第2話 思いを馳せる二人の女性士族教師が果たした思わぬ再会
――される一週間前。
「――ホントですかっ?!
陸上防衛高等学校の職員室に、昼休みの喧騒をかき消すほどの大声が上がった。
感動と興奮に震えた突然の声に、思わず眉をしかめた武野寺
だが、
「――なんで今まで教えてくれなかったんですかっ!? そんな重要で大切なことをっ!?」
「――そうですよっ! 教育上の立場は違えど、同じ身分と性別を有する女性士族同士なのに
、水くさいですわっ!」
その女子生徒の左右に並ぶ、もう二人の女子生徒が続いて上げた同質の大声に、武野寺
|ウェービーロングの
ポニーテールの
ボブカットの
――の順に。
一学期に開催された武術トーナメント一年生の部において、なにかの間違いで優勝した疑念がいまだ拭えない小野寺
その時の実況と解説を担当した
いつの間にか至近に立っていた、三人の真ん中に位置する
士族の身分を持つ三人の女子生徒が、『瞬歩』よろしくな
(……ついに知られてしまったのね……)
――と、観念混じりに悟らざるを得なかった。
それが諦観の眼差しで三人の女子生徒を順々に見やった理由であった。
そして、それに思い当たる節が、どの節に当たっても、ひとつしか思えないので、
『――
予想が当たってもまったく驚かなかった。
驚きの表情と口調で声を揃えて上げた三人の女子士族たちとは対照的に。
もっとも、士族とは思えぬ凄まじいミーハーぶりには、第一声の時からドン引きしていたたが……。
それでも、自分にとって事実であることに変わりはなく、自身の過去を想起させるには充分な
記憶操作ですら改変が不可能だと確信させるほどの、鮮烈で強烈な過去を。
――桜華組――
――それは、現在の二周目時代に生きる世の女性たちにとって、現在の天皇と同様、『神聖にして不可侵なる』存在の、女性のみで構成された戦闘集団の組織名称である。
第二次幕末では、『幕府派』と対立していた『朝廷派』に味方した、数少ない武闘派組織のひとつでしかなかった。しかし、当時次期皇位継承者の一人として浮上していた
その暗殺計画が幕府派の仕業である事実が判明すると、それを突き止めた桜華組は、当時劣勢であった朝廷派から重く用いられ、当時の天皇や
それは、第一次幕末で活躍した『新選組』と比較しても、なんの遜色もなかったと、現在の
そして、なによりも凄まじいのは、桜華組の
桜華組としての活動期間も、幹部級の生き残りがいた『新選組』のそれよりも短かかった。
ゆえに、桜華組の生き残りは、結成後に入隊した中途加入者のみで、その待遇も準隊士である。現在でも存命なのは両手指の本数に留まっているかすら、中央政府でも把握されてない。
『
――そのようなわけで、そういった事象は、動乱後に生を受けた次世代の女子たちにも劣化なく受け継がれ、前世代の女性たちと同様の念を抱いている。
満開のごとく咲き乱れながらも、一輪も残さずに散った
そのため、誰も種子ひとつ残さなかったので、桜華組隊士の血筋を受け継いだ次世代の子たちも、桜華組にまつわる
「――ねぇ、ねェ、教えてっ! その時の活躍をっ!」
「――オトコの武士相手に、互角以上の立ちまわりで渡りあったんでしょっ! 松岡流の氣功術でっ!」
「――オンナだとあなどっていたあの時のオトコどもは、さぞビビったでしょうね。その時の
……だから知られたくなかったのである。
うっとうしいまでの質問攻めやはしゃぎようが、それこそ目に浮かぶから。
事実、目の前にいる三人の士族女子生徒たちの言動が、武野寺
「……あ、あのね、あなたたちを呼んだのは、その話をするためじゃなく、小野寺――」
「――が、その時代に生まれていたら、誰よりも真っ先に殺されていたわねっ! 桜華組にっ!」
「――うんっ! そうよねっ! あんなヘタレ、敵として認識することすら、桜華組にとって恥辱の極みだわっ!」
「――もし、アイツが桜華組を素粒子でもディスったら、今までもよりも激しくイジメてやるわっ! 口にするだけでもおこがましいって言うのに、生意気よ、小野寺のクセにっ!」
武野寺|先生の宥めに対してもまるで聞かず、取り合おうとしない。
「……………………」
だが、確認したかった事実が、今の発言で判明したのは、なんとも言えぬ皮肉であり、気分であったが……。
それでもなおはじゃぎ続ける三人の女子生徒たちに、
「――その小野寺君に武術トーナメントで負けて、優勝を許してしまったのは、いったい誰なの?」
氷点下に近い冷や水がかかった。
『……………………』
かけられた三人の女子生徒は、一瞬前までの騒々しさがウソのように静まり返る。
「……
「――もし、あなたたちもその時代に生まれていたら、小野寺君よりも先に殺されていたということになるわね。その論法をあなたたちに当てはめるのなら」
武野寺先生よりも奥の席に座っている多田寺
「……で、でも、桜華組が、オンナのアタシたちに刃を向けるとは思えないわ」
それでも、三人の女子生徒の一人、
「――そうね。確かに、桜華組は、組の法度上、女性に対して刃は向けなかったわ。それは準隊士だったあたしの戦友も例外じゃない。でも、桜華組以外にも、女性のみで構成された戦闘集団が、あの時代にはいくつも存在したわよ。そんな法度を定めてなかったのも」
『……………………』
「――あたしも、その戦闘集団の構成員としに所属していたわ」
『?!』
「――もし、あなたたちがその集団に遭遇していたら、いったいどうなっていたのかしらねェ?」
『…………………………………………』
みるみると青ざめる三人の女子生徒たちに、多田寺
「――そんなくだらない仮定や桜華組の武勇譚で話を弾ませるよりも、その小野寺君に感謝と謝罪をするべきでしょ! 『
教育者として手厳しくたしなめられた三人の女子生徒たちは、ついさっきまで浮かされていた熱が、ウソのように冷めきり、結局、その件について一通り説教されると、無言のまますごすごと職員室を後にした。
「……まったく、しょうがない
その三人の後姿を見送ったあと、
「――って、ゴメン、カッちゃん。三人を呼んだあなたが説教すべきことなのに、それを奪っちゃって。教師としての面目を丸潰れにしちゃって、ホント、ゴメンね」
手を合わせて謝罪する。
第二次幕末の戦友にして、陸上防衛高等学校でともに教鞭を振るう、唯一無二の親友に。
「……あやまる必要なんてないわ。むしろ感謝している。あたしが言いたかったことを、チッちゃんが代弁してくれたんだから」
それに対して、
「――それに、チッちゃんと違って、なりたくてなった職業じゃないしね。だから、丸潰れになる程、あたしの面目は大したものじゃないわ」
「……カッちゃん……」
「……………………」
「……もしかして、後悔している? あたしの誘いに乗って教師を選んだこと?」
不安と心配をない混ぜた親友の表情に、
今度は慌てて。
「――するわけないでしょっ! これだってむしろ感謝しているっ! あの時、チッちゃんが誘ってくれなければ、今頃、あたしは……」
そこまで言うと、乗り出しかけていた身を引いて、目と口を閉じてうつむく。
「……ゴメンね、カッちゃん。今更なことを訊いて……」
親友の様子に、間を置いてから謝罪した
「――さっきから謝ってばかりよ。それで気を遣うくらいなら、あたしがこの職業に向いている事例のひとつくらい、上げてくれた方がはるかに効果的だわ」
要求の形で
「――それもそうね」
そして、自分も親友の表情に倣う。
しばらく間、
(――今頃、どうしているのかしら――)
――ふと、思い出す。
(……あたしと違って、結局、あの時も討たないままアイツを去らせた……)
……奇しくも、自分と同じ時期と年齢と境遇で入隊した、もう一人の桜華組準隊士を……。
あれから一八年。
それ以来、
「――それじゃ、昨日、カッちゃんが、まだ浜崎寺さんをイジメている佐味寺三兄弟たちへの教育的指導は、とても立派だったわよ」
そこへ、不意に聴覚を刺激した声に、回想と心配にふけっていた
「――あの兄弟たちも、『
必死に親友を励ます目の前の友人に。
それを認識した
「……そんな取ってつけたような励ましをされてもねェ……」
苦笑して首を傾げる。
「――なにそれっ!?。長年の親友のあたしが落ち込んでいるあなたをなんとか元気づけようと励ましているのに、その言い草はないでしょっ!」
「――でも効果がないと意味がないわよ」
「これ以上はない効果でしょ! 脳内記憶や見聞
「……………………」
「……………………」
二人の親友はしばらくの間にらみ合うが、決して非友好的ではなかった。それどころか、
「――ウフフ……」
「――フフッ……」
二人は同時に吹き出し、笑い出し始める。
「――のんきなものですねェ……」
――前に水を差されたので、実行には移せなかった。
その温度は自分たちが出来の悪い教え子たちにかけた水よりも冷たかった。
『……ふ、副校長……』
――の、神経質で不機嫌な顔を視認して、二人の女性教師は気まずい表情を浮かべる。
「――今度の兵科合同陸上演習の実施日まで、あと一週間だというのに、うるわしい友情の確かめ合いに
五十代半ばの痩身な中年男性は、諦観の表情で恐るべき宣告を淡々と述べる。
『……え……?!』
それを耳にした瞬間、二人の女性教師は茫然となる。
寝耳に水というべき宣告に。
二人の女性教師の様子に、陸上防衛高等学校の副校長は深いため息をつく。
「……あなたたち、エスパーダの見聞
『……あ……』
「――以前から
『……………………』
二人の女性教師の
一度目よりもさらに深く。
そして、
「――いっけないっ! どうしよう、カッちゃんっ!?」
今更のごとく慌て始める。
「――どうしようって、もしかして、チッちゃんも考えてなかったの!?」
二人とも。
「当たり前でしょ。そんな強敵を倒すよりも難しい『宿題』なんか、あたしが解けるわけないでしょっ!」
「それはあたしも同じよっ! 頭脳労働は教科担当のあなたの領分でしょ! なのにそんな『宿題』も解けないなんて、教師に向いてないのはそっちの方じゃないっ!」
「さっきまで自身にその疑念を持っていたあなたには言われたくはないわっ! 前言撤回、やっぱりあなたは教師に向いてないっ!」
「なにをそれっ?! それが長年の親友に対して言うセリフっ!?」
「それはこっちのセリフよっ!?」
……二人の女性教師は、ついさっきまでのうるわしい友情を床下に叩き捨てて、教え子たちよりも醜い口ゲンカに没頭し始める。
「……………………」
そして、互いの両頬の引っ張り合いにまで発展した双方の争いを、副校長は、冷めたとも虚ろなとも言えぬ眼差しで一通り眺め終えると、吐くため息も振る頭もないまま、踵を返して立ち去る。
(――
引っ張った両頬を上下に揺らし合い始める二人の女性教師を背に。
(――副校長。今どこにいる?)
しかし、
(――これは校長、なにかご用ですか?)
(――以前から職員会議でたびたび挙げられていた兵科合同陸上演習の
(……あきらめましょう。もう、どうしようもありません。なので、武野寺と多田寺以外の教員たち全員の再就職先の
(――なんでしなければならないのだ? せっかく軍上層部が納得するに違いない『宿題』の『回答』が出せるというのに――)
今度は副校長が寝耳に水を受ける番となった。
(本当ですかっ?!)
(……嘘を言ってどうする? これ以上は考えられないほどの重大な議題に対して――)
不機嫌な口調に変わった陸上防衛高等学校の校長の言葉を聞いて、副校長は焦り慌てる。
(――も、申し訳ございませんっ! して、その内容は――)
(――校長室で詳細を伝えたいから、至急、来てくれたまえ。あと、この件は他の教員たちにはまだ伝えないように――)
(――はっ、わかりましたっ! ではただちに――)
そう伝えて
長年の親友であるはずの二人の女性教師は、両頬の引っ張り合いを、やむ気配もなく続けている。
そして、視線を正面に戻し、止めていた足をふたたび動かし始めると、断固たる決意をした。
「――校長に釘を刺されるまでもなく、あの二人には絶対に告げない――」
と。
少なくても、自分の口からは。
(――それまで、せいぜい醜悪な争いを、絶交したあとになっても続けるがいい――)
副校長が愉快そうに思い捨てると、喉元までせり上がっていた留飲を心地よく下げながら、昼休みの廊下を歩いて行った。
「……うーん……」
その下の廊下の窓から、組んだ腕と頭部を半ばはみ出している小野寺
「――どうしたの、
――にも関わらず、覚醒状態だと信じて疑わずに安心して尋ねて来た生徒がいた。
「――心配そうな
しかも心境まで察知して。
「――あ、
窓枠に上半身を持たれていた
「――なんの心配をしてるの?」
「……一週間後の兵科合同陸上演習なんだけど……」
「――ああ、アレについてやな」
なにを言いたいのか察して先取りした龍堂寺
「――やっぱアレを聞いてもうたら、無理もあらへん。おまいにとっては」
「――ニャによ、アレって?」
その背後から、猫田
「――ジングスがあるんや」
「――ジングス?」
「――せや」
「――武術トーナメントの優勝者と準優勝者は、兵科合同陸上演習では必ず最下位とその二番目の成績でワーストワン・ツーフィニッシュするんやって」
「――へェー、そうニャんだァ。初耳ニャ」
「――せやから、この前のトーナメントの優勝者は、そのジンクスに対して、どないすればええんか、悩んどるっちゅうわけや。せやろ」
「……うん」
「――それで思い悩んでいたのね」
「……
もう一人の対象者にも向ける。
武術トーナメントの準優勝者、浜崎寺
それでも、尋常な状態ではないのは、先程までの小野寺
「――どうしてそんなジンクスが立つようになっちゃったんだろう?」
一通り『処理』を終えた
「――そりゃもちろん、立って当然のジンクスだからよ」
親友の疑問に答えたのは
「――どういうことニャ?」
「――武術トーナメントの優勝者と準優勝者だからよ」
と、答えても、
「――せやから、なんでその優勝者と準優勝者が、兵科合同陸上演習ではワーストワン・ツになるんかと聞いとるんや」
「――そんなの、決まってるじゃない」
これに対しても、
「――嫉妬よ」
三文字で答えた。
「――武術トーナメントの敗退者や、参加すらできなかった生徒たちからすれば、それ以外の何者でもないもの。ましてや、彼ら『負け組』からすれば、詐欺同然の勝ち方で優勝したり、決勝まで勝ち上がって置きながらあっさり負けて準優勝したこの
言いながら横目で見やった
「――――――――?」
イマイチピンと来ていない武術トーナメントの優勝者と。
「……………………」
同大会の準優勝者を。
ただし、直立状態の優勝者と異なり、いまだ窓枠に引っかかった状態を保っている。
絶妙な
(……もしかして、本当に死んでるんじゃ……)
……ないかという疑惑が、他の生徒以外の誰かが抱き始めても、おかしくない頃である。
「……だから、その
その疑惑を振り切るかのように、一同は会話を続行する。
絶妙な
「――それじゃ、公正で正確な採点ニャんて、つけられニャいニャ」
「――だから二学期が始まってからの先生たちは職員室まで来た生徒たちの悩み相談そっちのけで悩んでいたのね」
「――そないなザマじゃ、あないなジンクスが立ってもしかたあらへんなァ」
「そんなこと言わないで助けてよォッ!!」
地元で起きたローカルテロ事件の時でさえ上げなかった泣き言を、死人や亡者みたいなすがりつき方と泣き方で、すがりついた失言者の
「――今度は
「わかったワカッタわかったワカッタッ!! おまいと同じ
ホラー映画よりもホラーな迫り方に、
「ありがとっ! やはり僕たちは友達だねっ!」
やっとの思いで引きはがした
「――あとは――」
それを見届けた
「アタシも
「アタシも入るわっ!」
「あたいもニャッ!」
「あたしも入れてっ!」
――までもなく、四人の女子生徒たちが、小野寺
それでも、別に構わない女子は、いるにはいるが、こんな形でのそれはまったく望んでないので、断念せざるを得なかった。
その度合いは、死亡の疑惑が高まりつつあった浜崎寺
「――みんなありがとうっ! 演習が終わったら僕の手料理をご馳走してあげるっ! やっと認可が降りた野外実験場でっ! 僕の頼みを無言で受けてくれた女子たちには、特にっ!」
感を極まった
(~~誰だよォ~~ッ!!。コイツにそんな認可を降ろしやがった無能な統合生徒会役員はァ~~ッ!!)
「――ところで、その兵科合同陸上演習は、どんニャ
「……それは、教えらない、そう、よ。武術、トーナメントと、違って、一般に、対して、非公開な、軍事訓練、だから、それは、生徒に、さえ、事前まで、秘密の、ようよ……」
「――となると、それまで対策が立てにくいわね」
「――どうしたらいいのかしら――」
困惑の表情でそこまで言った
「――てめェッ! この前はよくもやりやがったなァッ!!」
憎悪にたぎった怒声が、廊下の向こうから鋭く飛来した。
「――
同じ階の廊下の一角で、生徒たちが作っている野次馬の輪を描き分けた
数本の前髪を垂らしたセミオールバックの髪型に、ヤマトタケルよりも更に野性的な顔立ちの、それほど悪くないイケメンだが、その背丈は驚くほど短身で、とても同学年の男性には見えなった。しかし、一瞬でも女性に見えなかったのは、男性用の
無論、誰何の対象が、今しがた到着した
それは――
「とぼけんじゃねェッ!!」
「エスパーダをつけてるんなら、忘れるはずがねェだろうがっ!」
「白々しい
佐味寺三兄弟であった。
「――別にとぼけとなどなか。そいに、おいのエスパーダは、
セミオールバックの小柄な男子生徒は、関西弁とは異なる方言で、微塵も動じずに応対する。
いきり立つ佐味寺三兄弟を見上げながら。
どの相手も、相対的に、頭一つ分よりも長身なので。
「うるせェッ!! このドチビがァッ!!」
短身の相手を罵るには、月並みだか絶好で効果的な悪口が、佐味寺三兄弟の長兄から口汚く吐き出される。それを聞いた瞬間、野次馬たちの誰もが、喧嘩沙汰への発展が不可避だと確信する。
――が、
「――よか言葉ぞ。おはんらの言う通り、おいはチビじゃ。いつ
(えェェェェェェェェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!)
野次馬たちの誰もが、心の声を揃えて叫ぶ。身長が低い男性にとって、それは、女性に喩えるなら、ムネの無さに等しい
無論、それは口汚く罵った佐味寺三兄弟の長兄や、一字一句間違いなく代弁してくれた次兄や末っ子も同様だったので、まったく堪えてない相手に、すでに募っていた苛立ちがさらに先鋭化する。
「……だれ?、あの
「――アタシは知らないわ」
「――あたいもニャ」
「――僕もです」
「――あないなおもろいヤツ、わざわざ見聞
「……
尋ねられた他の五人はそれぞれ答える。
「……そうよねェ。知ってるわけ――」
『――――――――』
「……………………」
『……………………』
「――――――――」
『――――――――』
「――あったのォッ?!」
首を横に振った返答者たちも、同様の表情で、同時に。
その返答者である二十四時間死ぬ死ぬ
「……あの、
他の五人から注目を集める中、説明を開始するが、台詞ではテンポが壮絶に悪くなるので、ここからは要約を兼ねた地の文で続行する。
浜崎寺
その結果、
佐味寺三兄弟の方に非があったにも関わらず、
名目上は休学だが、実際は
それも、旧型の氣功術を会得した凄腕の医者が在院する大病院の集中治療室での。
その有様は、『半殺し』を超えた『九割殺し』だったと、当時それを目撃した生徒の一人は語っていた。
それが、助けに入ったはずの
大勝、完勝、快勝した
早い話が『やりすぎ』てしまったのである。
なんとか一命を取りとめた佐味寺三兄弟は、退院後復学し、性懲りもなく浜崎寺
「……よか、った。停学、が、解け、て……」
そして、その間隙を的確に突いたかのようなタイミングで――
「――おおっ! ここにおいもったかぁっ!?」
対象の一人が、短身に似合わず、大股で野次馬の一人に接近する。
「――ついに見つけたど。会いたかったどっ!」
糸目の少年に。
「――えっ?!」
正面にその視線を戻した
「――こいがあん武術トーナメント優勝者の身体つきと腕回りかァ。停学中やったから、
「――ええ、そうよ。小野寺流
「――おお、略して『早斬り』かァ。そん時の実況で聞いたが、いつ聞いてん、よか名ぞォ」
まるで自分のことのように。
「――いずれにしてん、すごか技に変わりはなか。やっぱおいのこん目で見たい。小野寺。ぜひ、おいと手合わせを――」
「ヤダ」
『……………………』
廊下の一角にしばしの沈黙が下りる。
「……なぜじゃ? おいと同じく、士族の子弟――そいも、そげな強さば誇る
それを破った
「……だって僕、戦い、キライだもん……」
そして、その理由をそっぽを向いた当人の口から知ると、
「……そいじゃ、おはんはなぜ陸上棒絵高等学校に入学したんじゃ?
「……………………」
「――はっはッハっハッはァッ!」
体躯に似合わない豪快な笑い声を上げる。
その場いる生徒たちは驚きの表情を浮かべる。
視線を元に戻した
「――おもしろか男ぞっ! そんだけの強さを持っちょるのに、
お笑い芸人のギャクでもウケたような笑顔で
「――ま、イヤならしかたなか。だがますまずおはんば気に入った。もし気がむいたら、おいはいつでん受け――」
「――オイィッ!!」
不意に上がった怒声が、
むろん、小野寺
佐味寺三兄弟の長兄、佐味寺
「――いつまでも
「――これでもオレ達は最大の権勢を誇る門閥士族の子弟なんだぞっ! てめェら下級士族なんざ、
「――いい加減にしねェとブチ殺すぞォッ!!」
怒り狂った声で脅し立てる佐味寺三兄弟。
――に対して、
「――こん前おいにまったく歯が立たんかったおのれらが、おいを殺すじゃと?」
肩越しに振り返って言った
たった今、思い出したのである。
その先にいる三つ子の兄弟を。
「~~大の
そして、身体ごと振り返って再対峙した
そして、その努力もむなしく決壊する、まさに寸前――
「――そこでなにをしているっ!」
別方角からの叱咤が、野次馬の環を揺るがす。
それを耳にした佐味寺三兄弟は、叱咤の主の姿を確認することなく、野次馬の環を溺れるように掻き分け、慌ててとんずらする。
おかげで、佐味寺三兄弟の遁走は、津島寺
ただ、
「――そいじゃ、また会おうぞ」
唯一、
「……………………」
その流れの中に立ち止まっている
「――なんか変わったヤツやったな」
隣にいる
「……お礼、言い、そび、れた。今度、は、しっ、かり、伝え、ない、と……」
野次馬を解散させた副校長は、ほぼ無人となった廊下で、本日の昼休みだけでも何度吐いたかわからないため息を吐く。
「……まったく、夏休みと停学明け早々、騒ぎを起こしおおって。あの女性教員たちといい、この調子では、軍上層部が期待する人材の輩出は、あの『宿題』の回答にかかって――」
――来た。
(――副校長。いったい何をしている。早く校長室へ来たまえ――)
(――も、申し訳ございまぜん、校長。その途中で遭遇した生徒同士での
(――言い訳はいい。急ぎたまえ――)
叱咤まじりに
(――いったい誰なのだろうか?)
――と。
それは――
「――『
校長室の校長からその名を告げられた副校長は、これも思わずにはいられなかった。
(――だれ? その人?)
その名を検索の条件に、自身の脳内記憶や、エスパーダの各種
「――ま、無理もあるまい」
デスクから立ち上がった校長は、痩身な副校長とは対照的に、かっぷくのよい身体を反転させると、副校長に背を向けたまま応じる。
(――テレハックで読まれたのかっ?!)
――の、疑惑に駆られる副校長に。
副校長の神経質な顔つきに驚愕のシワが寄る。
「――その者は、第二次幕末の活躍と功績により、『寺』の称号を授けられた女性士族たちの中で、数少ない男性士族なのだが、その活躍と功績が国家機密に準じる類の内容でな。非公式の場でさえ、口にするのも慎重を期さなければならない士族の家名であり、志士であったのだ。戦国時代から代々続く格式の高い佐味寺家よりもな。そういう意味では、あの桜華組と同じだと言っても過言ではない」
校長はカイゼル髭を摘まむように撫でながら、自身では『威厳のオーラが出ている』と思い込んでいる表情と口調で語を次ぐ。そんなものなどまったく感じない副校長は、校長の思い込みをさらに込ませる態度で反応する。
「……そ、その
「――そうだ、副校長。第二次幕末の動乱終結後には、創設したばかりの国防軍の要職に就いていたのだが、ほどなく辞職し、現在は自身の出身地である地元で暮らしている。平民相手に道場を開いたり、今年の春からは平民が生徒の学校に教員として兼務したりと、とても士族とは思えぬ、平民みたいな暮らしぶりらしい」
「……詳しくはわかりませんが、ずいぶんと変わった経歴と人物ですねェ。そこまでの功績と活躍をされたにも関わらず、軍の要職を辞し、一地方のありふれた士族当主に自ら甘んじてしまうとは……」
副校長は校長の説明に納得するが、それでも疑惑は晴れない。むろん、その疑惑は自身の脳内思考を校長にテレハックされたそれではない。
「――だからこちらの私的で非公式な依頼に応えて組んでくれた彼を、今回の兵科合同陸上演習の特別顧問教員として、これも非公式な来訪を要請したのだ。当初は自身の息子が在学しているという理由で固辞していたが、この完成度の高い
「……な、なるほど」
副校長はうなずくが、それでもやはり疑惑は晴れない。むろん、その疑惑は自身の脳内思こ――以下略。
「――とにかく、その彼は地元からの長距離テレタクで本校に来訪する。むろん、交通費はこちらで全額負担する。条件のひとつに含まれているからな。そして、テレ管との手続きが終わり次第、到着する。それまでに、全校生を
「……ほ、本当に、急遽ですね。校長……」
「……理由は言わずもがなだろ……」
「……………………」
副校長はなにも言えなくなる。
「――とにかく、さっそくこの旨を全校生徒と教員たちにテレ通で伝えたまえ。もうすぐ昼休みが終わる。急いでくれ」
校長の指示に従った副校長は、右耳の裏にあるエスパーダに触れながら、校長室のドアを開き、それを背に閉じた後、
「――いかん。まちがえた」
校長は思い出したかのように声を上げる。
「――提案者は
「――なによ、急にっ!」
多田寺
「――昼休みが終わる直前に、全校生を
その指示を
「――まったく、ろくな
「……………………」
「……どうしたの、カッちゃん? もしかして、まだ怒ってるの? あれはもうお互いさまという事で――」
「――そうじゃないわ」
「……思い出していたの」
どこどなく暗い表情で。
「――それって、カッちゃんと同じ時と組に入った準隊士の――」
「――あ」
声を視線を上げた
廊下の壁に張り出してある掲示板を、なかば屈んだ姿勢でしげしげと見回している。
糸目で。
「――小野寺君。テレ通で聞いたでしょ。午後の授業は
「――小野寺君?」
――にしては、背が高い上に、大人びている違和感を覚える。三十歳前後といっていいくらいに。そしてなによりも、着ている服が、陸上防衛高等学校の
「……じゃ、ないわね……」
自分が知っている糸目の男子生徒ではないことに、ようやく気づく。
「――はい、わたしはその小野寺の父親です」
「――ああ、なるほどォ。どうりで似ているわァ。そっくりなまでに」
「……その、小野寺の父親が、どうして本校に……」
親友とは対照に、
「――実は、地元からの長距離テレタクで、今しがた到着したところなのです。ですが、出迎えの教員が見当たらなくて、校内をさ迷っていたら――」
「――そこで掲示板を見回していた――」
「――はい、その通りです。武野さ――いえ、武野寺先生」
小野寺の父親は答えるが、
言い間違えかけたことに。
「――どうしてわたしの名前を?」
「――息子から聞きました」
「……………………」
簡潔に答えらえた
「――それで、なんのご用件で本校を来訪されたのでしょうか?」
今度は
「――はい、本校からの要請で、一週間後に実施される兵科合同陸上演習の特別顧問教員として、事実上の最高責任者を務めることになりました。短い間ですが、どうかよろしくお願いします」
「――ああァッ?! あなたのことだったのですかァッ!」
一礼する小野寺
「――小野寺君から聞きました。二学期の始業式の時、自分の父親が念願の教師になれたと。それも嬉しそうに。あと
「――
小野寺の父親は苦笑とも照れくさそうとも
「――ですが、それだけ息子も両先生方を尊敬しているのですね。嬉しい限りです。父親のわたしも、色々な意味で安心しました」
胸をなでおろす小野寺の父親に、
「……………………」
だが、それが何なのか判ったのは、
「――おお、待っていましたぞっ!
たまたまそこを通りすがりかけた校長の言葉だった。
校長は一直線にその姓で呼んだ糸目の壮年男性の前まで小走りで駆け寄る。
「……あ、いや、あの、校長どの。その呼称は、条件に違反……」
「――ああ、そうだったそうだった。今は女性士族の当主に婿って、今は『小野寺』であったな。当主の妻や我が校の在学生とともに、地元で起きたローカルテロ事件を解決に導いたその手腕と活躍ぶりは、私もアスネで知り及んでいるぞ。第二次幕末の動乱よりも有名になってしまうとは、皮肉なものだ」
「……いえ、そのことではなくて……」
「――いずれにしても、提案した上に引き受けてくれたことに感謝している。武野寺教員。多田寺教員。どちらでも構わないから、彼を
そして、その指示を両教員に残して、その場を去って行った。
これも小走りで。
『……………………』
それを見送った三人の壮年男女は、その姿が消えても沈黙する。
「……まさか、お前……」
「……気づく様子のないあなたたちを見て、できれば、最後まで知られずに去りたかったのですが、やはり、虫が良すぎましたね。いつか通過しなければならないとわかっていても……」
そう言って
武野寺
「……
――に、豹変した見覚えのある姿に、窒息するほどの息を呑む。
「――えエェッ?! あの
それは多田寺
「――ヤダッ! 第二次幕末の動乱終結直後以来じゃないっ! あれからもう十八年も経つのよっ! なのに、今までなんの音沙汰もないから、びっくりしたわっ!」
「――それはわたしもです。
「――それはアタシもよ。まさか二人が結婚してた上に、子供まで生んでこの学校に通わせていたなんて」
「……小野寺、
それどころか――
「――待てっ!」
なにかに思い当たったことで、さらに増大する。
「……姓と称号の組み合わせ語呂が良くて今まで気づかなかったけど、まさか、お前と結婚したのは……」
「……………………」
「……小野、
恐る恐るの態としか言いのようのない問いただしに、
「――っ?!?!」
それを肯定と受け取った
「――けっ、
そこへ、
「――おおっ、いたいたっ!」
副校長が声を上げながら駆け寄ってくる。
「――櫂寺どの。お待ちしていました。もうすぐ午後の授業が始まります。急いで
そして、
「――積もる話はよければ後ほど――」
――という
「……ホント、信じられない……」
廊下の角へと消えた
「……共闘していたとはいえ、とてもそんな雰囲気と関係には見えなかったから、とんでもないサプライズだったわァ……」
「……………………」
「――たしか、桜華組を脱退したあとにそうするようになったのよね。あたしがカッちゃんたちと出会った時は――」
「…………………………………………」
「……カッちゃん……?」
「………………………………………………………………」
「……どうしたの……?」
「……………………………………………………………………………………」
――否、応えられない。
ただただ、その場に立ち尽くしている。
茫然としか例えようのない状態に。
だからである。
「……
……結ばれた、事実に……。
――
親友の想像をはるかに上回るほどの。
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