第五章
第86話 準備
ベリトに移住して翌日。
結局初日は家の準備とかで忙しく、世界樹に挑むことはできなかったのだ。
もちろん拠点は重要なので、必要な労働だと思うけどね。
イーグとアルマがいなければ、なんだか新居へのお引越しみたいで楽しそうだったのに。
とにかく、最初にやらないといけないことは決まっている。
迷宮に入るには冒険者資格が要る。わたしとリムルはもちろん持っているけど、ファブニール種のイーグや、学生だったアルマはまだ資格を取っていないのだ。
まずは二人に資格を取ってもらわないといけない。
「というわけで冒険者ギルドに行くよ」
「資格試験かぁ。俺試験とか苦手だったんだけど?」
「大丈夫、冒険者はバカでもなれるように脳筋ルートもあるから」
「今お前、俺のことをバカって言ったか?」
「…………」
素早く視線を逸らせるリムルに掴みかかるアルマ。
男同士のスキンシップって激しいんだね。
「でもでもオヤビン、わたしも冒険者になれるかなぁ?」
「大丈夫じゃない? トカゲはなれませんって規約になかったし」
「オヤビン、わたしはトカゲじゃなくてドラゴンだからね?」
「尻尾切ったら生えてくる?」
「非常食にする気? 食べたら人間やめちゃうっスよ」
陰険漫才を展開しながら一年振りのベリトの通りを歩く。
あの時のわたしは、身体の不調やら、奴隷落ちの直後やらで精神的な余裕が全くなく、街の光景を楽しむこともできなかった。
今は余裕を持って街を見て回れる。これがどれだけ奇跡的なことか、神に感謝したくなったくらいだ。
「……神…………」
そこで脳裏に浮んだのが、あの破戒神である。しかもご丁寧にピースサインをしている。
あの、ある意味頭の
ベリトの活気は以前よりも更に大きくなっていた。
やはり冒険者の総本山だけあって、人の出入りは激しい。
しかも一年前にはグランドヘッジホッグを単独で撃退した英雄が出現したとあって、『それに続け』と意気揚々と地方から出てきた冒険者が増えているのだろう。
「ってリムルが言ってた」
「お前の検証じゃねぇのかよ」
「考えるのはリムルの仕事だもん」
アルマに知ったか
ドアベルを鳴らしながら支部内に入ると、そこにいる冒険者たちは以前よりピカピカしている印象を受ける。
やはり新人が増えているのだろう。
カウンターには一年前と変わらぬお姉さんの姿があった。
「あら、一年振りね。元気にしてた?」
「覚えていてくれたんですか? 凄いですね」
「そりゃ、あのケビン君と一緒に旅立っていった子たちだからね。普通の子よりインパクトあるわよ。それで今日はなんの用かな?」
「彼の登録をお願いしたくて」
軽く世間話をしながら、アルマの登録書類を記入させていく。
わたしはその間手持ち無沙汰に周囲を見回していた。これも一年振りの行動かと思うと、なんだか感慨深い。
ふと目に入った張り紙には、
破戒神の言葉では、これは彼女がなにやらやらかしたせいで貼り付けられたとか?
「ふぉっ!?」
そこに飛び込んできた奇声。どうやら受付のお姉さんが上げたらしいけど。
視線をカウンターに戻すと、このギルドでは初顔見せのイーグの登録証に目を通しているところだった。
「ふぁ、ふぁぶにぃる……?」
「ああ、彼女はこう見えてもドラゴンなんで」
「ホントだよー、ほれほれ」
背中から翼だけを展開し、バッサバッサと動かしてみせるイーグ。
ヤメロ、埃が立つから。
「ほ、本物……ちょっと待ってくださいね、すぐにギルドマスターに連絡しますから! こんなの私じゃ対応できませんし!」
「いや、チェックだけしてもらえればいいから」
「支部長、レヴィしぶちょー! どえらいのが来ましたぁ!?」
お姉さんはこちらの言い分を全く聞かず、私たちを放り出して奥へ駆け込んでしまった。
「あ、これは厄介事の気配……」
「だね。じゃあ後は任せたよ、イーグ」
「ふぇ、ボス達はどっか行くんですかぁ?」
「メンド臭いことになりそうだしね。それにアルマの新人試験にボクたちがいても意味がないし」
こう見えても、わたしたちはすでに緑ランク。
周りからすれば一人前の冒険者。すでに一流も間近の腕利きである。
そんなわたしたちが材木運びやら薬草集めを手伝ったら、あっという間に終わってしまう。
「もちろん、わたしはズルしたけど」
「エイルは存在自体が反則だからね。おかげで楽させてもらってる」
そう言ってリムルが頭を撫でてくる。
最近さらに身長差が大きくなってきたので、撫でられる頻度が上がってきてる気がする。
彼曰く、『丁度いい高さに頭があるから』だとか。
「ぐぬぅ、わたしの方が年上なのに」
「あはは、エイルはカワイイなぁ」
「その小さい子をあやす様な言い方はヤダ!」
両手を振り回して抗議の意を示すが、頭を押さえられて拳が届かない。
もちろん魔力付与すれば弾き飛ばすのは可能だけど……こういうのもスキンシップだし、ね?
その後、イーグとアルマを放り出してわたしたちはギルドから逃げ出した。
目立ちたくないわけではないけど、面倒なのはお断りだ。
支部長とか、できれば遠い国の人であり続けてもらいたい。ラウムの王族に関わっといて今更だけど。
迷宮内で必要な道具類は、野営が主の通常の冒険とは必要なものが違う。
そこでアルマが試験を受けている間、わたしたちでその道具類を集めておくことにした。
道具屋を目指して街中を散策する。途中で買い食いとかしたりしたけど、これはデートでは無いのだ。あくまで買い出しなのである。
だから緊張なんかしていない……ホントだよ?
「ああ、お前ら!」
「あぁ?」
そんな嬉し恥ずかしい時間に割り込んできた怒声。
わたしがちょっとばかり怒りを滲ませたとしても、無理は無いはずだ。
声を掛けて来たのは、右腕が義手の男や鼻にサポーターをつけた男たちが四人。
なんだか、どこかで見たような……?
「ほら、ベリトで出会った頃に絡んできた冒険者崩れの四人組」
「ああ、あの」
一年前、ベリトでリムルに買われた頃に絡んできた冒険者がいたっけ。
あの時は身体能力のテストも兼ねて、わりと全力でブン殴ったりした記憶があるけど、まだ現役だったんだ。
「お久しぶり、身体大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ! 腕は動かなくなったし鼻は潰れたし――この落とし前、どうしてくれる!」
引退すればいいのに、まだ冒険者続けてるあたり中々に根性があるなぁ。
初心者に絡むクセさえなければ、だけど。
「まぁ、ボクたちもあの頃とは違いますから。また絡んでくるなら容赦しませんよ?」
ズイッと前に出るリムル。
以前は私の背後に隠れていたのに、成長したものだ。
イーグに剣の修行をつけてもらってるから、きっと彼一人でも充分勝利できるだろうし、ここは任せておこうかな。
「リムルのちょっといいとこ見てみたぁい♪」
「まかせろ。お前ら、これを見ろ」
そう言って懐から取り出したのは、緑の縁取りの付いたギルドカード。
「げぇ、緑ランクだと!?」
「あれから一年……ボク達は血反吐を吐くような冒険を繰り返したのさ。それなりの修羅場もくぐってきている。どうする? これを見て、それでも――やるかい?」
「い、いや……俺たちは、その……」
確かに嘘は言っていない。だけど、違う。わたしが見たかったのは、もっとこう、カッコよく撃退してくれるシーンだ。
口先三寸とギルドランクを盾にした交渉術では、ない。
それに、主に修羅場をくぐったのは、わたしだ。
「今ならまだ間に合う……失せろ」
「は、はいぃぃ!」
脅しを効かせたリムルの声に、男たちは絶叫じみた返事を残して、一目散に走り去っていった。
「もう、リムルってば普通にやっつけることができたでしょ」
「街中で刃傷沙汰とか、衛兵に捕まっちゃうじゃない」
わたしはプリプリ怒りながら道具屋で冒険道具を選び続ける。
迷宮内では灯りが常に必須となるため、石ころに光明の魔術をかけた魔道具が必須になっている。
内蔵魔力が少しでも多い物を、角の感知力を利用して選び出す。
他にも六百層にも及ぶ長丁場なので、質のいい保存食や水、野営設備も必要になるけど、これはわたしの異空庫にあるので削除できる。
五十層辺りまでは、階層毎にゴーレムを使用した馬車なんていう設備もあるので、一気に低層を走破することも可能だそうだ。
これも何百年も攻略してきた、冒険者たちの努力の賜物だろう。
「まぁ、戦わずに済ませたんだからもっと褒めてくれてもいいと思うんだけど。これなんてどう?」
リムルがこちらに差し出したのは、額に巻く鉢金の中央にカバーの付いたへこみのあるもの。
ここに光明を掛けた先ほどの石をセットすれば、簡易のランタンが出来上がるという寸法だ。
灯りを消す必要があるときはカバーを下ろせばいい。
「カッコ悪いから、これはアルマ用ね」
「そうしとこう」
他にも傷を回復させるポーションや逃走用の煙玉なんていう便利アイテムもいくつか買い込んでおく。
リムルが桁外れなので、わたしはポーション類を使用したことがないけど、彼の手が回らない状況なんていうのも迷宮では考えられる。
準備はできるだけしておいた方がいいだろう。
「荷物は各自で持ち分けた方がいいだろうし、イーグやアルマの分も分けておいた方がいいな」
「わたしがいるじゃない?」
「常に同行できるとは限らないだろ。話によるとパーティ分断なんてトラップもあるらしいし」
「いつ聞いたの?」
「さっき、受付で」
あのお姉さんか。中々に手早いな。警戒しておこう。
他にも変り種として迷宮内の擬装用の布なんていうのもある。
これは迷宮でキャンプ中にモンスターの視覚を誤魔化すために、岩壁なんかに擬装できる布らしい。
こういうのがあると、キャンプが安全に行えるというのが、道具屋さんの談。
なんでもかんでもオススメ通り買うと不必要な物も押し付けられるので、慎重に相談しながら買い物を済ましていく。
なんだか、二人っきりで買い物したのが凄く久しぶりに感じる。
最近はアルマとかケビンがべったり引っ付いていたから。
そんな中で、リムルの動きがピタリと止まる。
その視線の先にあったのは一つの小瓶……
「リムル、なにそれ」
「おお、お客さん、中々にお目が高い。それに目を付けられるとは」
「おっちゃん、これ知ってるの?」
「もちろんです。私はここの主人ですよ?」
「そーでした」
厳重にガラス戸に仕舞いこまれた小瓶を取り出しつつ、主人がこちらに差し出してくる。
「本来は簡単に出回るものではないので、お値段の方は張りますが、効果は折り紙付きです」
「だから、これなに?」
「媚薬です」
その時の主人のニヤリとしたドヤ顔は、ちょっと忘れられない。
リムルもこちらに視線を向けてサムズアップしている。
「必要ありません。リムル仕舞っちゃいなさい」
「えぇ、これ貴重品だよ!」
「必要ありません!」
「ぐぬぬ。肉食系のブランシェ家としては一つくらい常備しておきたかったのに」
「そんな家訓は捨てちゃえ」
力尽くで小瓶を棚に戻させ、会計を済ませる。
こうしてデート気分での買出しは終了した。
なお、家に帰ったらイーグとアルマからお説教を受けたのは、言うまでもナイ。
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