第87話 迷宮

 翌日、ようやく世界樹の迷宮に挑むことになった。

 ベリトに到着して三日。なんだかんだで、結構時間を食ってしまった。


「それじゃ今日から迷宮に潜るけど、みんな気を付けてね。特にアルマ」

「俺かよ!」

「キミが一番経験が少ないから」


 それぞれが武装を整え、迷宮のある市街中央の世界樹へと向かう。

 わたしはクト・ド・ブレシェにポイントガード。

 リムルは家宝のブレストプレートとショートソード。

 イーグはグラムを背中に背負っただけ。

 アルマは魔道器化した大剣と革鎧を着ている。


「アルマ、ひょっとして剣が重い?」

「そそ、そんなことないぞ!」

「でも鎧薄い」

「ごめん、実はちょっと重い」


 いくら鍛冶仕事で鍛えてるとは言え、わたしたちと違って、この間まで学生だったのだ。

 重い大剣を背負えば、そのしわ寄せは鎧へと向かう。

 動きを阻害するほどの重装備はもちろん論外だが、ある程度の装甲はあったほうがやはり安心できる。


「ボクとしては、できれば鎧の方を重視してもらいたいんだけどね」

「悪ぃな。この剣しか魔道器化してないんだ」

「なんでまた、そんなでっかいのを……」

「普通の武器ならみんな持ってるだろ。だったら俺はそういう武器で倒せない敵を倒すための物をって思って――」


 そこでアルマはわたしたちを見回した。

 斧槍を背負うわたしと、大剣を背負うイーグ。

 リムルはもちろん近接攻撃なんて考えていない。


「あー、まぁ、この面子には不必要な気遣いだったよなぁ」

「シタラの風習があんな感じだったからね。ま、仕方ないんじゃない?」


 軽装での取り回しを重視したシタラでは、そういう選択肢も活きたかも知れないけど、ラウムで基礎装備を整えたわたしたちは、その特性である重装備という色が濃く出ている。

 そこにアルマの主張が混じった所で逆に色が薄くなってしまう。


「細かい動きが必要な敵が出たらどうしよ?」

「エイルもイーグも爪があるじゃない。アルマは……精々がんばれ」

「ヒデェ!?」


 そんな無駄話に興じていると、いつの間にか迷宮の入り口に辿り着いた。

 入り口は門番によって厳重に封鎖され、出入りを厳格に管理されている。

 出てくる時は内部の二重扉を閉めないとこちら側の扉が開かない構造になっているらしい。

 これで、モンスターが街に溢れ出るのを防いでいるのだとか。


 門番にギルドカードを提示し、中に入れてもらう。

 半数が幼い見た目のわたし達を見て、門番はぎょっとし、緑のギルドカードを見て更に驚愕した。


「緑……本当に?」

「偽造できないでしょ、そのカード」


 緑色のギルドカードは腕利き冒険者の証だ。

 十代中盤に見えるリムルはともかく、下手したらイーグの少し上程度にしか見えないわたしは、腕利きにはとても見えないだろう。

 ちなみにイーグのギルドカードは、わたしたちと同じ緑である。

 これはギルドマスターの権限で、特例で緑を発行してもらったそうだ。


「それは、まぁ……わかった、門を開けるが、無理はするなよ」

「お心遣い、感謝します」


 外門を閉じ、二重扉を開く。

 その先は世に名高い世界樹の迷宮だ。


「おー、懐かしいねー」

「イーグは入ったことあるの?」


 額に手を翳し、闇の中を覗き込むイーグにリムルが問いかけた。


「うん、下層まではね。ユーリ様たちが上層に辿り着く頃にはおっきくなっちゃって入れなくなったんだ」

「おっきく?」

「今は変身の魔法で小さくなれてるからねー。あの時はまだ覚えてなかったし」


 神話時代の話じゃないか、このトンデモ生物め。

 それにしても、下層の経験があるのなら、道案内も期待できるかも知れない。


「んー、どうだろう? 昔と構造が変わってるみたいだしぃ」


 そういえば、破戒神が世界樹をへし折ったことで内部構造が変化したって言ってたっけ?


「まぁ、初めて挑戦するわけだし、ここは慎重に進むとしよう。前衛はエイルとアルマで。イーグはボクの護衛に付いて」

「りょーかい」

「え、なんで? イーグよりわたしの方が……」


 アミーさんがリムルのそばにいたのはわかる。彼女はリムルと同じく後衛職だから。

 でもイーグはわたしと同じ前衛だ。ならば感知能力が高いわたしの方が適しているはず。

 なんだかリムルに避けられたような気がして、ショックを受けた。


「いや、アルマは迷宮も冒険も初めてだからね。ボクが一番信頼してる戦力をつけただけだよ」


 わたしのショックを察したのか、リムルが慌てて理由を説明してくる。

 信頼といわれて、少し落ち着いてきた。


「後アルマは光石の鉢金着けておいて。君は暗視できないだろ」

「ああ、わかった。お前らは?」

「エイルとイーグは暗くても見える。ボクは光明を使用しておくよ」


 迷宮内と野外での決定的な違い、それはやはり暗さだろう。

 通常の冒険では、視界の悪くなる夜は夜営して休息に当てることが多い。

 だが迷宮内では常に夜だ。真っ暗な中を進む上で最も重要なのは視界の確保。

 わたしやイーグには必要ない心配だけど、回復役のリムルは夜目が利かない。

 さすがの彼も見えない相手を癒す事はできないのだ。


「とりあえず今日は実戦の感覚を掴む程度で行くつもりだから、みんな無理はしないように」

「おぅ!」


 勢いよくアルマが返事を返す。

 その声に反応した訳じゃないだろうけど、額の角が小さな魔力反応を感知した。

 この反応の弱さなら、きっと危険も小さい相手だろう。

 それぞれが装備を点検し、準備を整えていく。


「イーグはどの辺まで登った事があるの?」

「んー、確か二百層辺りまでかな。その辺で脱皮しちゃったのー」

「それまで皮被りだったのか」

「いやん、ボスってばエッチぃ」


 幼い身体をくねらせるイーグの後ろ頭をはたいておく。

 ついでにリムルもお説教せねばなるまい。年上として。


「リムル、最近下ネタ多すぎ」

「う。そ、そう?」

「うん。そんなリムルはキラい」


 ぷいっと背を向けて不機嫌を表してみせる。

 ついでに視界も天井付近に送っておく。これでツンと顎を逸らした様相になったはずだ。


「ぐ……自重するよ」

「ほんと?」

「うん」

「お前ら、迷宮に来て早々にイチャイチャすんな」


 む、弟に対するお説教になに言いがかりつけているんだか。

 ここはキチンと主張するべき。


「これはイチャついてるんじゃないの。お説教」

「とてもそうは見えねぇって……大体緊張感が無さ過ぎんじゃ――」

「あ、上――」


 アルマの言葉をぶった切って、わたしは警告を発した。

 これはさっきから天井を這って近づいてきていたスライムが、アルマ目掛けて落ちてきたからだ。


「ぬわー!?」


 突如粘液質な物体に頭部を包まれ、驚愕し、のた打ち回るアルマ。

 イーグは気付いてた様だけど、周囲への注意力が足りないぞ。


「もう、しょうがないなぁ」


 異空庫から焚き火の薪を一本取り出し、アルマに頭に取り付いたスライムを炙っていく。

 熱が弱点なのか、身を捩る様にして顔から離れていくスライム。

 充分に離れた所でイーグが炎弾の魔術を撃ちこんで焼き払った。

 炎弾はもっとも初級の攻撃魔術の一つで、攻撃力も相応なのだが、イーグほどの魔力で放つとその威力も桁外れである。

 一瞬にしてスライムは吹き散らされてしまった。


「アルマ、油断しすぎ」

「ここはもう迷宮だからねー」

「はいはい、軽癒、軽癒っと」

「す、すまん」


 スライムは酸性の性質を持っていたのか、軽く火傷をしていた。

 顔を逸らせる振りをして天井を確認した時、スライムが近付いてきていたのは気付いていた。

 スライム系は即死するような攻撃が無いので、リムルさえ護れば安全だと判断して先手を取らせてみたわけだけど。


「むぅ、襲われるまで全く気付かないとは……」

「面目ねぇ」

「ま、初めての迷宮でいきなりの奇襲だからね。仕方ないさ」


 リムルはアルマをかばうけど、わたしたちの目標は高い。ここは気を引き締めてもらわないと。


「ほら、ボス。また来たよー」

「ホントだ、今度は二匹」

「こういう場所だとエイルたちの魔力感知って役に立つなぁ」

「ふふーん」


 リムルに褒められて少し鼻高々になってしまう。

 そんなわたしを見て、クスリと笑ってからアルマに指示を出した。


「じゃ、あの二体、頑張ってみようか」

「お、おう。任せろ」


 リムルに促され、アルマは魔道器の剣を起動して駆け出していく。

 その後、わたしの方に向いて、一つ頷いた。

 わたしはその意を汲んで、アルマの後を追っていく。あれはアルマをサポートしてやれという意味だ。

 スライムは迫り来る敵に反射的に触腕を伸ばす。アルマはそれをあっさりと斬り飛ばして見せた。


「……ふむ」


 その動きを見て、やはりアルマは新人離れした実力があることを確認する。

 踏み込みながら斬るのと、走りながら斬るのでは、似ているようで違う。

 体の勢いのまま剣を振るのと違い、不安定な体勢から攻撃するのだ。強靭な体幹の強さが必要になる。


「起動、焔纏!」


 魔剣の能力を解放しつつスライムに肉薄するアルマ。

 スライムは物理的なダメージに耐性がある。多少斬り飛ばした所で、引っ付けば元通りに戻ってしまうのだ。

 焔纏の魔術は武器に炎を纏わせる。効果としては、炎によるダメージ強化の他に、ダメージを魔法化するという特性もある。


 武器が有効に働くなら、動きの鈍いスライムは格好の獲物となる。

 スライムの特性を見抜き、的確に判断を下したのは評価できる。だけど……


「少し、イノシシ」


 背後に迫るもう一匹のスライムのことも、忘れちゃいけない。

 わたしはその間に割り込んで牽制を放つ。

 無理に倒す必要はない。こいつの相手はあくまでアルマなのだ。


「背後も注意する」

「あ、スマン」


 最初の一匹を手早く処理したアルマは、素早くわたしと位置を入れ替えて、残りの一匹に対応する。

 元々スライムは不意打ちからの一方的な攻撃が持ち味だ。正面からの戦いには全く向いていない。

 あっという間にアルマに切り刻まれ、その粘液の身体を地面に染み込ませていった。

 そのタイミングでリムルたちがゆっくりとやってくる。


「エイル、アルマの調子はどうだった?」

「ン、悪くはない。でもイノシシ」

「イノ――!? ちゃんと倒したじゃないか!」

「スライムごとき、わたしの助太刀無しで倒してもらわないと」

「ぐぬぅ……」


 わたしたちが目指す場所はこの迷宮最上部の六百層だ。この程度に付け入る隙を与えているようでは困る。


「まぁまぁ、エイルだって最初の戦闘では自爆してたじゃない」

「ぐふっ!?」

「エイルはね、ヴァルチャー相手に自爆して左足と右肩が折れて背筋から内臓まで傷めてたんだよ?」

「ああぅ、そんな昔の事を持ち出すなんてズルイ!」


 昔――というほど昔ではないけど、一年前のわたしはこの身体にも慣れてない素人だったじゃない。

 イーグとアルマも興味深そうに話を聞いている。


「オヤビン、相変わらずドジッ子だったんすねぇ」

「へぇ、結構最近のことなんだな」


 賑やかに戦後処理を行いながら、抗議の声を上げる。

 こんな感じで、迷宮の初日の冒険をこなしていったのだった。

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