第61話 披露

 オーダーメイド武器『クト・ド・ブレシェ』を注文してから、一週間が過ぎた。

 アッシュさんは他の仕事を放り出してでも、ケビンの武器製作を引き受けてくれると胸を張っていた。

 あの寂れた店構えを考えると、正直営業を優先して欲しいところである。

 その間、わたしたちは積立金を支払い、休学期間の穴埋めの補習に走り回ることになった。

 ご主人は放課後みっちりと補習を受け、日が傾くまで解放されない毎日。

 わたしはその間、エリーと一緒にお茶を飲んで図書室で寛いでいる。


「ボーンウルフが八体にゾンビ十体、ジャイアントゾンビ一体ねぇ……さすが『英雄様』はやることが派手ね」

「ケビンがいると、事が大きくなって困るの」

「どっちかっていうと、あなたのせいじゃないの? それにしても巨人族かぁ。生前にお話してみたかったわ」


 巨人族は災獣レベルのモンスターに分類されているが、理性が無いわけではない。

 むしろ温厚な種族なら、誠意を持って接すれば答えてくれることが多い。

 逆に宝物目当てに人間が襲い掛かるため、こちらの方が蛮族のように思われているだろう。


「話? なに、聞くの?」

「なにって、そりゃ色々あるじゃないかな? だって巨人族ってすごい寿命持ってるのよ。大昔の、それこそ神話時代の話とか聞けたかもしれないじゃない」

「おぉ……あ、ひょとしてこの文字のことも知ってたかも?」

「知れないわねぇ」


 なんということだ。もう少し早ければご主人の目標が達成できたかもしれないのに。

 いや、でもゾンビ化しなければ問題が起きなくて、結局存在を知ることはできなかったのか?


「うーん、ままならない」

「そうね。上手くいかないものね」

「お、今日も来てたのか、本の虫」


 そこへやって来たのはセーレさんだ。彼女も次席の地位を守るためか、自習のためによく図書室へやってくる。

 そして、わたしと一緒にお茶とお茶菓子をいただいていくのだ。


「いらっしゃい。今日は彼女に冒険話を聞かせてもらってたの」

「へぇ、それはわたしも興味あるな」

「と言っても、派手なことは何もなかったよ?」


 いや、派手なことはたくさんあったけど、話せないことが多いだけだ。

 ケビンとアミーさんのパワーアップとか、異空庫の連続開放の成功とか。


「ジャイアントゾンビを退治しただけでも、充分派手だっての。わたしの耳にも届いてるぞ」

「何で神殿関係者まで?」


 神官って引き篭もってる印象が強いんだけど……噂、早過ぎない?


「なに言ってる。あんなでっかい骨持って華々しく凱旋したのに、話題にならないはずがないだろう」


 結論、やっぱりケビンのせいだった。

 いや、持ち帰ったのは仕方のない面もあったけどね。


「しかし、いったいあの斧でどうやって巨人を倒したんだ? サイズ的に考えても皮を切るのがせいぜいのはずなんだが」

「あぅ、そこはそれ。ケビンの謎のパゥアが炸裂して?」

「謎のってなんです? ひょっとして、彼にはまだ隠された切り札があるのかしら?」


 わたわたと言い訳するわたしに、セーレさんだけでなくエリーも食いついてきた。

 これはマズイ。わたしはご主人みたいに口が回らないので、どこでボロを出すかわかったものじゃない。

 何とか言い抜けて、矛先を逸らさないと。


「えと、あの――」

「おう、ここに居たのか! 探したぞ」


 その時、ガラリとドアをブチ破らんばかりの勢いでたたき開けて登場したのは、鍛冶屋のアッシュさん。

 えらく場違いなところに登場してくれる人だ。助かったけど。


「なぜここにいる?」

「ヒデェ言いようだな。注文の品が出来たから呼びに来たんだよ。ケビン殿の方はすでに報告済みだ!」

「ケビンの武器ならわたし達は呼ばなくても」

「お前さんの武器でもあるんだろ。それに魔道具化するなら、リムルの旦那にも来てもらわないとな」


 いきなり登場したオッサンに、エリーは目を白黒させている。

 逆にセーレさんは興味津々と言った様子。


「へぇ、英雄殿の新しい武器?」

「おぅよ! ちょっとこいつはスゲェぞ。自分で作っててなんだけど、あまりの無茶苦茶さにクッソ笑ったぞ」

「わたしも見に行っていい?」

「そいつぁ……依頼主の許可しだいだな」


 そう言われて、セーレさんの視線がぐりんとこっちに向いた。いや、そんな目を爛々と光らせなくても。


「あぅ、リムル様が許可出したら。それにケビンの都合もあるし」

「よし、許可取れたらいいのね! まさか聖水を提供した『協力者』の申し出を断ったりしないでしょ」

「そ、それは――」


 困った、ここまで強引な人だとは思わなかった……いや、考えてみれば別にいいのかも?

 どうせ新しい形状の武器の出来を確認するだけだし。


「なんだか賑やかですね」

「おう、来たか旦那!」

「リムル様、たっけてー」

「リムル君、私も見学に行ってもいいわよね! ね!」

「うぉ、なにごと!?」


 そこへ補習を終えてひょっこり登場したご主人に、わたしとセーレさんとアッシュさんが殺到した。

 ご主人ドン引きである。さもありなん。


「ケビンの親分の武器が完成したんで、その報告にな。こっちの嬢ちゃんは見学希望だとよ」

「それは別にかまいませんが。たいして面白いものでもないですよ?」


 なぜかアッシュさんはケビンを親分、ご主人を旦那と呼ぶようになっていた。

 あの会合以来、意気投合したらしい。

 結局、セーレさんはケビンの許可が下りれば可という話になった。


「あ、あの、私も付いてっていいかしら?」

「エリー先輩も? 武器に興味とかある人でしたっけ?」

「武器にはないわね。でも『あの』ケビンのニューウェポンよ? ひょっとしたら歴史に残るシーンに立ち会えるかもしれないじゃない」

「そんな大袈裟な」


 呆れたように呟くご主人。

 どうもご主人も所詮新武器披露の場としか思ってないようで、あっさりと許可を出した。



 アッシュ武具店にはすでにケビンとアミーさんが到着して、主人の帰還を待ちわびていた。

 それにしてもこの二人、最近いつも一緒に居るなぁ。


「おっそいぞ!」

「ごめん、補習が立て込んでるんだよ」

「ひょっとしてお前、頭悪いのか?」

「こう見えてもトップクラスだよ!」


 ご主人は三月頭の定期試験では、一組のセーレさんを抑えて二位になっていた。

 首位は例によってあのフランツである。なんらかの工作があったのが有り有りと見て取れる。

 そんな雑談をしてるところへ、アッシュさんが長さ三メートルは有ろうかという、巨大な包みを持ってやって来た。アレが新しい武器なんだろう。


「よし、揃ったな! これが俺の新作だ!」


 バッと包みを取り払うと、そこには巨大なナイフのような形状をした、槍と斧と剣の中間の様な武器が現れる。

 全体的に白く艶が無いマットな刀身。柄には滑り止めを兼ねているのか、波打つ螺旋を描くように彫刻が掘り込まれた。

 艶が無いにもかかわらず、その刃はまるで内から輝く様に見えて、その切れ味の良さを主張している。


「ここじゃ振るのは問題があるな、裏に巻き藁を立ててあるから、そこで試してみてくれ」

「お、おう」


 武器の威容に押されたのか、ケビンはおっかなびっくり手を伸ばす。

 柄を握った瞬間、彼は僅かに身を震わせる仕草をした。


「スゲェ……初めて持つのにしっくりくる。それに軽い」

「だろ。骨というのも有るが、実に鉄の三分の一の重さしかない。それなら充分に武器として扱える」

「これだけデケェのに、前の斧と同じくらいの重さしかないぜ」

「軽いからといって、脆いわけじゃないぞ。鉄なんかよりもはるかに硬い。ひょっとするとミスリルに匹敵するかも知れねぇ。なんせ、そいつを削り出すのにかんなが七つにのこぎりが五つ、やすりが六つオシャカになったんだからな。のみに至っちゃ数え切れねぇ」


 自慢げに苦労話を披露するアッシュさんだけど……それって赤字じゃない?


「それ、収支は大丈夫なんですか?」

「正直、大丈夫とは言えねぇな。けどこれほどのモンを作れたんだ。満足してる」

「そう、ですか」

「だが補填してくれるって言うんなら……」


 そこで彼はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「脛骨が半分ほど余ったんだ。それを俺にくれ。腓骨も三分の一残ったがそっちは返そう。それなら御代はチャラでいい」


 脛骨、すねにあたる部分で、やや太めの骨だ。今回はクト・ド・ブレシェの刃の部分に使用されている。

 確かに刃の部分は一・五メートルほどしかないので、わたしとケビンの分、二つ作るとしても半分は余るだろう。

 ちなみにこの武器を作る為に見積もられた額は、金貨百枚。超一流の魔術武器が買える値段だ。

 素材持ち込みでも、それくらい取られるほど――この武器は価値がある。


「それは構いませんが……いいんですか?」

「いいのか!? この素材が手に入るなら、金貨百枚なんてはした金に見えるほどなんだぞ?」

「わたしの分も合わせると、二百枚だけど?」

「それでも安い。っつーか、お前らちったぁ相場を学べ?」


 そう言って半眼になって忠告してくる。


「残った脛骨は三メートルほどある。これで剣を二本……いや三本削り出せば、八百は稼げるぜ」


 金貨八百枚!?

 じゃあ、巨人の骨をふんだんに使ったこのクト・ド・ブレシェはどれほどの価値があるっていうのだろう。


「そいつか? そうだな……その状態なら一本で金貨三百枚というところか」

「げえぇぇぇ!?」


 悲鳴を上げたのはケビンだ。アミーさんはなんだかフラフラしてる――あ、気絶した。


「ちなみに残った素材だけでも金貨二十枚は硬いし、鈍器に加工するだけでも、軽くその十倍は行くぞ」

「マジですか」

「それに魔力付与も済んでねぇからな。魔術への適応性も高いから、フルにカスタマイズすれば……さらに三倍だ」

「――三倍!?」


 1本で金貨三百枚のこの武器が三倍、金貨九百枚。いや、銀貨九万枚と書いた方が凄さがわかるだろうか?

 ちなみに一日銀貨三十枚あれば過ごせるのだ。およそ八年の生活費に匹敵する。


「で、どうする? それを知った上でもう一度聞くぜ。残った素材、俺にくれないか?」

「――構いません」

「本当にいいのか?」

「ええ、まだ大腿骨もありますしね。それに剣が出来たらボクにも見せてくださいよ。ひょっとしたら買うかもしれませんよ?」

「ハッハ、そりゃいいな! さすが旦那は太っ腹だ!」

「そもそも肝心のケビンが『これで良い』とは言ってませんし?」


 あ、そう言えば。


「おいおい、これに文句付けるとか、ありえねぇから!」

「でも実際に振ってみないと、わからないこともあるだろ」

「そりゃ、まぁ」

「ま、裏の巻き藁に中古の鎧巻き付けてあっからよ。そいつをぶった斬ってから決めてみな。まぁ、NOとは言えねぇだろうがよ」


 自信満々に言い放つアッシュさん。よく見ると目の下には隈が浮いているし、髭も整えられていない。

 不眠不休で頑張ってくれたんだろう。


「もちろん俺も試し切りはしたけどよ。ぶったまげたぞ」

「へぇ、それほど?」

「ま、『百聞は一見に』って奴さ。ほら、こっちだ」


 そういって彼に案内され、裏庭へと移動した。



 裏庭、と言っても大した広さがある訳じゃなかった。

 柵で囲われた十メートル四方の広場に、巨大な石やら鉄やら鎧やら……とにかく乱雑に物が放置されている。そんな場所だった。

 その中央付近に巻き藁が五本ほど立てられ、そこに古びた金属製の鎧が巻きつけられている。


「鎧は売り物にもならねぇくらいのボロだから気にすんな。だが硬さは充分現役でも通用するぞ」

「おう、それじゃ行くぞ」


 ケビンは新しい武器を早く振りたくて仕方ないようだ。

 その目はまるで子供のように輝いている。


「もう、男ってホントこういうのに弱いんだから」

「アミーさんも、そう思う?」

「子供みたい、ね」

「うん、リムル様もテンション高い」


 そうやってアミーさんと無駄話をしていると、いきなりスパンと、まるで何かをはたいたかの様な音が響いた。

 慌てて目を向けると、ケビンが早速武器を振り下ろしている。

 そして、金属製の鎧を巻いた巻き藁がズルリとずれ落ち、地面に転がっていった。


「なっ!?」


 驚愕の声を上げたのはケビン本人。斬り落とした構えのまま固まっている。

 見学してたエリーとセーレさんも口元に手をやって驚愕を示している。


「うそ、あれ鋼鉄製の鎧よね?」

「あ、うん。わたしの見積もりに間違いが無ければ、そうね」

「中古だけどもちろん鋼鉄製だっての。どうよ、手応えが全くねぇだろう? その大きさでありながら、そこらの剣よりよく切れやがる」

「しかも軽いから取り回しも利くな」


 立ち直り、今度は刃元を持って剣の様に振り回す。

 その構えは何度もの冒険を積んできたベテランを相手にしても、引けを取らないほど堂に入っていた。


「気に入った。これでいい――いや……これが、いい」

「商談成立だな。じゃあ次は魔術付与だが……実はよ、今腕のいい付与師がこの街に来てるんだわ」

「アッシュさんが紹介してくれるんですか?」


 付与術師は魔術の1系統で、使いこなすのはかなりの腕を要する。

 何しろ目の前の装備の器を見抜く眼力と、魔法陣を彫りこむ器用さ、そしてもちろん器を満たす魔力に必要とされる魔術の知識まで必要とするからだ。


「そいつにふさわしい付与術師ってのはそう居ないからな。前もって調べておいたんだよ。すでに渡りは付けてある。宿の住所はここだ、直接頼んでみるといい」

「何から何まで……ありがとうございます」

「そいつぁ、こっちの台詞だ。一生物の仕事が出来たってモンよ。それに――まだ残った素材から剣を打ち出す仕事も残ってるしな!」

「そう言って貰えると気が楽ですね。じゃあ、早速行ってみます」

「おう、しっかりやんな!」


 ご主人は名残惜しそうに頭を下げて、店を後にした。

 次は付与術師さん宿泊してる宿に向かうのか……武器を作るのはなかなかに大変だ。

 えと、名前は……アルバインさん?

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