第59話 鍛冶

 ギルドに紹介された鍛冶屋へ向かう為、ゾロゾロと連れ立って街中を歩く。

 紹介されたケビンと交渉役のご主人、それにご主人が行けばわたしが行くし、三人が行けばアミーさんも付いてくる。

 そして仲間外れを嫌ってイーグも……となって、結局全員でいく羽目になったのだ。


「でも五人も押しかけたら、向こうも迷惑なんじゃねぇか?」

「用が無いわけじゃないさ。エイルだって、そろそろマシな防具とか装備させてあげないとね」


 わたしが現在装備しているのは、ご主人の故郷フォカロールでバーンズさんに仕立ててもらった革鎧一式だ。

 それも動きを阻害しないように最小限にとどめた、アーマーと言うより防具プロテクターに近いもの。

 それも半年の激闘の結果、かなり草臥くたびれてきている。

 グランドヘッジホッグ、イーグ、タイラントライノ、そしてジャイアントゾンビ。

 たった半年足らずで、災獣もしくはそれに準ずるモンスターと四度も戦うなんて、普通じゃ考えられない。


「むぅ、実はリムル様は運の悪い人?」

「なにを言うんだ、いきなり」

「だって、半年で災獣と四回も戦う羽目になったんだもの」

「あははー、ボスは厄介事を引き寄せる体質だったんだねー」

「うわー、リムル君ってばサイテー」


 ご主人弄りにアミーさんも乗っかってきた。

 四度の戦闘すべてに参加していないのは、イーグとアミーさんだけなので気楽な物だ。


「アミーさんまでヒドイな!? どっちかっていうとエイルのせいじゃないのか?」

「違う、わたしはむしろ福の神だし」

「じゃあケビンだ。コイツも実は四度の戦闘全てに参加してる」

「イーグが襲ってきたのは、お前らのせいだろうが!」


 濡れ衣を着せられかけてケビンが吠えた。

 丸太のような骨を担いだケビンが叫んだせいで、遠巻きに見物していたオバサンが抱いていた赤ん坊が泣き出す。

 確かに今のケビンの外見は『THE 蛮族!』って感じなので、子供には怖いだろう。


「見ろ、ケビンのせいで赤ちゃんが泣き出した」


 わたしがオバサンをビシッっと指差すと、なぜかオバサンは『ヒィッ』っと悲鳴をあげる。

 その後『スミマセン、スミマセン』と泣きながら謝って、逃げるように家に入っていった。


「どう見ても、お前のせいじゃねぇ?」

「むむむ……失敬な」


 今のわたしは長手袋にニーソックス、キャスケット帽に眼帯、マント完備のちょっと小柄な美少女にしか見えないはず。


「いや、どう見ても痛々しい不審人物だろ」

「何を言ってるの、ケビン! エイルちゃんはこの十四歳くらいの青少年の妄想をこじらせた様な格好が良いのよ!」

「お願いアミーさん、もうヤメテ……」


 擁護してる様で、トドメを刺しに来てるようにしか思えない。言っておくけど、コーディネートはご主人なんだからね?

 地面にガックリと項垂れるわたし。そこへ甲高い声が掛かった。


「あ、イーグじゃん! なぁ、長いこと見なかったけどどこ行ってたんだよ!」

「イーグちゃん、こんにちわぁ」

「元気そうだね、よかった。病気でもしたんじゃないかって心配したよ」


 声を掛けてきたのは十歳くらいの男の子二人と女の子一人。

 そのうち大人しそうな男の子と、気弱そうな女の子は仲良く手を繋いでいる。

 いや、あれは仲がいいと言うレベルじゃない。指を絡めるように繋ぐその握り方は、俗に言う恋人繋ぎ。

 この歳にして、恋人、だとぉ!


「ぐぬぬぬ……」

「うぬぬぬ……」


 アミーさんもその繋がれた手に気付いたのか、わたしと同じ様な唸り声を上げている。

 ヤンチャそうな男の子はその二人の雰囲気に気付かないのか、盛んにイーグに話しかけてきていた。

 というか、これは――


「あの子、イーグに気があるね」

「リムル様もそう思う?」

「あそこまで露骨だと、むしろ可愛いんじゃないかな?」


 ご主人、平然とあの子を可愛いとか言ってますが、あなたもあの子と二つしか歳が変わらないんだよ?

 まぁ、ご主人は外見的にも内面的にも、かなり早熟な部類だけど。


「そーだ、ほらこないだ秘密基地に連れてってやったじゃん?」

「うんうん、あのしょぼいヤツー?」

「しょぼいって言うな! あれから更に改造したんだぞ!」

「へぇ、頑張ってるねー」

「だからイーグも見に来いよ」

「えー、わたし今ボスとお仕事中だしー」


 チラリとご主人を流し見るイーグ。

 嫌がってる雰囲気ではなくて、抜けてもいいか許可を求めるような視線かな?


「あー、ダメかな、ねぇ兄ちゃん?」


 懇願するように、ご主人に許可を求める少年。

 好きな子と一緒にいるために、必死で頑張る健気な姿。これを見て、NOと言えるご主人ではない。


「依頼は終わったし報告も済んだから、行っておいでよ。どうせケビンの武器とエイルの防具を見るだけだから、イーグの力は多分要らないと思うし」

「やった! ンじゃ行こうぜ!」

「ちょ、わたしはまだ行くとか言ってないしー」

「ほら、早くしろよ!」


 ハイテンションでイーグを引き摺っていく少年。

 大人しそうな子たちもわたし達に一礼して後を追っていく。


「イーグにも春が来たんだねぇ――って、なに?」

「ん、なんでもない」


 わたしはご主人の手に指を絡めて繋ぐ。

 別にあの子たちが羨ましかったとか、そういうわけじゃないのだ。なんだか負けたような気がしたから、ご主人の手で誤魔化してるだけ。


「ほら、もたもたしてたら武器屋閉まるし。早く行こ?」

「まだお昼にもなってないよ、エイル」

「むふふ」


 そんなわけで武器屋さんに向かって歩き出したのだった。

 後、その笑いは気持ち悪いからやめて、アミーさん。



 巨人の骨を加工できる職人ということで、ギルドはこの街でも有数の腕のいい職人を紹介してくれている。

 この街では鍛冶屋=武器屋となっていることも多く、紹介された店も作った武具をそのまま店に展示するタイプの武器屋でもあった。

 表通りに面しているとは思えないくらい商売っ気の無い店構え。掃除も行き届かず、玄関脇の花壇は雑草でミニジャングルと化していた。


「ここ?」

「うん、地図によると間違いは無い、はず?」

「なんだか、ハズレ押し付けられたんじゃない?」


 アミーさんは疑心暗鬼に呟いている。確かに売れている武器屋という感じではない。

 とにかく中に入ってみるが、巨大な骨は入り口をくぐれないので、例によってアミーさんに外で見張ってもらう。


「すみませーん」

「――らっしゃい」


 客商売だと言うのに、陰気な声がわたし達を出迎えた。来客を告げるドアベルもゴロンゴロンと、音が鈍い。よく見ると、錆びていた。

 店内も、声の主に合わせて、やや薄暗い。

 壁一面に剣や斧、槍などが掛けられており、そのどれもが、かなりの切れ味を持っていそう。

 紹介された通り、腕に問題は無さそうだった。これだけの武器を手入れできるなら、ドアベルくらい磨いておけばいいのに。


「ギルドで紹介されてきたんだ。ここで武器をあつらえてくれると聞いた」


 代表してケビンが声を掛ける。今回はケビンのために訪れたのだから、最初に声を掛けるのはケビンの役目だろう。

 ご主人の出番は具体的な話になってからだ。


「ふん? ギルドと言うとノイエ嬢ちゃんか」

「いや、そういえば名前を聞いたことはなかったな。受付をやっている若い娘だよ」

「その子がノイエだよ。まったく、余計な真似をしてくれる」


 武器屋のオッチャンは意外と若い。腕利きの鍛冶師ということでドワーフみたいな人を想像してただけに、ちょっと予想外。

 見た目四十歳くらいかか。背は高くガッシリと筋肉を纏った、まさに威丈夫と言う風貌。

 それが陰気な声でメンド臭そうに応対するのだから、なんだかこちらも気が滅入ってくる。


「そう言わずに。少々珍しい素材を手に入れまして。加工するのならこちらと勧められたので、罷り越した次第です」

「――どれだ?」


 ご主人が丁寧に事情を説明する。気難しそうな雰囲気なので、いつもより言葉遣いが怪しい。


「中に入らないので、外に」

「面倒くせぇな。まずは見せてもらおう」


 カウンターからノッソリと立ち上がった身長はかなり高く、最初の印象通りの威丈夫だった。

 二メートル近い巨体を揺らして玄関から首を出し――


「おい、この骨か?」

「はい。ジャイアントゾンビと戦う機会があって、その素材です」

「なんてモン持ち込みやがったんだ……こいつを加工するのはちょっと骨だぞ」

「骨だけに――」

「エイル、少し黙って」


 場を和まそうとしたちょっとしたギャグを、その名の通りに封じられてしまった。

 オッチャンの声が少し跳ねるように感じたのは、ひょっとして珍しい素材を見て興奮してるからかもしれない。

 それとご主人、その対応はちょっとヒドイと思うのよ?


「ジャイアントゾンビと言っても、実質巨人の骨だからな。むしろ魔力を多量に帯びて生きた巨人共の骨より硬くなっているくらいだ。よく倒せたな」

「全くです、運が良かった。危うく全滅する所でしたよ」


 確かに、ご主人の耐熱の魔術が無ければ、全滅してたかもしれない。

 主にわたしのせいだけど。


「そうだろうとも。だがコイツを倒したってことは、お前ら、かなりの腕だな?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。ボクはリムル。『災獣殺し』のケビン殿の腹心を勤めさせていただいてます」

「ケビン! あの売り出し中の冒険者か」


 ご主人の名乗りに驚愕の声をあげるオッチャン。

 この街もタイラントライノが押し寄せたことがあるため、それを撃退したケビンの名は知れ渡っている。


「ええ、そして最初にご挨拶した彼が、わが主のケビン殿です」

「――ケビンだ」

「これは……お会いできて光栄です。俺、私は鍛冶師のアッシュといいます。無愛想な応対をして申し訳ない。あまり人当たりの良いほうではないので」

「いや、気にしてない。それより、できるか?」


 ケビンの名にあっさりと手の平を返したアッシュ氏だが、先を促されてしばし眉をひそめる。


「武器にすることは可能です、が……」

「言葉使いも改めなくていいぜ。それで?」

「そうかい、そりゃありがてぇ。これほどの素材だ、軽く強い武器を作れるのは間違いねぇ。だが……少し太すぎる。こいつで武器を作るとなると、かなり削らなきゃ人の持てる太さにならねぇからな」

「それもそうか……」


 持って来た大腿骨は太さ五十センチはある。槍や斧の柄にするならば、太さ十センチもあれば充分なのだ。


「これより幾分細い骨も、あるにはあるんだけど?」

「そっちはどうした?」


 ご主人が口を挟む。確か、ふくらはぎにあたる部分にある腓骨は細く真っ直ぐで、そう言う点では武器に適しているかもしれない。

 だが持ち歩くのに邪魔なので、異空庫に放り込んだままだった。

 加工材として使用するつもりだった大腿骨と違って中に入れたままなので、人目がある場所では取り出せない。


「これだけでもかなりの重量でしたので、そちらは宿に置いてきてしまいました。必要ならすぐに持ってこさせますが?」

「できればすぐに見たい。だがそこまで手間を掛けさせるのは……」

「構いません。では一時間くらいで戻ってきますので」


 それくらいあれば、運んできたと言い訳も立つだろう。

 ご主人はわたしの耳元に口を寄せ……あ、なんか息がくすぐったい。


「エイル、一時間くらい暇潰してきて。それから細い方を出して戻ってきてくれる? その間に彼と詳細を詰めておくから」

「はぅ……うん、わかった」

「後、あっちの大腿骨も人目の無いところで仕舞っちゃって」

「あふ……う、うん」


 なんか喋るたびに息が波の様に掛かって、背筋がゾクゾクする。


「彼女に持ってきてもらいます。それまでお願いしたい武器の詳細を詰めておきたいのですが」

「ああ、それは構わん。が、そっちの嬢ちゃん、大丈夫か? なんかクネクネしてるぞ」

「彼女が変なのはいつものことです。それにこう見えて怪力なので、これくらいなら簡単に運んでくれますよ」

「そ、そうか? わかった。じゃあ、こっちへきてくれ」


 そう言ってご主人とケビンは別室の方に入っていった。

 入れ替わるように弟子と思われる十五歳くらいの少年がカウンターに着く。

 それじゃ、わたしはアミーさんと時間潰しに行くとしますか。

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