第8話 終章
「……そうか。やはり戻らないのか」
「……今にして思えば、お前に悪いことをしてしまったからなァ。俺たち……」
隣に並ぶ
「――気にしないでください。わたしは自分の意思で軍を去ったのですから。二人が責任を感じる必要はありません」
小野寺
「――それよりも、元気な姿で軍務に従事しているお二方のそれを見られて、安心しました。これからも、お元気で」
お別れの挨拶を受けた両者は、陸上防衛高等学校の本校舎玄関前に停めてある軍用ホバーカーに、それぞれ分乗すると、各々の派遣元の部署へと、それぞれ戻って行った。
『……………………』
自分たちを見送る旧知の姿を、視界から消えるまで窓越しに見届けて。
「……………………」
両者を見送った
「……多田寺さん」
――の前で、立ち止まる。
『……………………』
しばらくの間、両者は向かい合ったまま無言になる。
「……そういえば、落ち着いて話せる機会が、ありませんでしたね。ついに……」
「……もう、帰るの。地元に……」
「……はい。あくまで、臨時ですから。今回は……」
「……………………」
「……………………」
「……あなたも、お元気で、なによりです……」
「……………………」
「……武野寺さんも……」
「……………………」
「……………………」
「……
「……はい。ただ……」
「……ただ……」
「……一学期に開催された武術トーナメントで、解説席で解説していた武野寺さんの姿を、
「……………………」
「……無理もありません。武野寺さんから見れば、当てつけにしか思えませんから。
「…………………………………………」
「……なので、
「………………………………………………………………」
「……『元気そうで安心した』と……」
「……………………………………………………………………………………」
「……それでは……」
そう言って
向かい合っていた多田寺
申し訳なさそうな横顔が、
「――――――――っ!」
その瞬間、多田寺
遠ざかる旧知の後姿を直視する。
そして、
薄暗い部屋の中で、武野寺
十代の未成年がほとんどの超常特区では、アルコールを扱った店舗の類は存在しないので、成年が落ち着いて飲酒できる場所は、自室くらいしかなかった。
ゴミ屋敷ほどではないにせよ、整然というには、やや雑然気味の部屋であり、一階の一戸建てである。
部屋着も地味で野暮ったく、着潰したら雑巾にしかリサイクル用途が見出せないほどである。
「――やはり
多田寺
「――明かりぐらい点けなさいよォ。外と同じ暗さで見えづらいわァ」
外着姿の
明かりを点けたい心境ではないことは、久しぶりに見る親友の表情を一目すれば、明かりを点けなくても、明らかであった。
『……………………』
だから、こういう時の対処は、心得ている。
『…………………………………………』
相手が問いかけて来るのを待つ。
『………………………………………………………………』
その一択である。
『……………………………………………………………………………………』
……とはいえ、今回ばかりは長いので、徐々に不安が広がり始める。
「……
だが結局、杞憂に終わったので、安堵したが。
「……なにも、聞いてないわ。カッちゃんに、対しては……」
「……………………」
「……むしろ訊いたのはアタシの方だったわ。櫂、
そして、その時の事を、
「――待って」
遠ざかる
「……………………」
足を止めた
「……どうして、軍を辞めたの?」
「…………………………………………」
「――校長や二人の監察官から聞いたわ。ただの有能では
「……………………」
「……………………」
多田寺の問いに答えたのは、しばらく経ってからであった。
「――有能すぎたからです」
「……有能、過ぎ?」
「……はい」
「――わたし自身はそれほど有能とは、今でも思ってないのですが、周囲の方たちは、そのように映らなかったみたいでした」
「……どういうこと?」
「――おそらく、恐れたのでしょう。軍だけでなく、国すら掌握しかねないほどの有能さに」
答える
「――その気になれば、その通りになると恐れて、当時、国や軍の水面下では、排斥運動や失脚の陰謀が張りめぐらされていました……」
「――でも、櫂く――いえ、小野寺くんはそんな気を起こすような――」
「――人と思ってくれなかった人が、当時は多かったのです」
さらに影が差す
「――そして、それと同じくらい、そうと思わない人もいまいした。多田寺さんのように」
「……それなら、別に辞める必要は……」
「――なおさらあったのです」
断言する
「――このままわたしが要職に居座り続けたら、わたしの処遇をめぐって、国と軍がそれぞれ二派に分裂し、最悪、抗争に発展していたでしょう。あの第二次幕末のように」
「……………………」
「……数多の命を奪ってまで取り戻った尊い平和を、わたしなんかのためにふたたび争いが起きたら、すべてが無に帰してしまいます。なんのために奪った命なのかを」
「…………………………………………」
「……そのために戦ったわたしにとって、それは、死ぬよりもつらいことです……」
「………………………………………………………………」
「……だから、自分から軍を去り、下野したのです。最悪の事態を回避するために……」
「……
「――でも、それ以来、そのような事態は再来しなくなったようで、安心しました」
「……………………」
「――今回の依頼に応じた理由のひとつも、それを確認するためでした」
「……で、どう、だったの?」
恐る恐る尋ねる多田寺に、
「――杞憂でした。やはり、軍を去って正解でした」
答えた
「――あと、監察官として派遣されたあのお二方と再会できたのも、大きな収穫でした。どうやら、わたしの排斥運動に一枚噛んでいたみたいでしたので、その二人から軍に戻って欲しいと言われた時は、嬉しかったです」
「……それじゃ、軍にもど……」
「――こんなわたしを受け入れるだけの度量が備わってきたことが」
「っ?!」
「――だから、心置きなく地元に帰れます。たしかに、復帰の申し出は嬉しかったですが、あの時の再来を招いたら、元も子もありませんからね」
「…………………………………………」
「――それでは、お元気で。息子をよろしくお願いします」
「待ってっ!」
多田寺が飛ばした二度目の制止の声は、一度目よりも早く、そして強かった。
「……なぜ、その息子をこの学校に入学させたの?」
「……………………」
「――小野寺くんの幼馴染や友達から聞いたわ。争いごとの嫌いな男の子だそうじゃない。あなたと同じく……」
「…………………………………………」
「……なのに、どうして……」
旧知の真剣な問いに、
「――最悪の事態に備えるためです」
「……………………」
「……現実は、こちらの都合に合わせてはくれませんから。誰一人、例外なく……」
「…………………………………………」
「……そう言い残して、帰って行ったわ」
語り終えた
「……………………」
それとともにあおぐ酒の手を止めていた
置くというには、勢いと音が大きかった。
「……相変わらずご立派ね……」
酔っているのは、上気した顔で明らかなのに、声と両眼はしらふのように明晰だった。
「……こっちが惨めに思わせるほどに……」
――否、醒まされたのだ。
親友の話を聞いて。
現実の逃避を許さぬ話に、泥酔すらも許されなかった。
「……ホント、忌々しい男だわ……」
「……初めて出会った時から、ずっと……」
「……………………」
「……なのに、
「……………………」
「……………………」
「……カッちゃん」
「……なにがあったの? カッちゃんと、
第二次幕末の動乱時に初めて出会ってから以前の
それは
時代が時代である。
世間話感覚で語れる内容ではないことくらい、実戦では鈍感な自分でもわかる。
自分と違い、いまだ未婚である事実も、まったくの無関係だとも思えない。
だから今まで訊けなかったのである。
だが、
「……アタシには、将来を約束した
今まで黙っていた親友に対して、いつまでも黙っているわけにはいかないと決心して。
「……でも、野盗に殺された……」
「……………………」
「……アタシは許嫁の仇を討つために、不慣れな剣を取って、過酷な修練を積み、戦乱に身を投じた……」
「…………………………………………」
「……その中を、アタシは、戦って、闘って、戦って、闘って……」
「………………………………………………………………」
「……そして、ついに仇と対決し、討った……」
「……………………………………………………………………………………」
「……チッちゃんと出会ったのは、その最中だったわ……」
「……そう、だったのね……」
予想を裏切らぬ凄まじき過去に、
自分とは大違いである。
「……
「……え?」
「……
「……………………」
「……
「…………………………………………」
「……同じ思いを味わった者同士だったから、出会った当日のうちに意気投合し、準隊士として同時に入隊したわ」
「……なぜ、桜華組に入隊したの?」
「……やみくもに仇を捜し回るより、エサを撒いて待ち構えた方が効率的だと、
「……………………」
「……お互い、許嫁の話ばかりしていたわねェ。
一週間ぶりの笑顔だった。
だが、
散り際の桜のような
「……そして、それぞれの仇の正体が判明すると、桜華組の法度に背いてともに脱隊し、その後を追った……」
「……その最中に出会ったのが、櫂
「……………………」
「……でなければ、辻褄が合わないわ。アタシがカッちゃんと出会った時には、
「…………………………………………」
「……そういえば、その二人の出会いも、この時だったわね。アタシにとっては。でも、まさかその二人が――」
「話を続けるわよ」
断ち切るようなさえぎり方で。
中断させられた
「――
「……………………」
「……この国のために戦う志士だった……」
「…………………………………………」
「――でも、
「………………………………………………………………」
「――許嫁を殺した憎い仇に変わりはなかった……」
「……………………………………………………………………………………」
「……アタシと同じく……」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「……そして
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………?」
「…………討たなかった…………」
「……………………え?」
「…………アタシと違って…………」
「…………………………………………エ?」
予想と真逆の結末に、
「……いえ、討てなかった……というべきかな? アレは……」
「……討てなかったって……もしかして、その仇は討つ前に死んでいたから、討てなかったのっ!?」
我に返った
「……いいえ、違うわ……」
「……その仇は、生きているわ。今でも……」
「……今、でも?」
「……ええ。それも、妻子を作ってね……」
「……えっ、ちょっ……な、なによ、それっ!?」
今度は理解不能の混乱をきたす
「……そ、そんなヤツが、妻子を、作って。え、でも、そいつは志士で、だから、えっ? ええっ?!」
混乱の収拾がつかない脳内状態に、
「――なっ、なんでカッちゃんがそこまで知ってるのっ!?
事の本質を突く質問を。
「……本人の口から聞いたからよ」
「――ええっ?!
「……一週間前、陸上防衛高等学校の廊下で……」
「――――――――え」
この瞬間、千鶴の思考は停止する。
立て続けに告げられた衝撃の事実に、訳がわからなくなって。
そしてそれは完全に停止する。
最後に告げられた核
「……信じられない。信じられないわよォッ~~」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
「――許嫁の
――完――
才能と志望が不一致な小野寺勇吾のしょーもない苦難6 -武野寺勝枝の憂鬱な兵科合同陸上演習- 赤城 努 @akagitsutomu
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