第58話 帰還
ギルドへの報告があるので、帰りは少し強行軍になった。
往路が二日と少し掛かり到着が夕方になったのに、復路は早朝に到着したのだから、およそ半日の短縮になっている。
たかが半日と思うかもしれないが、時間にしたらおよそ二割の短縮。そう考えると、結構な無理をしたと思う。
いまだ朝は早く、街は様々な人が溢れ活気に満ちている。
店を開くために街路に出ている人、職場に急ぐ勤め人、仕事を求める冒険者。
そんな人たちが通り縋るわたしたちの姿を見ると、ぎょっとしたように動きを止めて、視線を逸らしつつ、そそくさと道を譲る。
もちろん原因はケビンだ。
ギルド内部で異空庫を使用するわけにはいかないので、彼には大腿骨を1本
いきなり『巨人のゾンビがいました』なんて言っても信じてもらえない。信憑性を出すには、現物の証拠が必要になる。
たかが一本の大腿骨と侮るなかれ。全長三十メートルの巨人とそれとなると、サイズも規格外なのだ。
およそ人間の十七から十八倍。
大腿骨一本ですら、太さ五十センチを超え、長さも六メートル以上にもなる。
軽く強靭な……と言っても、さすがにこのサイズになるとやはり重い。だが強化されたケビンの膂力は、その重量を物ともせず、悠々と歩を進めることができる。
「おい、あれ……」
「でけぇ骨だな。今度は何を倒したんだ?」
「それよりあんなデカイの担いで、なんでフラつかねぇんだよ。おかしいだろ」
「もはや人間じゃねぇ。『種族:ケビン』だ」
「まぁ、ケビンだしな。ケビンならしかたない」
「そうだな、『種族:ケビン』だもんな」
例によって、遠巻きに眺めて、噂を立てる冒険者たち。
彼らにとって、もう人類の範疇にすら入っていないのか……なによ、『種族:ケビン』って。
「……おぃ」
「しかたないだろ。異空庫については秘密なんだ。なら誰かが持ち帰らないと」
「エイルでもいいじゃねぇか!」
「レディに大荷物持たせようだなんて、無粋」
「お前がレディってタマかよ?」
「失敬な。最近リムル様は興奮してくれてる」
「マジか?」
「嘘だよっ!」
「前はコレくらいだったのが、今ではコレくらいに……」
「やーめーろおぉぉぉ!?」
わたしは指で十センチに少し足りない位を示してから、十センチ程度まで拡げて見せた。
順調に成長しているようで、なにより。
「そもそも、エイル! なんで知ってるんだよ!」
「いつも一緒にお風呂入ってるじゃない」
毎週、週末にエルフ温泉に出掛けて混浴を楽しんでいる。
それに冬の寒い日には、いつも一緒に寝ている。
寒いので朝方抱き合って目を覚ますとか、よくあることだ。その時にアレやコレやが当ったりするのだ。生理的に抑えようのないらしい暴れん棒とか。
もっとも凶悪なモノではなく、まだまだ『可愛い』と形容するのがふさわしいサイズなので、微笑ましい限りである。
「もうエイルと一緒に寝ないし、お風呂入らない」
「えぇー、やだ」
「ボクが恥ずかしいだろ!」
「今更。わたし、気にしない」
これが反抗期と言うヤツだろうか……今なら私が昔『もうお父さんと一緒にお風呂入らないもん』って言った時の、父親の絶望した表情の意味がわかる気がした。ちなみに二年前のことだ。
「一緒にお風呂入って、一緒に寝て、サイズまで詳細にわかる関係だったなんて。最近の子は進んでるのね」
「違うしっ!」
アミーさんが、なんだか戦慄した表情で呟く。
「良いのよ、リムル君。あなたなら私、祝福してあげれるもの」
「だーからぁ」
「なぁ、ギルドに着いたんだが?」
空気を読まないケビンの一言で、ご主人イヂリは終了となった。
慌てるご主人が可愛かったのに……
ギルドの入り口から骨を通すことはできない。
そもそも、六メートルの大物だけに、すでにカウンターに乗せられるサイズでは無いのだ。
なので内で手続きだけ行うため、玄関口でアミーさんが見張ることになっている。
「ハァ、巨人ですか?」
「ええ、信じられないことに」
受付のお姉さんに報告すると、半信半疑という反応を返された。
だがギルドの入り口、スイングドアの向こうに見える巨大な白い塊を目にして、即座に対応を変える。
ギルドに居た他の冒険者達も、外の骨を見て色めきだった。
「そ、それでは村の警護の依頼と周辺調査を出しておきます。依頼者は村長のクエイロ氏で間違いないですか?」
「ええ、こちらが委任状です」
「……確認しました。では素材の買取はいかがなさいます?」
「あれで武器とか、作れますかね?」
ご主人が背後の入り口を親指で指し示す。
「えぇっと……ええ、大丈夫だと思われます。素材の状況にもよりますが、骨を使用した武器と言うのは、古来より存在しますので。もちろん『なんの骨か?』というのも重要ですが、巨人の物ならば大丈夫でしょう」
「ありがとう。で、アレを加工できる鍛冶屋を紹介して欲しいんだけど……」
「あれを……ですか」
そこでお姉さんは困った表情を浮かべた。珍しく迷っている顔。
「すみません。私では巨人の骨を加工するのが、どの程度の技量を要求するのか判断しかねます。ギルドお勧めの鍛冶師の紹介なら出来ますので、そちらでお聞き願えますか」
「ああ、確かにそうですね。わかりました」
「それでは紹介状を用意しますので、少々お待ちを――」
「紹介状なんて後でもいいだろ、それより早く依頼を出してくれ。お宝が逃げちまうぜ!」
そこで割り込む冒険者の声がした。野卑で野太い、いかにも野蛮な声。
振り返ると、あまり見かけない顔の冒険者が数名居た。全員が二十歳前後。鎧や盾はまだピカピカしてて、動きがぎこちない。きっと新人だ。
「こいつらは?」
ケビンがカウンターを振り返って、受付のお姉さんに尋ねる。
「最近、こちらに登録した方たちです。初依頼でゴブリンを討伐したとかで、期待の新人だとか……」
「あー……なら俺を知らなくてもしゃあねぇか」
どこかで聞いたことのあるエピソードに、ケビンは虚ろな目をして見せた。
そういえば彼も最初に討伐したのがゴブリンだったか。うくく、過去の自分の黒歴史を見てしまった気分はどうかね?
「ま、いいや。さっさと手続き済ませてくれ」
「はい、わかりました」
「テメェ、こっちを無視すんじゃねぇよ! 大体お前らみたいなガキに巨人を倒せるわけねぇだろ」
「だったら、あの骨はなんだよ」
入り口に放置したデカ物を指差す。
「ど、どうせどっかで死んでた動物の骨を……」
「だったらお宝は存在しねぇことになるじゃねぇか。もう少し頭使えよ」
「ぶふっ」
ケビンの発言に、わたしとご主人は思わず吹き出した。
あのケビンにバカ呼ばわりされちゃ、冒険者としても失格だ。
「うっせぇ! だったら――」
「メンドくせぇな」
ケビンはポツリと呟いて、カウンターを離れる。
そのまま新人君へ向かって歩き出すと、一気にギルド内が騒然となった。
「ついに……山が、動いた!」
「血の雨が降るぞ……」
「おいおい、死んだよ、あいつら」
「死体も残らねぇんじゃね?」
「あ、あの、ケビンさん。できれば穏便に……」
受付のお姉さんまで涙目で懇願する始末。
確かに今のケビンなら、ギルドごと瓦礫の山に変えることくらいできるだろうし、彼らの立ち居振る舞いを見る限り、強化前のケビンでも充分あしらえる程度の腕だろう。
そんな不穏な空気に押されてか、新人たちが慌てて剣を抜く。
「や、やる気かっ!」
「お前ら相手に? 冗談じゃねぇ、労力の無駄だ。それにギルド内で――刃傷沙汰は厳禁だ」
「うわあっ!?」
ヒョイと小さな水溜りを飛び越えるような気安さで、懐に飛び込むケビン。
そのままベルトに手をかけ、金属鎧を着た相手を片手で頭上まで持ち上げ、入り口に向けて投げ捨てた。
新人君はまるで紙屑のように軽々と、そして矢のような速度で飛んで行き、転がしていた骨にぶつかって方向を変え、視界から消えていった。
「あ、アルベルトー!?」
「お前――!」
「なんだ、まだやるのか?」
「……くっ、覚えてろよ」
「もう忘れたし」
仲間を介抱しに飛び出していく新人たち。
あー、初々しいなぁ。
「くっくっく、過去の自分と向き合った気分はどうだい?」
「うっせ、お前らはあんな程度じゃ済まさなかっただろ」
「失礼な。ボクたちはもっと紳士的だったじゃないか」
「そうだったか?」
そう。わたし達は直接的にケビンに暴力を振るったりしてない。
せいぜい喉に爪を突き付けて脅した程度だ。
「そ、その……手続きの方終了しましたので、書類のごきゃく……ご確認を」
「ん、ああ。リムル、頼む」
「はいよ」
お姉さん、いきなりのケビンの暴力にぶるぶる震えてます。
セリフも噛んじゃったし。
ボーンウルフ、計十二体分の素材に、ゾンビ化した奴隷商の財産を含めると、結構な額になった。
討伐報酬が金貨三百枚。素材買取で二十枚。そして奴隷商の馬車にあった奴隷契約の首輪は破壊しておいたけど、取引用の金貨とかが残されていて、それが金貨二百枚ほど。
一人頭、金貨百五枚という破格の額を稼ぎ出すことができた。
わたしたちは二人分貰えるので、二百十枚。そこから積立金を納めても百七十枚が残る計算になる。
なお、イーグは人数の計算外になっている。
「百枚は家の買取に充てるとして、それでも七十枚以上か。今夜はちょっと豪勢な夕食を期待しててね」
「わーい」
「ボス、わたしは肉を所望するでやんす!」
「毎日食ってるじゃん……」
アミーさんもホクホク顔だが、ケビンだけは微妙な顔をしている。
ギルド内の食堂で昼食を摂っているのだが、いつもなら真っ先に肉に食いつくケビンの表情は、明るくない。
「どうしたの、嬉しくない?」
「ん、ああ……俺の場合はこの骨を武器にしなきゃならんからな。どれだけ持っていかれるかわかんねぇし、まだ喜ぶのは早いだろ」
「ああ、そういえば」
一応近場の鍛冶屋は紹介してもらい、ギルドの紹介状も受け取っている。
「まぁ、最悪は骨をそのまま鈍器みたいに使えばいいんじゃない?」
「……どこの蛮族だよ。それにこれほどの素材なら、魔力とか込めてぇしなぁ」
「あー、魔術武器か。確かにそれはロマンだね。ケビンなら、そろそろそう言うの持ってもおかしくないレベルになってるよね」
「藍ランクも見えてるしな。ちょっとは見栄え気にしねぇと」
「それは確かに。そうだね、よかったら付き合おうか?」
「む?」
その言葉にわたしは思わず食事の手を止めた。
最近、ケビンとご主人は無駄に仲がいい。
そもそも『付き合う』とか、わたしでも言われたことが無いのに。
「いいのか? そりゃお前の口の上手さがあるなら心強いけどよ」
「キミは口下手な上に調子に乗りやすいからね。鍛冶師にオーダーメイドを頼むのに、口を滑らせて機嫌を損ねるとか、よく聞く話だよ」
「……まぁな」
そういうわけで食後に、ケビンと一緒に武器屋に行くことになった。
なおムカついたので、ケビンの足を執拗に蹴りつけていたら、ご主人に怒られてしまった。不条理だ。
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