第69話 異国

 転移した先は岩山の頂上だった。

 周囲は森に囲まれ、その向こうに街、そして海が見える。


「うわぁ!」


 わたしは思わず感嘆の声を上げてしまった。

 それほどの絶景。

 きっとここに転移魔法陣を敷いた人は、この景色を見せるために場所を選んだに違いない。


「これは……凄いね」


 リムルも驚きの声を上げている。

 おそらくはどこかの島の中央なのだろう、岩山の周囲は森に囲まれ、その周囲に街や海岸が見て取れる。

 そして百八十度全ての方角に海が見える。

 円形の島の最も高い位置、それがこの岩山なのだろう。


「お待ちしておりました。これで全員で間違いありませんか?」

「はい、確認が取れました。全員無事到着しています」


 現地の係員の人にワラク先生が丁重に答えている。

 毎回、最後は最低評価の五組が飛んでくるので、貴族たちの様な悪ふざけをするものは少ない。

 そういう意味では、この組が最後と言うのは効率がいいかも知れない。


「麓に大型馬車を用意しております。それで街まで移動しましょう」

「わかりました、案内お願いします」

「チッ、いちいち麓まで行くならなんでこんな場所に転移させたんだよ。これだから僻地の野蛮人は」


 案内人の言葉に一組の辺りから毒付く声が聞こえてくる。

 この絶景になんら感銘を受けなかった者たちだろう。

 これほどの光景に感動できないなんて、むしろ哀れを誘う。


「ここに陣を敷いたのは、時のラウム王でございます。ご意見はそちらに通しておきましょうか?」

「――っ!? い、いや、いい。さっさと案内しろ!」


 暴言に対し、しれっと権力を使って返す辺り、この案内人さんもいい性格をしている。

 クラスメイトの醜態に、セーレさんがくすくすと笑いを漏らしているのが見えた。

 遠くではエリーも同じように口元を押さえている。

 暴言の元は例によってリッテンバーグ少年だった。あの、侯爵家の跡継ぎだ。


「あんなのが跡継ぎじゃ、侯爵も頭が痛いだろうな」

「跡、継げるの?」

「他に居ないなら仕方ないだろうね」


 リムルもやり込められた馬鹿を見て嘆息している。


 岩山は周囲を削り取って階段が設置されていて、それほど労力をかけずに麓まで行けるようになっていた。

 この階段を下りることによって岩山の周囲を自然と回ることになり、島の全景をゆっくりと観察できるようになっている。

 この魔法陣を設置した王様は、随分とセンスがいい。

 段々と降りていく風景、次第に森に囲まれていく自然、そして見下ろす森林。

 この島の景色を、余すところ無く旅行者に見せようと言う配慮が伺える。


「この階段は散歩道にしても悪く無いね。いい空気だ」

「うん、でも少し潮臭い?」

「それはここが海に囲まれているからですね」


 背後から声を掛けてきたのは、先ほどリッテンバーグをやりこめた案内人さんだ。

 迷子が出ないように、先頭と最後に案内人が付いている。

 五組は一番最後の出発なので、そのすぐ後ろには案内人の彼が付いていた。

 貴族と悶着を起こした彼は先頭の案内から外されたらしい。


「ボクたちは森の中の町にいたので、こういう景色は初めてですよ。潮の香りってここまで届くんですね」

「陸を中心に考える内陸だとそう思われるかもしれませんね。ここは海の中の島なので、海の香りはあって当然なのですよ」


 リムルは世界樹の麓にある都市、わたしは辺境の町のさらに僻地の山の中で暮らしていた。

 そして今は森の国ラウムの首都に住んでいる。

 山と森は近いが、海というのは遠い街にばかり行っている。

 常に陸があり、陸を中心に物事を考える。

 でも、ここでは海の中に島が、人が間借りしているのだ。

 あくまで主役は陸でなく海。その違いが考え方の違いを生むのだろうか。


「ですが、マタラと言えば鉱山の国というイメージがありました。もっと、山の奥なのかと思ってましたよ」

「はは、それは間違いではありませんよ。北の陸沿いの地方では、まさに鉱山が生命線になっています。ですがここは合従国です。いくつもの小さな国々が寄り集まり、一つの大きな国を形作っている。だから、特産も地方ごとに様々というわけですね」


 感心した様にうなずくリムル。

 世界樹の元で一つの大きな群れと築くナベリウスや、森の中で寄り添って生きるラウムとはまた違う形態の国家のあり方。


「面白いですね。これだけでも来た甲斐があります」


 そんなリムルの様子に、目を細めて案内人さんが微笑む。


「あなたは学院の生徒にしては変わっていますね?」

「それは……ボクが貴族じゃないから、じゃないでしょうかね」

「おや、平民で入学を? あの校風ではご苦労なさっているでしょう」

「まぁ、しょせん五組ですから」


 下級貴族と平民の資産家の寄せ集め、そんなクラスだからこそ、むしろ本来の貴族的な考え方の者も多い。

 ヴェルマーテさん……マリアが、まさにそんな代表例といえる。


「ああ、申し遅れました。私、このマタラでの皆様のお世話を申し付かりました、ビルウィスと申します」

「あ、ボクはリムルです、リムル・ブランシェ。こっちは『嫁』のエイルです」

「『従者』のエイルです。よろしく」

「むぅ」

「ウソいっちゃだめ」


 こっそり嫁扱いしようとしたリムルの発言を訂正しておく。

 最近、独占欲が激しくて困る。いや、困らない。ただ照れるだけ。


「ブランシェというと、あの?」

「えーと、どの『あの』かわかりかねますが、たぶん間違いじゃないでしょう」

「まさか魔王討伐の英雄のご子孫の方だとは! いや、ご無礼お許しください」

「ボク自身はなんの実績もない若輩ですよ」

「それだって、真実かどうかわかったものじゃないけどな」


 そこに口を挟んできたのは、口だけ残念委員長のアレフ・サウスフィールド。

 彼はどうやら、リムルが英雄の子孫であるという事実が気に入らないらしい。

 そもそも最下位で入学したリムルだが、最近では剣も魔術も急成長している。今ではアレフはどちらもリムルに追い抜かれてしまい、それが不服らしい。

 もっとも現在の学院で、リムルに魔術でも剣でも勝てる人材なんて、数えるほどしか存在しない。

 仮にも現役冒険者、それも一級の難易度の依頼をしょっちゅう受けているのだ。

 いろんな意味で急成長して、当然だ。


「ま、ボクもしょせん又聞きなんだけどね」

「ほら見ろ」


 リムルはそういって肩をすくめて見せる。問題は、その又聞きの相手が当事者の破戒神であるという点だ。

 ついでにイーグも当事者だったか。

 彼の回復チートは、まさに遺伝と研鑽の集大成らしく、接触発動に関してならセーレさんの父親、つまりラウムの大司教よりも上らしい。

 しかも最近は遠隔発動もそこそここなす様になった為、神殿や治療院からスカウトがやってくることもある。


致命打を掻き消す者フェイタル・キャンセラー……」

「ぶふぉ!?」


 むぷぷ――といわんばかりのイヤラシイ笑顔を向けてきたのは、フリオだ。

 相変わらず目付きの悪い藪睨みの目が、笑いを堪えて垂れ下がっている。

 リムルは恥ずかしい二つ名をいきなり告げられて、足を滑らせる。


「あぶない」

「うわっ」


 つんのめって倒れそうになるのを、身体全体で支える。

 わたしは体格が小さいので、こうしないと肩を支点にしてひっくり返ってしまうのだ。

 図らずも人前で抱き合う格好になったわたしたちを見て、周囲の生徒は『またか』と肩をすくめるにとどめる。

 おかしい、いつも抱き合ってるわけじゃないのに。


「あ、ありがとう、エイル」

「ううん」


 こころなしか、リムルの顔が赤い。いつもはわたしの方が照れさせられるので何か新鮮だ。

 見守っていた観衆の行動は、ついに『肩をすくめる』から『溜息を付いて首を振る』まで進化していた。



 クラスごとに大型馬車に乗せられ、森を抜けてマタラ合従国シタラ地方の従都に到着した。従都とはマタラに参加している都市の呼び名だ。

 海沿いにあるこの町は海運貿易で栄えているらしく、豊富な海産物が集まる事でも有名だそうだ。

 海産物が豊富で、貿易による資金が流入し、風光明媚な観光名所もある。

 この従都は、そういうになる要素が多いため、非常に観光客で賑わっている。


 わたし達が宿泊する宿は、そんな街の中でもっとも大きく立派な……宿屋と言うよりホテルと言うべき威容を誇っていた。


 大宴会場に百人を超える生徒が集められ、引率の学年主任が延々と訓示を垂れる。

 もちろん、生徒でそんな実の無い話を聞いているのは、一人もいない。

 リムルですら、欠伸を噛み殺しているのだから、推して知るべし。


 旅行の日程は、それほど過密には組まれていない。

 大半が貴族達の子息なので、無理なスケジュールはクレームを呼びかねないからだ。

 今日だって、転移して、岩山を降り、森を抜けて街に来たところでスケジュールは終了している。

 これから昼食をこの宿で摂って、部屋に荷物を置いたら、後は夕方の入浴まで自由行動なのである。


「エイル、この後何して暇潰そうか?」

「そういうのはリムルが考えることでしょ」

「そうは言われても……目的も無く動くことって最近無かったからなぁ」


 この半年、わたしが知る限り蘇生魔術復活のためか、依頼の目標達成のために動いてた。

 術式を手に入れた今、わたしたちにある目標と言えば、竜神バハムート探索くらいだけど。


「五百年前に行方不明になった竜神の探索とか、目標にならないよね?」

「……うん」


 そもそも探せという方が無理な話である。

 破戒神もそれは承知していたのか、情報収集程度の期待しかしていないと言っていた。

 つまり、目標なんて無いも同然。珍しく時間を持て余してる状態にある。


「とりあえず、街をぶらついてみようか?」

「そうだね」


 旅行に来て散策をしないだなんてもったいない。

 それにこの街はお魚が豊富なのだ。森の国ラウムや、山間だった故郷では川魚しか食べられなかったけど、ここでは海の幸が一杯ある。

 肉食系を自称するわたしとしては、挑戦せねばなるまい。


「お魚、たのしみだね」

「え、興味あるの、そっち?」

「他に何か?」


 異国を二人でぶらつくのも、まぁ楽しみと言えば楽しみだけど……昼食前のこの時間、わたしの胃袋は野獣のごとく飢えているのだ。


「ま、昼食の後だけど、エイルなら大丈夫か……胃薬は用意しておこう」

「自分の限界くらいわきまえてるもん」


 そんなわけで、午後からは街を散策することにした。

 久しぶりにゆっくりした時間を過ごせそうだ。




 ホテルの昼食は、海産物が主体の凄い料理だった。

 金貨で旅行費を支払わないといけないだけの価値はある。

 ちなみに一組と二組の連中は別室でコース料理だとか。まぁ、上級貴族のお歴々相手がわたしたちと同じ物を食べるはずもない。


 食事を堪能した後は、夕刻まで自由時間だ。

 この後街に出て、リムルと二人で食べ歩き……もとい、バハムートのお話なんかを集めに行く予定。

 待ち合わせたロビーに鼻歌交じりで向かう。

 あくまで使用人扱いのわたしはリムルと同じ部屋には泊まれないので、女性冒険者と同室である。

 だけど、廊下を進み、階段を降りようとした時、気になる男を発見した。


 階段を音も無く登ってくる痩せぎすの男。

 向こうもこちらに気付いたのか、軽く会釈して道を開ける。

 だけど、その動きをしても衣擦れの音すら立てない。

 明らかに隠密行動に慣れた……慣れすぎた動き。


 擦れ違い、階段の向こうに消えた姿を見て、軽く息を吐く。


「……おっかない人も居るなぁ」


 わたしはそう呟いて、リムルの元へ向かうことにした。

 そういう人物が居たことは報告しておいた方がいいだろう。

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