第60話 妄想

 人目に付かない場所で大腿骨を異空庫に仕舞い、代わりに腓骨部分を取り出す。

 そのまますぐ戻ると不審に思われるかもしれないので、一時間ほどアミーさんとお茶して時間を潰すことにした。

 長大な素材を店内に持ち込む訳にはいかないので、大通りの露店で果汁の飲み物とちょっとした食べ物を買ってきてもらい、広場の噴水脇に腰掛けて休憩。

 人の行き交う広場で長大なの人骨を携えたわたしたちは少しばかり注目されたが、ケビンの噂が広がっていたのか、すぐに皆納得顔で通り過ぎていく。


「こりゃ、今回の噂も相当広がってるわねぇ」

「ケビン、南無」


 羊肉をソースで炒め、無発酵っぽいパンで挟んだモノを黙々と口に運ぶ。

 ちなみにわたしは五つ、アミーさんは二つ買ってきている。

 香ばしく焼かれた肉汁が焼かれた小麦の生地に染みこんで、実にウマい。


「そういえば、エイルちゃんと二人っきりって……初めてよね?」

「…………」


 なんだか不穏な空気を感じて、少し距離を取った。

 こういう時の彼女の言動は、大抵飛び掛って撫でくり回しに来るのだ。


「そんなに警戒しなくても、飛び掛ったりしないってぇ」

「うー」

「子猫みたいに威嚇されたら、理性飛んじゃいそ」

「…………」


 ダメだこの人。何を言っても動じない。


「ほら、エイルちゃんってばいつもリムル君と一緒じゃない?」

「わたし、奴隷だし」

「もう解放されたんでしょ。正確には従者よね」

「そうだけど……」


 正確には従者ですら、ない。従者ならば、雇用に応じた報酬が支払われるのだから。

 今のわたしはご主人から賃金を受け取ったことなんて無い。なので従者では無い。奴隷でもない。


「わたし……なんだろ?」

「――ん? 仲間でしょ?」

「そう、なのかな?」

「そだよ」


 仲間……共に手を取り合い、目的を果たすために邁進する、同志。

 背中を預け、命を委ねる、信頼すべき友。

 確かにわたしはご主人を信頼してるし、ご主人も信頼してくれている。戦場ではお互い命を預けすらしている。これならば、仲間と言えるかも知れない。


「そっか、仲間――か。へへへ……」


 ご主人の仲間。うん、悪くない。

 知らず、口元が緩んでくる。それを誤魔化す為に、またパクリと羊肉サンドに齧り付く。

 あまりに勢いがよすぎて、ブビュッとはしたない音を立ててソースが顔に飛び散ってしまった。


「もう、なにやってるんだか……ほら、顔をこっちに向けて」

「ん、ごめん」


 付いたソースをハンカチで綺麗に拭い取ってくれる。アミーさんはいつも綺麗なハンカチを持ち歩いている。レディの嗜みとか言っていた。

 こういう面だけ見せていれば、彼女ってすごく魅力的なのに……理性の決壊値が低すぎる。


「まー、アレよね。エイルちゃんはリムル君の仲間って言うより……もはや夫婦? 同棲してるし」

「ぶふっ、! ど、どどど同棲!?」


 予想外の評価に思わず噴き出して、ハンカチを汚してしまった。鼻水で。

 わたしとご主人って、外から見たらそんな風に見えるの?


「ち、ちがうし。恋人にもなってねーし」

「リムル君も大変ね……」

「リムル様はわたしのことなんて、気にも止めてねーし」

「さっきから言葉遣い、変よ?」

「変じゃねーし」


 同棲とか、結婚とか……いや、奴隷の時は解放の一手段として考えたことは、そりゃあったけど……今は考えてない。

 一緒にいて、両親の蘇生と言う目標を目指して頑張ってるだけだ。

 だから、そんな……いやでも、目標を果たしたら、一緒になる、とか? そうしたら、あれやこれやもしたりするのかな。

 そういえばこないだ、『ずっと一緒に』とか言っていたような?

 アレってそう言う意味?


「あー、あぅあぅ」

「顔真っ赤よ? 何を今更。一緒に暮らして、一緒のベッドで寝起きしてるんでしょ?」

「それはほら、可愛い弟と一緒に寝てあげてる的な――」

「普通、弟はお姉さんに興奮しないわよ。それにどっちかって言うと、エイルちゃんの方が妹じゃない」

「それは失礼。わたしの方が年上ですし」


 えへん、と胸を張って年上を主張。そう、わたしが『お姉さん』なのだ。だから威厳は大事。

 アミーさんの戯言ざれごとに惑わされちゃダメだ。今後は『従者』から『お姉さん』への方向転換を視野に入れて行動しよう。


「それに、そろそろいい時間だし、武器屋に戻ろ?」


 人目の無い場所に移動し、屋台で買い物をして、広場へ移動し、食事と雑談。

 これだけで結構時間を費やしてしまっている。武器屋ではご主人が待ちかねていてもおかしくない。


「ま、ちょっとは意識させられたかな? 後はがんばれ、リムル君」


 なんだか怪しいことを言ってるアミーさんだけど、気にしないでおく。彼女は戯言八割の人だから。



 腓骨と、念のため少し大きめの脛骨を持って武器屋に戻ると、そこは戦場になっていた。

 ご主人とケビンと鍛冶屋のアッシュさんが喧々囂々けんけんごうごうの議論を、いまだに繰り広げている。


「俺としては斧刃を無くすのは反対なんだ」

「だが、持ってくる骨の形状は棒状なんだろう? だったら下手に加工するより、槍にした方が強度は上がるってモンだぜ」

「そもそも斧も槍も有効距離の汎用性が著しく狭いじゃない。刃の部分を長めにとって長剣状にするのはどうだろう」

「俺の力が上がって、ただでさえ軽いのに、これ以上軽くするのかよ」

「そうだ、後で魔術を刻むんだろう? だったら面積もある程度必要だろうが」

「じゃあ、やっぱり斧一択じゃん」

「せっかくの長さを捨てるのか? 職人として素材の持ち味は活かしておきてぇ」

「後衛のボクとしては、状況に応じた対応ができる武器が望ましいんだ」


 なんだかんだ言っても、ご主人も男の子である。武器を作ると言う行為には、何か燃える物があるのだろう。

 自分は無関係なはずなのに、目をキラキラさせて討論に参加している様は、ある意味微笑ましい。


「骨、持ってきた」

「お、コイツか。こっちのは一回りデケェな」

「そっちは脛骨部分。念のため持ってきた」

「そうか、ご苦労だったな嬢ちゃん。こいつでも飲んでひと休みしててくれ」


 アッシュさんは、テーブルの上に置いてあったグラスをわたしに差し出してくる。

 なんだかキツイ匂いがするんだけど、これって……


「アッシュさん、それお酒でしょ!」

「あ、いいじゃねぇか、それくらい」

「ダメです。彼女は脱ぎ癖があるようなので」

「そりゃいけねぇな。嬢ちゃん、一気に呷っちまえ」

「だから勧めるな!」


 なんだろう、この人のノリはどこかで見たことがある……と思ったらアレだ、セーレさんだ。この国の大主教の一人娘で、一組次席のあの人。

 彼女の宴会での態度がこんな感じだった。


「お酒は成人まで禁止してるから、いい」

「そうか、残念だな」

「どっちの意味で?」

「ナイショだ」


 このラウムはお酒が入るとダメな人が多いのか?

 それより武器の詳細はまだ決まらないのかな。


「ゴメン、ちょっと難航しててね」

斧槍ハルバードの形状にするんじゃなかったの?」

「うん、最初はその予定だったんだけど、どうも懐が甘くなりそうでね」


 長い槍の先に斧を取り付ける斧槍の形態は、見た目の威圧感もかなりの物だけど、実際は懐に入られると弱い。

 偏りまくった重心による取り回しの悪さと、武器の有効打撃範囲が穂先に偏っている事から、懐に入られると打つ手がなくなりかねないのだ。


「で、リムル様が反対を?」

「うん。そしたらケビンがやっぱり斧がいいって言い出して、アッシュさんはせっかくの長さなんだから槍にした方がいいと主張して……で、この有り様。面目ない」

「ふーん……」


 確かに武器の適性による個人の才能の伸びは、わたしも実感したばかりだ。

 ケビンは威力重視で今まで斧を使ってきたらしいけど、イーグの血の力で腕力が三倍近くまで上昇している現在、無理に斧に拘る必要はないかもしれない。

 ご主人はそれを見越して、汎用性の高い剣を主張していたのだろう。


「こいつが巨人の骨か……やはりすげぇな」

「さっきも見たじゃないですか」

「いや、こっちはこっちで素材の質が違う。前の骨は硬さだけが目立ってたが、こっちは硬さは落ちるが柔軟性がある。木とまではいかないが、結構しなるぜ」


 腓骨はふくらはぎ部分にある二本の骨の細い方で、一種のサスペンション的な役割も秘めている……らしい。

 ゆえに頑丈さよりもしなやかさが目に付いているのだろう。

 もちろん体重を支える足の骨だけあって、頑丈さだって折り紙付きだけど。


「硬く、そしてしなやかだ……惜しいな。こいつはぜひとも槍にしたかったぜ」

「言いたいことはわかるけどよ。俺だって使ったことのない武器は戸惑うってもんだ」

「まぁそれもあるわな。俺は職人だからな。客の要望には応えてやるさ」

「だったらさ――薙刀みたいにすればいいんじゃないの?」


 薙刀。五百年ほど前に開発された武器の一種で、槍の穂先に曲刀をつけたような形状をしている。

 これはそのまま槍として使ってもいいが、穂先に近い所を持って剣や斧の様に使うことも出来る。

 武器の射程に汎用性があり、しなやかな素材を活かす事もでき、斧としての使用感も残る。

 元は非力な女性がてこの原理で高い威力を出すために考案された武器らしいけど、先端の刃の部分を工夫すれば、ケビンの膂力を活かせるかもしれない。


「待てよ、だったら……」


 アッシュさんはそう呟くと、猛然と紙に絵を描き出した。

 このオジサン、無骨な外見で不器用そうなのに、絵は滅茶苦茶上手かった。


 描き出されたのは一つの武器の絵。

 槍のような形状だが、柄の半ばまでは長細い刃で包まれている。

 まるで戟の刃の部分を手元まで伸ばしたような形状。


「これは?」

「昔見かけたことのある武器でな、確かクト・ド・ブレシェっつー武器だ。こいつならベースの骨の撓りを活かしつつ、斧のような使用感で使える。リーチもあるし懐に入られても対応できる」

「確かにこれなら……でも、重くないですか?」

「全部鉄で作るなら、クソ重くて持てたモンじゃなかったろうな。だが素材は骨だ。軽く、そして鉄よりも丈夫だ。こいつなら……作れる」


 確かに軽い骨の素材と、ケビンの膂力なら、この形状でも充分使いこなせるだろう。


「ケビン、どうだ?」

「……悪く無さそうだ。だが、長さはあの骨のままなのか?」

「いくらなんでも、そりゃねーよ。半分に切って半分は刃に当てるってとこかな。長さ半分でも三メートルだ、長すぎるくらいだろ」


 ケビンも納得顔で乗り出している。どうやら形状は決まったようだ。

 三人は更にその武器の詳細を詰めに入る。


「なら刃の部分の支点をもう少し穂先寄りにして、柄の撓りを活かせるようにしたらどうだ?」

「お、俺の意見も取り入れてくれんのか? ありがてぇな……だが強度的な問題は――」

「それならさっきの大腿骨だと……太すぎるか。この脛骨でそっちを刃に据えればどうでしょう? そっちなら強度はあれより上ですよ」

「確かにそっちだと強度も上がるし、太さも丁度いい感じになるか」

「ええ、腓骨よりはるかに硬いですしね」

「じゃあ、そっちを刃に使わせてもらおう。使ってもいいよな?」

「ええ、構いません」


 念のためが有効利用されてしまった。まぁいいけどね。


「あの素材の半分程度しかつかわねぇ、っつーか脛骨側は三分の一位しか使わねえから、もったいなくはあるんだけどよ」

「では一つ予備を作ってくれませんか? 実は彼女も斧使いなので」

「リムル様……?」

「エイルはいつも頑張ってくれてるしね。プレゼントだよ」


 そう言って微笑むご主人。その笑顔にさっきのアミーさんの妄言が蘇った。

 瞬時に頭に血が昇る。


「あぅ……ありがと」


 でも女の子へのプレゼントが、巨大な斧ってのはどうかと思うよ、ご主人様?

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