第70話 港町
待ちあわせ場所には、すでにリムルが先に到着していた。
こちらを見つけると手を振って駆け寄ってくる姿は、まるで子犬みたいで見てて癒される。
周囲を見ると、わたしたちと同じように町に繰り出そうとするグループが何名か見えた。やはり新しい町というのは冒険心を刺激されるのだろう。
「エイル、遅かったね。何かあった?」
「え、うん。なんか変な人、いた」
「変な人って……まさか変態!? 何かされたの?」
「いや、違うし」
なぜ、いきなりそっち系の人を連想したし。
先ほど擦れ違った、無闇に気配の薄い、腕の立ちそうな人のことを報告した。
「一応ここは高級とはいえ宿だし、斥候系の冒険者なのかも知れないけど」
「そう、だね。その可能性は高いか。でもエイルが腕利きと認めるってことは、かなりの腕なんだろうなぁ」
「うん、多分今のケビン並か、下手したらそれ以上」
「そりゃ凄い。アイツも今じゃ結構な腕利きだしな」
二人で手を繋いで宿から出る。
そこでふと気付いたことがある。半月前はわたしより頭半分程度高いだけだったリムルが、今は頭一つ高いくらいになってる?
一つ下の年齢なのに、わたしより背が高いというのは、かなり大柄というか背が高い方だった。その差が、さらに広がっている。
「むぅ、背、また伸びた?」
「成長期だからね。最近夜とか背骨が痛くて。多分成長痛って奴」
「マッサージとかした方がいい、かな?」
「やめて、我慢できなくなるから」
すぐにそっちに話を持っていこうとするリムルの頭を、ぺちんと叩いておく。
彼もくすくす笑いながら『冗談だよ』って返してきた。
「下ネタ禁止」
「そういうお年頃なんだもん」
このシタラ地方は島で構成された列島国家――国家と言うのはおかしいかな? 列島都市群って言うべきかも。
とにかく幾つもの島がそれぞれ都市を形成し、集合して一つの地方を作っている。
このシタラも例に漏れず、小さな円形の島で出来ていた。
そして島であるが故に、山から海へ急峻な変化を持っている。
岩山があり、森があり、街があり、海へと続く。これらが一直線に傾斜に並んでいるというのは、平坦な大陸育ちのリムルにはとても珍しいだろう。
きょろきょろと周囲の景色の変化を楽しむ姿は、本当にそこらの子供だ。身長以外。
「リムル、田舎者丸出し」
「何言ってるの、エイルだって内陸育ちだろ」
「わたしは山育ちだから、こういう景色は慣れてるもの」
むふん、と胸を張って自慢してみせる。
山育ちのわたしは、こういう岩山から町への変化は見慣れた流れである。
ちょっと先輩風を吹かしつつ、斜面に並ぶ町並みを先導していく。
だけど先輩ぶってみても、この町の景色は故郷とはかなり違う。
店先には魚類が豊富に並び、見たことのない調味料なんかも置いてあったりして、興味を引かれる。
我が家で料理を一手に引き受けているリムルは、興味津々と言う態でそれらを手に取っていた。
「さすが海沿いだけあって、塩が安いね」
「ラウムじゃ岩塩ばかりだったもの」
「味もやっぱり違うのかな」
「買ってみる?」
「うーん、旅行中は料理できないし、荷物になるからなぁ」
さすがに買ってきた調味料を試すから厨房を貸してくれとは、言えない。
ましてやあんな高級宿で。
「って、そうだ! こういうときのためのエイルの能力じゃない!」
「あ、忘れてた」
あまり人前では使えないけど、そもそもこういう時のために異空庫の能力を使用すべきだ。
時間経過が無いと言う特性も利用すれば、お魚も沢山持って帰れる。
「リムル、お魚買いに行こう」
「真っ先に出るのがそれ? まぁ買うけどさ」
そんな感じで、夕方までリムルと街中を散策してみた。
調味料を見て周り、食堂に入ってご飯を食べ、お魚を買って、屋台で魚の塩焼きを食べ、乾物屋によって、アジの一夜干しを齧る。
「リムルは食べないの?」
「いや、もうお腹一杯だし」
「おいしいのに」
「エイルは胃袋にも異空庫があるんじゃない?」
「失礼な。少し燃費が悪いだけなのです」
この奇妙な『です』口調は意図的に破戒神を意識した。
あの神様は今も学院図書館の地下蔵書室に篭っているらしい。
わたしたちが必至に資料探ししていた足元で、その答えを知る者が隠れていたなんて、皮肉な話だ。
塩や魚醤、乾物の類を大量に買い込み、路地裏に入って異空庫に放り込む。
「これで帰ってからの食事が楽しみ」
「でも作るのはボクだよね?」
「うん、期待してる」
「手伝ってくれるよね?」
半眼になって訊ねてくるので、わたしはさりげなく視線を逸らす。
初めて扱う食材に手を出すほど、わたしはチャレンジャーじゃない。自分の不器用さは充分理解しているのだ。
「そうだリムル、ギルドには顔を出す?」
「ん?」
この街にも一応冒険者ギルドは存在する。
現に街路を歩いていると、武装した冒険者の姿を多数散見することが出来た。
ただ、土地柄なのか、革製の装備を着ているものが多く、武器も片手で扱える手軽な物が好まれているようだ。
「そうだね。時間に余裕があるって言っても、依頼を請けられるほどじゃないけど。顔くらいは出しておこうかな」
「仁義を通すって奴だね?」
「どこで覚えてくるの、そんな言葉」
この間、破戒神が言ってた。
「それにバハムートのことも調べに行かないといけないし」
「そう言えば、それもあった」
「わすれないでよ……」
呆れたような声を漏らすリムル。
少し目の前の海の幸に我を忘れただけなんだよ?
近くの店で軽く買い物がてらギルドの場所を聞きだしておく。
わたしたちは見た目子供なので、荒くれ者の多いギルドに行くとトラブルになることが多い。
なので、いつもの金属製のポイントガードにクト・ド・ブレシェを背負って、やや威嚇的な格好を選んでおいた。
リムルもいつもの治癒術師のローブに、家宝のブレストプレート、巨人の膝蓋骨を使った
もちろん装備は異空庫に仕舞ってあったものだ。
ギルドの事務所は大通りではなく海沿いの倉庫街にあった。
海からの獲物を受け取る依頼も多いので、港沿いの方が便利なのだそうだ。
ラウムのギルドよりも広めに作られた入り口のドアを開き、中へ入る。
そこは潮の香りと酒と煙草の臭いで充満していて、一般人お断りの感じが凄い。
こんな状況で依頼とか来るんだろうか?
「あぁん?」
「子供? こんな所に何の用だ」
見るからに胡散臭い連中が、こちらを胡散臭げに眺めやる。いや、立場が逆でしょ。
荒くれっぷりがラウム以上なので、さすがのリムルも半歩引いてしまう。
それがさらに男たちの嘲笑を誘った。
「リムル、暴れておく?」
「いや、仕事する気も無いのに顔を売る気はないから」
それもそうだ。今回は挨拶だけなんだから。
ここに来る事も滅多になさそうだし、腕前を主張する意味は無いのか。
視線を無視してカウンターへ向かう。クト・ド・ブレシェがいい感じに威圧感を放ってくれたのか、嘲笑する声は聞こえても、直接手を出してくるような人は居なかった。
「いらっしゃいませ。シタラ冒険者ギルドに何か御用ですか?」
「いえ、この街に立ち寄ったので挨拶に来ただけです。ボクはラウム冒険者ギルドのリムル、こちらは従者のエイルです」
「これはご丁寧に。ラウムとは……ああ、魔術学院の研修旅行ですね」
「知ってましたか」
受付に居たのはメガネを掛けたお兄さんだった。
そりゃこんな連中の中にお姉さんを配置できないだろうなぁ。
それにしてもラウムって言っただけで、学院の生徒って気付くなんて、随分と察しがいい。
「ええ、彼らが来る時期は街がピリピリしてますからね。貴族様が群れを成してやってくるわけですから。いや、失礼しました」
「ボクは違うんですけどね」
「ええ、そうでしょうね。貴族はこんな場所には寄り付きませんし」
確かにこんな場所はリッテンバーグはもちろん、エリーやセーレさんだって近付こうとしないだろう。
いくらなんでも無法地帯感が凄すぎる。
「それに君たちは一般的な学院生徒にしては若過ぎるし、装備がこの近辺の物と違いすぎる。学院所属の冒険者といった所でしょう?」
「ご名答。この辺はあんな軽装の人が多いんですか?」
ギルド内に居る人たちも、革鎧がメインで片手剣などの軽い武器が大半だった。
まるで示し合わせたかのような統一感である。
「ええ、ここは土地柄で海の仕事が多いですからね。海に落ちても泳げるように革の鎧が好まれますし、片手で作業が出来るように、軽い武器が使われます」
「なるほど、船の操船なんかも有りそうですね」
「じゃあ、こんな武器は使われないんだ?」
「あまり好まれないのは確かです」
ラウムでは平原での遭遇戦とか、大型魔獣の狩猟依頼などがあるため、一撃の威力を重視した大型武器が多い。
逆にベリトでは迷宮内での取り回しを重視するため、
こういうところにも土地柄というのは出ているようだった。
「そうだ、ボクたちは学院の課題で神話を調査しているんですが、竜神バハムートの資料ってこの辺にないですかね?」
リムルが唐突に話題を転換する。
確かに学院の課題といえば何とでも言い訳は付きそうだ。教科にも、神話学なんてジャンルも存在する。
なまじ神話生物なだけに、そこに絡めて話題を出せば、怪しまれることは少ない。
「竜神バハムートですか? ドラゴンといえば、この辺では海竜リヴァイアサンの方が有名なんですが……聞きませんね」
「そうですか……まあ、伝説の中の話ですし、そう簡単に逸話が見つかるものでもないか」
「お役に立てず、申し訳ない」
「いえ、元々畑違いな話題でしたし」
その時扉が勢いよく開かれ、大騒ぎで人が担ぎこまれてきた。
担ぎこまれた人は三人。いずれも頭から血を流し、一人は左足が食い千切られた様に無くなっていた。
「な、何事です!?」
「あ……リビコ、ところの……ふ、船が……襲われ――」
「なんだって!?」
海賊か何か出たのかな?
とにかく凄い怪我だから、早く治療しないと。
「リムル……」
「うん、わかってる。すみません、ボクは治癒術を使えるので、彼の治療、お手伝いさせてください」
怪我人を前にしたリムルはほんとに凛々しい。
断固とした口調で受付のお兄さんに声を掛け、怪我人に近付いていく。
それを見て、酒場の男たちが立ち塞がる。
「子供の出番じゃねぇ! 邪魔だからすっこんでろ!」
「見た所一刻を争います。ここにその足を治せるだけの術者は居るんですか!」
立ち塞がる男に一喝入れる、リムル。
千切れた手足を再生し、元通りに治せる術者なんて、各国に派遣されている大司教クラスじゃないと無理だ。
そして、英雄の子孫であるリムルも、そのレベルの術が使える。
もちろんそれは、彼の努力の成果でもあるのだけど。
とにかく今は睨み合う時間も惜しい。わたしはリムルの前に進み出て、クト・ド・ブレシェを引き抜く。
それを見て男たちも腰から剣を引き抜こうとしたけど――遅い。
刃を返して横薙ぎに一閃。邪魔する男たちを一気に薙ぎ払った。
「エイル、怪我人増やしてどうするの?」
「死人は出てない。邪魔されてたらそのうち出るけど」
「ま、後で治しとくよ……」
突然の大惨事に固まっている男に近付き、怪我人を受け取って横にする。
そのまま彼は、実力を遺憾なく発揮してみせた。
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