容に、教員たちは、
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
無言で
教員一同、頭を揃えて。
それも、長時間にわたってであった。
「…………なんや、これ…………」
不祥事を犯した企業の謝罪会見みたいな光景に、
ドン引きとも言える。
いずれにしても、この一件は、
「――まだあります」
……終わらなかった。
当人に終わらせる意思がなかったので、続行とあいなった。
「……言ってみたまえ……」
これもうながず校長。
遠慮なく言えと前げ――以下略。
「――なぜ早斬りを使用禁止にしなかったのですか? 正直、チートすぎて、特別顧問教員が掲げるコンセプトに沿わないと思いますけど」
これは不手際を責める類の質問ではないので、教員たちは内心で安堵する。
だが、それよりも……
『……なぜお前が言う。よりにもよって……』
……早斬りの使い手に対して、今度は当人を除いた一同が激しい疑念を抱く。
そんな中、唯一疑念を持たなかった
「――生徒の軍事能力を公正かつ公平に採点するためのコンセプトだからです」
よどみなく答える。
最初に受けた息子からの質問と異なり。
「――記憶操作で対戦
「……………………」
これには流石の
「――納得いかねェぜっ!」
反論の声が上がった。
しかし
「――やっぱりチートな技だっ! 早斬りはっ!」
「――そのおかげで
「――そんなの、反則も同然だぜっ! 従来のジンクスに反してるぞっ!」
佐味寺三兄弟であった。
しかも、批判の対象者たる
「……………………」
これに対して、しばらく無言だった
「――なら、どうして小野寺くんを自分たちの
武野寺
佐味寺三兄弟に。
「――
『……………………』
佐味寺三兄弟は言葉に詰まり、沈黙する。
「――もし、早斬りの会得が至難だという理由なら、なおさらそうすべきだったわね」
『~~~~~~~~』
当人たちにとって、邪推にしか釈れない武野寺教員の推測に、これも反論できず、口を閉ざし続ける。
「――理由がなんにせよ、小野寺くんを入れなかったのは、結局、あなたたちに起因するわ。最下位になったのもね」
もっとも、仮に入れられたとしても、使いこなせないのは容易に想像できる。
あの醜悪な同士討ちを観れば、素人ですら容易である。
「……そっ、それでも不公平だぜっ!」
それでも、佐味寺
「――演習前にそれを言ってくれなきゃ、それこそ公正で公平な採点なんて――」
「――それなら言ったわよ。演習開始直後の
今度は多田寺
「――はァ!? なに言ってやがるっ!?」
次男の
教師に対して相応しくない言葉遣いで。
「――演習を開始したのは演習場だろうっ! なんで
それは三男の
しかし、多田寺
「――その
激昂することなく、指摘する。
「――それも真っ先にね」
強調する形でつけ加えて。
声はいささが荒げているが。
『――っ!?』
指摘された方は即座に思い出す。
その時のことを。
エスパーダにその時の記憶を保存してなければ、想起すら至難であった。
「――つまり、一週間前に説明した
『っ!?』
この真意には、佐味寺三兄弟だけでなく、他の生徒たちも驚愕を受け、存分にどよめく。
「――戦いにおいて一番大事なのは、
これまで旧知の両女性教員に代弁して貰っていた
「――それを
『…………………………………………………………………………………………………………』
「――そして、実戦においてはその準備すらままならぬ状態で突入しなければならい事態が、日常茶飯事的に発生します。それは
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
「――そんな状態や戦況になっても、常に最善の行動が取れるかどうかが、今回の兵科合同陸上演習における主題です。『限界まで整えた条件の平等性と均一化』はその一環に過ぎません。決して従来のジンクスを破るためだけに設けた
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
「――それに、結局、ジンクス通りに最下位で終わった武術トーナメント優勝者もいますしね」
つけ加えた特別顧問教員のセリフに、全校生徒は意表を突かれた表情を浮かべる。
「――それでは続けましょう」
――間さえ、特別顧問教員は与えなかった。
今回の演習結果に関する質疑応答を再開させたことで。
すでに前言した事態を、容赦なく再演させた
「――いやァ~ッ。やっぱい
津島寺
列から外れた
「――正直、おいの親父よりも凄かかもしれんど。悔しかどん、しかたなか」
「――そんなことはないと思いますよ。津島寺さんと津島寺さんのお兄さんを見ていたら、なんとなくですけど、そう感じます。津島寺さんの父さんも」
歩兵科部門でも
「――
「――じゃっどん、早斬りの
「――もし一学期の武術トーナメントに出場していたら、
「――さァ、どうじゃろう。
首を傾げる
「――そん言えば、どげんしておいを
「……………………」
答える様子は、素粒子すらなかった。
「――どうしたのだ?
それを感じ取った蓬莱院
それもそのはずである。
セルフ記憶操作で消去した『
ふたたび究極の二者択一を迫られた
ゆえに、外界に対して、まったくの
「……………………」
ちなみに
五円玉
「――たぶん、
テレハックの中には、対象者の様々な
早い話、『
「――ああァ~ッ。そいでかァ」
それを聞いた
「――そん言えば、あん時エスパーダばつけちょらんかったで、簡単に乗っ取られたちゅうわけか。そいじゃ、そんあと、おいの意思に関係なく、自害させらたんじゃな」
「――だと思います。その時の記憶がないのも、テレハックの影響でしょう。意識を乗っ取られた状態では、記憶復元装置でも戻らない場合があると、
「――おお、なっほどなっほど」
しきりにうなずく
「――せやならなんでエスパーダをつけへんかったんや?」
――に、
「――あいをつけちょっと、精気を吸われちょる気がして好かんど。意識ば朦朧とすっし、
「――なるほど、それで素手で闘っていたというわけか」
蓬莱院
「……想像を絶する精神エネルギー量の無さだ……」
それはテレハックで
それで『自害』させるつもりだった
その寸前でテレハックを解除するつもりだっだので。
テレハックした本人からすれば、道連れにされたような感覚であった。
本体の身体操作や五感情報の入力を不能にする危険まで犯したにも関わらず、まったくもって
だが、そこまでの顛末や思いは、さすがの
「……おいの兄者も、そいで学年最下位になってしもたでな。無念がってたど……」
自分を乗っ取った
そして、たった一人で全滅させた
肉体的にも精神的にも実弟と同じ
佐味寺隊のような蛮行で、大きな減点を課せられた
いずれにしても、どちらも最悪の形でこうむった結果だった。
テレハックで自身の身体を乗っ取られた
そして、一番迷惑こうむったのは、
一方、
それも、『全学年』で、である。
『学年』
「――恐ろしかっ! テレハックッ!」
恐怖や困惑の二文字とは無縁の
「……こないなことで浮かべへんで欲しいなァ……」
と、つぶやかずにはいられなかった。確かにテレハックは恐ろしいが、こういう形で思い知らされても、しょうもなさが先立って、とても深刻には感じられず、困るのだ。キャンペーンや一日警察署長などのイベントで、それに関する注意喚起や啓発を促している一警察官としては。
「――そいじゃ、おいはこいで――」
そう言って背を向けた
「――そん気になったや、いつでん手合わせすっぜ」
見送る
「――ホンマ、変わったやっちゃなァ……」
同様に見送った
「――でも、気持ちのいい人です。どこが変わっているかわかりませんけど」
その背後から、
「~~認めませんわよォ、わたくしはォ~~」
上品だがうなるような声が聴こえて来た。
二人は同時に身体ごと振り向くと、
「――ほう、なにを認めないというのだ?」
蓬莱院
目の前にいる相手と。
「……平崎院、
である。
特に、今回の兵科合同陸上演習が終了した直後は。
「~~言われませんとわかりませんのですかァ~~」
押し殺した声で反問する
「――うむ、わからん。だからはっきりと言いたまえ」
返答もあっけらかんとしている。
「――吾輩個人なのか、
「全部ですわっ!」
美声を荒げて三択とも選ぶ。
才色兼備の華族子女とは思えぬ表情と声である。
だが、『
そもそも、『全部』なのかどうかすら、当人でさえ判然としていない。
それだけ思考の糸が複雑に絡み合い、的確な判断ができない状態だった。
「――で、吾輩はどうすればよいのかね?」
ことさらに無知と無能を装って尋ねる
「~~~~~~~~っ!」
――に、更なる怒りが、
「――もしかして、さっきの
「っ?!」
「――だとしたら、貴殿もさして変わらぬな。醜悪な同士討ちが原因で、全学年最下位になったその兄弟の
――同類に思われた《タエ》妙は、
ブチン
キれた。
屈辱と恥辱の極致というべき見解に。
迅速に取り出した
「やめろヤメロっ! 蓬莱院弟っ!」
その間に、
「こう見えて、あの海音寺よりもキレやすいんやっ! この華族子女はっ! 頼むから挑発せいへんでくれいっ!」
武術トーナメントでの対戦で、身をもってそれを思い知らされた
「――挑発?」
その言葉に、
「――今、吾輩が言ったのが?」
「せやァッ!」
「――ふぅ~っ。やれやれ」
「――吾輩はそのつもりで言ったのではないのだが、そのように誤解するとは、よほど気にしているのだなァ。戦果ゼロだったとはいえ、交戦不能で降伏したその判断が評価されたことで、なんとか中の上の成績に収まった結果を」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
「――それに、吾輩が挑発だと意識して実行したのは、この前、
「二度とすなっ!
必死に説得を続ける
「……ふぅ……」
なんとか説得に成功した
だが、
「~~なにをおっしゃっているのかしらァ~~」
今度は
相変わらず怒りで声を震わせている。
「~~結局、貴方自身は最後まで生き残れずに
痛烈な皮肉を突き刺したつもりの
「――それでも勝ち残れなかったことに変わりはないがな。
逆に突き刺し返される。
『
「――それは
『
ようやく胸をなでおろした
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
それを無言で見送った
残暑のそよ風がふたたび
だが、所有者の心は、なびくどころか、更に硬化させる。
負の感情をエネルギー源にした硬氣功のように。
握られた量の拳も、それにともなっていた。
「――やれやれ。
「――本人は元より、離散した
「――とんでもないことだワン」
憤慨する犬飼
「おまいだって手をつけたやろがっ!」
「――でも、
その
最後まで
『……………………』
そのため、
『……………………』
むろん、こちらも下手な慰めはしなかった。
したら最後、無残な末路をたどるのは、すでに体験済みの
「――とにかく、祝杯を上げようではないかっ! 我がアメリカ隊の勝利をっ!」
微妙な空気に変わりつつあるそれを感じ取った
「――そうだワンッ! 祝杯だワンッ!」
「――どこか、祝杯に向いた店はないか?」
「――せやなァ。ワイらが行きつけの『ハーフムーン』でええんとちゃうか?」
「――うん。その店でいいニャ」
同意を得る。
だが、
「――待ってください」
「――そこよりもいいところを、僕は知ってますよ。だからそこにしませんか?」
代案を提示が、それに続く。
「――うむ。
「――うん。わかった」
「――なんちゅう店や?」
「――いえ、名前はありませよ」
奇異な返答を受ける。
「――そもそも店でもありませんし」
つけ加えたそれも、奇異な印象をさらに深めさせる。
『……………………』
そして、あることに気づく。
イヤな予感を付随させて。
「……それ、なんちゅうところなんや?」
「野外実験場です」
「――今回の演習で学年
「――ほう。なかなかどうして。まるで最初から勝利を信じて疑ってないような手回し振りであるな、
意外さを交えた笑みで。
「――ドックフードはあるかワン」
「……いえ、ありませんけど、取り寄せることなら、テレ管のテレ運で……」
「――なら行くワン。
「――なぜ野外実験場に建てたのかはわからぬが、まァいい。では行くぞ。諸く……」
一同を振り返った
八人だったそれが、六人に。
残りの二人が、姿を消した。
それもそのはずである。
事実、それで逃走したのだから。
イヤな予感を抱いた時から、テレポート交通管制センターにテレタクを要請し、
ここではないどこかへ。
むろん、密かに、かつ、迅速に、である。
それが終えたのは、
早い話、見捨てたのである。
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