第83話 自重

 破戒神に連れられて、郊外の草原へと向かう。

 街道から外れたその場所で、十メートルほど離れて対峙した。


「少ぉし待ってくださいね。準備するので」


 そういって破戒神は二つの魔法陣を展開し、解放する。

 魔法陣から弾けた光が周囲に飛び散り、地面が少し鳴動した。

 更に光の粒が宙を舞い、周囲に薄い膜のようなものを形成して――やがて、消えていく。


「これは……?」

「結界の魔術です。人払いに内部封印。内側の魔術や衝撃波などは完全にシャットアウトする優れものです。しかも認識阻害のオマケつき!」


 多分故郷の山で張られていたのも、これと同じ結界だったのだろう。

 あの山を登ろうとすると、必ず道に迷い、元の場所に戻されていた。


「この中でなら思う存分暴れられる、というわけですね」

「全力を出してもらわないといけないですから」


 そう言って背中に背負った剣を引き抜く。

 一メートルほどの湾曲した刀身を持つそれは……聞いた事だけはある。カタナと呼ばれる武器だ。


「くくく、今宵の『小烏丸っぽいなにか』は血に飢えておるぞ……」

「っぽいなにかってなんですか?」

「銘です!」


 カタナを手に、むふんと胸を張る破戒神。その外見はどう見てもドヤ顔幼女。

 一応武器を抜かれたからには、わたしも対応しなければならない。

 クト・ド・ブレシェを異空庫から取り出し、構える。


「安心してください、殺す気はないですから。峰打ちで勘弁してあげましょう」

「そのカタナ、両刃じゃない!」


 破戒神の構えたカタナは、刀身の半ばまで両刃になった異形のカタナだった。

 この神様、殺す気満々じゃない!?


「成せば成るのです! いきます!」


 どう考えても無茶な宣言と共に、破戒神との戦いが始まった。



 大きく一歩踏み出した破戒神。

 その動きに対応して、わたしも地面を蹴る。

 相手は世界樹をへし折るほどの魔術の使い手。そして魔王を倒すほどの戦上手。後手に回れば、確実に受けきれなくなる。

 ここは先手を取って、実力を発揮しないうちに圧倒せねばならない。

 そう覚悟を決めて、一歩踏み出したわたしの足元が――崩れた。


「ふぉわっ!?」


 どしゃりと音を立てて落下するわたし。

 これは――落とし穴?


「ぬふふ、掛かりましたね。結界を張ると同時に仕掛けておいたのですよ!」


 そう言えばあの時、魔法陣は二つ展開していた。

 わたしの角の感知にも周囲の空間とに魔力の反応はあった。

 結界をダミーにして、罠を仕掛けるとか……この神様、ずるい!


「このぉ!」


 追撃の魔術が飛んでくる前に、穴の底を蹴って飛び上がる。

 身体が中にあるうちに翼を展開して、空中に舞い上がった。ここならば落とし穴なんて使えない。


「あ、飛ぶなんてずるいですよ!?」

「ずるいのはそっちでしょ!」


 言いがかりをつけてくる破戒神に返事をしてから、異空庫を展開。

 取り出したのは数十本にも及ぶグランドヘッジホッグの毛針。

 そこに魔力を通して鉄より硬くしてから破戒神に向かって投げ下ろした。


「うひゃあわわわわ!?」


 雨の様に降り注ぐ巨大な針を、転がる様にして躱していく破戒神。

 その動きは予想よりはるかに早い。身体強化魔術を使用しているのだろう。

 逃げ回りながら、三つの魔法陣を展開し、こちらへ火の玉を投げつけてくる。

 魔術の起動が早い。この辺は流石というべきだろう。

 だが火球の魔術なら、異空庫に取り込める。水蔦の手袋もあるので、ダメージにはならない。


「投げ返してやる!」


 そう叫んで左腕を前に突き出し、異空庫に取り込む体勢をとる。

 だが火球はこちらまで飛来せず、途中で盛大に炸裂した。しかも三つ同時に。

 本来撒き散らす炎の代わりに、黒々とした煙が周囲に立ち込める。


「これ、煙幕!?」


 地面への視界が塞がれた。この隙に反撃を仕掛けてくるかも……だけど、わたしには魔力を感知できる角がある。

 この状態だって攻撃を継続する事は可能。そこへ――


「隙ありぃぃぃぃ!」


 いつの間にか上空に回りこんだ破戒神の斬撃。

 そのカタナは薄く光を帯び――その光の刀身が数メートルにも伸びている。


「んなっ、なんで――!?」


 とっさに回避するが、破戒神の刀身は振り下ろすと同時にこちらに向かって飛来する。

 これには虚を突かれ、左の翼を浅く切り裂かれてしまった。


「うふふ、最近ギルドで開発された魔力付与とかいう技なのです! まさに、魔力溢れるわたしに、ジャストフィットな技!」

「それ、わたしたちが売った技じゃない!」

「そうだったのですか、感謝します」


 多少余力があったので口論できたものの、体勢が不安定になってきた。

 この翼は物理法則で飛んでいた訳ではないが、翼を切られた事で飛行の魔力のバランスが崩れ、ついに墜落を始める。


「あ、わわわわ……」


 落下を始めたわたしを見て、破戒神はカタナを背中に戻し、懐から紙を一枚取り出す。

 そこに魔力を注ぐと、彼女の手の中に巨大な大砲のような武器が現れた。


「て、転移系の魔術! それをあっさりと――」

「わははは、しんじゃえー!」

「あわわわわわ!?」


 その武器の先端から、光を帯びた何かが射出される。

 その速度があまりに速すぎて、わたしの目を持ってしても判別できない。

 残った翼を利用して落下方向を変更しつつ回避行動……一応破戒神も直撃はまずいと判断しているのか、狙っているのはわたしの足とか翼っぽい。

 それでも直撃すれば、ただでは済まないはずだ。

 とにかく、その手加減っぽいなにかが功を奏したのか、直撃を避け、何とか地上に着陸することができた。


 今度はこちらが煙幕を利用できる。

 破戒神からはこちらが見えないはずだ。


「ふう、とにかく一息――」

「ご休憩などさせるものかー!」


 叫びと共に周囲に吹き荒れる暴風。

 それが一気に煙幕を吹き飛ばす。


「マズイ――この神様、マジで見境が無い!」


 煙幕という障壁がなくなった途端、光の柱が何本も降り注ぐ。

 さっきの大砲の弾だ。

 しかも何発もまとめて降り注いでくるから、始末におえない。

 見て避けられないなら、的を付けさせなければいい。とにかくジグザグに、曲線を描いてランダムに走り回る。

 降り注ぐ光の柱が十二を数えた所で、攻撃が止まった。


「ちっ、弾切れですか……確かレールガンの予備のカートリッジは――」

「チャンス、くらえぇぇぇ!」


 なんだか知らないけど、これは好機だ。このタイミングで反撃しないと、このまま押し切られてしまう。

 というか、死ぬ。あの神様、目的忘れてる、絶対。

 現在わたしが使える最大の攻撃手段、イーグの十連装ブレスを破戒神に向かってぶっ放す。


「ぬわー! なんじゃそりゃあぁぁぁ!?」


 これには破戒神も度肝を抜かれたのか、慌てて回避する。それでも攻撃範囲がやや勝っていたのか、『れーるがん』とやらがブレスに巻き込まれ、蒸発して消えた。

 ついでに結界をブチ破って、ブレスは空へと伸びていった。。


「あっつ、あっつ! 火傷したらどうするんですか!」

「こっちはそれどころじゃなかったもん!」

「あのレールガンは結構貴重な素材を使ってたんですよ!」

「知るかぁ!」


 異空庫から毛針を取り出して、再度投擲。

 わたしの腕力なら、上を取らなくても充分な速度を出せる。

 破戒神は光弾の魔術を展開して迎撃、エネルギーの塊に弾かれた毛針が音を立てて地面に打ち返される。

 まるで駄々っ子のように柱とか魔術を投げつけあう、低レベルな戦い。

 だが内包する運動量エネルギーは桁が違う。

 ズドン、ドカンとまるで巨獣の足音のような騒音を立てて、地面を揺らす。


 しばらく続いたその戦いに嫌気が差したのか、破戒神はゆっくりと地上に降りてきた。

 もちろんこちらを警戒するのは忘れていない。


「な、なかなかやりますね……だけどこれ以上長引くのはよくありません。結界も破れちゃったし」

「貧弱な結界を張るから」

「むぅ、言ってくれますね。そっちこそ自重しない攻撃ばかりしてるじゃないですか!」

「あんたが言うな!」


 なんだあのレールガンとか言う武器は! あれが量産されたら世界が変わるよ、ほんとに!

 だからこそ、その技術が知られてないのかも知れないけど。


「いいでしょう。ならばここで決着をつけるべきです……これが最後の一合となるでしょう」

「む、やる気ね……」


 背のカタナを再び引き抜き、距離を取って相対する。

 わたしも破戒神も、身体強化形の魔術やギフトを持っているので、この程度の距離は一瞬で詰まる。

 互いに間合いを計るかのように、ジリジリと、円を描くように動く。

 僅かずつ距離を縮め、相手の反応できない隙を探る。


「…………」

「………………」


 互いに無言、だが瞬き一つ許されない緊張感。

 しばらく睨み合っていると、遠くの方から声が聞こえ始めてきた。


「おい、こっちの方じゃなかったか?」

「さっきの光、なんだよ」

「まさかまた災獣じゃなかろうな……」


 わたしの鋭敏な感覚器官が、不審気に近付いてくる人の声を捕らえる。まずい、人が集まってきた。

 早く決着をつけないと……その焦りが破戒神にも伝わったのか、先手を打ったのは破戒神の方だった。


「でやああぁぁぁぁぁ!」


 一瞬の意識のずれ。

 そこを突いて一気呵成に踏み込んでくる。

 こちらは声に気を取られて、ほんの僅かに反応が遅れた。


 カタナを大きく振り上げて、踏み出してくる破戒神。

 その姿が、一瞬にして――消えた。


「みぎゃっ!」

「――――ふぇ?」


 変な声が聞こえてきたのは、足元から。

 そこは大きな穴が開いていて、そこに砂場のように細かな土が降り積もっていた。

 それが落とし穴のように……というか、これ、破戒神が最初に作った落とし穴?


「あーあ、ついにやっちゃったかー」

「イーグ?」

「あのね、オヤビン。ユーリ様はね……実はドジッ娘なの」


 うん、見ればわかる。

 自分の作った落とし穴に砂煙が覆って見えなくなって、しかもそれに引っかかって転倒し、落とし穴の縁に顔面を強打して気絶してるのを見たら、誰でも理解できる。


「えーと、わたしの勝ちで、いいのかな?」

「いいんじゃないかなぁ?」


 のんびりとした足取りでリムルがやってくる。

 わたしの翼に快癒を掛けながら、そんなことを口にした。


「どうせ破戒神は戦闘不能になったから、ボクたちの勝利確定でしょ。それより早くここを離れよう」


 周囲はわたしの投げ放った毛針とか、破戒神のレールガンのクレーターとか、落とし穴の大穴とかがあちこちに残され、見るも無残な状況になっている。

 こんな場所を見られたら、何を言われるのかわかったものじゃない。


「わかった、毛針を回収したら、すぐ逃げよう」


 せこいと思われるかも知れないけど、柔軟に加工でき、それでいて鉄より硬くなるグランドヘッジホッグの毛針は利用価値が高い。

 これを捨てていくのは非常にもったいないのだ。

 翼の治療を終えたら、すぐさま飛行して周囲を飛び回って異空庫に回収していく。

 破戒神がどこに落とし穴を仕掛けているのかわからないので、地面を歩くのが非常に不安なのだ。


 数分で回収を終え、リムルを背後から抱きかかえて高速で離脱。

 イーグも背中だけ翼を展開するという、器用な真似をして破戒神を回収していた。

 そこで草原の向こうに数人の人影が見えてきた。


「ギリギリセーフ、かな?」

「まぁ、個人特定はされないだろうね。ところで――」

「なに、リムル」

「もう少し強く抱きしめてくれない? 頭の後ろの柔らかい感触をもっと――いだだだだだ!?」


 なんだか緊張感の無いこと言うから、少し力を入れて抱きしめてあげる。

 メリメリと嫌な音がしたけど気にしないことにした。

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