第84話 許可
人がやってくる前に、その場を離れた。
イーグが鼻血を流して気絶している破戒神を抱え、わたしがリムルを抱きかかえて全速力で離脱する。
「いや、エイル。この格好は少し恥ずかしい」
「男の子なんだから我慢する」
「男の子だから恥ずかしいんだよ!?」
小さな女の子にだっこされて、半ば爪先を引き摺りながら運ばれるのは、なにやら男のプライドに拘ったらしい。
だが今はそんな時間的余裕は無い。飛んで逃げるとしても、高度を取れば目立ってしまうのだ。
地面ギリギリを飛翔するしかない。
声の遠さから察するに、野次馬との距離はそれほど開いていない。
戦場はいたるところに大穴が開き、『れぇるがん』とやらで地面をぶち抜いた場所は、土がガラス状になるまで焼け
飛んできた鉄塊に纏わせていた強電力の仕業だろう。
「破戒神、どんだけ出鱈目な魔術使ったのやら……」
「うん、単独で転移魔術とか初めて見たよ」
背後からも溜息が聞こえてくる。
彼女がドジッ娘属性持ちじゃなかったら、おそらくわたしは負けていただろう。
その彼女でも歯が立たない、守護者とやらのことを考えると、少し気が重くなってくる。
数百メートルほど飛んで森の木陰に紛れ込んだ場所で、安全だと判断し地面に降りた。
近くに放置された廃屋があったので、その中に隠れる。
森に囲まれ、危険な獣も豊富なラウムでは、拡大と縮小を何度も繰り返している。
それゆえ、こういった放置された民家などが、城壁外に多く点在しているのだ。
野次馬が後を追ってこないことを確認し、一息ついたところでイーグが破戒神をポイと床に放り投げた。
あんた、一応それ母親代わりじゃなかったの?
「あー、大丈夫っすよ、オヤビン。ユーリ様死なないから、この程度なんともない――」
「聞こえてますからね、イーグ」
「ひぃィ!?」
いつの間にか破戒神も目を覚ましてたみたい。
ほんの数分で目を覚ます辺り、さすがの回復力だ。
彼女はそのまま居住まいを正すと、わたしたちにも座るように指示してきた。
椅子がないので、地べたに直接腰を下ろすことになるけど、破戒神もわたしたちも、そんなことを気にするデリケートな神経はしていない。
「……むぅ、負けてしまうとは思いませんでした」
「じゃあ、世界樹に向かってもいいですね?」
「そういう条件の勝負だったので、否やはありません。不本意ですけど」
「良かった。それじゃ、ボク達は出発の準備を――」
「待ちなさい。あなたたちに伝えておくべきことがあります」
すぐさま出発の準備に掛かりたいので、気が逸っていたリムルを破戒神が止める。
機先を制された形の彼は、渋々といった表情で座りなおした。
「まだ、なにかありますか?」
「――お前たちに教えることは、もう何も無い」
「だったら止めないでくださいよぉ!?」
真面目腐った顔でわけがわからないことをいう破戒神に、リムルがキレ気味に叫ぶ。
こんなに弄ばれてるリムルは初めて見るなぁ。ちょっと歳相応って感じで可愛い。
「ごめん、言ってみたかっただけです。冗談はともかく、あなたたちは魔王についてどれだけ知っています?」
魔王――現在
確かあらゆる攻撃を無効化し、ドラゴンすら一撃で殴り飛ばす力を誇り、あらゆる魔術を行使する才能があったとか?
そんな彼は寿命という問題を克服するため世界樹の力を求め、そして破戒神たちに滅ぼされた。
「――という話ですけど、いくらなんでも眉唾ですね。正直なところはわかりません」
「あはは、眉唾ですか……それ全部事実です」
「マジでぇ!」
御伽噺が全て事実という、あまりにもふざけた言葉に、わたしは思わず声を上げた。
ちょっと言葉使いが破戒神に毒されてる気がするけど。
「全ては彼の持つギフトのせいですけどね。あらゆる攻撃に耐性を持つ完全耐久、そしてどんな敵をもブッ飛ばす豪腕、そして全ての魔法を使いこなす為の魔術師の才能。その三つのギフトを持ち合わせていたのですよ」
「そんなの……どうやって倒せというんですか」
むしろ破戒神様はよく倒せたものだと感心する。
「わたしはこの世界……まぁ、その……色々厄介なギフトを持っているので、それを封じるアイテムが無いと日常生活にすら支障があるのです。つまりその技術を使って――」
「魔王のギフトを封印した上で、倒したんですね」
「そういうことです。つまりギフトを封じないことには魔王は倒せません。これ絶対」
「はぁ?」
自分より年下の少女がエヘンと胸を張って説明する姿は、どうにも威厳が無い。
だが語っている内容は紛れも無く事実。神話時代の出来事だ。
それを自分たちも相手取るのだから、聞き漏らすわけにはいかない。
「ギフトを封じた所で、今のヤツは世界樹から無限の再生力を与えられています。このリンクを絶たない限り、どれだけ重い攻撃を放った所で、瞬く間に再生されてしまうでしょう」
「なるほど、でその方法は――」
「知りません。知ってたら今頃、あのクソ忌々しい世界樹をへし折っているのです!」
やおら立ち上がって、ダンダンと地面を踏みしめて怒りを表す破戒神。
身体強化は使っていないのか、勢いはあっても力はないみたい。それでも周囲に埃が舞い上がる。
「埃が舞うからやめて」
「あ、はい」
「つまりバハムートを探し出して知りたいのは、そのリンクの断ち方なんですね?」
「そうですね。元々神出鬼没な神様でしたが、今頃どこでなにをしているのか。そんなに世界樹と共に吹き飛ばしたのが気に入らなかったのですかね?」
「そんな事してたんだ」
そりゃ怒る。というか、怒らない方がおかしい。
というか、それって……
「ひょっとして、破戒神さまから逃げてるんじゃない? 怖くて」
「えっ? は、ははは、まさか、そんな――」
「わたしなら逃げる。リムルは?」
「うん、ボクでも逃げるね」
「わたしが原因だったというのですかぁ!?」
驚愕の事実! とばかりに驚いてみせる破戒神。もうダメだ、この神。はやくなんとかしないと。
しばらくがっくりとうなだれた後、おもむろに立ち上がってコホンと咳払いを一つ。
その平たい胸の懐から、一つの首輪を取り出した。
「これを持っていってください。わたしの首輪や眼鏡と同様に、ギフトを封じる力があります。対象は完全耐久」
「つまり、これを相手に取り付けないと、攻撃が一切通用し無いというわけですね」
「そうです。そして、それは最初の一歩に過ぎないことも忘れないように」
ギフトを封じてようやく勝負できるようになるだけだ。
その他のギフトはまだ生きている。そのギフトの、どれか一つだけでも強敵になるというのに。
「ドラゴンを一撃で倒し、魔術を使ってくる敵……ですか」
「あ、魔術に関しては気にすることはないですよ。アイツ、バカでしたから」
「はぁ?」
一瞬、破戒神の言っている事が理解できなかった。思わず目が点になる。
「バカ? 魔王が?」
「考えても見てください。どんな攻撃も弾き返し、どんな敵も一撃で沈める。そんな人物がわざわざ魔術なんて勉強すると思いますか?」
「え、いや……ボクならするけど」
「わたしもするかな? 覚えられなかったけど」
魔法陣構築のセンスというのは、致命的な欠点だった。
わたしはそれが無かったが故に、魔力は多くても魔術が使えないという矛盾した存在になっている。
「アイツの持っていたギフトは、全属性を『使用するため』の才能であって、学び、開発し、使いこなす才能じゃなかったのですよ。それはある意味、後天的な努力によって会得もできますけど、『近付いて物理で殴ればいい』で全てを解決してきた魔王には必要なかったわけですね」
「そ、空とか飛んでる敵とかいるじゃない?」
「石投げりゃいいじゃないですか」
身も蓋も無い事実をあっさりと言い放つ。そのあまりにも脳筋な発言は、魔術の大家たる破戒神の言葉とも思えない。
仮にもいろんな魔術を開発した神様でしょ、あなたは。
「その、現代魔術中興の祖と呼ばれる方の言葉とは思えません」
「魔術だって結局は物理現象をどう引き起こすかって問題ですよ。わたしはその辺の知識を活かす方法を知っていただけで。とにかく、相手は魔術を学んだ経験がないはずなので、魔術に関しては『使えるけど使えない』状態だと思ってくださいな」
ま、まぁ、朗報ではある……のかな?
もっともわたしの場合、魔力を感知できるので、大抵の魔術は躱してみせる。
生半可な技量だと、当てることすらできないのだ。
「となると戦況は、魔王とエイルの『接近して物理で殴ればいい』バトルになるわけか」
「それ、なんかヤダよ? 女の子らしくない」
「前衛戦士やってる段階で、何を今更」
「むぅぅぅ!」
「いたた……ゴメン、ってば」
あまりにもヒドイ言いようなので、リムルの太ももを抓り上げてやった。
もちろん、竜化していない右手でだ。左手でやったら肉が抉り取れてしまう。
魔力付与も行っていない、素の腕力なので、あまり痛くないはず。
そんなわたしたちの姿を見て、微笑ましそうに笑みを浮かべた破戒神は、優しい声で告げた。
「爆発させんぞ、バカップル共」
「あんたが言うな」
すかさず突っ込みいれるイーグ。実は破戒神のこと嫌いなのかな?
いや、むしろわたしたちには無い気安さというか、そういうのを感じるかな。これが家族の関係なのか。
と思ったら、破戒神が穏やかな笑顔のまま、イーグを張り倒してる。しかも今度は身体強化付きだ。
うん、多分気のせいだね。
「とにかく、世界樹の迷宮では何が起きるかわかりません。罠に隠し通路、モンスターだっててんこ盛りです。くれぐれも身体に気をつけて。絶対無理はしないように」
「はい、誓って無理しません」
「それと
「ん、問題ない」
心配性な破戒神に、鷹揚に頷いてみせる。
あなたを破ったわたしを信用しなさい。むふんと鼻息荒く胸を張ってみせる。
それを見て破戒神は胡乱気な視線を返してきた。
「エイルちゃんの言うことは信用できないです。頭に血が上るタイプみたいだし」
「なんだとぅ!」
頭に血が上って、場を荒らしまくったのは、むしろそっちじゃない。
激高して頬を膨らませたわたしの足を、リムルがビシッと突いてくる。
その瞬間、全身にビリビリと痺れが走って、前のめりに倒れこんだ。あ、足が……
「はぅあ!?」
「あ、やっぱり痺れてたんだ。正座は辛いからね」
「ひ、ヒドイ……」
「そうやって挑発に乗ってるから、侮られるんだよ」
「何でリムルは平気なの?」
「こっそり治癒掛けてるから――」
ぷいと視線を逸らして、告白する。こ、この外道ー!
「まぁ、優秀なブレインが付いてるようですし、ここは信頼しておきます。わたしもなんとか、二か月以内にカタをつけてそちらに向かいますので、くれぐれも慎重に」
「了解です」
破戒神の試験は、こうして無事突破できたようだった。
それはともかく、後でリムルには仕返ししてやる!
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