才能と志望が不一致な小野寺勇吾のしょーもない苦難6 -武野寺勝枝の憂鬱な兵科合同陸上演習-

赤城 努

第1話 序章

「……う、う~ん……」


 ツーサイドアップの少女が、寝ぼけまなこを片手でこすりながら起き上がると、その眼差しで周囲を見回す。

 朝霧に包まれた森林が、寝ぼけ眼のそれにふさわしく、ぼんやりと浮かんでいる。

 実体のない幽霊のように。


「……ここ、は……」


 緩慢な動作で立ち上がったツーサイドアップの少女は首を傾げる。時間が経過するに連れて、意識も視界も鮮明になる。

 だが、それでもわからない。

 なぜ自分がここにいるのか。

 なぜ自分は野戦用戦闘服を身に着けているのか。

 なせここが、


「……どこ、なの?」


 ――か、わからないのも。

 しかし、その疑問はツーサイドアップの少女が発したそれではない。

 その足元に横たわっていたショートカットの少女が発した疑問の声であった。

 至近で聴こえたその声に、ツーサイドアップの少女は思わずのけぞり、後ずさる。

 ――と、背中からなにかにぶつかる。

 樹木にしては柔らかい感触に、これにも驚いたツーサイドアップの少女は、驚いた表情で振り返る。

 その目の前には、


「――だいじょうぶですか?」


 糸目の少年が、優しく受け止めたツーサイドアップの少女の顔を間近で見つめていた。


「……う、うん……」


 ツーサイドアップの少女は安心してうなずくが、それでも、その表情から動揺と困惑の二色は消えなかった。

 目の前の少年が誰なのかわからないからではない。


「……どう、して、こんな、ところ、に……」


 近くに立っていた顔色の悪い内巻きボブカットの少女の疑問に、


「――ワイらがおるんやっ?!」


 同様の距離で棒立ちしている短髪の少年が、そのあとに続く疑問を最後まで言い終える。

 関西弁で。


「――そもそも、その理由がだれ一人わからニャいニャんて、それ以上におかしいニャッ!?」


 これも同距離の位置で立ち尽くしている猫耳セミショートの少女が、更なる疑問を上乗せする。


「――おかしいワンっ! おかしいワンっ!」


 その傍にいる大柄な少年が、チンチンした犬のような立ち方でそれに同調する。

 人語が喋れるようになった犬でもないのに、なぜか『ワン』づけの語尾で……。


「…………………………」


 そんな七人の少年少女たちを、草食系とも野生的とも言えぬイケメンの少年が、集団から少し離れた位置から一通り見回す。

 右寄りの六四分けで整えた髪を横に揺らして。


「――しょうがない連中だ――」


 ――と言いたげな表情が、露骨なまでに浮かんでいた。

 そして、自分と同じ野戦用戦闘服を着用している七人に対して、口を開こうとしたその時――


(――全員、所定の位置に、無事転送したようですね――)


 突如他者の声が聴こえて来た。

 自身の脳内に直接ひびいたそれは、明らかに鼓膜を通した音声ではなかった。

 無論、目の前にいる七人の中の一人からではない。

 どう聞いても年配の年長者の声にしか聴こえなかった。

 精神感応テレパシー通話で聴こえる声と、声帯を使った肉声は、同一人物であるなら、声優でもないかぎり、同じ声にしか聴こえない。

 第一、そんなことをしても、なんのメリットもない。

 言う方も聞く方も。

 である以上、この声はまぎれもなく精神感応テレパシー通信による精神感応テレパシー通話あった。

 此処ここにはいない、声質相応の誰かからの。

 それにより、自身の耳裏にエスパーダが装着されていることに、今更ながらに気づいた七人と、すでに気づき済みの一人は、その一人を除いてあらためて周囲を見回す。

 音声によって聴こえたそれではないとわかっても、見回さずにはいられなかったのだ。

 本能もさることながら、それ以上の不安に心中を支配されて。

 ここで目を覚ます以前からの記憶が、歯抜けのように喪失していては、無理もなかった。

 なぜ自分たちが朝霧の漂う森林の中にいるのか。

 どうやってここへ移動して来たのか。

 だがその不安は、今しがた脳内に直接聴こえた精神感応テレパシー通話によって払拭される。

 全員、空間転移テレポートで瞬時に此処へ移動させられた事実や、その直前、すべてを承諾した上で眠らされた事実が。

 とはいえ、それ以外は依然と不明のままである。

 払拭されたと思っていた不安も、間を置かずに引き返し、再占領する。


(――それでは、これまで伏せていた残りの交戦規定レギュレーションをすべで開示伝達します。口頭で一回しか述べませんので、聞き逃しの心配がある生徒は見聞記録ログ機能の使用を推奨します。ただちにご準備を――)


 その不安をさらに煽るような前置きに、山林の各所にいる陸上防衛高等学校の生徒たちは、エスパーダの機能のひとつであるそれを慌ててON《オン》にする。

 推奨に従わなかった生徒は、一人もなかった。


(――なお、交戦規定レギュレーションの開示伝達が終了次第、開始します。質問はいっさい受けつけませんので、そのつもりで傾聴してください――)


 ――そして、念を押すように付け加えてから始まった交戦規定レギュレーションの口頭説明を、すべて聞き終えた生徒たちは、脳内と胸中と心中に渦巻いていた動揺と困惑と不安に、驚愕と混乱の二つが加わり、そのすべてが表情と動作に表面化する。

 取りつくろう余裕すらないほどに。


(――全員、自身の脳内に記憶したようですね。それでは、予定通り実施します――)


 脳内あたまには記憶しはいっても、理解や納得にはほど遠い生徒たちの制止や質問の大合唱を無視して、今回の軍事訓練最高責任者は淡々と宣言する。


(――第一五回、第二日本国国防軍、陸上防衛高等学校、兵科合同陸上演習――――開始っ!)

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